奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2015/11/28

映画  趣味
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 先々週に博多で家内と別れたあと、深夜に出航する太古に乗るまでの時間に映画に行くことにしました。
と言うか、映画を見たかったので、この小旅行を決めたのですが。
 映画は「グラスホッパー」、結構好きでたくさん読んでる伊坂幸太郎さんの原作です。
伊坂さん原作の映画も時々TVで観ていて、それなりに面白いので、上映してることを知って決めました。
 「グラスホッパー」と言う言葉自体、英語の割には心に響きますし、昔こんな名の酒場が京都にあったような気もします。
子供と初めて作った田宮の電動リモコンカーも四駆の「グラスホッパー」だったと思います。
 映画は読んだ時の筋ももうはっきりとは覚えていなかったので、新鮮で面白かった。
この娘よく見ると思っていた女優さんは、今NHKの朝ドラ主人公の波留さんでした。
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 出航までの時間はまだあったので、もう1本「UNCLE」も観てしまいました。
高校大学時代はよく映画館のはしごをしましたし、その中には3本立てのはしごもありましたが、映画のはしごも40年以上ぶりと思います。
 映画「UNCLE]は高校生の頃TVで人気していて、私も「スパイ大作戦」と一緒に必ず観ていた、「0011ナポレオン・ソロ」のリメイクなので、懐かしさで観てしまいました。
でも「0011・・・」よりもコミカルさに欠け、それでいて現実的な話でもなく、アクションも新鮮味はなかったですし、お色気も中途半端です。
 主人公はTVと同じく、ナポレオン・ソロとイリア・クリアキン、懐かしい!
TVでイリアを演じていたデヴィト・マッカラムはその当時すごい人気で、いかにも日本人が好みそうな俳優でしたが、私はその夫人で離婚してチャールズ・ブロンソンと結婚した、ジル・アイアランドの美貌に参った方です。
今頃はもうおばあさんか?死んでるか? 原節子さんもとうとう亡くなられましたね、母親と同い年です。

     返事
花水木さん1・2:私のマイピクチャ―には、自然に縦で入るのですが、
    ブログに取り込むと横になってしまい直せません。
     私はやっぱり異性がいいです、おじいさんよりおばあさんでが好きです。
大雪男さん:佐斗司さんの作品も慣れてくると、
    奈良のあのセントくんでさえ楽しいです。
和さん:奈留では岸壁から少し離れても帰ってくれる時があったのですが、
    さすがジェットフォイルは戻ってくれませんでした。
    電車やバスと違って、船に乗り遅れると、ものすごく悲しいですね。

2015/11/22

長崎から博多へ  九州本土
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 先週は家内が京都に帰るのに付いて、長崎まで行ってみる計画をたてましたが、会が沢山あってか長崎の宿が取れず、博多まで出て家内と別れ、その夜の太古で帰る計画に変更。
 土曜日朝一番のジェットフォイルで出発の予定が、予想もしなかった福江港駐車場満車に遭遇。
悲しいことに乗り場に着いた時に、ジェットフォイルは岸壁を1ⅿ離れていて、帰ってくれませんでした。
しかたなく2時間後のジェットフォイルに変更して長崎に。
 したがって、予定の長崎県美術館の鴨井玲の展覧会は観ないことに変更。
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 長崎駅前では「ながさき市民のつどい」で人が集まっていて、大きなクリスマスツリーももう出ていました。
福江島から長崎に出ると、長崎はやっぱり大都会です。
 「てまとり姉妹」さんの名前にひかれて少し見学、この姉妹は中身も女の人でした。
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 結局長崎ではちゃんぽんを食べただけで、「長崎の教会群(天主堂群ではなく)を世界遺産に」のポスターが貼られている長崎駅のホームから、白いカモメに乗って博多へ向かいました。
 (縦の写真が張り付けると縦になりません!教えて下さい。
    腕の中身も女の人ですよ。)
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 博多は小雨、新しくなった駅ビルの阪急の屋上庭園には、何故か鉄道神社があって、あの懐かしい薮内佐斗司さんの彫刻が小雨にうたれていました。
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 阪急で1枚セーターを買ってもらい、京都に帰る家内とさよなら、映画を2本観て、23:45発の太古で帰りました。
船は揺れませんでしたが、早く起きたので、久しぶりの若松大橋の写真。
ほとんどが乗り物に乗ってる旅行でしたが、フークがいなくなって出やすくはなっています。
 この3連休は本日の日当直のみ、一人ゆっくりしています。

      返事
花水木さん:もしかしてとか、そうなったらの世界に、
    どんどん入って行くのは、私も好きです。
大雪男さん:繁敷教会には、対向車が来たらどうしよう、
    とばかり思って車を走らせていました。
和さん:繁敷も、距離的には同じか倍ぐらいでしょう。

2015/11/16

楠原天主堂  富江
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 1912年(明治45年)に完成した楠原(クスハラ)天主堂、五島の天主堂としては珍しく福江島の中央、海から離れた場所に建っています。
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 天主堂と言うより楠原教会と言った方が言い易いですが、「教会」は共通の信仰によって形成される集団のことで、その「教会」の建築物が一般的に「教会堂」らしいです。
 「ローマカトリックのアジア名は天主教、その建築物は天主堂になります」と、以前信者さんから説明されたことがあるので、五島の教会堂はほぼ天主堂になります。
ですから、「長崎の教会群を世界遺産に」と運動していますが、「長崎の天主堂群を世界遺産に」変えなくてはと、天邪鬼の私は思ってます。
それでも、天主堂と言うより教会の方が言い易い。
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 昭和41年の楠原天主堂の写真です。
昭和41年には私はもう高校生、天主堂の玄関のヤシの木はまだ2ⅿぐらいの高さしかありませんでした。
その後私はまったく背が伸びず、むしろ2〜3p縮んだぐらいですが、ここのヤシの木は立派に育って、狛犬か左近の桜・右近の橘以上に教会によく似合っています。
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 窓の外から中をそっと撮らしてもらいました。
窓ガラス越しなので余計幻想的に、今にも神が降臨するような雰囲気です。
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 明治の初めにこの地であったキリシタン迫害で、牢屋として使われていた民家が老朽化し、解体されたものを集めて、平成8年にこんな小屋の中に復元されていました。
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 内部は明治の頃の民家一部です。
ここに入牢していたのは全部で69名、楠原や水ノ浦、それに少し離れたあの小さな島姫島の18人も含まれていました。
名簿の中には(名前の末は蔵・吉・助など)女性名は見当たりませんでした。

     返事
花水木さん:カーナビの女性の声にも心ときめく老人です。
    京都弁にしてくれたら、もっと現実感をもってときめくかも。
大雪男さん:確かに、カーナビはわざと狭い道を教える時がありますね。
和みさん:遊具はまだ古くなかったのに、
    あの芝生広場はそんなに昔からあったのですね。

2015/11/13

鐙瀬  富江
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 鬼岳から流れ出た溶岩が海に流れ込んで出来た海岸で、その成立が同じせいかなんとなくハワイ(行ったことはありませんが)を思わせる鐙瀬(アブンゼ)溶岩海岸。
いつもは鐙瀬ビジターセンターの駐車場に車を停めて、そこの展望所からの景色を、お客さんに見てもらっているだけでしたが、今回初めて、この地図の右から左へ往復、溶岩海岸を二人で歩いてみました。
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 ゆっくり海岸の遊歩道を歩いて振り返ると、いつもはここに上がって周りを見渡す白い展望所が見えます。
対岸になる富江や只狩山も意外と近く見えています。
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 いつも言ってる、ハワイのダイヤモンドヘッドのような山、左の山は以前登った展望所の有る箕岳です。
 海岸はずっと、溶岩が海に流れ込んで冷え固まった地形です。
この溶岩のおかげで、福江島は平地が増えて、耕作地もたくさんある島になりました。
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 道々椿林もありますが、この時季は元気そうなツワブキの黄色い花がたくさん咲いていました。
恐竜時代の頃のような木もたくさんあるので、南洋っぽい感じもしますし、人物もあほっぽい感じです。
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 こんなに広い芝生広場があることを知りました。
向こうの島は富江から舟で行く住民2人の黒島、黄島や赤島も近くに見えます。
 結局この日ここを歩いているのは我々二人だけでしたが、独占するのがもったいないような場所でした。

     場所
花水木さん:世の中にいいふうふなんて少ないと思います。
     それなりのふうふで充分と思ってます。
和さん:娘の車のナビは、毎日乗るたびに
    「今日はこれこれの日です」と言ってくれます。

2015/11/10

1111  富江
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 1ヶ月ほど前に富江のマーケットで、3割引きのアイスなど買ったら、合計が丁度1111円。
 2か月前ぐらいに福江のスーパーでも1111円で、その時はレジのおばさんが喜んでくれて、わざわざ「おめでとう! 柔道の柔らちゃんも1111円のレシートを貰った後に金メダルを取ったのですよ」の解説付きで祝ってくれましたが、今回のレジのおばさんは何事もなかったようにスルー、私だけが丁度1111円を払いながらほくそえんでいました。
 あれから1か月以上、競馬は相変わらず入りませんし、他にも良いことはありません・・・・。
 1111 そろそろ11月11日、ポッキーの日・鮭の日・下駄の日などなどですが、なんでそんな記念日をお前は知っているのかと言えば、11月11日は私の孫の誕生日だからです。
 今年の誕生祝は祖父母で手紙を書いて送り、安くごまかしていますが、孫の誕生日番号で競馬やナンバーズやロトを買うには、なんとも向いていない誕生日ですね。

       返事
和さん:我が家とは逆の地下鉄出口にあるほうの店ですね。
花水木さん:確かに首を後屈し続けると、私はふらっとします。
大雪男さん:一時期中央では富江藩の方が福江藩より上に
    位置していたようですよ。
     小説「珊瑚」でも主人公は瀬戸内からの人だったような気がします。

追加で;
   「珊瑚之碑」の中に入っている、昔奈留から来た時に撮った珊瑚の観音像の写真、
   キミマロズームではなかった頃のカメラなのでピンボケですが、書いた後に偶然見つけました。
   前回これを載せようと捜した時には見つからず、1回遅れで載せます、人生こんなものです。
   比べてみるとガラスも割られて、盗られたようです。
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2015/11/6

富江町只狩  富江
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 秋の一日、富江近くの地蔵坂の展望所から富江の中心街を眺めます。
右の台形の山が只狩山、富江病院はその麓近くにありますし、私の住所は富江町狩立。
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 たぶん最初の写真と同じぐらいの場所から眺めた、昭和の初めか大正の頃の富江。
その頃の燃料は薪のため、只狩山ははげ山ですし、病院どころか人家も只狩山周辺には少なそう。
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 今度はその只狩山から見た昭和10年頃の富江です。
鯨漁とか珊瑚漁とかでまだ栄えていた頃か、今より多いぐらいの家並です。
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 今の只狩山からだいたい同じアングルで見下ろした富江の町並み。
富江病院は画面左下の木々の向こうぐらいに隠れていますし、埋め立て地も増えてる感じです。
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 只狩山は標高84ⅿ、この展望台からは富江湾や、逆方向の黒瀬の津多羅島まで見渡せます。
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 富江の60kmほど南の沖に浮かぶ男女群島周辺では、明治の頃より珊瑚漁が盛んで、富江の町はイタリア人が来るほどこの珊瑚で潤っていたそうです。
 明治末にはこの珊瑚漁の舟が台風にやられて、2年続けて1000人近い死者を出す海難事故が起こっています。
 この事故などを新田次郎さんが「珊瑚」という小説にしていますので、富江の人もそうでない人もぜひ読んで下さい。
只狩山の上にあるこの「珊瑚之碑」はこの小説を記念して作られましたが、7〜8年前に奈留島からここに上がった時には、この丸い穴に珊瑚の観音様があったと思いますが、誰かに盗られたようですね。

       返事
花水木さん:少年〜青年時代の秋の空は、甘酸っぱく切なかったですが、
    老年期の秋の空は、酸っぱいだけの切なさで見上げています。
大雪男さん:家内はそれほど脚軽くはないようですし、
    体も軽くないです。
和さん:松ヶ崎で夕食、「ピノ」ですかね?

2015/11/2

大瀬崎灯台  富江
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 いつもは展望台からこの写真のように眺めているばかりの大瀬崎灯台、富江に来てからは頻回にここまでは行っていましたが、なかなか灯台までは行けませんでした。
 秋の一日、久しぶり(2回目?・3回目?)に灯台下まで足を延ばしました。
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 いつもとは逆に、灯台近くから展望台の方向を振り返って撮ってみました。
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 7年前に家内とフークで奈留島から行った大瀬崎灯台の写真です。
この時の方が灯台周囲はすっきりしていますが、この最後の階段は少し怖いぐらい。
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 今の大瀬崎灯台、階段に手すりが付いて、周囲の壁も少し修復されていて、壁の内側に鉄柵も付いていますし、太陽光パネルも設置されました。
これでは「悪人」のロケも出来なかったかも。
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 7年前の灯台下での記念写真、7年前でも60歳丁度なので、若いか?ではないですね。
フークも7歳で、元気にここまで登ってくれました。
 鉄柵がないのですっきりしていますね。
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 灯台は高さ16ⅿ、明治12年12月15日初灯も大戦で銃撃なども受けたようで、昭和46年に建て替えられたコンクリート製です。
 人物は高さ1.68ⅿ、昭和23年7月8日出産も世間の荒波を受けたようで、もうじき建て替えたい男性です。
7年前と似たような服装で一人立っていますが、重心が下に下がってる感じはゆがめない事実です。
 鉄柵もやや無粋ですね。
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 片道1200m、帰りは登りなので予想以上に疲れました。
 木漏れ日の中先を行く家内、キミマロズームならすぐそばにすぐ寄れますが、追いつけそうで追いつけない、寄れそうで寄れないのは日常と同じ。
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 少し芸術的に撮ってみました。
最近IAモードにして撮ると黒いシミが出ないことが分かりましたので、今は細長いIAモードでやや小さい写真になってることが多いです。

     返事
花水木さん:ツワブキの群生、やや薄暗い所に多いですが、
    なかなかのものですね。
大雪男さん:九州では阪神の情報は少なめ、
    セは皆弱そうなので、金本に頑張ってもらいたいです。


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