2009/8/13

30年ぶりの沖縄  閑話休題

 今年の盆休みは沖縄へ行って参りました
 12日に伊丹の空港から定刻通り飛行機は離陸しました お盆の休み中とあって機内は満席です 
 私にとって沖縄は小学3年の時 母に連れられて以来の訪問になります 当時沖縄は沖縄海洋博覧会が開かれており 国土復帰からまだわずか3年ほどしか経ていないときでした そのため道路は本土とは異なり 車は右側通行とアメリカと同じでした そのため観光バスの乗り降りも本土とは反対側 那覇市内の国際通りも英語文字の看板が多数並ぶ 異国情緒の街並みの印象がありました どこへ行っても暑くて暑くて 母や母の仲間たちは帽子を重ねてかぶってサングラスをして やたらかき氷を食べていたのを覚えています あのときにはアクアポリスに感嘆し ロシア館のお兄さんにバッチをもらってはしゃいだり ひめゆりの塔や牛島中将自決の地(摩文仁の丘のあたりかと記憶) 西南植物公園などを回って 3日目にとうとう熱射病になって倒れたのでした 
 そんなことを思い出しつつ 飛行機はいつの間にか九州の東の海上 日向灘の上空に達していました ちょうど雲の切れ目の間から延岡の海岸が見えています ご先祖様のお墓の方向に向かってしばし合掌(お盆やのに帰りもせんとってごめんなさい)
 そして数分後に都井岬が見えてきました 都井岬の向こうには陸軍特攻隊のあった知覧と海軍航空隊があった鹿屋があります ここから60年も前の時代 どれほど多くの10代20代の若者がこの青空を沖縄へ向け 哀しい別れを告げて死の覚悟で飛び立っていったことでしょうか あと数日待てば天皇の詔勅のラジオ放送だというのに それを知らされることもなく・・
 那覇の空港に降りる前 飛行機の窓から美しいサンゴ礁の碧い海を見たとき この中で彼らが命を散らさなくてはならなかったことに胸に迫るものがありました 
 今の私たちがこうして観光で沖縄を訪れることが出来たのも 平和な時代が続いたおかげでしょうね
沖縄の美ら海水族館にて(元沖縄海洋博覧会会場跡)
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