11日は5時過ぎに目が覚めました。最近は夜中にトイレに起きるのが当たり前になっていましたが、就寝前の温泉のおかげで朝まで一度も起きずに眠る事が出来ました。会津鉄道下り一番列車は旧名鉄8500系なので駅まで撮影に行こうかと窓を開けてみると空は白く、曇っているようです。一気にテンションが落ちたものの、せっかく起きたので温泉に入る事にしました。また朝食後にも入り、一泊で5回も温泉に入った事になります。
さて、朝食ですがさすが高級旅館です。朝でさえおかずは10品も出てきました。あまり空腹感に陥ってはなかったもののはご飯をお替りをしてしまいました。
朝食でもおかずが10品以上出て来てビックリ!更に朝からデザート付でもっとビックリ!
帰路の列車は湯野上温泉駅を10:15なので宿を9:45に出発しました。出迎えは真新しい1ボックス車が帰りはくたびれた乗用車(20年前くらいのカリーナ)には驚いてしまいました。前日は気が付かなかったみたいでしたが母は湯野上駅のかやぶき屋根の駅舎を盛んに褒めていました。
今日の行程はまずは会津若松まで出て、磐越西線に乗り新潟に出るスケジュールです。母親は東京のど真ん中の人形町に住んでいるのでコンクリートジャングルに身を置いていることになります。そのためか会津若松から乗った気動車で阿賀野川沿いの人の手の入っていない緑を見て大変感動しました。もうチョっと早ければ更に新緑が綺麗だだと言うことをいつも通っている私は知っているのですが、感激しているので言わぬが仏だと思い、ただうなづいていました。さらに幸運だったのが梅雨の中休みで両日とも天気が良かったおかげで緑が映えて、連れて来た甲斐がアップしたと言うものです。
しかし、さすがに会津若松−新潟間の2時間30分は少し疲れたみたいで新潟に着いた時点では足取りが少し重いようでした。
宿のフロントから望める景色です。秋には山一面が赤くなるそうです。会津鉄道ももうちょっと被写体に恵まれていれば通って撮る線区ではないでしょうか?
新津では真新しいキハ120と初対面しました。同じ気動車ですが国鉄型気動車とは別物の感じがします。
新潟で少し遅い食事をしました。本当は新潟名物のへぎ蕎麦を食べさせたかったのですが、適当なお店がなかったので普通のお蕎麦屋さんに入りました。それでもコシのある美味しいお蕎麦で母は「美味しい。」と喜んでいました。
食事を終えるとお土産を買いたいからと駅ビルに入り、それから新幹線の改札に入りることにしました。特急券を購入した時点では新潟に乗る直前に追加料金を払ってグリーン車に乗せるつもりでしたが、意外にもグリーン車はほぼ満席との事なので、列車だけ一本遅くして、そのまま普通車に乗ることにしました。
上越新幹線に乗ってしまえばあっという間に長岡・越後湯沢・高崎に着いてしまます。母は「新幹線は早いけど旅情がない。」と何度も口にしていました。確かに湯野上温泉−会津若松−新潟と新潟−東京間の距離に対しての乗車時間との距離とを比べれば当然なことだと思います。
朝、宿で見た天気予報が外れて意外にも陽射しがある東京駅17:00に到着。新橋経由で人形町へ帰る母親別れました。別れ際に「ありがとう!楽しかった。」と礼を言われましたが、社交辞令としてでも息子としては嬉しい言葉です。母の後姿を見送って大仕事を終えたような安堵感を感じていました。独りよがりだったかも知れませんが、私なりに今まで育ててくれた感謝を表せたと思うからです。
母との旅行ですのではしゃいだり、大笑いする事はありませんでしたが、私が子供の頃の話や、母親と父親の新婚時代の話や先祖の墓をどう守っていくか等の話を聞け、それは、それなりに有意義だったと思っています。まぁ、こんな旅行は二度とないかもしれません。それだけに今回の旅行を本当に母が喜んでくれたかのか少し気になるところでもあります。
新潟で見かけた地域限定のお菓子です。時が経つにつれ、購入しなかったのが悔い悔やまれます。