昭和37年はプロレス史に残る出来事が多発した年であり、2月3日に早くも一つの事件が起こる。
2月2日、日大講堂2連戦の初日、ロッキー・ハミルトン、ロニー・エチソン組を辛くも退けてアジア・タッグ選手権の12度目の防衛を果たした力道山と豊登だったが2月3日、同所でリッキーワルドー、ルーター・レンジ組を相手に再びアジアタッグ選手権の防衛戦を行なう。

ルーター・レンジとリッキー・ワルドー
リッキー・ワルドーは、これまでテキサス・マッケンジー、プリンス・カーチス・イアウケア、ロッキー・ハミルトンとパートナーを代えてアジア・タッグ選手権に挑戦してきたが、いずれも失敗に終わっている。だが今度は従兄弟であるルーター・レンジがパートナーということで大いに張り切っていた。しかしリングに登場したレンジの左膝には包帯、右膝にもサポーターが巻かれ痛々しい。これは豊登との試合で痛めた古傷だった。日大講堂は1万1千人の観衆で膨れあがる。裁くレフリーはハロルド登喜。そしてハワイから戻ったばかりの沖識名が副審をリングサイドで勤めた。61分3本勝負、コミッショナーの宣言も終わり、あとはゴングを待つばかり。そしてハロルド登喜の合図で運命のゴングが鳴った。
豊登とリッキー・ワルドーで試合が始まる。早くも頭突きを放つワルドー!素早い動きでパンチを叩き込みスピードで豊登を翻弄し、自軍に引き入れると、レンジも呼応して強烈な頭突きをブチかます!豊登はダウン!転がりながら力道山にタッチ!外人組もルーター・レンジが登場。いきなり力道山は空手チョップでレンジの肩口を連打!そして喉元へ逆水平打ち!速い試合展開になる。怒ったレンジは猛然と頭突きで反撃!そしてワルドーが飛び出す。登喜レフリーが押し戻す。力道山は空手チョップから、すくい投げでワルドーを日本側コーナーへ、そして豊登とタッチ!この時レンジもワルドーにタッチ!そして二人掛りの頭突きを食らわしワルドーの強烈なパイルドライバーが炸裂!10分30秒に外人組が先取する。
2本目、やっと豊登のエンジンが掛かった!凄まじいエルボースマッシュの連発でワルドーを翻弄する。一瞬、朦朧としたワルドーはロープの間から場外に転落、それを力道山が椅子で一撃してリングに押し戻す。豊登は凄まじい大歓声を背に受けて、一気に逆エビ固めにきめて5分00秒に1対1に持ち込んだ。
そして迎えた決勝の3本目、日本組はレンジの痛めてる左足を狙う。力道山は蹴り上げ、レッグロックと非情な攻撃。これに怒ったワルドーはノータッチで頭突きの連発でレンジを救出!力道山は豊登とタッチ!レンジもワルドーへ正式にタッチ。再び豊登のエルボースマッシュが火を吹いた!しかしワルドーも負けてはいなかった。頭突きで反撃!ここでレンジも復活し、ワルドーにタッチを求める。飛び出したレンジも頭突きの連打から、後ろに回り込むや、一気にバックドロップ!ほとんど無防備で受けた豊登が泡を吹いて悶絶!9分45秒、レフリーの登喜のカウント3は入り、力道山はワルドーに阻止され救援できず!遂に13度目で破れてしまった。うなだれる豊登と立ち尽くす力道山。トロフィーを受け取り、抱き合い大喜びするワルドーとレンジ。
会場は一瞬、水を打ったように静まり返る。大観衆もまだ日本組の負けが信じられないのだ。その後、2階席のファンが罵声とともにミカンをリングに投げ入れた。これにワルドーとレンジが反応したのが原因だった。物凄い怒号とともに会場のいたる所からリングめがけ、ビン、空き缶、ミカン、果ては椅子や靴が投げ込まれて大パニックになってしまう!観客の暴動が起こったのだ。それでも罵倒して呼応するワルドーとレンジ!火に油を注ぐようなものだ。
110番通報で本所署一個小隊の50人の警官が出動し、会場に雪崩れ込んできたが、混乱は収まらず力道山が物の飛び交うリング上からマイクで「お客さん!今日はワシが不甲斐なくてすみませんでした。15日に、この場所でもう一度やります!必ず勝ちますから、今日は収めてください!勘弁してください!」と詫びた。
これにより騒ぎは収まるものの日本のプロレス史に汚名を残す事となる。連戦による疲れが力道山と豊登の歯車を狂わしたアジア・タッグの敗戦だったが、その疲れもこの暴動事件により吹っ飛び、大群衆よる暴動の怖さを身をもって知った力道山だった。


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