奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2016/4/20

中休み  富江
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 当直での富江病院の検食は、さすがに長崎、チャンポンが出る時もありました。(おまけに、デザートは好物のパイナップル)
奈留病院の時は、キビナの味噌田楽や五島うどんの時もありました。
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 いよいよ富江病院とも五島列島ともお別れです。
このブログの読者の方にも、読者でない方にも、本当にお世話になりました。
この11年間(ブログを始めて9年程)が、私にとっては本当に楽しくためになった時間でした。
 五島で一番気に入って、よく行った寿し善さんともお別れです。
一人だけで、家内と二人で、家族が来た時も、京都から知人が来てくれた時も、研修医を連れて3人前食べられた時も、皆さんが美味しい美味しいと言ってくれました。
だいいち、その値段に皆がびっくりしていました。
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 富江で一人の時の野菜不足は、いつもこのソトノマさんの定食で補っていました。
 京都に戻っても、まだ少しだけは働きますし、せっかく五島で始めたこのブログも、無理なく看板を書き換えられるなら、「島の医者になって、た頃もあった」ぐらいに書き換えて続けたいと思っています。
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 下五島からブログを発信してる「ちょっとコーヒーブレイク」のこふひいやさんのこのスウイーツも食べ納め。
喜珍さんのブログが無くなったのは悲しいですが、他に奈留島地域おこし隊の「なせばなる」、久賀島のことが分かる「久賀島ブログ」、元気すぎる「シフォンのブログ」、最近難しい話になりすぎてるが「江戸っ子でい」で、五島の情報を仕入れていきたいです。
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 皐月賞も終わって、5月も目の前になり、散歩道にも鯉のぼりが揚がる季節。
長崎式鯉のぼりの揚げ方は、ここでは風車が付いていますが、正式には杉丸太の先端に枝を残した支柱にササの竿を斜めにつけて、これに鯉をつって揚げる方式です。
江戸時代の唐船の旗に習ったもののようで、こうすると風がなくても鯉全体がよく見え、風があると竿も回って鯉の泳ぎ方が綺麗になるという、なかなか優れた方法ですよ。
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 木曜日は最後の奈留外来、金曜日は最後の富江勤務になりました。
帰りに熊本から南九州の御陵・宮崎・別府と神武東征に沿って京都に帰ろうとしましたが、皆さんの迷惑になるだけの状況ですので、すべてキャンセル。
新たに、長崎と北九州、そして山陰を廻って帰る予定に組み直しました。
 引っ越しの手続きが終わり落ち着いて、PCも京都でうまく動き出すまで、しばし休憩します。
     ありがとうございました

     返事
花水木さん:功績なんてないですが、11年間楽しみました。
    奈留島に行った決断は良かったと思っています。
福山市さん:カムバックは無理でしょうが、遊びにはこれそうです。
    福山市さんのようにフットワーク軽く過ごしたいです。
鼻鬚50歳さん:正体判明しましたね。
    私のうんちくは負ける方法のうんちくなので・・・。
大雪男さん:百人一首覚えなおしていますが、2年間で大分忘れていました。
    好評?ですか?、新しい百人一首物でもまた考えます。

2016/4/18

福江島最後の春  富江
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 島に戻って最後の雑用や仕事や片づけ、その間熊本に大地震が起こって大変です。
九州と言うことで「大丈夫ですか?」の連絡ありましたが、私も五島列島も無事です。
 嵐のような天候の日もありましたが、その間を縫って福江をぶらついています。
魚津ヶ崎の菜の花畑ももう終わりかけ。
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 病院前の桜はもう葉桜ですが、17日(日)の三井楽の八重桜はまだ満開に近かったです。
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 大瀬崎の夕陽も仕事の後に見納めに行きました。
晴れていたと言っても、黄砂かPM2.5か単なる雲か、この後完全に隠れてしまいました。
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 11年前の4月末に奈留島に着いた時、咲き誇っていた道端の野アザミは、まだ少し早いのか、只狩山の上で少し見られたぐらい。
そのかわり、どこもツツジが満開でした。
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 富江湾越しの鬼岳も、山焼きで黒くなった山肌が緑に変わろうとしていました。
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 富江の麦畑はまだ青い所が多く、麦秋の頃はもうここにはいません。
 帰りは熊本城や神代三陵の残りひとつ、それに宮崎の古墳などを巡って、別府を通って帰る予定を立てていましたが、それどころではない状態ですので、気の毒ですがあわてて旅館をキャンセルし、北九州の知人や山陰の温泉を巡って帰る予定をたてています。
 あと一回ぐらい富江から発信して、京都でまたPCがつながるまでお休みします。

     返事
和さん:京都でどんなブログを続けるのか模索中です。
     一応続けはしますので、五島以外の内容ですが、読んでいただければ幸いです。
花水木さん:人並みにジーンとしましたが、
    涙ボロボロではありませんでした。
     写真の細かい所まで観ていただき、ありがたき幸せです。
    私も次男も嫁に着物を買ってやる甲斐性はありませんので、実家の母親の着物らしいです。
鼻鬚50歳さん:長男がわざわざメールで、
    18番強いと言ってきたのに、信用せず18番買いませんでした。
     口惜しい!! 長男は単・複と少しの馬連も獲ったそうで、
    「完璧」と自慢の電話あり。
大雪男さん:大雪男さんも丁度地震で大変だったですね。
     山にいる時でなかって良かったと思えば、腹も立ちませんよね。
     私も10日遅れぐらいで発生なら、もろに熊本で被災してたかも。

2016/4/5

牛骨発掘地  富江
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 日曜日の雨で病院前の桜も大分やられ、地面に花びらが広がっています。
もう葉桜か、でも満開とも言えます。
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 福江に行く時に通り、車窓から見る大浜海岸は、満潮の時干潮の時それぞれ違う顔をしてるので楽しく、天気の良い日の海の色は抜群です。
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 道をはさんで海の反対側にある五島列島唯一の自動車教習所、五島中央病院から4月だけ来てくれている研修医は今ここに通っているので、先日送っていきました。
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   自動車学校の隣に建つ「日本古代の牛骨発掘地」の碑。
 ここ大浜には弥生時代の2000年〜1800年前の遺跡である大浜遺跡があります。
1800年前頃に書かれた中国の史書、かの有名な「魏志倭人伝」によると、当時の日本列島には牛・馬・虎・豹・羊・鵲はいないと記されています。
日本列島に本格的に牛馬が移入されたのは5世紀以後らしいです。
でも、日本列島に牛がいないと書かれた、3世紀のこの大浜の遺跡から牛の歯が出土したそうですので、その頃は日本本土より五島は大陸や朝鮮とのつながりが深かったと推測されています。
 こういうことは五島のプチ自慢になるのでしょうか?なりますよね!

一旦京都に帰ります、また五島に戻りますので一週間ほどお休みします。

     返事
じょんのびかあさんさん:医者でではなく、めざせ日本一周!を目指します。
      又京都でうかがいます。
花水木さん:3回楽に言えましたよ。
    子供とかぶとえび獲ったこと思いだしました。
大雪男さん:メール送信不能でした。
    ありがとうございますが、留守にするのでイカはパスします。
和さん:4月後半は九州本土を巡る予定です。
鼻鬚さん:?? 競馬は勝てる気がしないこの冬でした。

2016/4/2

松尾のため池  富江
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 病院前の古い桜も一週間でほぼ満開、明日の日曜日から五島は雨が降りそうなので、今日が最高の花見日和か。
 でも今日は日当直です、出勤する時はいつもこの桜の下を通りますが、桜も満開になると小鳥が沢山寄ってくることに今になって気付きました。
 若い時から人の家に泊まるのは嫌いでなく、大学時代は友達の家(下宿)によく泊まりました。
医者生活40年ちょっとで、3000日は病院で泊まったかもしれません。
最後の?当直が、ブログを書いたり、競馬に勝ったり、医局内の片づけが進んだだけで、つつがなく終わることを祈ってます。
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 その病院から松尾の山の方を眺めると、なんか直線的な土手が見えます。
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 奈留島の野首の土手と同じくゴジラの出る土手に興味を持つ二人は、3月初めの散歩でやっとそこまで行ってみました。
やはりダムではなく、ため池の堤でした。
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 松尾にはこんなため池が山際に三つもあるため、春になると田んぼが沢山広がるのです。
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 帰り道で声をかけてくれた地元の人の言うことには、この大きいため池も湧水を溜めたため池だそうで、他の地区のため池と違って松尾は湧水だから美味しい米が採れるのだそうです。
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 堤の上から海の方を眺めると、黒島・黄島・只狩山、もちろん富江病院も見渡せます。
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 キミマロズームの威力か、黄島もやけに近くに見えます。
中央の土色の建物が富江病院、その上に増築された白い四角の中で、このブログを書いています。

     返事
花水木さん:花水木さんのおかげでこのブログを続けられた、
    と言っても過言ではないぐらいお世話になりましたが、
    今後もお世話をどうかお願いいたします。
大雪男さん:理想の女性と結婚できる人はなかなかいません。
    お互い傷をなめあって生きていくのが人生です。

2016/3/26

春近し  富江
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 五島列島も大分暖かくなってきました。
車で走ると、道沿いのいろんな所で黄色い菜の花が満開です。
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 終わりかけの椿と、今を盛りの菜の花と、山焼きで黒くなった鬼岳も少し緑が出てきました。
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 もう各地で桜の開花の便りも聞こえだしましたが、先週日曜日はまだ病院前の桜は蕾固し。
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 水の色も春になって、先週日曜日の昼は田尾の海岸で一人でお弁当を食べました。
ホカ弁なかなか美味しいですね。
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 水も輝いて、春ですね。
でも先週は花冷えか、又寒くなっています。
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 今日は日当直、先週に比べそれでも同じ病院前の桜もチラホラ咲き。
昨日は、長年富江病院を支えてこられた事務長と看護師長さんの定年退職送別会、それに薬剤部長も2月に辞任されてます。
 盛大な送別会で盛り上がりましたが、4月に辞める私も4月では寂しい送別会になりそうなので、お相伴で一緒にやってもらいました。

     返事
花水木さん:「青い…」とか「…の夜」と聞くと、
    私にも隠微な香りが感じられますが、「大人の…」ではなりませんでした。
早速(名⇒菜)訂正いたしました、ありがとうございました。
大雪男さん:回転焼き(今川焼)はなんか関東の香りがして、
    あまり食べていません。
     今は時々食べますが。

2016/3/15

鬼岳  富江
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 福江港に船が着岸する前にはいつも目に飛び込んでくる、福江島の象徴鬼岳。
こんな風に鬼岳のてっぺんが禿山になったのは、幕末に海岸に石田城を築く際、その海中の土台として木々を鬼岳から切り出したためとのことです。
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 先月のTV「空から日本を見てみよう」の五島編では、巨大フカヒレと表現されていた鬼岳です。
 富江からも富江湾の向こうにいつも見えていますし、富江病院屋上からの茶色に光った鬼岳の姿も素晴らしく、ひときわ目立っています。
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 3年に一度の鬼岳山焼きが今年はありました。
2月13日の予定が天気が悪く、14日もダメで1週後の20日もダメ、2月27日にやっと行われました。
楽しみに待っていましたが、始まったと思って病院屋上に行ったら、もう終わりかけとのことで、わずかに見える稜線の火もキミマロズームでも捕えられないほどでした。
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 いつもは禿山の茶色が目立つ鬼岳ですが、山焼き後黒くなってしまい、なんか周囲の山との区別がつきにくく、鬼岳らしさがありません。
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 朝に散歩した特派員の携帯写真ですが、何故か上下逆転しています?直らないので体を逆さにして見て下さい。
 先月の大雪の時も白くならなかった鬼岳が、山焼き後は草が無くなったせいか、わずかの積雪で白くなっていました。
  逆になるのが惜しい!!

    返事
花水木さん:ネットのCMでは、打掛も内掛も使っていました。
     我が家にB型男子はいませんが、B型嫁はいます。

2016/2/13

椿まつり  富江

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 2月13日(土)、今日から第22回五島椿まつりが始まりましたが、朝から風が強く、夕方からは雨嵐、3年に一度行われる鬼岳の山焼きも来週に延期になりました。(本日当直なので、病院の屋上から山焼きの写真を撮って、本日のブログにしようとしていた思惑は外れ)
 11日(祝)に撮った椿園の椿に替えます。
        これは「利休」
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 これは「春の台」、はるのだいではなくハルノウテナと読みます、花の名前はなかなか楽しいですね。
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 「紅侘助」、侘助が付く椿も多いですが、侘助だけで茶道の奥の方を連想しますね。
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 「数寄屋」、これも可憐で日本ですね。
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 「乙姫」の中に埋もれていく蜂、奥へ奥へと進んでいきます。
私も蜂になりたい。
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 「マーガレット・ディビス」、外国の椿はカーネーションのようで、たくさん咲いていて派手ですね、カメリアですね。

      返事
花水木さん:新幹線と言い・石木ダムと言い・諫早の干拓と言い
    長崎県はなんか詰めが甘いですね。
和さん:たとえ健康がついていても、マラソンは無理です。
大雪男さん:富江の他の寺にも遭難碑はあるので、
    いろいろ寺の事情があるのかも。

2016/2/9

青龍山妙泉寺  富江
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 散歩するには少し遠い所にあるので車で行きましたが、官舎から5分と掛かりません。
     真言宗の青龍山妙泉寺
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 山門をくぐって入って行っても、本堂らしきものはなく、ぐるっとお地蔵さんの列があるだけ。
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 だだっ広い広場の中央に、何かわからないものが落ちて(埋もれて)いただけでした。
 その後患者さんとたまたましゃべっていて、ここの住職夫人と分かったので、尋ねてみると、「最近本堂が焼けたのです」と言われ、ちょっと気まずい雰囲気になりました。
そう言えば火事にあったと聞いたことがあったのが、この寺だったようです。
 置かれていたこれは、本堂であることを示す、大事なものですかね。
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 「女島近海遭難死者碑」という大きな石碑もありました。
 明治38・39年と2年続いて、珊瑚漁に男女群島に富江から出漁した舟が多数台風に遭ったようで、日本の海難史上最多の死者が出ています。
 この碑は、明治39年10月24日遭難した740余名の霊を祀ってあるそうです。
    久しぶりの富江探報です。
 自慢になっていますが、私は富江富ゑの名前で、富江病院の情報誌に富江探報を連載していますが、親団体の長崎県病院企業団の「ふくよか」という雑誌の編集後記で、楽しいと褒められましたよ。

     返事
花水木さん:前々回はコーヒー、前回は梅干しと交換しています。
    今回はスウィ―ツとします。
大雪男さん:ナンバー3のボックスも当たりませんよ、
    京都で買わないからかなあ。

2016/1/25

五島も雪で大変  富江
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 五島列島に来て11年、五島に来てから一番寒い冬だと思う日が続いています。
 22日(金)の夜はソトノマの落語会で、また柳家甚語桜さんがわざわざ来てくれました。
20人ほど相手に千円の木戸銭では、いくら釣りが好きで来ると言っても、ちょっと可哀想ですが、人情落語もあってなかなか良かったですよ、ありがたいことです。
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 23日(土)は椿園の様子を見に行きましたが、まだまだ椿の花は少なく寒く、誰も行ってません。
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 「雪が積もって出られなくなるので、3日分ほど食料を買いだししておいてください」と放送があったせいか、マーケットの駐車場は一杯でした。
 戸岐漁港で牡蠣とひおうぎ貝を食べて、解体したところの地元のマグロの切り身を買って帰るだけにしました。
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官舎の庭の雪景色
 その夜から雪が降りだし、24日(日)朝は五島に来て初めての立派な積雪で、嵐の雪国です。
土曜日には合唱祭や読み聞かし会の中止の連絡もあったのに、甘く見ていました。
 奈留島は停電したようですし、官舎の水道管も凍ったようで、湯が出ません。
おまけにクーラも壊れたか、温風が出なくなりました。
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 隣の看護婦さんの子供は朝6時ころから雪だるま作りも、私たちはどこにも行けず、勿論新聞は来ません。
湯たんぽを入れた布団の中で真田丸を見ながら、8時過ぎには寝てしまいました。
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 25日(月)朝、雪は昨日以上に積もっていましたが、鬼岳は風が強いせいか雪が積もっていません。
 遠くから歩いて通勤して来た看護婦さんもいますし、来ないと思っていた患者さんも6人ほど来ましたし、チェーンを持ってる人も結構います。
 午後になって陽がさして、雪は解け始めています。
お湯も出始めましたし、クーラーも直りました。
 2〜3日後には春のような気候になるようです。

     返事
大雪男さん:羽田からモノレール以外の交通手段も有るのですね。
商家の嫁さん:東京からどう行けばいいのかまったくわからないお上りさんですよ。
花水木さん:家内と逢う前は、又怒られるかとドキドキしていますよ。

2016/1/18

大宝の綱引き  富江
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 富江から車で30分ほど海岸に沿って山道を走ると大宝。
唐から帰る途中に難破した空海がここに流れ着いて、その地にあった大宝寺に滞在していたと言われています。
この為に、この大宝寺は西の高野山(なんか他所にもあった気がします)とも呼ばれています。
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 1月11日(日)、三連休最後は大宝の綱引きに参加するため夕方出発。
 私の家は日蓮宗も、家内の実家は徳島なので真言宗、聞きなれた真言宗の般若心経を皆で朗詠後、本堂の前に置かれた大綱を、皆で担いで寺の前の大宝の浜に持って行きました。
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 綱は昨年引いた吉田の綱引きの綱より細いですが、長さは長かったです。
 男性軍と女性軍に別れて引くそうですが、なりゆきから女性軍に加わりました。
けっこう熱心に引いたので、途中しんどくなって吐きそうになりましたし、それを7回も続けるのです。
結局4勝3敗で女性軍の勝(私も老婆2人分ぐらいは役に立ったと自負しています)、これで今年は豊漁らしいです。
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 やっぱりここでも最後は餅まきと思ったら、ここ大宝はお菓子まきでした。
その後ぜんざいがふるまわれましたが、ちゃんと焼いた餅が3個も入って、小豆も充分の、奈留島でふるまわれるぜんざいにも負けない美味しいぜんざいでした。
 玉之浦にはあまり知ってる人はいませんが、奈留島に赴任していて今は玉之浦の中学校の先生二人が、声をかけてくれました。
 三連休ものんびり終了、五島もやっと冬らしく寒くなってきました。

     返事
大雪男さん:そうです。堂崎の左手の橋です。
    よほど出口に近い所に座らないと、奥では退席しにくそうでした。
花水木さん:ふくらはぎのことです、やっと痛みとれています。


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