思えば、話せる両親に庇護され甘え放題の幼少期。だが、常に周囲に我儘言う側だったはずの自分が、ふと気付けば『〜して頂戴』 『〜した方がイイんぢゃないか?』『〜なんですよ、聞いて下さいよ』『〜って、どうしたら?』と誰かに何かIMPUTされてばかりの毎日! バンドの創作活動による『発信』って概念を除けば、 私人としてのOUTPUT先、ってヤツが何処にも見当たらぬ。バンド活動と云う 大我儘を貫き続ける負い目が、いつしか『滅私奉公』ってスタイルを 醸成しちまってた。大人になった、ってコトなのかも知れないケドね! でもさ、もう人生も折り返し点から随分走ったし。 気侭なOUTPUTタレ流すも一興。ブレまくってもイイぢゃないo(^-^)o 昨日と言ってるコトが違ってもイイぢゃない♪ 『Wスタな日々』で行こうぢゃないの。基本的に、ロザリンドの事も 書くけれど、小さい頃から好きな洋楽アーティストの事とか・・・ネ。

2012/3/25


クリックすると元のサイズで表示します 本日は
 だるまさんのお誕生日でゴザル♪
 お(・∀・)め(・∀・)で
  (・∀・)と(・∀・)う!

 御記帳受付けは本日零時まで
 承って居りますw
 (開始遅いから期間短ッ!w)
 既に活ろざへ有志若干名のフライングも…(^_^;)



2010/1/30

ロザリンド起動!  だるま物語(Foot step of Rosalind)

本章第一部

第一幕『第1期ROSALIND起動』クリックすると元のサイズで表示します
Rosalindの正式な
結成年次は1995年であるが、
実はその前年末、非公式な闇歴史が
存在する。
ライヴ活動再開を焦った凸ヤマは、
旧知の相棒トッシーさんを
得て調子に乗り、やはり同級生の
SageをBassに暫定起用、
カセット作『OUT TAKES』のナンバー
中心でライヴを行う愚挙に出た。



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2010/1/30


序章8
    〜ロザリ誕生の産声〜
<今回も…以下略>

リーダーであり、BAND創始者だった
ギタリストを失ったOILY
遺された3人は途方に暮れた。
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その時、CHIYOCO曰く
『ヾ(*`Д´*)ノ"彡☆折角面白く
 なって来たトコだったのにぃ〜!』


・・・・って(-_-;)
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2010/1/20

ロザリ誕生の胎動  だるま物語(Foot step of Rosalind)

序章7
    〜ロザリ誕生の胎動〜
<今回も…以下略>
OILYと名付けられた
そのCOPY・BANDは
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週に一回集っては練習を重ね
当然の流れとして
『ライヴ演ってみようよ〜♪』
に至り

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2010/1/19

ようやくマジでロザリ誕生前夜  だるま物語(Foot step of Rosalind)

序章6
    〜ロザリ誕生まさに前夜〜
<今回も“アタシの恥ずかしい写真”掲載w>

話変わって
僭越ながら著者の過去に触れなくてはならない。

前章で述べた如く『歌い手泣かせの偏った曲とアレンジ』
を以って鳴る凸ヤマは当時、
MIDI打ち込み中心の作曲活動をするベーシストで在った。

プログレ系のフィールドに居た関係も手伝って
全くもって“ライヴ派”では無く、

地元の“業界”で音楽製作のシェアを大きく分け合う
二大巨頭をDrとGに迎え、
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2010/1/19

遂に次章から結成前夜だ(^_^;)  だるま物語(Foot step of Rosalind)

序章5
    〜ロザリ誕生前夜〜
今回は時間遡行な話題で秘蔵写真無いのよ(T_T)

さて、前章で残された疑問は尻が重く
全く業界的営業手腕を持たない
ズンタが如何にして業界で
生存したか、であったが

此処に“ズンタ”〜“だるま”の
業界での立ち位置から、ヴォーカリスト、
パフォーマーとしての
彼女のレゾンデートルまでをも
紐解く画期的な
『赤鼻のトナカイ理論』
と名付けた自説を展開してみたいと思う( ̄ー+ ̄)
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2010/1/18

誕生前夜までもうスグw  だるま物語(Foot step of Rosalind)

序章4
    〜ロザリ誕生前夜〜
<今回から秘蔵写真満載w>
前章に於いて、ズンタ〜だるま
が畏れるものは
地震、雷、火事(家事も)
  親爺抜き
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と云う壮大な結論を
帰納的に導き出す事に成功した所で、
更に話を進めたいと思う。

県都へ出たズンタは
放送局アシスタントに従事する傍ら、

お江戸で培った“雑多なバイト・スキル”
をフル活用する事となる。


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