力道山の負傷は「右胸鎖関節亜脱臼」というもので全治4週間の重症だった。最低ひと月は安静治療が必要と慶応義塾大学医学部付属病院で診断された。力道山を診察した医師は関節亜脱臼というのは関節が半分外れ掛かった状態をいい、「プロレスは到底無理!しっかり休んで治療に専念せよ」と言った。困ったのは全国のプロモーター達だった。力道山が出場してこそ客が満足するプロレスであって力道山の休場となれば、当然売り上げも伸びないだろうし、興行を延期するしかないと嘆いた。
力道山は医師の薦める入院を断り、地方巡業に同行し、各会場で直接ファンに詫びた。9月15日の興行先は横須賀市久里浜市体育館。力道山は腕を吊って会場入りした。そしてメインイベントの前にリングに登場し、欠場のお詫びをする。その後はリングサイドに陣取るのが力道山のせめてもの誠意だった。力道山は館林、名古屋を休場したが、とうとう大阪大会から試合に出場した。「ワシ抜きの興行は多方面に迷惑が掛かる。ワシさえ出れば全て丸く収まるのだ」と悲壮なる覚悟の出陣であった。しかし、この日、会場に大きな郵便物が届く。それは鎧のようなアメリカン・フットボールの肩パッドだった。これは力道山の長男、義浩氏が慶応高校のアメリカンフットボール部で使用していたもので、義浩氏の発案で急遽、大阪に送られたものだった。力道山は「これを装着すると肩がガードされるんだ。今のワシにはウッテツケだ!結構使えるよ」と少し、はしゃぐような笑顔で言った。
「さあ来い!」力道山大ハッスル!
力道山は豊登、吉村道明とトリオを結成し、スカルマーフィー、ムース・ショーラック、アート・マハリックと60分3本勝負で対戦する。肩パッド姿の異様な姿の力道山に1万1千の大観衆もびっくり!そしてスカル・マーフィーが沖レフリーに「力道山のパッドは凶器じゃないのか」と因縁をつける。沖レフリーは「ノー、ノー、覆面レスラーのマスクと同じだ!」と取り合わない。そして試合開始のゴングが鳴る。いきなり力道山が登場!地鳴りとも怒涛ともつかない大観衆の歓声が轟く!「待ってました!」の掛け声の響く中、力道山が外人チームの先発のアート・マハリックを蹴りまくる!5日の欠場の鬱憤を晴らすかのように蹴って蹴って蹴りまくる!そして左腕の空手チョップ!全身に響き渡る痛みで力道山の顔がクシャクシャだ!しかし負けない!チョップを打って打って、打ちまくる!凄絶な力道山だ!会場が全員「ワッショイ!ワッショイ!」と掛け声掛ければ、力道山も「ワシは試合をしてこそ、本来の自分なんだ」という思いが走る。
ショーラックを蹴りまくる!力道山
この燃える力道山の姿に豊登も吉村も大いにハッスル!1本目は16分45秒に豊登のベアハッグと吉村のドロップキックの十字砲火!豊登がマーフィーを押さえ込んだ。2本目、もう力道山がプロレスを出来る喜びからか異常にハッスル!蹴りまくり、打ちまくり、沖レフリーに1分18秒に反則負けを取られる。3本目も力道山の異常ハッスルが止まらない!どさくさに沖レフリーまで蹴り飛ばして、これまた反則負けを宣言されてしまう。この夜は大観衆も、勝ち負けより元気な力道山を見て全員大満足で興奮状態だった。根性の力道山、八面六臂の復活劇だった。

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