昭和37年2月3日に起きた日大講堂でのプロレス暴動事件に非難の声が多く上がった。日大側も講堂は暫くの間はプロレスの興行には貸さないという。これを力道山は日本プロレス・コミッショナーの大野伴睦氏と曾根橋渡氏に頼み込んで政治力で了解を得る。「日大講堂で起こした不祥事は我々がアジアタッグに破れた事にある。今度こそキッチリと勝って事件の落とし前をつけてやる!」と凄まじい執念をみせた。
勢いに乗るリッキー・ワルドーとルーター・レンジは「今まで好き勝手なことをやってくれたな!」と、ロッキー・ハミルトン、ロニー・エチソンを逆指名しノン・タイトルながら2月9日、リキパレスで60分3本勝負で黒人対白人の遺恨対決が行なわれた。レフリーは中立の立場から力道山が務めたが、力道山にも漁夫の利的な思惑があった。この試合でリッキー・ワルドーとルーター・レンジが多少でもダメージを深める事であった。
ゴングが鳴ると、いきなりハミルトンとエチソンは包帯を巻いたレンジの膝を標的にしたのだ。力道山の思うツボだ。激しいパンチで徹底的に膝を狙ってクイックタッチを繰り返すハミルトンとエチソンの白人コンビ。連携を分断された黒人コンビはワルドーが前面に立ってレンジをフォローする。しかし1本目は15分20秒にレンジが体固めに破れ、2本目もレンジが戦闘不能状態まで徹底的に足を攻め込まれ動けなくなる。ここでワルドーが白人コンビ2人を相手に孤軍奮闘!頭突きの連発から4分20秒にエチソンを押さえ込んで1勝をあげた。そして3本目、試合は4人入り乱れて収拾つかずのノーコンテスト!痛めてる足を集中攻撃されたルーター・レンジにとって最悪の戦いだった。
2月13日の千葉県営体育館に於いて、また不可解なカードが組まれた。レンジ、ワルドーに、いがみ合うハミルトンが加わり、力道山、豊登、遠藤と対決する6人タッグマッチだ。ハミルトンは全く非協力的なファイトで終いには、当然のように仲間割れ。日本組はハミルトンがら2フォール奪って完勝する。また、この日から赤覆面のミスター・アトミックが再来日し、吉村を血だるまにして怪気炎をあげた。
そして、いよいよ再び日大講堂でリッキー・ワルドーとルーター・レンジとアジア・タッグ選手権ののリターン・マッチに挑む日がやってくる。
再来日のアトミック

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