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2009.11.9
・群雲第二十八話アップ
・拍手返礼に二件お返事追加
2009.11.7
・群雲第二十七話アップ
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2009/11/9
群雲前編28−信長x光秀恋物語− 光秀公記
『群雲前編第二十八話』
だんだんと南へ下るにつれ、風は温かくなり、那古野の街に入る頃には薄桃色の桜の花が、ちらほらと咲き始めていた。
美濃よりも気候が温暖な那古野の地、季節が急に一つ先に進んだようで、不思議な気持ちになる。
桜の花に誘われ、人の心も浮き立つ那古野の城下街を、光秀ら一行が行く。白馬に跨った白面の美男子に、街人達から感嘆の声が上がる。
淡い桜の花の下を静々と進む白馬に跨った光秀は、妖しいほどに美しかった。
約半年振りに訪れた那古野城は、様相が一変していた。正室帰蝶を頂く美濃勢力と、側室吉乃を奉じる土田氏・生駒家勢力とに見事に二分されていた。
日頃は小牧に住まう吉乃も、美濃から息子奇妙丸の誕生を祝う使者が来るとあって、那古野に出てきている。吉乃の那古野入りもあり、城内は不穏な空気に包まれている。
光秀ら一行が通されたのは、二の丸御殿にある式台の間であった。金色地に青々と茂る松の絵を描いた襖絵が実に見事だ。
織田家長男誕生の祝いの品が、続々と式台の間へ運び込まれて来る。一段高くなった主座に、その人はいた。
黒地に織田木瓜紋が白く染め抜かれた直垂に身を包み、同じく織田木瓜を織り込んだ引立烏帽子を被った男性が、威風堂々と主座を占めている。
こちらも武士の正装である白銀色の地に土岐水色の桔梗紋を染め抜いた直垂に、同じく桔梗紋を織り込んだ引立烏帽子姿の光秀が、頭を低くして献上の品が次々読み上げられて行くのに耳を傾けている。
主座にある信長は脇息に半身を預けたまま、無感動な視線をこちらに投げて寄越している。時折手にした扇を閉じたり開いたりする音が聞える。
いぐさの匂いが濃い畳の上に視線を這わせたまま、光秀は苦行のような時間を必死にやり過ごした。信長の視線が光秀の身体を射抜き、心までも切り裂く。
今かの人はどんな気持ちで光秀と対峙しているのであろうか、そのことを思うと居た堪れなくなる。
信長からの文に一度も返事を出さず、亀のように明智の城に閉じこもってしまったた光秀に、愚弄されたと憎しみすら抱いているかもしれない。
半年経った今でも、愛しく思う人に敵意を向けられることは、身を斬られるよりも辛い。
そもそも二人の関係はあやふやでつかみ所がない。信長と交わしたのは戯れのような睦言と口づけだけで、光秀は彼に抱かれたわけではない。愛人とすら呼べない関係だ。
織田家の当主と同盟国美濃の使者、二人の間は今やただそれだけのように思える。
献上の品が全て読み上げられると、信長が厳かに告げた。
「遠路使者の役目ご苦労であった。蝮殿のお気遣い、信長しかと受け取ったとお伝え願いたい」
「ハッ」
平伏したまま、畳に拳を突き重々しく答える。破天荒な信長のこと故、満座の席で激しく罵られることも覚悟していただけに、使者の面目がどうにか保たれ、光秀は内心ホッとした。
「ところで――その」
「は?」
急に歯切れの悪くなった信長に、何事かと少しだけ顔を上げた光秀は、正面から信長の視線を浴びることになり己がうかつさを悔いた。
信長の視線が、光秀のそれと絡む。不思議と信長の瞳には怒りや憎しみの色は浮かんでいなかった。そこにあるのは、なにか言いたげで、心配そうな瞳。
目と目を合せたまま、二人は動くこともできぬまま、しばらくの時を過ごした。いい加減周りの者が怪しんで口を挟もうとした頃、信長が口を開いた。
「光秀そなたもう、身体は――」
「失礼致します。美濃からのお使者の方にご挨拶をと思い、お邪魔致しました」
信長の言葉を遮るように、侍女達を引き連れた内掛け姿の女性が現れた。空色の打ちかけに、腕には小さくて無垢な赤子を抱いている。
「吉乃――下がっておれと、命じたはずだが」
突然現れた側室小牧殿に、信長が厳しい目を向ける。しかし彼女はふくよかな頬をにこにことさせて得意の愛想を振りまき、夫の叱責などお構いなしだ。
「これはこれは、我が子奇妙丸のためにありがとう存じます。さぁさぁ、どうぞこの子をを抱いてやって下さいまし」
平身低頭の姿勢で事の成り行きを見守っていた光秀の前に、内掛けの裾を払い吉乃がやって来る。さぁと言って、彼女は光秀に腕に抱いた奇妙丸を差し出す。
「奥方様、これは――」
赤子を抱けとは、どうしたものか。とても良家の子女とは思えない大胆さに、光秀も困惑してしまう。
しかしここで断るのも織田家長男の母と言う立場にある彼女に対し、失礼にあたるのではないかと思い至り、光秀はごめんと短く断ってから、恐る恐る手を差し出した。
「バァ、バァ」
「!」
赤子は白くてむっちりと肉付いた手を懸命に光秀に伸べる。侍女に教えられ、産毛がフワフワと生えた小さな頭を肘に乗せる形で、どうにか赤子を腕に抱く。
抱き締めた赤子が柔らかくて温かくて、光秀は瞼の裏が熱くなるのを感じた。
優しい乳の香りのする赤ん坊。抱き締めただけで幸せな気持ちになれる。
「バアバア!」
「まぁまぁ、ずいぶんと明智殿を気に入ったようね」
弓形に瞳を細め、吉乃がクスクスと笑い声を漏らす。
さすが信長の子と言うべきか、赤ん坊は物怖じせず光秀に笑顔を向けている。濃くしっかりとした眉の形が、父親である信長に良く似ている。
(完敗ですね……)
苦い笑いが口元から滑り落ちる。これほどまでに清々しい負けが他にあるだろうか。
赤ん坊とは恐ろしいものだ。陽の気の塊、どんな悪人の心をも浄化し、心安けくしてしまう。腕に抱いただけで、感動して言葉を失う。
こんな存在にはとても勝てないと、光秀は笑うより他なかった。乾いた笑いが止まらなかった。
応援よろしくです♪↓↓

群雲第二十七話に拍手コメントありがとうございましたぁ。拍手返礼にお返事二件追加しました(*^-^*)☆応援ありがとうございます。
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だんだんと南へ下るにつれ、風は温かくなり、那古野の街に入る頃には薄桃色の桜の花が、ちらほらと咲き始めていた。
美濃よりも気候が温暖な那古野の地、季節が急に一つ先に進んだようで、不思議な気持ちになる。
桜の花に誘われ、人の心も浮き立つ那古野の城下街を、光秀ら一行が行く。白馬に跨った白面の美男子に、街人達から感嘆の声が上がる。
淡い桜の花の下を静々と進む白馬に跨った光秀は、妖しいほどに美しかった。
約半年振りに訪れた那古野城は、様相が一変していた。正室帰蝶を頂く美濃勢力と、側室吉乃を奉じる土田氏・生駒家勢力とに見事に二分されていた。
日頃は小牧に住まう吉乃も、美濃から息子奇妙丸の誕生を祝う使者が来るとあって、那古野に出てきている。吉乃の那古野入りもあり、城内は不穏な空気に包まれている。
光秀ら一行が通されたのは、二の丸御殿にある式台の間であった。金色地に青々と茂る松の絵を描いた襖絵が実に見事だ。
織田家長男誕生の祝いの品が、続々と式台の間へ運び込まれて来る。一段高くなった主座に、その人はいた。
黒地に織田木瓜紋が白く染め抜かれた直垂に身を包み、同じく織田木瓜を織り込んだ引立烏帽子を被った男性が、威風堂々と主座を占めている。
こちらも武士の正装である白銀色の地に土岐水色の桔梗紋を染め抜いた直垂に、同じく桔梗紋を織り込んだ引立烏帽子姿の光秀が、頭を低くして献上の品が次々読み上げられて行くのに耳を傾けている。
主座にある信長は脇息に半身を預けたまま、無感動な視線をこちらに投げて寄越している。時折手にした扇を閉じたり開いたりする音が聞える。
いぐさの匂いが濃い畳の上に視線を這わせたまま、光秀は苦行のような時間を必死にやり過ごした。信長の視線が光秀の身体を射抜き、心までも切り裂く。
今かの人はどんな気持ちで光秀と対峙しているのであろうか、そのことを思うと居た堪れなくなる。
信長からの文に一度も返事を出さず、亀のように明智の城に閉じこもってしまったた光秀に、愚弄されたと憎しみすら抱いているかもしれない。
半年経った今でも、愛しく思う人に敵意を向けられることは、身を斬られるよりも辛い。
そもそも二人の関係はあやふやでつかみ所がない。信長と交わしたのは戯れのような睦言と口づけだけで、光秀は彼に抱かれたわけではない。愛人とすら呼べない関係だ。
織田家の当主と同盟国美濃の使者、二人の間は今やただそれだけのように思える。
献上の品が全て読み上げられると、信長が厳かに告げた。
「遠路使者の役目ご苦労であった。蝮殿のお気遣い、信長しかと受け取ったとお伝え願いたい」
「ハッ」
平伏したまま、畳に拳を突き重々しく答える。破天荒な信長のこと故、満座の席で激しく罵られることも覚悟していただけに、使者の面目がどうにか保たれ、光秀は内心ホッとした。
「ところで――その」
「は?」
急に歯切れの悪くなった信長に、何事かと少しだけ顔を上げた光秀は、正面から信長の視線を浴びることになり己がうかつさを悔いた。
信長の視線が、光秀のそれと絡む。不思議と信長の瞳には怒りや憎しみの色は浮かんでいなかった。そこにあるのは、なにか言いたげで、心配そうな瞳。
目と目を合せたまま、二人は動くこともできぬまま、しばらくの時を過ごした。いい加減周りの者が怪しんで口を挟もうとした頃、信長が口を開いた。
「光秀そなたもう、身体は――」
「失礼致します。美濃からのお使者の方にご挨拶をと思い、お邪魔致しました」
信長の言葉を遮るように、侍女達を引き連れた内掛け姿の女性が現れた。空色の打ちかけに、腕には小さくて無垢な赤子を抱いている。
「吉乃――下がっておれと、命じたはずだが」
突然現れた側室小牧殿に、信長が厳しい目を向ける。しかし彼女はふくよかな頬をにこにことさせて得意の愛想を振りまき、夫の叱責などお構いなしだ。
「これはこれは、我が子奇妙丸のためにありがとう存じます。さぁさぁ、どうぞこの子をを抱いてやって下さいまし」
平身低頭の姿勢で事の成り行きを見守っていた光秀の前に、内掛けの裾を払い吉乃がやって来る。さぁと言って、彼女は光秀に腕に抱いた奇妙丸を差し出す。
「奥方様、これは――」
赤子を抱けとは、どうしたものか。とても良家の子女とは思えない大胆さに、光秀も困惑してしまう。
しかしここで断るのも織田家長男の母と言う立場にある彼女に対し、失礼にあたるのではないかと思い至り、光秀はごめんと短く断ってから、恐る恐る手を差し出した。
「バァ、バァ」
「!」
赤子は白くてむっちりと肉付いた手を懸命に光秀に伸べる。侍女に教えられ、産毛がフワフワと生えた小さな頭を肘に乗せる形で、どうにか赤子を腕に抱く。
抱き締めた赤子が柔らかくて温かくて、光秀は瞼の裏が熱くなるのを感じた。
優しい乳の香りのする赤ん坊。抱き締めただけで幸せな気持ちになれる。
「バアバア!」
「まぁまぁ、ずいぶんと明智殿を気に入ったようね」
弓形に瞳を細め、吉乃がクスクスと笑い声を漏らす。
さすが信長の子と言うべきか、赤ん坊は物怖じせず光秀に笑顔を向けている。濃くしっかりとした眉の形が、父親である信長に良く似ている。
(完敗ですね……)
苦い笑いが口元から滑り落ちる。これほどまでに清々しい負けが他にあるだろうか。
赤ん坊とは恐ろしいものだ。陽の気の塊、どんな悪人の心をも浄化し、心安けくしてしまう。腕に抱いただけで、感動して言葉を失う。
こんな存在にはとても勝てないと、光秀は笑うより他なかった。乾いた笑いが止まらなかった。
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