奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2017/11/26

井上陽水コンサート  趣味
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 仕事を終えて急いで出発、JR奈良駅前で家内とおち合います。
確かJR奈良駅は旧駅舎を横にずらしてそのまま保存移動、綺麗になった新奈良駅には初めて着きました。
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 その奈良駅構内で簡単な葛料理を食べて、コーヒー飲んで、向かったのが駅前のなら100年会館。
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 井上陽水のコンサート2017秋Good Luck!に行ってきました。
陽水さんに会うのは初めてですが、声がいつまでも良いですね。
結構前の方の席だったので、より良かったですが、アンコールと併せて23曲を歌うのは立派なもので、私と同い年とは思えません。
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 同い年の私は、ブラタモリの曲を歌う前のはなしの途中で、同列の人の前を通らしてもらってトイレに立つという、醜態をさらしてしまいました。
その後すぐに途中休憩15分が入ったのに、恥ずかしい限りです。
 
     返事
花水木さん:電線はしかたないですね。
    私の家からの「妙」も電線と電柱が入ります。

2017/11/20

大山崎山荘美術館  趣味
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 大山崎の天王山山腹にあるアサヒビール大山崎山荘美術館。
モネの睡蓮をたくさん集めていたり、民芸運動ゆかりの作品も多くあって有名です。
本館の大山崎山荘に、安藤忠雄さん設計の建物も併設して、全体が美術館になっています。
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 阪急大山崎の駅前から美術館のシャトルバスに乗せてもらい到着、本館までの坂道は雨でしたが、紅葉が迎えてくれました。
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 開催されているのは有本利夫展(アリモトトシオ)、女性に人気が出てきている絵ですが、私が観てもなんか心が安らぎます。
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 家内の希望で来ましたが、家内はこの本も買いました。
皆さんもどこかでこの人の絵を見ていませんかね。
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 大山崎山荘より前に造られた白雲楼の建物の白と、紅葉の赤が雨に煙って綺麗です。
右の方は安藤忠雄さん設計の夢の館の屋根になります。
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 これも安藤忠雄さん設計の地中の宝石箱越しの紅葉です。
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 この半地下の地中の宝石箱に、モネの睡蓮など収蔵品の一部も展示されていましたが、その中でモディリアーニの「少女の肖像」の顔、好きになって絵葉書買うという、少女のような趣味もある私です。
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 庭園の紅葉も綺麗で、小雨に煙って情緒たっぷりです。
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 陽が当たった紅葉が良いと前回書いたところですが、雨の紅葉もまた素晴らしい。

    返事
花水木さん:家の窓から山や海が見えるのは最高ですが、
    それが富士山ならもう言うことなしで、羨ましい限りです。

2017/11/18

近場の秋  京都から
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 めっきり寒くなってきた京都、通勤途中の電車も地下鉄も観光客であふれています。
お手軽に家の窓から京都の秋を眺めます。
 目の前の柿の木。
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 教習所と球技場周囲の秋。
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 送り火の「妙」も寒そうです。
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 じっとしててはいけないので、近くを散歩。
宝ヶ池の国際会議場と比叡山。
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 紅葉は陽が当たるとよけいきれいになりますが、写真に撮ると今回はもひとつです。
写真の昨日は晴だったのに、今日は雨で、余計に寒くなってきました。

     返事
花水木さん:せこ蟹は松葉蟹のメスです。
    昔はただ同然で、子供のおやつだったそうでが、今はそうはいきません。

2017/11/15

若狭小浜  
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 奈良に行くつもりが急に方針転換で、小浜へドライブ、この辺が二人だけで気ままなものです。
 小浜の蘇洞門巡りの船は、波が高くてショートコースになっていたため断念、いつもの店で牡蠣か蟹か赤エビを食べようと思いましたが、貸し切りで満員。
 松葉カニは高かったので、せこ蟹(コッペ)を買って帰るだけにしました。(夕食は一匹ずつで結構おいしく満足しました)
 結局秋の日曜日でも誰もいなかった鵜の瀬に寄りました。
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 有名な奈良東大寺二月堂のお水取りで、井戸から汲みあげる水は、ここ鵜の瀬の水中洞窟から地下水路を通って、1年かけて流れてきた水です。
実際は、3月2日にここでお水送りをして、3月12日には東大寺でその流れてきた水でお水取りをしています。
 奈良に行くつもりが方針転換でここ小浜に来ましたが、あながち転換でもないようでした。
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 近くの明通寺(ミョウツウジ)にも寄りました。
三重塔とと本堂が国宝なので、前回の国宝展と繋がってるということにもなります。
ここには観光バスも来ていました。
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 紅葉もまずまずです。
806年に征夷大将軍坂上田村麻呂が創建したという由緒ある寺ですが、なんでこんなところに建てたのか、蝦夷征伐の帰りにでも船で若狭湾に上陸したのですかね?
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 三重塔は鎌倉時代の再建ですが国宝です。
1階は扉が開かれていて、写真撮影は禁止ですが、釈迦三尊像と阿弥陀三尊像があり、周囲の壁や柱には極彩色の絵図が色鮮やかに残されていました。
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 本堂も鎌倉時代の再建ですが国宝です。
若狭は古くから発展していたのでしょうね。
 中で詳しい説明をしてくれました。
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 本尊の薬師如来の左には、あまり聞いたことのない深紗大将(シンジャダイショウ)、西遊記の沙悟浄のモデルで頭に髑髏・腹には女性の首・手には蛇を持っています。
右には降三世明王(ゴウザンゼンミョウオウ)、両足で踏みつけているのは邪鬼ではなく、仰向けの神々の王シヴァとその妻らしいです。
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 京都はどこも紅葉だらけですが、ここの紅葉も綺麗でした。
 毎年当ててるような気がしてるこの日のエリザベス女王杯、今年はかすりもせず、昨日の麻雀も負けて、今年の秋は長く冷たい秋になっています。

    返事
花水木さん:後半が消えてしまったブログになり。
    その再掲も不可能ですが、消えた部分を読んでいただいたのは花水木さん他数人だと思います。
花水木さんの再掲分:何度書いても消えたのにはめげました。
    今回もおそるおそる送ってみます。

2017/11/11

  
 どうもみんみんを漢字にすると消えるようですので、もうこれ以上はやめます。

2017/11/11

Re変更  
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 また飛びましたので、消滅したイノダのコーヒー写真だけ出します。
どうも

2017/11/11

変更  
 文字化けを直したら、それより先の文と写真も飛んでしまいました。
変更しても直りません、花水木さんのコメントも他の人には解かりにくくなってしまいました。
 ここで続きを書きます。

 昔は300円ぐらいで済んでいた

2017/11/11

国宝展  京都から
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 京都の秋も本格化、通勤途中の地下鉄もJRも観光客がより増えました。
京都国立博物館の国宝展も混雑してるとのことで、金曜日の夕方から出かけました。
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 展覧会自体は、ロダンの考える人と木の向こうにチラッと見える新館の方です。
人は多かったですが、並ばずに入場は出来ました。
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 私のお目当ては長谷川等伯の松林図屏風、水墨画としては一番と思ってます。
確かメガネをかけ始めたころに観て、眼鏡をはずしてますますぼやーと霧の中に立つ松の姿に、同じ作品でもメガネと裸眼と2回楽しめるので、目が悪くなったのもなかなか良いものだ、と思ったことを想い出しました。
 他にも教科書で有名な源頼朝像や、最近お世話になっている日本書紀もありました。
金印は五島でそのレプリカ見て、しかも触れましたので、あまり感激はせず、火焔状の土器は今回の時期にはもう展示終わっていて、少し残念。
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 もっとたくさんの展示物があって疲れると思いましたが、意外とあっけなく終わり、満足度は50%ぐらいです。
 外に出ると、それでももう夜。
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 考える人の向こうには京都タワーが見えます。
奈留島の旧奈留小学校の考える人の向こうには、焼き肉の大正閣の看板があったことを思い出したので。
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 家内に許してもらって、焼き肉ではないですが、夕食はめちゃくちゃ久しぶりの餃子の

2017/11/8

22-1清寧天皇  天皇陵巡り
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 古事記では、第21代雄略天皇には二人の子供しかおらず、その皇子は白髪大倭根子命(シラガノオホヤマトネコノミコト)のみです。
その皇子が大和の伊波礼(イワレ)に甕栗宮(ミカクリノミヤ)(奈良県桜井市)を造り、第22代清寧天皇として天下を治めましたが、太后も御子もいなかったようです。
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 したがって、清寧天皇が崩じた後天下を治めるべき人がいないため、17−2市辺押磐皇子(イチノベノオシハワケノミコ)の妹17−3の飯豊王(イヒトヨノミコ)が、一時期天皇になったかのように書かれていましたが、清寧天皇自身の陵はどこか書き忘れています。
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 日本書紀では、雄略天皇には他にも妃がいて、全部で4人の妻から1.清寧天皇2.稚足姫(ワカタラシヒメ)3.磐城皇子(イワキノミコ)4.星川稚宮皇子(ホシカワノワカミヤノミコ)5.春日大娘皇女(カスガノオオイラツメ)と5人の子が出来、その内異母兄弟の星川稚宮皇子の反乱を焼き殺して押さえて、清寧天皇が天下を治めています。
また春日大娘皇女は後に第24代仁賢天皇の后になり第25代武烈天皇を産んでいます。
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 また日本書紀では、清寧天皇が在位中に市辺押磐皇子の遺児である億計(オケ)と弘計(オケ)が見つかり、次の御世を譲るようにして、41歳で崩御し河内坂門原陵(コウチノサカドノハラノミササギ)(大阪府羽曳野市)に葬られました。
 かくして兄弟や親族の殺しあいによって、允恭から安康・雄略・清寧と続いた家系は男系としては断絶しました。

     返事
花水木さん:そんなこと言ったってえ〜(少し甘えてみました)
    天皇陵巡り、確かに同じような写真ですね。
    周りの景色を入れたり、寄ったパフェを入れたり工夫します。
     と言いながら、今回も前回と同じような写真ですみません!。
タグ: 天皇陵

2017/11/5

21-1雄略天皇  天皇陵巡り
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 第20代安康天皇が義理の息子の眉輪王に殺されたために、安康天皇の弟の大長谷命(オホハツセノミコト)は仇を討とうと兄のクロヒコノミコを誘いましたが、賛同しなかったのでこの兄を切り殺し、もう一人の兄シロヒコノミコものんびりしていたので、生き埋めにして殺してしまいました。(この結果第19代允恭天皇の皇子5人中4人は死亡)
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 続いて、オホハツセノミコトは兄の安康天皇の殺害犯のイトコの眉輪王が逃げ込んだ家臣の家を包囲したため、家臣と眉輪王は自害して果てました。
 また以前紹介したように、第17代履中天皇の息子であるイチノベノオシハノミコはイトコにあたりますが、これを猟に誘って射殺し飼い葉桶につめて、その舎人と共に埋めていますし、イチノベノオシハノミコの弟である御馬皇子(ミマノミコ)も日本書紀では殺しています。
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 こうして大長谷命は、大和の長谷(ハツセ)に朝倉宮(奈良県桜井市)を造って第21代雄略天皇(ユウリャク)として天下を治めました。
 兄の紹介してくれた叔母にあたるワカクサカベノミコを妻としましたが、子は出来ませんでした。
又眉輪王をかくまった家臣の娘カラヒメを妻として二人の子をもうけていますが、このうち白髪命(シラガノミコト)が次の第22代清寧天皇に成りました。
 日本書紀では、その他に2人の妃から2皇子と1皇女が産まれていると書いています。
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 こうして雄略天皇は他にもいろんなことがあった後に、古事記では124歳(書紀では62歳)で亡くなって、大阪府羽曳野市にある丹比高鷲原陵(タジヒノタカワシノハラノミササギ)に葬られました。
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 陵南の森図書館に車を置いて、すぐ近くの雄略天皇陵まで歩きました。
この陵は元々円墳だったのを、無理矢理前方部を付けて前方後円墳なおしたようで、文久の修陵の時の絵図はまったく違った形をしています。

     返事
花水木さん:私も自分を小さく撮っていますが、
    それでもその立ち姿があまりにも爺さんなので・・・。
     天皇陵巡りにパフェはなかなか難しいので、堪忍して下さい。
    他の話の時にはなるべく入れるようにしますが、食べた後に写真撮影を思い出すことが多いです。
大雪男さん:昨日は遅くまでかかって、最後は寝てしまいました。
    4−2ソフトバンクと予想は当たりませんでしたので、今日の競馬もまだダメです。
    まあ丸く収まった結果ではありますね。
タグ: 天皇陵


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