産経ニュースによりますと、高島市今津町上弘部で駅屋(うまや)
らしき遺跡が発掘されたそうです。
記事では
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古代「北陸道」の駅家跡か 弘部野遺跡に建物跡
2009.6.24 23:41
このニュースのトピックス:歴史・考古学
駅家か役所の建物だったとみられる、最大で1辺1メートルを超す柱堀方跡=24日午後1時41分、滋賀県高島市今津町上弘部の弘部野遺跡 都と北陸地方をつなぐ古代の国道「北陸道」の要所、滋賀県高島市の弘部野(ひろべの)遺跡で、7世紀前半〜9世紀後半(飛鳥−平安時代前期)の掘っ立て柱建物群跡などが見つかり、市教委が24日、発表した。中央の指令を地方に伝える役人が馬を乗り継いだ駅家(うまや)の可能性があり、確認されれば北陸道では初という。
出土したのは、掘っ立て柱建物の外枠穴などで、母屋と離れとみられる2棟の遺構が確認された。母屋は柱の間隔が3メートルあり、平城京など古代の役所と同規模という。約250年間に2回建て替えた跡があった。
古代の北陸道は、琵琶湖西岸沿いを北上するルートが知られているが、近年の研究では、8世紀後半までは同遺跡を西進して福井県内の若狭湾沿いを北上するルートの存在も解明されつつある。
金田章裕・京都大名誉教授(歴史地理学)は「駅家である可能性が高い。北陸道は、これまでに近江から越前に北上する9世紀以降のルートが確認されている。今回の遺構が駅家と断定できれば、8世紀以前の別ルートの存在を具体的に証明する貴重な史料になる」と話している。
現地説明会は7月4日午後1時半から。
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「駅家である可能性が高い。」とのこと、、で、駅屋であるかどうなのかは
いつになったらハッキリするのかなぁ。
1000年以上も前なんだから、いつまでたってもはっきりしないんでしょうねぇ

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