奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2013/6/28

奈留島百人一首30  奈留島百人一首
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 30. 有明の つれなく見えし 別れより
              暁ばかり 憂きものはなし
                壬生忠ミネ(9世紀後期〜10世紀前期)
 「別れの時に夜明けの空に残る冷たい月のように、あなたはつれなかったので、夜明けが来る度に思い出してつらいのです」と、未練たらしく詠うタダミネは、古今和歌集の撰者であり36歌仙の一人でもあります。
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 30. 夕方に 釣れなくなった 魚より
            餌ばかりか 浮さえもなし

                 つれなく・より・ばかり・うき・なし 13字 同じ
 釣り好きの人にとっては聖地のような五島に赴任したからには、釣りを好きになれば良いのですが、どうも細かい餌を付けたり、じっと待つのは苦手で、最初に来た頃に少し釣っただけで終わりました。
 というわけで、水イカはまだ一杯も釣ったことがなく、小鯵程度の釣果のみで、いつもはすぐに岩場に糸を引っ掛けて、この歌のように何もかも取られる、惨めな結果になっていますが、替え歌自体はチョットづつ上手に変換が続くように仕上がっていますので、釣りよりずっと良いでしょう!
       写真は判り難いですが、糸は途中でなくなっています。
 
  釣り好きの人は、ここ五島は釣り人の聖地ですので、ぜひ五島列島に足を運んで下さい。

    返事
花水木さん:賞金額は少ないですが、ミニロトはどうでしょう?
     私は確率が高そうなので、時々ミニロトを買っていますが・・・・。
大雪男さん:私は染料をポンポンと筆で押し付けているだけですので、
      ほら吹き専門です。
和さん:みかんやさん、今回断念で、次回は台湾大会を目指して・・・。
     小雨・曇りはメディカルや選手にとっては、いい時期かもしれません。
     

2013/6/25

バラモンキング  五島列島
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 6月23日(日) 今年も福江島で行なわれた
   2013 五島長崎 国際トライアスロン大会 バラモンキング
に、院長と看護婦さんと医療班で参加、また役場や家内などの奈留島からの大会スタッフも一緒に参加しました。
 小雨が降る中、例年の如くバイクからランへの中継点のテント内で医療支援、と言うよりほとんど応援です。
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 今年はいつもの高校生と違って、福江中学の生徒さんが多数ボランティアに参加、皆可愛くて真面目です。
 中継点の大人のスタッフは、もひとついつもより段取り悪く、キリッとしていませんので、到着選手の番号伝達などがスムースにいかず、最初の頃はイライラしましたが、この黄色い服の、話をすると福江中学の校長先生に厚かましくもお願いしてみると、声も大きく熱心に伝達や生徒達の指揮も取ってくれて、さすがに校長先生立派で上手でした。
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 医療用のテントには、今年は熱中症ではなく逆に寒さのためか体調を崩した2人がしばらく横になっていたのと、エアサロンパスを数人にスプレーしたぐらいで、心配していた雨で落車の外傷は一人も来ませんでした。
 横の福江中学女生徒のバック手渡しボランティア隊が、元気に仲良く張り切ってやっていたので、その働きぶりを見てるだけで楽しく過せました。
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                  修復前
 22日(土)は、奈留島離島医療総合センターの緞帳の修復作業を、土曜競馬も休んで、家内と2人でコツコツと施行。
   末娘の誕生以来の夫婦共同作業です。
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                  修復中
 家内は織りのセミプロ、私もセンターの係りの人には「私も京都で国宝の修復を手伝ったことがあります」と、いい加減なほらを吹きながら、腕がしびれるぐらい熱心に途中まで。
      スペインのキリスト像が猿になった修復よりは上手に出来ているでしょう。
  
 土日の私のボランティア活動を、神様はちゃんと見ていてくれました。
宝塚記念GT、娘に結果を尋ねると、久しぶりに安いですが4−10−11、三連複獲れていましたよ!
 長いふりでしたが、「競馬勝つには、それなりに良いことをすることですね」が、今日の教訓。

      返事
花水木さん:忠敬が駿河湾から何度も眺めた富士山も、世界遺産になりましたね!
大雪男さん:本土でも遊び歩きで忠敬を越えてください。

2013/6/21

伊能忠敬其の壱  五島列島
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 自分が50歳を過ぎてから尊敬し始めた伊能忠敬
1745年生まれ、50歳で家督を長男に譲り、ここまでも立派な商人と呼ばれる男でしたが、その後地球の大きさを測りたいと暦学を学び、1800年55歳から日本の測量を開始、とうとう大日本沿海輿地全図(ダイニホンエンカイヨチゼンズ)を完成させました。
  輿地;万物を載せている輿(コシ)の意で、大地・地球・全世界を表す。
       遅まきながら今回この言葉を知りました。
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 福江島の五島歴史資料館のロビーで伊能忠敬来島200年を記念して、資料の少しだけの展示がありました。
       特別展示「伊能忠敬其の壱」 
 写真の緑の足跡の如く、1813年(文化10年)6月20日〜6月26日、丁度200年前の昨日に忠敬は奈留島に上陸していました。
 矢神の辺りに行ってないのは気に入りませんが、奈留島百人一首第27番で書いたように、夏井の井戸にはその足跡はありました。
    この時忠敬68歳すごいですねえ!!
 奈留島の端の方を歩いたら、忠敬の足跡の上に10人の足跡もないような地面があると思われるので、野首辺を慎重に歩きたいです。
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 そのとき作成された五島の地図、右上奈留島・中央久賀島・左下福江島の一部・右椛島です。
 奈留島は今よりややスマートに描かれていますが、現在は海岸に沿って道路が出来たり埋立地があったりするので、江戸時代の奈留島はこれぐらいスマートで間違いではないと思います。
よく見ると、トンボロも繫がっていました。
 第1.5ぐらいの人生をおくっている私は、第1の人生を立派に働いて、第2の人生をこれぐらい素晴らしく生きた忠敬には尊敬の一言です。

    返事
花水木さん:花栽培の専門家に不思議がられて嬉しいです。
       本当に何故なんですかね?
大雪男さん:キャンプ場あります。
       結構頻繁に往復されているのですね。

2013/6/19

魚ヶ崎あじさいまつり  五島列島
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 先週日曜日は父の日、遠く離れている子供達から、それぞれ父の日のプレゼントを貰いましたが、なんか嬉しいような恥ずかしいような感じで、子供に恐縮してるのも変なものでした。
 その日は丁度梅雨の晴れ間、雨で順延になっていた魚ヶ崎あじさいまつりが行なわれるので、福江島でレンタカーを借りて、勉強会に使う福江の病院や診療所の写真撮影を兼ねて、2人で行ってきました。
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 魚ヶ崎(ギョウガサキ)に着いた時だけ曇り空、1週間順延されたのでもう終わった花もありますし、まだまだ紫陽花畑は大きくないですが、昨年よりかは少しは見ごたえありました。
 紫陽花はその土壌によって花の色が変わると教えられていましたが、色んな色の花が近くで咲いているのは何故なのですかね?

    返事
花水木さん:僕の同級生で頭のいいサッカー部員もいましたが、
    昔は、ラグビーは賢い人がやるスポーツ、サッカーはお調子者がやるスポーツと言われていました。
     私はラグビーで首を少し痛めました。
大雪男さん:八幡と法政は、私たちの高校生の頃、半世紀前の話になると思います。

2013/6/17

ラグビーテストマッチ  趣味
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 先々週6月8日、日本対ウエールズのラグビーテストマッチ第1戦は、丁度スカパー無料放送期間だったので、観戦できましたが善戦どまり、第2戦はボロ負けかなと思っていました。
   6月15日(土)、テストマッチ第2戦。
 その夜BS民放の録画放送があり、勝敗は知らなかったので少々興奮して、五郎丸のペナルティーキックが決まった頃から、「ほんまに勝ってしまうんや?勝ってしまうんや!!」と思いながら見せてもらいました。
     日本 23 −− 8 ウエールズ
 先週末、阪神はつかの間の首位からやっぱり巨人に2.5ゲーム差を、あっと言う間につけられ。
 全米オープンゴルフは松山の10位が精一杯で、それでも誉められるぐらい。
 サッカーのコンフェデレーションカップでは、日本は0−3でブラジルに完敗。
その中で、世界がはるか遠くになってしまっていた日本ラグビーが、欧州チャンピオンのウエールズに完勝ですね。
6年後の日本でのラグビーワールドカップに少し光明が見えました。

 私は軟弱そうに見えますし、実際軟弱なんですが、大学時代はラグビーを熱心にしていました。
その頃はサッカーよりはるかにラグビーのほうが、日本ではメジャーなスポーツだったんですよ!
 まあウエールズの今回の日本遠征チームはやや2軍ぽい気もしますし、日本の暑さや時差ボケ、攻撃に失敗も多く迫力に欠けましたが、ミスせず・スクラムで負けず・キックがきちっと入ったら、日本ラグビーもなんとか世界で戦えるかと思いました。
 でもこの考えは、ブラジルに今や勝てるかと思っていたサッカーファンと同じく、甘い考えかもしれませんね。
   まあそれでも、この一勝は嬉しい!!!

     返事
花水木さん:これはイカの塩辛です。
     「菖蒲園・しょうぶ園・しょうぶえん・ショウブエン・ショウベン」と5回目で小便になりましたね!
喜珍さん:この1週間は百人一首以外の予定です。
大雪男さん:私はさっぱりしたのも好きですが、愛だ恋だ肉体だと言うのはもっと好きです。
和さん:窮の下の「み」はなんて読むんですかね?

2013/6/14

奈留島百人一首29  奈留島百人一首
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 29. 心あてに 折らばや折らむ 初霜の
            置きまどはせる 白菊の花

               凡河内み恒(オオシコウチノミツネ)(9世紀後期〜10世紀前期)
 「あてずっぽうなら折ることが出来ますが、初霜が降りて、どれが霜やら菊やら見分けがつかない!」
   「そんなことあらへんで〜」と、突っ込まれるような歌ですね。
 でも、難しい名前と読みのオオシコウチノミツネ、36歌仙で、紀貫之等と共に「古今和歌集」の撰者の一人です。
     【「み」を出すと3回エラーが出てしまい、腹立たしいですが平仮名にしています】
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 29. 酒のあてに 食べなや食べむ 塩辛の
            置きまよいはせず 白飯の上
 
              あてに・や・む・の・置きま・はせ・し・の  13字 同じ
 「島の人からいつも自家製の塩辛を貰いますが、これが目茶苦茶美味い!!!
普通の男ならこの塩辛をあてにして、焼酎かビールを飲みますが、私は迷うことなくこれを白飯の上に置いて、パクパクと食べるのですよ!」
と詠う、よだれが出てくるようで、奈留島の名物を巧みに入れた、なかなか上手に変換できた一首でしょ!
   しかし、この塩辛は本当に美味しく!
    尿酸値は高いが、そんなことはどうでもいいです。いただきます!!

      返事
花水木さん:やはり花水木さんの言うように、スカスカが正しいですね。
    高校の国語で小便を「ションベン」と大きな声で読んで、皆に笑われ、
先生に注意された記憶がよみがえりましたが、
私はなんか国語の基本がしっかりしていない人間のようです。
喜珍さん:「他山の石といたします」
    と私が返事するのは、なんか誤った使い方のような気もしますが?

2013/6/12

奈留島百人一首28  奈留島百人一首
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 28. 山里は 冬ぞ淋しさ まさりける
           人めも草も かれぬと思へば

                  源宗千朝臣(ミナモトノムネユキアソン)(?〜939)
 「山里はいつも淋しいが、冬になればなおのこと淋しさが身にしみる、訪れる人もなく草も枯れ果ててしまうと思うと、淋しいですねえ」
と詠う宗千は、第15番の作者光孝天皇の孫にあたり、36歌仙の一人ですが、あまり出世はしなかったようです。
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 28. 奈留島は シケぞ淋しさ まさりける
            パンも新聞も かれぬと思へば

         は・ぞ淋しさ・まさりける・も・も・かれぬと思へば   21字 同じ
 海が荒れて定期船や貨物船が欠航すると、一日で店の棚から商品がなくなります。
特にパン売り場の棚は、このようにスケスケになることが多いですし、新聞が来ないのは淋しい限りです。
私は長崎新聞と土日の競馬の時だけ九スポを取っていますが、長崎新聞には明日のテレビ欄もあってシケの時は便利です。
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大型台風が近づいて来る予報があると、島の人々は痛い目にあった経験があるのか、早くから家の周りを片付け、窓や戸を塞いで万全の体制をとります。
したがって、風が強くなってから急いで屋根に上がってけがをしたりする、日本本土ではよく起こっているような事故は起こらず、台風中に外来患者が来たりすることもありません。

     返事 
花水木さん:ブログでも、基本的にはあたり障りの無い文にしようと思ってしまう、
     私も大雑把な奴と言われていますが、これでも同じく小心者です。
喜珍さん:腐りにくい水という噂は、
      昔の船乗りにとっては、大事なことだったんでしょうね。

2013/6/10

奈留島百人一首27  奈留島百人一首
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 27. みかの原 わきて流るる いづみ川
              いつ見きとてか 恋しかるらむ 

                  中納言兼輔(チュウナゴンカネスケ)(877〜933)
 中納言兼輔は賀茂川の堤に大きな邸宅があったので堤中納言とも言われた藤原兼輔のことで、紫式部のひいお祖父さんにあたります。
 「みかの原からわき出て大きな川になったいづみ川、そのいづみ川という名のように、一度も逢ったことがないのに、どうしてこんなに恋しいのでしょうか」
 私の京都の家の横を流れる小川もいづみ川と言って、いずれ下鴨神社の境内に流れていきますので、このいづみ川のことだと思っていましたが、この歌のいづみ川はもっと大きな木津川のことでしたよ。
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 27. 海岸に わきて溢れる 夏井井戸
             だれが飲んだか 推理ふくらむ 

                  わきて・る・か・らむ  7字 同じ 
 奈留島の夏井と言う場所の海岸に、この写真の小さな井戸が有ります。
本当に海岸すぐ近くなのに、良い真水が出たらしく、昔夏井に停泊した船は便利で良い水なので、この井戸から水を汲んだそうです。
遣唐使船も中国までの飲料水として、南宋貿易の朱印船も船中の飲み水として、この井戸の水を積み込んだようですので、空海もこの水を飲んだかもしれませんし、伊能忠敬はまちがいなくこの水で喉を潤したと、色々想像します。
 そんな気持ちがうまくまとまった、同じ字は少ないですが、この歌も良し。
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 奈留島も昔は水の確保が困難で、あちこちに井戸があって、今もそこに祠があって祀られている場所も少なくありません。
 その中で夏井の井戸が一番有名で、この水を使うから夏井は奈留島で一番美人が多いといわれていますし、臨終末期の水としても、古人はこの水を希求したと言われています。
 井戸の目の前2mはもう海、写真のように相ノ浦湾の出口にあたる海岸です。
それなのに真水が出るのも不思議ですね。
      返事
花水木さん:私は和歌に詳しいわけがありません、高校古文は苦手でした。
    和歌は自分の心情がばれてしまう感じですし、また私情や恋心が入っていないと和歌とは言えない様なので、
    素人の和歌は恥ずかしいですね。
    そのてん俳句はドロドロした私情を述べなくてもいいから、
     今俳句をやる素人が増えてるような気がします。
喜珍さん:戦後は反動で、この額田王の歌が三角関係の歌との解釈がはやったのですかね、
     私もそんな風に教育を受けた覚えがあります。

2013/6/7

奈留島百人一首26  奈留島百人一首
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 26. 小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
           今ひとたびの みゆき待たなむ

                 貞信公(テイシンコウ)(880〜949)
 「小倉山の紅葉葉よ、お前に物の心があるなら、今度ここに醍醐天皇の御幸があるまで、散らないで待っていてくれよ」と詠う貞信公は、24番の作者菅原道真の怨念によって病死したと言われる関白藤原時平の弟で、右大臣までになった藤原忠平(フジワラノタダヒラ)です。
忠平は人望のある政治家で、道長に連なる藤原氏全盛の基礎をきずきました。
 それがなるほどとうなずけるような歌ですね。
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 26. なるの里 窓のさくら葉 心あらば
            今ひとたびの 面会待たなむ

           の・葉・心あらば・今ひとたびの・待たなむ  19字 同じ
 奈留島にある唯一の老健施設「なるの里」の庭には、桜の木がたくさん植えられ、春の満開時は近くの宮の森公園と併せて、桜の名所になります。
 「今日も家人が満開の桜の下面会に来てくれたが、又次の面会まで桜は咲いていてくれ、いや、桜が散らぬ間に次の面会に来てくれることを願っていますよ」
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 入所者の気持ちになって詠みましたが、なるの里はどの家からも近いので、毎日ぐらい面会に来る家人もいるそうです。
 すんなりと変換できた、楽な歌でした。

   返事
花水木さん:サネカズラという名は、なんかいやらしい気がするのは僕だけですかね。
喜珍さん:老婆心ながら、大友皇子は天智天皇の子供で、後の弘文天皇です。
    百人一首1番を詠んだ天智天皇は中大兄皇子です。
     私の想像ですが、天智と天武は兄弟ではなく、なんか親友ぐらいの関係だったような気がします。
    それで光仁天皇になって、皇統は天武から再び天智系に戻ったのではないかと考えています。

2013/6/5

奈留島百人一首25  奈留島百人一首
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 25. 名にしおはば 逢坂山の さねかづら
              人に知られで くるよしもがな
                   三条右大臣(サンジョウノウダイジン)(873〜932)
 三条右大臣は藤原定方(サダカタ)のことで、和歌や音楽に優れた上流貴族です。
邸宅が三条にあったので、こう呼ばれたそうで、息子の朝忠(アサタダ)の歌も44番目に出てきます。
 「逢坂山のさねかづらが、会って寝るという名を持っているなら、さねかづらをたぐるように、誰にも知られずに会いに行く方法が有ったら良いのになあ」
訳してみてももひとつ訳が下手なのか、上と下の関係が理解できませんでした。
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 25. 奈留瀬戸ば 小田河原鼻 展望台
             人に尋ねて くるもよしかな

               な・ば・人に・て・くる・も・よし・かな  13字 同じ
 奈留島と久賀島の間の狭い海峡は奈留瀬戸と言われ、潮の流れも速く、奈留から福江に向かう高速船のニュータイヨウがこの奈留瀬戸の出口あたりを横切りますが、風も浪もない時でもここではいつも船底を浪が叩くのがよく分るぐらいの瀬戸です。
 以前はありませんでしたが、奈留島に今回帰ってから訪ねると、丁度奈留島のヘリポートの近くに、九州自然歩道の世界遺産教会群巡礼コースとして整備された小田河原鼻展望台が出来ていました。
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 ここからは久賀島と奈留瀬戸が一望できます。
写真中央をよく見てください、風もないのに白波が立っているのが分りますか?
 最後順番を並び替えただけで「来るも良しかな」とうまくまとめた、光景が目に浮かぶような(写真があるからでしょー!!)一首でした。

   返事
花水木さん:私もカラオケは苦手です。
     歌は下手で唄えないし、下手な人が知らない歌を唄うのを聞いていると、我慢できない時があります。
喜珍さん:漁協の前の家には、電気自動車でないアイミーブが停まっていますね。
大雪男さん:早くも2位に落ちましたね。
      それでもいいんです、いいんですよ!  上出来です!


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