2012/2/8
和菓子屋First2 和菓子屋物語
『和菓子屋さん物語〜はじまりのお話〜第二話』
彼と最後に別れたのはいつのことだったか。あれは確か東京へ発つ前の晩だ。三月の末、名残雪がハラハラと舞っていた雪の夜、自宅の障子越しに、彼の姿を見た。
すでに辺りは闇に包まれていて、貴史も部屋の灯りを消したところだった。すると障子越しに人影が薄っすらと浮かび上がったのだ。
月明かりが雪に反射して、華奢な少年の姿を浮かび上がらせていた。
こんな夜更けに、しかも外は雪だと言うのに。驚いた貴史は布団を跳ねのけ起き上がった。電気のスイッチを探そうと手を伸ばした。その矢先、か細い声がした。
「たかちゃん――さよなら。面と向かってはよう言われぇへんけど、さよなら」
それと同時に雪を踏みしめる音が響く。貴史はスイッチを探すのを諦め、急いで障子を開けた。
けれど雪道を行く少年の姿はもうそこにはなかった。真っすぐ伸びる小さな足跡が続いているだけ。
貴史は切ない気持ちになって、胸を掻き毟った。
憎らしいまでに煌々と照る月を睨みつける。苦い溜息が、夜風にすぅっと溶けて行った。
届きそうで届かない手。彼との間に見えない溝を作ってしまったのは貴史自身だ。わかってはいるが、顔も見せずに帰ってしまった彼が恨めしい。
違う、そうじゃない。顔を合わさないまでも、彼が自分に会いに来てくれたこと自体に感謝し、喜ばなくてはいけないのだ。
あんなことを言った自分を忌まわしく思っているだろうに、それでも別れを告げに来てくれた律儀な彼に本当ならありがとうを、言わなくてはいけない。
ありがとう、さよなら。そう伝えたいのに、目の前に彼はいない。やるせない気持ちが重く、貴史の心を覆った。
胸の奥底に封じ込めたはずの想いが顔を覗かせ、貴史は焦った。彼のことは、二度と思い出してはいけないと、胸の奥深くに捻じ込んだはずなのに。
容易に心の鍵が外れてしまう己の弱さに、貴史は苦笑いを零す。
「真希はああ言ってるが、無理にこの旅行につき合うことないんだぞ」
真希が行ってしまうと諒が真剣な顔で覗き込んで来た。親友の諒は貴史の家の事情と、彼が京都へ戻りたくないわけを知っている。貴史を見つめる諒の瞳には思いやりが満ちている。
当たり前のように気遣ってくれる諒に、貴史は小さく首を横に振った。
「いいんだ。京都へ行くといっても、実家へ戻るわけじゃないから」
長い睫をそっと伏せ、貴史は諒に笑いかけた。そうすると周りの空気までがふわっと匂い立つ。上品だけど、どこか艶のある微笑だ。クールが売りの諒の顔が、見る見る赤くなって行く。
そんな親友の変化に気づく風でもなく、貴史は一人ある決意を固めていた。
(思いきって連絡してみようか。もしかしたら――)
再び胸に少年の顔が浮かぶ。掌にじんわりと冷たい汗が滲む。胸の鼓動がじょじょに速度を上げて行く。期待と緊張に胸が打ち震えるのを抑えることができない。自分でも信じられないくらい大胆な発想に、貴史自身も呆れてしまう。
真希の行動力が移ったのかもしれないなと、貴史は頭を掻いた。

拍手ありがとうございました。
1
彼と最後に別れたのはいつのことだったか。あれは確か東京へ発つ前の晩だ。三月の末、名残雪がハラハラと舞っていた雪の夜、自宅の障子越しに、彼の姿を見た。
すでに辺りは闇に包まれていて、貴史も部屋の灯りを消したところだった。すると障子越しに人影が薄っすらと浮かび上がったのだ。
月明かりが雪に反射して、華奢な少年の姿を浮かび上がらせていた。
こんな夜更けに、しかも外は雪だと言うのに。驚いた貴史は布団を跳ねのけ起き上がった。電気のスイッチを探そうと手を伸ばした。その矢先、か細い声がした。
「たかちゃん――さよなら。面と向かってはよう言われぇへんけど、さよなら」
それと同時に雪を踏みしめる音が響く。貴史はスイッチを探すのを諦め、急いで障子を開けた。
けれど雪道を行く少年の姿はもうそこにはなかった。真っすぐ伸びる小さな足跡が続いているだけ。
貴史は切ない気持ちになって、胸を掻き毟った。
憎らしいまでに煌々と照る月を睨みつける。苦い溜息が、夜風にすぅっと溶けて行った。
届きそうで届かない手。彼との間に見えない溝を作ってしまったのは貴史自身だ。わかってはいるが、顔も見せずに帰ってしまった彼が恨めしい。
違う、そうじゃない。顔を合わさないまでも、彼が自分に会いに来てくれたこと自体に感謝し、喜ばなくてはいけないのだ。
あんなことを言った自分を忌まわしく思っているだろうに、それでも別れを告げに来てくれた律儀な彼に本当ならありがとうを、言わなくてはいけない。
ありがとう、さよなら。そう伝えたいのに、目の前に彼はいない。やるせない気持ちが重く、貴史の心を覆った。
胸の奥底に封じ込めたはずの想いが顔を覗かせ、貴史は焦った。彼のことは、二度と思い出してはいけないと、胸の奥深くに捻じ込んだはずなのに。
容易に心の鍵が外れてしまう己の弱さに、貴史は苦笑いを零す。
「真希はああ言ってるが、無理にこの旅行につき合うことないんだぞ」
真希が行ってしまうと諒が真剣な顔で覗き込んで来た。親友の諒は貴史の家の事情と、彼が京都へ戻りたくないわけを知っている。貴史を見つめる諒の瞳には思いやりが満ちている。
当たり前のように気遣ってくれる諒に、貴史は小さく首を横に振った。
「いいんだ。京都へ行くといっても、実家へ戻るわけじゃないから」
長い睫をそっと伏せ、貴史は諒に笑いかけた。そうすると周りの空気までがふわっと匂い立つ。上品だけど、どこか艶のある微笑だ。クールが売りの諒の顔が、見る見る赤くなって行く。
そんな親友の変化に気づく風でもなく、貴史は一人ある決意を固めていた。
(思いきって連絡してみようか。もしかしたら――)
再び胸に少年の顔が浮かぶ。掌にじんわりと冷たい汗が滲む。胸の鼓動がじょじょに速度を上げて行く。期待と緊張に胸が打ち震えるのを抑えることができない。自分でも信じられないくらい大胆な発想に、貴史自身も呆れてしまう。
真希の行動力が移ったのかもしれないなと、貴史は頭を掻いた。
1
テーマ: 小説を書く



