ルーテーズはレスラーの鑑。不世出の名レスラーとして永遠に語り継がれる人物である。力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木との名勝負は永遠に日本プロレス史に刻まれ燦然と輝いている。
来日回数は15回、初来日は昭和32年で力道山率いる日本プロレスでした。その後、再び日本プロレスに昭和37年、昭和41年に来日、そして国際プロレスには昭和43年、新日本プロレスには昭和49年、その後は全盛期を過ぎた事もあり新日本プロレス、国際プロレス、全日本プロレスに来日してはレスラーの育成に協力しました。
ルーテーズはビデオやDVDが発売されているので、比較的簡単に「ファイト」を拝めるのだけれど、昭和41年2月のジャイアント馬場に挑戦したインターナショナル選手権だけは映像がなく「幻」の試合となっている。ルーテーズは手足も長く、とても機敏でつけ入る隙がないように思え、受身さえも猫のような身のこなしの柔軟さを持つ。時にラフなパンチや肘撃ちも繰り出し、隙あらば必殺のバックドロップが炸裂する。なるほど流石!と唸らせる偉大なレスラーである。
191センチ、110キロ 1916年米・ミシガン州ナバット出身 タイトル歴・NWA世界ヘビー、WWA世界ヘビー、UWA世界ヘビー 2002年4月逝去。


1