奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2016/3/20

九州旅行 霊仙寺跡・太宰府  九州本土
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 佐賀県の中央を走る背振山の中腹には、天台密教系の山岳仏教遺跡が広がっています。
この中の霊仙寺跡(リョウゼンジアト)に行こうと、国道に出来たトンネルから外れて、筑前街道であった旧道の峠道を少し走り、その後車を置いて山道を登りました。
道は寂しく、3人以外誰もいません。
でも、案内看板に書かれた歩行時間より早めに着けて、ほっと一安心。
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 イイクニヅクリの鎌倉幕府が開かれた前年1191年に、日本臨済宗の開祖である栄西が宋より持ち帰った茶の種をここに植えました。
それから日本でお茶の栽培が始まったそうです。
 「日本最初之茶樹栽培地」のこの碑を見るために登りました。
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 この碑の前にポツンと建っていた、残った乙護法堂(オトゴホウドウ)がありました。
1852年、江戸時代の建立です。
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 別れてきた新道のドライブインの向こうに、佐賀平野が広がっていました。
又元の新道に戻ってトンネルを抜けて、最後の目的地福岡県の太宰府に向かいます。
 ここで豆知識の問題;互いの県庁所在地が県境で接しているのは?
1.そうです、一つは昔からある逢坂の関で接してる、
  京都市と滋賀県の大津市。
2.でも今は、この佐賀市もこのトンネルで
  福岡市と接するようになりました。
3.最後、同じく合併で市をどこまでも広げたせいか
  山形市と仙台市も蔵王の山の中で接するようになりました。
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 太宰府では、やっぱり梅が枝餅を茶店に座って1個だけ食べました。
これも有名な「飛梅」、満開でしたが、梅は満開よりチラホラ咲いてる方が梅らしいですね。
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 博多駅に戻り、博多名物のラーメンを食べ、最後はやっぱりスウィーツでしめて、娘は京都に、夫婦は五島に帰りましたとさ。

     返事
花水木さん:枯葉の効用に気づいていません。
    年とりました。
大雪男さん:店の食器は有田焼です。
    正直野球熱は島では冷める一方です。
綾部のとしちゃん:昔、高峰三枝子さんの温泉ポスターがありました。
   熟女以上の熟女でも温泉は似あいますよ。

2016/3/18

九州旅行 有田・波佐見・嬉野  九州本土
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 有田にも寄りましたが、有田では有名な深川製磁や香蘭社を見て廻っただけで、なにも買わず、有田焼の器でアイスやケーキを食べコーヒーを飲んだだけでした。
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 続いて以前も行ったことがある波佐見のやきもの公園に寄りました。
実用品が多い波佐見焼を、女性二人は沢山買います。
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 私一人でその辺をブラブラしていると、何を表わそうとしてるのか判りませんが、こんな陶器?の展示物もありました。
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 波佐見焼の窯元が集まる中尾山は、商売気がないのか日曜休みの所が多く静かでしたが、世界第2位の登り窯が復元されつつありましたし(この長い坂のような所)、世界一の登り窯跡もここにはあるようです。
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 嬉野温泉にも泊まりましたが、ここのお湯は美人湯だけあってツルツルしていて、さすがに嬉野!なかなか良い湯です。
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 次の朝早く露天風呂にも入りましたが、他に人は誰もいず、そしてお湯は素晴らしい!、一度行ってみて下さい。
   だらだらと続けていたら、1ヶ月前の話になっていますが、次は最後の太宰府で終わります。

       返事
花水木さん:2枚目の写真は秋の陽を浴びて茶色く輝く、
    いつもの鬼岳です。

2016/3/11

九州旅行 平戸3  九州本土
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 松浦史料博物館は松浦家当主の私邸を利用しているので、城のような石垣を備えた立派な建物です。
玄関へ登っていく石段の手すりが、支柱はコンクリートですが、横棒は竹だったのが嬉しい。
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 もちろん伊能忠敬さんは平戸にも来ていて、松浦藩にこの九州の地図を贈っていますね。
1813年正月に平戸に入っているので、忠敬の亡くなる5年前67〜8歳の頃か。
同じ年の私は単なる平戸観光ですから、やっぱり偉人にはなれそうにないですね。
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 五島をアップにしてみましたが、同じ年の6月には忠敬一行は奈留島にも来ています。
奈留島の形は、こんなものですかね。
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 娘はやや軽薄な所が私に似ていて可愛いいですので、もちろん後ろの内掛も着てポーズを取ってくれました。
思わず目頭が熱くなりましたので、打掛写真は載せません。
 *内掛か打掛か、どっちが正しいのか?
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 庭に設けられた閑雲亭(カンウンテイ)は明治に建てられたものですが、昭和62年の台風で倒壊し、丸1年かけて再建された、武家茶道好みの茶室です。
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 平戸藩主松浦家29代鎮信(チンシン)によって創始された茶道鎮信流(チンシンリュウ)で一服いただきました。
復元菓子「鳥羽玉(ウバタマ)」もカステラを揚げたような「カスドース」も美味しかったですが、鎮信流はまずお茶を飲んで、それからお菓子を食べて、最後残りのお茶を飲むという、なかなか私好みの作法ですので、茶道やるなら鎮信流が良いですね。

      返事
花水木さん:Aクラスは4位まで表彰され、盾も貰えますが、
    Bクラスはエア表彰だけでした。
福山市さん1・2・私ももう一度、春の日に弁当を持って、
    峠に座ってトンボロを1〜2時間見下ろしていたいです。
     上五島ウオークは天気も一つでしたね。
    でもいつも五島に来ていただいて、ありがとうございます。
     福山市さん30歳ごろに、平戸は橋で繋がったのですかね。

2016/3/5

九州旅行 平戸2  九州本土
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 「以後よく広まるキリスト教」と受験日本史で憶えた1549年、日本に初めてキリスト教を伝えたスペイン人のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸しましたが、次の年にはもうザビエルは平戸を訪れ、その後も3回平戸に来てるようです。
 坂道を登った山の上にある公園に、フランシスコ・ザビエル記念碑が建っていました。
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 その約50年後、関ケ原の戦いのあった1600年、大分沖に漂着したオランダ船リーフデ号には、東京八重洲口の名前の由来となったヤン・ヨーステンや日本に初めて来たイギリス人であるウイリアム・アダムスも乗っていました。
ポルトガル・スペインのカトリック国から日本に来ていたイエズス会宣教師たちは、その頃戦争状態にあったプロテスタント国のオランダやイギリスの乗組員の即刻処刑を要求しましたが、徳川家康によって手厚く保護されたウイリアム・アダムスは武士となり、三浦按針と名乗り、日本人妻との間には子供ももうけています。
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 アダムスはその後も平戸で働き、1620年55歳で平戸で没しています。
三浦郡(横須賀市)にも墓があるようですが、平戸にある1954年に建立された按針の墓は、その後イギリスに残された奥さんの墓近くの石を持ってきて夫婦塚にされていました。
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 平戸和蘭商館跡地からは、湾をはさんで平戸城も目の前です。
 まだ娘の産まれていない35年ほど前に、家族4人で平戸に来ていますが、平戸のことはほとんど憶えていません。
唯一憶えていた井元コレクションという私設美術館はまだありましたし、ここで本当の春画をたくさん初めて見た記憶だけは残っていました。
でも今回は娘もいるので入りませんでした。
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 35年前にはもちろん無かった、白い壁がまぶしい平戸オランダ商館が最近再建されていました。
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 そしてその中に飾られていた、これがオランダからぐるっと太平洋を廻って大分沖に漂着した、ウイリアム・アダムスなどが乗っていたリーフデ号の模型です。
    もう1回平戸に続く

      返事

花水木さん:嬉野温泉は良かったので、そこの写真を出す予定です。
大雪男さん:ヒラメの刺身・ヒラメのカルパッチョ・ヒラメのパイ包み焼き・
     ヒラメのしゃぶしゃぶ・ヒラメのお茶漬でしたが、それぞれに味が変わって美味しかったですよ。

2016/2/28

九州旅行 平戸1  九州本土
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 福江つばき空港から飛んできた私は、京都から新幹線の家内と娘に博多駅で落ち合って、レンタカーの日産ノートで、久しぶりの本土旅行。
 先ずは博多駅デパのしゃれたレストランで昼食後出発、佐世保の直線が日本一長いアーケイド商店街をブラブラして、宿の夕食を考えて、佐世保バーガーではなく小さなパフェを食べます。
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 泊まったのは平戸です。
部屋の窓から、平戸の海峡の早い流れと赤い色の平戸大橋が眺められました。平戸は橋でつながっていますが島です。
 朝には海峡の向こうの本土の山の上から太陽が上りました。
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 平戸のホテルのヒラメづくしの夕飯は、腹一杯になって美味しかったですが、平戸温泉は素晴らしいとは言い難かったです。
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 次の朝、平戸と言えばここと言われる観光名所「教会と寺院の見える風景」を見てきました。
この教会の方の平戸ザビエル記念教会は、明るい色に塗られたセメント作りでした。
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 教会と寺院の見えるこの坂道がまた良かったですし、他にも石塀のオランダ坂とかあって、平戸は小長崎という感じの、坂の有る港町でした。
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 坂の途中では、オランダ人の小人が何人も迎えてくれますが、これはオランダ船の船首の像のレプリカであることが、平戸オランダ商館で判明しました。
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 幸橋(サイワイバシ)という石橋のオランダ橋もありました、娘はこの姿にすぐに気が付いて言ってくれたうえに、橋の真ん中まで渡ってくれました。
やや私に似て軽薄な所が可愛い娘です。
                   続く

     返事
花水木さん:花水木さんんも夫には贈りませんかね。
    「北・北ホクホクバーガー」の方が良いような気がします。
和さん:ゴディバは4人からで、左が20人以上からの分。
    小さなゴディバは一人からですが、「父がお世話になりました」と渡されました。
福山市さん:私なりに調整してるつもりですが。

2015/11/22

長崎から博多へ  九州本土
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 先週は家内が京都に帰るのに付いて、長崎まで行ってみる計画をたてましたが、会が沢山あってか長崎の宿が取れず、博多まで出て家内と別れ、その夜の太古で帰る計画に変更。
 土曜日朝一番のジェットフォイルで出発の予定が、予想もしなかった福江港駐車場満車に遭遇。
悲しいことに乗り場に着いた時に、ジェットフォイルは岸壁を1ⅿ離れていて、帰ってくれませんでした。
しかたなく2時間後のジェットフォイルに変更して長崎に。
 したがって、予定の長崎県美術館の鴨井玲の展覧会は観ないことに変更。
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 長崎駅前では「ながさき市民のつどい」で人が集まっていて、大きなクリスマスツリーももう出ていました。
福江島から長崎に出ると、長崎はやっぱり大都会です。
 「てまとり姉妹」さんの名前にひかれて少し見学、この姉妹は中身も女の人でした。
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 結局長崎ではちゃんぽんを食べただけで、「長崎の教会群(天主堂群ではなく)を世界遺産に」のポスターが貼られている長崎駅のホームから、白いカモメに乗って博多へ向かいました。
 (縦の写真が張り付けると縦になりません!教えて下さい。
    腕の中身も女の人ですよ。)
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 博多は小雨、新しくなった駅ビルの阪急の屋上庭園には、何故か鉄道神社があって、あの懐かしい薮内佐斗司さんの彫刻が小雨にうたれていました。
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 阪急で1枚セーターを買ってもらい、京都に帰る家内とさよなら、映画を2本観て、23:45発の太古で帰りました。
船は揺れませんでしたが、早く起きたので、久しぶりの若松大橋の写真。
ほとんどが乗り物に乗ってる旅行でしたが、フークがいなくなって出やすくはなっています。
 この3連休は本日の日当直のみ、一人ゆっくりしています。

      返事
花水木さん:もしかしてとか、そうなったらの世界に、
    どんどん入って行くのは、私も好きです。
大雪男さん:繁敷教会には、対向車が来たらどうしよう、
    とばかり思って車を走らせていました。
和さん:繁敷も、距離的には同じか倍ぐらいでしょう。

2015/10/7

柳川川下り  九州本土
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 ここは一応予定した柳川です。
柳川藩主別邸の「御花」は昔行ったので玄関を見るだけ、北原白秋の生家にも行かず、名物の鰻も食べずに、川下りだけしました。
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 夕方遅くなったので、二人だけで貸し切りのようになってしまい、優雅に川下り。
川下りと言っても、天竜川や保津川の川下りと違って、流れのない堀をどんこ舟と言う前後のない舟に乗って漕ぎ進むだけ。
この前方の橋を美女二人が渡って行きましたが、船頭さんの話では、「御花」の旧藩主の末裔のお嬢さんとのことで、可愛いが性格は・・・・と、説明されました。
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 私と一字違いのこの船頭さんは「つつみ」さん、歌も上手でたった二人だけの客でも楽しい話を色々してくれました。
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 時々は低い橋をくぐるため、私たち二人は船底に寝転がって、船頭さんは橋の上を歩いて、船はくぐり抜けていきました。
 よく写真やCMにもある柳川の川下り結婚式は、船べりが白いどんこ舟に乗っていくそうです。
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 最後に今回の旅行の目的地で目的を果たして、鹿児島本線の小さな駅で家内を見送り、私は長崎港からジェットホイルで福江島に、家内は博多から新幹線で京都に帰ります。
 ありふれた古びた夫婦の小旅行ですが、別れて別々の家に帰るというのがみそで、ちょっとした不倫旅行気分になれてなかなか良いものでした。
   あれは1週まえ 見送るあなた駅に残し
     動き始めた鹿児島本線に 一人とびのおった
   ひなびた町いの昼下がり  JR駅の前に立たずうむ
     ポロシャツのあなたに 別れの言葉さえ 忘れて〜た
            喝采

        返事
綾部のとしちゃん:もう少しトライを狙って
    積極的に8強入りを狙ってほしかったのですが、
    相手のプレッシャーを感じていたのですかね。
     私も試合中は「ボールを蹴り出してプレーを一旦切ってくれ」と思いながら
    いつもいつもヨタヨタ走っていました。
花水木さん:トッピングはシラスです。
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    天井広告はこんな感じ、升席に寝転ぶと目に飛び込んできます。

2015/10/5

八千代座  九州本土
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 島原外港でオーシャンアローの乗船を待つ間に、熊本県の観光パンフレットを見ていたら、「そうだ!突然ですが山鹿に行こう」と予定変更。
熊本港から山鹿まで走って、豊前街道の古い街並み沿いの100円パーキングに車を停めて、近くで入ったこのピザの店も美味しかったです。
そこで、「八千代座物語」のパンフレットが目に入り、時間も丁度良かったので行くことに。
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 国指定重要文化財「八千代座」、明治43年(1910年)に、旦那衆と呼ばれていた山鹿の実業家達によって作られた芝居小屋が、ほぼ元のように修理復元されています。
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 第12代景行天皇(日本武尊の父親です)の一行が濃霧で道に迷ったときに、松明の明かりで迎えたことから始まったと言われる山鹿の灯籠。
「よへは節」の歌詞を染めた浴衣の美女が、頭に紙製で卵3個分の重さしかない灯籠を乗せて、「よへは節」に合わせて踊る山鹿千人灯籠踊りの実演もありました。
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 中の灯がろうそくの灯なら燃えないか心配しましたが、栗ぜんざいを食べた店の人の話では、昔は手に持って踊っていたし、頭に乗せてからは豆電球で、今はLEDですと、教えてくれました。
この形式の祭りの歴史は明治以降のようですね。
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 八千代座の天井には地元の店の宣伝広告が、紙に書かれて貼られていたそうで、それも再現されていました。
今もまだある店が数軒あることや、電話番号が2番の店とか、長電話と書かれている電話は市外にもかけられる電話だったことや、玉三郎さんがずっと来てくれていることなどを、八千代座のおじさんが丁寧にしかも面白おかしくじょうずに説明してくれたので、説明中飽きなかったです。
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 二階席から回り舞台や枡席を見下ろしますが、このシャンデリアは1枚残っていた写真から再現されたようで、出来た当時は山鹿には電気は来ていなかったので、これはガス灯だったようです。
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 外の光を上手に入れるようにした舞台裏の楽屋や、人力(男4人)で回す回り舞台の装置も、舞台の下に入って見ることが出来ました。
予定外の数時間の山鹿滞在でしたが、来たかいがありました。

     返事
花水木さん:普賢岳、今はもう近くまで登れるそうですが、
    近くで見ると斜面はかなり急、いつも見上げてる人は不安でしょうね。
大雪男さん:誤審のこともあるので、CSは広島が行くべきでしょう。
和さん:五島に来てからは、
    船は乗ったら寝るものとの習慣が付いてしまいました。

2015/10/2

オーシャンアロー  九州本土
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 この九州の旅で、雲仙観光ホテルに泊まること以外にやりたかったことは、オーシャンアローに乗ることです。
 雲仙観光ホテルで朝風呂にも入って、ゆっくり朝食も摂って出発、雲で隠れた普賢岳を横目に見ながら30分ほどで島原外港に到着。
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 オシャンアロー号は島原外港から熊本港まで、有明海をほぼ真横に30分で結ぶ熊本フェリーの高速フェリーです。
 レンタカーのパッソは4ⅿ以下なので、車だけなら2100円、人は千円なので、家内を載せても4100円、まあ納得の料金です。
 日本で最初に導入された超細長双胴船の70m級カーフェリーで、かっこよさそうなのでこの機会に乗ってみたかったのです。
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 客室はゆったりしたシート席や2階のラウンジ席と豪華ですし、冬なら屋上デッキでカモメに餌やりも出来るそうです。
 「本日は少し波が高いので、ご注意ください」や「荒れているので入港が10分遅れました」の案内放送がありましたが、私も五島人を10年近くしてきたので、有明海ごときの波にはまったく動ぜず、「五島の海の凪の時より揺れないや」と、偉そうに思っていました。
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 このオーシャンアローのかっこいい姿を写真に撮りたかったのですが、出港15分前には車に乗り込んでなければならず、港に接岸して来たオーシャンアローの動くてっぺんだけを車から眺めただけで、オーシャンアローを見たという思い出は作れませんでした。
 しかたがないので、帰りに長崎港で写真左のジェットフォイルの出航を待つ間に入港して来た、フェリー万葉の写真を掲載します。

       返事
花水木さん:新婚旅行は地味が良いですよ。
花水木さん追伸分:食べる方から見たら草食・
    食べられる方から見たら食草ですかね。
    乳を出す牛が乳牛・牛の乳が牛乳、これと同じ? 
大雪男さん:矢野なら良いと思いますが、金本はもひとつピンときません。
    断わってくれたらよいのですが。
和さん:加賀屋も35年前はちょっと前ほどは有名ではなかったのですが、
    飛び込みで汚い恰好だったので、断わられました。

2015/9/28

雲仙観光ホテル  九州本土
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 九州本土に少し用事があったので、久しぶりに二人で旅行しました。
フークがいなくなったので、気軽に出かけられるようにはなっています。
 娘がトヨタのパッソと言う、限りなく軽に近い車を買ったので、レンタカーもこれを借りて出発です。
燃費だけはめちゃくちゃいい車ですね。
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 九州ついでに、昭和9年に日本で最初の国立公園に指定されたり、「君の名は」で有名な雲仙温泉まで足をのばして、雲仙地獄を散策。
雲仙は今回で3回目、2回目の時は奈留島からフークも連れてきて、この地獄めぐりも少しだけフークと歩いたことを思い出しました。
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 最初に雲仙に来たのはもう35年ぐらい前、まだ家族4人の時に車で来ています。
その頃の家族旅行はまったく旅館の予約などせずに、行ける所まで行くという行き当たりばったりの家族旅行でした。
そんな旅でも飛び込みの宿を断られたのは、和倉温泉の「加賀屋」と、ここ雲仙温泉の「雲仙観光ホテル」の2軒だけでした。
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 念願の「雲仙観光ホテル」、今回はもちろん予約しています。
ちょうど80周年ということで、戦後はGHQに接収されていたので、古いままに残ったようですと、皆が親切で紳士だったホテルマンから説明されました。
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 ホテル内の重厚な図書館では、美女?が読書中。
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 撞球室もありましたが、憎むべきカラオケルームはありません。
こんなホテルで夏を過ごす生活は出来ずに終わりそうな私の一生です。
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 客室のドアノブがやけに高い所に付いているのは、外国人目当てに作られたせいですかね?
古い鍵だけなので、閉じ込められる心配がないのはうれしい限りです。
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 風呂はまあ普通、あと付けのような小さな露天風呂もありました。
入ってる人が少ないのが良いですし、泉質は非常に良いです。
 値段も納得、夕食はゆっくり楽しく食べれました、グラスワインを頼みましたが全部は飲めず、水の方が私には合っているのが悲しいところです。

    返事
花水木さん:食草と言う言葉を今初めて知りました。
    ただし、蜜を吸うだけでも食草ですか?
     白い彼岸花も五島に来て初めて知りました。
    嘘かほんとか、白い彼岸花は外国産?(家内の言葉)らしく、
    そう言えば日本の赤い彼岸花より1週間ほど早く咲くような気がします。

号外の大雪男さん:だけど監督は結局結果論で評価されますね。
    阪神の来期はまた岡田を推しますが、どうでしょうか?


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