奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2018/6/3

若狭へ2.  
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 前日予約で泊まったのは、小浜湾奥にあるうみんぴあ大飯のホテルうみんぴあ。
周囲には温泉や道の駅やエルガイアおおいなど、大飯原発の補助金?に依る豪華な箱ものがたくさん有ります。
昨年寄った時にはなかったDIYのナフコの店や食品スーパーまで出来ていました。
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 夕陽を見ながら、我々と同じぐらいの人ばかりの泊り客に混じって夕食、向こうに見えるのが若狭富士ですと、ボーイさんが説明してくれました。
 じゃらん夕食の良かったホテル部門で近畿第1位と書いてありましたので、まあまあの夕食ですが、第1位とまでは・・・・。
すぐ横に入りに行く温泉は綺麗で、眺めもよく良かったですが、夜早く終わるのと朝は入れないのが欠点です。
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 朝食前に海沿いを散歩、隣のこども家族館の前で、これまた朝の散歩をする地元一家にお会いしました。
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 立つ位置間違いました。
私はやっぱり、左のお爺さんの前に立つべきでした。
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 カバの親子にもバカにされてしまいました。
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 帰りは舞鶴を廻って帰りますが、舞鶴の五老ヶ岳公園にも寄りました。
ここから見る舞鶴のリアス式海岸は、朝のTVの「す・またん」(大阪地方ローカルの情報番組)のお天気カメラの映像が、これだと確認したかったからです。(先週のTVでも、ここだと言っていたので、先取りになりました)
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 50ⅿほどの五老スカイタワーにも昇り、もう少し上からの景色も確認、舞鶴湾なかなか綺麗ですよ。
近畿100景第1位選出らしいですが、これまた第1位とまでは・・・。
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 タワーの下にはスカイタワーの入場券(200円)で100円安くなる店があって、それにつられて本日15食限定のイチゴパッフェを食べてしまいました。
食べてる時に家内にメールが入り、ちょっとした用事が出来たため急遽帰ることになりました。
帰り道の京北町の道の駅で食べた鴨ステーキ丼(850円)、値段にしては美味しい。
で、若狭の旅は終わり。

     返事
花水木さん:さすが「ちりとてちん」は、
    息子さんが落語家になる前でも観ておられたのですね。

2018/6/1

若狭へ1.  
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 思いついて、計画もなく若狭へ、先週1泊旅行に行くことにしました。
いつものように鯖街道を走って小浜へ、天気も良く波も穏やかそうなので、蘇洞門(ソトモ)めぐり遊覧船に乗ることにしました。(2000円)
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 1時間に1本の時間待ちに、出航地若狭フィッシャーマンワーフで、ノドグロの寿司をちょっと食べて、10人ぐらいの同世代観光客と一緒に乗り込みました。
 五島の海上タクシーよりは少し大きい船で、波がない海岸線を走ってるのですが、スピードを上げると少し揺れます。
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 年中水量が変わらない白糸の滝、この上にワサビが栽培されていて、この崖をワサビを持って上がり降りしていたとのことです。
 いろいろな名前が付いた奇岩など綺麗ですが、海や島を見慣れてしまった私には、これで2000円とはちょっと物足りないと思っていました。
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 でも、最後の「大門・小門」が見えてきて、ここでは船を降りて見物も出来るようです。
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 小さな桟橋から上陸、5分ほど近くの滝を観たり出来ました。
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 天気も良く海も綺麗、なかなか良いタイミングで蘇洞門めぐりに来たようです。
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 小浜の浜にある小浜公園にも、縮小された「大門・小門」がありましたが、その横の「雅(ミヤビ)」で昼食、今までも2〜3回入ったことがある店です。
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 今日の私は素直に鯖寿司定食。
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 珍しいので一緒に頼んだ穴子のおとし、見かけは鱧のおとしそっくりですが、私的には鱧より穴子の方が歯ごたえがあって美味しく感じました。
写真は、後の祭りです。

     返事
花水木さん:わずかに残った田畑も、
    近くの農家は農薬を使わなかったので、蛍戻ってきたようです。
     京都の家の外にはハイエナは出ないと思いますが、
    家の中のサイにはいつも十分気を付けています。
大雪男さん:五島にいる時、
    若松島と島山島では鹿を見ました。

2018/2/12

明日香へ輪行2.  
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 昔から有名だった(昭和2年史跡指定)酒船石(サカフネイシ)、小高い丘の上にある長さ5.5ⅿの石です。
酒を搾る槽とも、薬を作る装置とか、水を流して占いをする道具とも言われてきました。
初めて実物を見ましたが、人工的な溝があるとしかコメント出来ません。
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 酒船石が頂上にあった丘の麓に、最近(平成12年)話題になった酒船石遺跡があります。
天皇陵巡りのついでに行くにはもったいないかもしれませんが、今の天皇も来られていました。
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 ここは有料で300円、シニア割引もありませんが、最近はどこにでもおられる案内ボランティアの人が詳しく説明してくれたので、値打ちはありました。
 天智・天武の母親で土木工事好きの斉明天皇が作らせたようで、説明によると、単なる噴水施設ではなく、この亀形石造物の内に座って前の小判形石造物の水をかけてもらって禊をした後、この上の丘に登って祭祀をした可能性もあるそうです。
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 明日香で一番有名でしょうね、蘇我馬子の墓と言われてる石舞台、250円の入場料がJAF割りで200円でした。
石室を覆っていた盛り土が早くから失われ、巨大な天井石が露出していたことから、この名前で親しまれています。
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 石室に通じる入り口と羨道(エンドウ・センドウ)です。
ここにも案内ボランティアさんがいて、もっと石が露出していて遠足の子供がその上に乗ってる写真を見せてもらいましたが、50年前に私たちが行った時は、無料でしたがさすがに石の上に登った記憶はありませんでした。
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 今も石室内に入れます。
やっぱりお墓だと思うと、なんか圧迫感のある神秘性があります。
高校生の時より70歳の今の方が、絶対感受性が豊かになっていると思います。
あの頃、無駄に生きすぎましたよ!
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 畑と民家の間にあった亀石、私の背ぐらいの高さがあります。
亀の顔というより、童女のような感じがしました。
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 7世紀後半終末期古墳の石室の一部がずり落ちてきた 鬼の雪隠(セッチン)、石室の蓋石部分にあたります。
 寒い中を自転車で走ってきたので、これを見ると余計におしっこがしたくなりました。
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 雪隠部と後方の目的不明の細長い通路のみが、欽明天皇陵の飛び地として宮内庁書陵部の管理となってるようで、柵があります。
とってつけたような感じですが、まあ宮内庁管理になった方が、変わらないという利点はありますかね。
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 雪隠の上の方に、これまた宮内庁管理の 鬼の俎(マナイタ)がありました。
石室の底石が露出していて、この上の部分が落下して下の雪隠になったようです。
この辺りには鬼が住んでいて、通行人を捕まえては、この俎で料理して、雪隠で用を足したという伝説が残っています。
 明日香の石造物ばかりを廻りながら、この後も西の方に自転車を走らせ、天皇陵を巡って橿原神宮前駅に到り、ここで自転車を折り曲げて、近鉄電車で帰りました。
丸1日、ちょっとしんどかったですが、有意義な冬の日でした。

    返事
花水木さん:治療は内服ですか、吸入ですか?
     神保さんからは今年も年賀状を貰いました。
    静岡県人はむちゃくちゃ礼儀正しいですね。
     心旅、私が一番期待していますが、採用はしてくれないでしょうね。
大雪男さん:来島嬉しかったですが、
    城岳の東屋で前泊したと聞いて、びっくりしたことを思い出しました。
    今は猪が出るので、」あの東屋で寝るのは無理ですよ。

2018/1/31

明日香へ輪行1.  
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 冬の比較的暖かい日、久しぶりに勇気を出して、奈良の明日香へ輪行です。
朝早くの空いてる地下鉄に乗って、近鉄に乗り換えて、奈良の近鉄桜井駅で下車、自転車を組み立てて出発です。
 本来の目的は天皇陵巡りですが、それはまた後程書くとして、この回は明日香周辺の石造物を紹介します。
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 二つほど天皇陵を巡って、東の方の山側から自転車で明日香まで降りて来たところで、飛鳥資料館が目に入ったので寄りました。
 一般270円が、65歳以上だと無料、嬉しいような気の毒なような感じ、受付も若いお嬢さんではなく、近くの農家のお母さんのパートという感じが良かったです。
 広い庭には飛鳥石造物のレプリカが沢山飾ってありました。
口から水を出して、噴水になってる石人像。
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 館内には、その本物もありました。
写真撮影も禁止してないのが嬉しい限りです。
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 これも庭にあった、レプリカの須彌山石(シュミセンセキ)、最初に作ったのは推古天皇の時代に百済からやってきた技術者のようです。
立派すぎる姿ですが、尿道下裂のように水が出ていました。
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 館内にあった本物、中をくりぬいて、水が流れる装置になっています。
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 1982年(昭和57年)に発掘された時、地中の泥の中にそのままの姿で倒れて埋もれていたこの塀、新聞の写真ではっきり覚えています。
その山田寺の回廊が、保存処理されて飾ってあったのも驚きです。
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 自転車で明日香の農道を走りながら見つけた、あまり聞いたことがない弥勒石(ミロクイシ)。
これを拝むと、下半身の病気が治ると書いてあったので、熱心に祈りました。
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   伝蘇我入鹿(ソガノイルカ)首塚
飛鳥寺のそばにありましたが、周りに案内板が全くありません。
多分これだと思う、甘樫丘(アマカシノオカ)をバックにあった五輪塔です。
大化の改新(乙巳の変)で首をはねられた入鹿の首が、ここまで飛んできたそうです。
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   伝飛鳥板蓋宮跡(イタブキノミヤ)(昭和47年4月10日史跡指定)
 高校生の時、歴史好きの友達の誘いで、10人ぐらいの同級生と来て、大化の改新の舞台だったと教えられ、感心した記憶があります。
その頃は歴史好きではなく、女の子たちも一緒に行くので嬉しかっただけですが、どんな理由であれ、史跡指定より前から来ていたというのは、プチ自慢になりますよね。

   返事
花水木さん:一夜に7度はすごいですよね!
    さすがの私も飽きてしまうというか、無理でしょう。
     今回も食ネタをはさめませんでした、すみません。

2018/1/18

正月明けの旅行3  
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 牛窓を出て北に向かいます。
世界最古の庶民のための公立学校である旧閑谷学校(シズタニ)も見に行きました。
 岡山県の東の端、備前にある特別史跡です。
高校の日本史で名前を知って、「閑」の字が印象的で憶えていて、一度は行きたかって、意外と行ってなかった場所です。
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 備前焼の瓦が美しい建物群ですし、一番大きいこの講堂は国宝ですが、今も学習に使われているようです。
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 学校全体を取り囲む765ⅿの石塀が、300年を経た今もそのままに有って、丸いカーブが美しく、私はなんとなく、五島列島の福江の武家屋敷を思い出しました。
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 岡山藩主の池田光政が、庶民教育の学校を建てるように命じたのですが、実際に実行した家臣の津田永忠(ツダナガタダ)がなかなかの人物だったようで、その人が最後まで住んだ学校近くの屋敷跡のそばに、この黄葉亭(コウヨウテイ)と言う茶室がぽつんと建っていました。
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 国宝ついでに、世界文化遺産でもあり、綺麗に修理された姫路城(白鷺城)にも寄ってきました。
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 やっぱり大きい!
千円の入場料が高いか安いかは別にして(得意のシニア割引もありませんでした)、観光客は多く、天守閣の中は混みあっていました。
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 この写真を撮っていて、このアングルになんとなく見覚えがあるので、帰って過去の写真を見てみたら、
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 30年前に家族5人で来て、この場所で写真を撮っていました。
比べてみたら、30年前の方が木が多かったんですね、そして今よりはもう少し仲良しでしたね。
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 子供たちも30年間で大きくなりました。
末の娘も、今春にはお母さんになる予定です。

    返事
花水木さん:京都の湯豆腐は美味しいですが、
    値段が高すぎる気はします。
     私の愛の灯はまだ燃えているのですが、甲斐バンド以上に
       カナイ おまえの愛の灯は まだ燃えて〜いるか〜い
    と心配しています。

2018/1/12

正月明けの旅行2  
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 牛窓は日本のエーゲ海なので、泊まったホテルはギリシャ料理です。
でも、夕食のギリシャ料理最後のデザートは、前回も食べた10種類ほどのケーキから好きなだけ選べる、日本風でした。
一切れが小さくなかったのと、あまりたくさん選ぶのは恥ずかしいので、二人で四つだけ選び、家内の分も少し貰いました。
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 それにもう一つ、古い形のテラミスというケーキ?も選んで、大満足でした。
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 朝食は、これも選べるジュースから苺ジュースを選び(トマトジュースではありませんよ)、美味しいのでおかわりも頼みました。
牛窓産谷口農園の苺は美味しい!!
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 サラダにも少し固めの苺が入っていて、昨夕の苺のショートケーキが美味しかったことも思いだしました。
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 家内はふわふわのパンケーキを選び、パイナップル部分を少し貰いました。
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 魚を選んだ私は、朝から鯛まるまる一匹、洋風味つけの鯛をナイフとフォークで食べるのも美味しい!
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 昨日行った前島が、ホテルの部屋から見えます。
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 ホテルの前にある、明治時代に牛窓警察署庁舎として建てられた建物の海遊文化館を見学、シルバー割引で入って、丁寧な説明も受けました。
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 瀬戸内の他の古くからの港町と同じように、ここ牛窓にも朝鮮通信使節団が15回も寄っています。
 江戸時代から明治にかけて、この町が栄えた時に出来た船形のだんじり(山車)も飾ってありました。
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 少し山側にある本蓮寺(ホンレンジ)の境内には、元禄年間に建てられた三重の塔があって、海も見渡せます。
朝鮮通信使の宿泊場所にもなっていた、静かなお寺でした。
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 私の産まれる半年前、昭和23年1月28日に、牛窓沖で関西汽船の女王丸が機雷に触れて沈没、二百十余名の人が亡くなられた、その慰霊碑が境内にありました。
私が産まれた頃は、まだまだ戦後は終わってなかったのですね。

    返事
花水木さん:キャベツは100円でした。
    帰ってからの、キャベツ豚うどんは甘くておいしかったです。
    おでんでも美味しかったですが、ちょっと柔らくなりすぎになります

2018/1/10

正月明けの旅行1  
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 昨年も泊まった岡山県牛窓のホテル、あまり同じ所には泊まらない私ですが、ここのホテルの朝食が美味しかったのと、食堂から島を結ぶフェリーの発着が見え、その向こうにある島にも渡りたくて、正月明けの連休に行ってきました。
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 ホテル横の牛窓港からフェリーで5分、120円の前島までの船の旅です。
奈留島にある前島は「まえしま」ですが、岡山の前島は「まえじま」のようですし、面積もだいぶ大きそうで、人口は180人ほどらしいです。
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 前島フェリーは2隻の船で運航しているようで、朝6時から夜10時まで40分毎の運航なのでかなり便利そうです。
 人だけで乗ったのは私たち老夫婦だけですが、車は5台ほど乗ってきました。(車でも千円台の運賃の安さ、かなり補助が出てる気がします)
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 島に降りて、二人でブラブラと近くだけの散歩コースを歩きましたが、島民には誰にも会いません。
 小豆島がまじかに見えます。
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 「ブラタモリ」で学んだ「メサ」という地形、典型的なメサの四国屋島が、台形型の姿を見せています。
さすがに瀬戸内海、波は穏やかです。
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 ここは日本の夕陽百選に選ばれていますが、今日の夕陽は雲から顔を出してくれませんでした。
 こんな風に海を眺めていると、奈留島の海を想い出します。
というか、ロマンチスト?の私は、想い出したくてここに来たのかもしれません。
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 この島にはキャベツ畑や白菜畑がたくさん有りました。
漁業ではなく農業の島のようですね。
ちなみに、白菜はこんな風に結んでおかないと丸くならないそうですね。
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 30分ほどの散歩を終えて、次の船までフェリー乗り場で休憩、ここの島の駅もっくりで、キャベツと夏ミカンを安いので買って帰りました。
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 この船に乗って帰りますが、前島から牛窓までは奈留島と前島よりも近いですね。
奈留島の前島の人たちと同じように、橋を架けようとした時に、この島の人たちも、橋が出来たら本土から悪い人たちが入ってくると、拒否したのですかね。

      返事

花水木さん:この世の中は狭いですね、
    やっぱり良いことをしておくと、巡り巡ってこのことを知ってる人に巡り合ったり、
    感謝されたりするので、こまめな善行は大事ですね。
大雪男さん:地下鉄などには、若い人や子供が溢れているのに、
    田舎には本当に子供が少ないですね。
和さん:すごい旦那さんですね、
    会って教えてもらいたいです。

2017/12/10

九州へ4  
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 黒川温泉の宿は、狭い温泉街を通り抜けて行く、奥の方の小さな宿でしたが、部屋の窓から川向こうの、小さな共同浴場の穴湯を見下ろせました。
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 混浴と言うことで、100円の入浴料を無人の料金箱に入れて、早速入りましたが、やっぱり誰も入っていませんでした。
熱い熱いお湯で、お湯の湧いている奥の湯舟には、熱い湯が嫌いではない私でも到底入れません。
手前側の湯舟に、なんとか体を動かさないようにして浸かりましたが、下の方からジワーと熱湯が湧き出てきます。
 宿の風呂も気持ち良く、さすがに黒川温泉は良い感じでした。
   
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 九州最終日は阿蘇へ。
まずは外輪山の大観峰から、中岳などを見渡しました。
高校の修学旅行も合わせて、3回ほど阿蘇周辺に来ていますが、若い時はこんな雄大な景色にも、今ほど感激しなかったのか、記憶があまりありません。
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 草千里では、馬には乗らず、レストランで馬刺しを食べました。
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 阿蘇ロープウエイは、今も水蒸気爆発が続いているので、止まっていました。
5000円で遊覧ヘリコプターもありましたが、私には勇気もないので止めておきました。
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 阿蘇開拓の神様が、収穫した米を積み上げて出来た米塚、そのてっぺんはすくって皆に分け与えたので、へこんでいます。
なんか福江島の鬼岳を思い出しました。
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 阿蘇から空港への帰り道に、阿蘇で食べたチョコレートパッフェは、若い人経営のおしゃれな喫茶店で、本格的で美味しかったです。
 最後、熊本空港でのフライト待ちに、熊本ラーメンを食べて、九州旅行は無事終了です。

   返事
大雪男さん:よくご存知ですね!
    日田林工出の源五郎丸投手、阪神のドラフト1位でしたが、
    オープン戦で故障して、1軍では投げずに終わりましたよね。
    阪神育成は当時へたでしたね。
花水木さん:アニメの人集めは結構成功してますね。
    私も富山で藤子不二雄を、境港では鬼太郎を、熱心に観てますね。

2017/12/7

九州へ3  
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 奥日田温泉で泊まった宿の朝食は、お釜のご飯、ほんの少しのおこげも美味しい。
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 部屋の全面ガラスの窓からも、響峡谷(ヒビキキョウコク)が見渡せる、梅に恵まれた宿でした。
この秋に新装オープンしたところで、どこもかも新しく綺麗で、従業員の愛想も皆良くて、風呂もゆったりとしていて、他の宿泊客にはあまり出あわずに過ごせる宿でした。
梅酒屋さんが経営してる宿のようで、食事の時の梅酒も、私には丁度よいアルコール度数でしたので、お土産に梅酒や梅干しも買いました。
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 恥ずかしながら私はまったくその内容を知らないのですが、漫画で有名な「進撃の巨人」は映画化されてさらに有名になりました。
その作者諌山創(イサヤマハジメ)さんはここの梅農家の産まれなので、ホテル横の施設には小さいですが展示館もありました。
諌山さんはまだ若く、私の娘ぐらいの年齢ですので、若い女の子が嬉しそうな顔で喜んでいました。
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 スーパーなどでよく見かける日田天領水でおなじみの日田市ですが、私にとって日田は、40年ほど前の選抜高校野球で、打って打って打ちまくってベスト4入りした日田林工のことが思い出されます。
これを契機に高校野球の打撃が変わり、徳島の池田高校がこれを真似するように、打って打っての打線で優勝した、につながってると思っています。
 でも今日の日田では、天領日田資料館に行ったのと、名物の鰻を食べただけでした。
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 湯布院は狭い道に観光客が溢れていました。
人の間を縫うようになんとか駐車場に車を停めて、シャガールゆふいん金鱗湖美術館に寄りましたが、トイレに行きたいのに行けず、鑑賞はちょっと上の空になってしまいました。
 有名な金鱗湖周辺も歩きましたが、俗化していてちょっと期待外れな湯布院になっていました。
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 すぐ近くの、かの有名な旅館亀の井別荘の玄関ですが、ここだけが少し静かなままでした。

     返事
大雪男さん:岡城址は見上げたり、登る途中が良いですね。
     いろいろな方向から見えた九重山も、なかなか立派な山ですね。
花水木さん:高千穂の写真は、新しいデジカメの細工が入ってます。
     九州新婚旅行は、かなり苦難の旅だったのですね。
    今回の私の旅も、晴は岡城址だけでしたよ。

2017/12/3

九州へ2  
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 今回の一番の目的は、子供の時は写真で、大人になってからはテレビの旅番組などで見て、一度は行きたかった高千穂峡。
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 高千穂峡のこの眞名井の滝を、実際自分の目で見ることでした。
実際、写真のような写真も撮れました。
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 そしてここでボートに乗って、滝の下まで行くことも夢見ていました。
けっこう狭い峡谷を、素人や外国人が漕いでるたくさんのボートが行き来し、風もあって流されるなど、私はボートを漕ぐのに一生懸命で、肝心の眞名井の滝などの風景は、家内が撮った写真で確認したぐらいで、30分2000円は終わってしまいました。
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 天皇陵巡りもしているので、その大本の天岩戸神社にも、少し寄付をさせてもらいました。
貰った袋の中の餅は食べました。
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 天岩戸神社の奥に少し歩いて、天安河原(アマノヤスカワラ)にも行きました。
天照大神が天岩戸に籠った時に、八百万の神が集まって、どうしたら良いか相談した河原で(結論はストリップで皆が笑うになりました)、大きな洞窟の中にあります。
誰かが石を積みだしたのか、天安河原は賽の河原になってしまっていました。
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 続いて竹田まで足を延ばし、荒城の月で有名な岡城址に登りました。
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 以前富山に行った時に、荒城の月のモデル城は富山城、と言う富山地元民の説がありましたが、やっぱりこちら岡城址の方が、滝廉太郎が構想した荒城の月にふさわしいような感じです。
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 丁度紅葉も見頃で、観光客もたくさん登っていました。
丹波にある竹田城、別名虎臥城(トラフスジョウ)より、こちら岡城(別名臥牛城(ガギュウジョウ)の方が規模は大きい山城のような気がしますが、虎と牛の臥した姿はどう違うのですかね。
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 城の上からははるかかなたにそびえる百名山の一つ、多分祖母山が見えましたが、11月末のその日、頂上付近には九州でも、うっすら雪があるようでした。

    返事
花水木さん:若い時の旅行は、本当はなにも見ていなかったのかもしれませんね。
    旅行をしてるということだけに溺れてしまっていたのかもしれませんね。
    まあその頃のことを、単に忘れてしまっているだけかもしれませんがね。
     「帰れない二人」ですか・・・!、
        帰えれなあい〜  二人を残して 酒


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