2018/5/27

ガモウ  
引き続き各種登壇を見ていこう。まずは男子部第五十一隊班長の活動報告である。

宗門僧侶広宣流布は百年先≠ニ嘲笑
「国立戒壇」「成仏の相」も否定する無道心


ご覧のような見出しが躍っている。彼は茨城県筑西市の宗門末寺・法高寺の住職とやりあった時のことを事細かに報告している。その中でわたくしが注目したのは次のセリフである。

 「遺体が軽くなるなんてあり得ない。百キロが一キロになるのか?鷲毛になるのか?」

この御僧侶の言っていることはきわめて常識的である。しかもポイントは大聖人の御指南を承知した上で発言していることである。もし御書を知らずにこんなことを言っているとしたら住職失格である。しかし、承知の上で言っているわけだから、そこを斟酌しないといけない。それができないところが顕正会員の融通の利かないところであり、教条主義的との指摘を受ける理由でもあるのだ。

 「そういう遺体と感じなさいということ。見た者の感じ方の話であって、物理的に軽くなったり、柔らかくなるはずがないだろう」

先ほどの百キロが一キロになるのかというのがいちばんバロメータとしては明確であって、遺体を計量すればいいだけのことでもあるからして、その気になればすぐにでも実行できるだろう。まあ、しかし、実行いかんにかかわらず、常識的思考ということが出てくるわけである。さすがに百キロが一キロになるとは思えない。これを顕正会ではどのように考えているのだろうか?

前にも書いたが、顕正会で病院を建てるといい。そこにさまざまの宗教の人を入院させるのだ。そして定期的に体重測定をする。亡くなった後にも必ず測定する。そうすれば何らかの結論が出るだろう。

繰り返しになるが、百キロが一キロになることはあり得ない。しかし、比較はできるだろう。顕正会員の場合とその他の宗教の人の場合とで、体重の変化がどうなっているかがデータとして明確化できるのだ。

これでおわかりだろう。

くだんの住職が見た者の感じ方の話であると言ったことは、決して間違いではないのだ。何しろ現状では顕正会だって同じだからである。宗門に文句を言うのなら、まずはちゃんとデータ化してからにすべきだろう。

難病亜急性硬化性全脳炎で死≠待つ人生
 唱題で驚異的回復!医師が「奇跡」と涙

ウイルスほぼゼロに、小走りもできた!


男子部第二十六隊組長は平成二十一年の三万人男子部大会でも登壇しているらしい。わたくしはまったく憶えていないのだが、内容的には凄い話である。そして後の号では母親と父親の登壇記事が扱われている。ほぼ重複ではあるのだが、両親が活動会員であることが重要である。つまり、家族にとっても信じ難いほどの奇跡的体験であり、それがためにこの信心に確信を強めているのだろう。あとは医師を含めて周囲の人々がどれだけ入信してくるかである。臨終の相もさることながら、生きている人が幸せになっていくことのほうが説得力を感じやすいのではと思う。

癌で余命宣告絶対信≠ナ驚異的回復
 主治医、事例発表で「信仰の力」と断言

「臨終の相」にも言及、時の到来を実感


女子部第六十八区班長の記事の見出しも同じような雰囲気である。それにしてもこの人は、脊柱管狭窄症だとか、くも膜下出血など、過去の病歴も相当のものである。もしこの人が法華講員だとか創価学会員ならば、罰のレッテルを貼られることになるのだろう。この辺の解釈はかなり恣意的なものがあると思う。いずれにしても当該事例もまた医師が入信するかどうかが最大のポイントである。

謗法で行詰まり入信、精神障害も完治
 一家広布叶い、常総大水害も乗り越える

舅のよき臨終に有難さ込み上げる!


婦人部茨城支区総班副長の記事はご覧のような見出しであるが、ここでは常総大水害のくだりを一部引用しよう。

 押し寄せた一メートルほどの水がやっと引き、自宅に入ると、一階部分はすべてが泥まみれでメチャクチャになり、また出荷前のコメは水を吸い、発酵して異臭を放ち、農機具も使えなくなり、大量のゴミ捨て場のようでした。

好感の持てる記事である。というのは、以前からこうした災害関連の記事をいくつも見てきたが、不思議の御守護だとか言って常識的にはあり得ないような話がたくさんあったからである。それがぜんぶウソだとは言わない。しかし、話を盛っているだろうことは、誰が読んでも一目瞭然なのである。

ところが今回の記事は、荒唐無稽さを感じさせるようなところがなくて、むしろ被害の状況を赤裸々に語っている点がひじょうに好ましく感じられるのだった。

2018/5/26

カクシュトウダン  
前回は北関東大会の会長講演を取り上げた。今回は各種登壇を見ていこう。

先生の・・・大忠誠の諫暁に相呼応する諸天の厳然たる働き・・・

男子部総務の発言である。モリカケ問題は未だにくすぶり続けており、本年に入ってからは次々と新事実が明るみに出てきて、安倍政権が断末魔の様相を呈している。顕正会ではおおむねこのような見方をしているわけだが、上掲はその手柄をぜんぶ横取りするような身勝手さを感じさせる発言である。しかも顕正会員一人ひとりのひたむきな配布活動などが功を奏したという考えではなく、浅井先生一人のお手柄なのだと言っているわけである。確かに諸天善神を動かすだけの力を持っていれば、一人ひとりの地道な活動などは消し飛んでしまうだろう。はたしてそうなのかが問題である。

御遺命成就の最終段階・・・

同じ人の発言であるが、これはちょっとめずらしいかもしれない。広宣流布の最終段階と書くのが一般だからである。もちろん意味合いとしてはイコールのつもりなのだろう。ゆえにツッコミを入れるような場面ではないのだが、いずれにしても本当に最終段階なのかが問題である。

「俳優の中村雅俊が通りがかり、気になったようで二度も見ていた。楽しかった、またやりたい」

これは婦人部下野支区部長の記事に出てくる組長の発言である。顕正会は有名人の名前を出すのが好きである。中村雅俊が入信したとすれば顕正会的には大ニュースだろう。この時は駅前で配布活動をしていたわけだから、最低でも広告を受け取ったということでなければ話にならない。ただ単に通り掛かっただけの話なのだ。

また間違い電話をかけてきた相手に、広告文コピーを見せて折伏すると、素直に入信し・・・

これは凄まじい話である。まず間違い電話とわかった時点で終わるのが普通なのだ。それをどのような話術で惹き付け、実際に会うことになったのかが気になるところだが、ともかく活動会員たちは必死なのでそういう普通じゃあり得ないことが可能なのだろう。さらに続きがある。

その友人一一名が相次いで入信・・・

この人たちの年齢・性別・職業などが気になる。例えば高校生の男子だとすれば、何となく妙齢の女性に手玉に取られたような感じにも思えるところである。もちろん不確かな情報のみで勝手な憶測を述べるのはよくないことだが、拙ブログには過去の蓄積がある。ようするにデタラメな折伏によって成果を上げている事例がいくらでもあるのだ。それを二百万の石垣などと呼ぶものだから、いかにも脆弱で崩落を免れない、すなわち顕正会は崩壊せざるを得ない、ということを繰り返し述べてきたわけである。

さて、北関東大会では二人が正義にめざめての登壇をしているが、一人は入会三十年のツワモノである。女子部二百二十七区長がその人である。

ついに私は家を追い出され、車上生活を余儀なくされ、そのとき通っていた看護学校も、怨嫉により卒業間近で退学になってしまいました。

親戚中が創価学会員という環境の中で、こうして今現在も区長として第一線で活動していることは称賛に値するだろう。

ところでわたくしは上掲を読んで、当初は親に勘当されて学費が工面できずに退学せざるを得なかったと思っていた。しかし、今こうして記事を書き写していて誤読に気がついた。つまり、文脈的には学校内で怨嫉が起きて退学させられたという意味なのだ。
これはもう尋常ではない。もし家族が顕正会員であれば学校側に抗議しただろうし、今であれば顕正会の法務部が動いてくれると思う。しかし、当時の彼女にはそうした味方が近くにいなかった。このような意味からも彼女の三十年間の生き様は立派であり、称賛に値するものである。
ただ逆のことも言えるわけで、むしろ彼女は数少ない成功者に他ならないのだ。つまり、この裏には多くの失敗者が隠れている。顕正会の活動に熱心なあまり人生を棒に振ったという事例がたくさん隠れているのだ。

顕正会に近い立場の僧侶が冷笑したとき・・・

具体的には誰のことだろうか?

おそらく今は顕正会シンパと思しき僧侶は存在しないだろう。しかし、以前は存在したのだ。
そこで気になることは、彼女はその具体的な人物を知っていて上掲のように書いているのか、それともまったく知らないのかである。
おそらくは知らないのだろう。浅井先生の講演にはあえて名前を伏せたり、詳述を避けたりするくだりがたくさんある。それを幹部たちはそのまま鵜呑みにしてしまうのである。

さて、男子部第十九隊班長は昭和三十一年、十六歳の時に創価学会に入信したそうである。顕正会へは平成二十七年に入会、それより四百件以上の折伏を実践して、二十名の入信を叶えているという。立派な活動会員である。

 四十代の若い支部長が脳出血で急死し・・・

創価学会時代の罰について語るくだりである。罰の話はさておき、当該記事について気になったのは、年齢に対する認識ないしイメージである。

まず、彼は今現在すでに七十五歳になると考えられる。すると、その今の目線からすると若い支部長は確かにその通りである。いわゆる現代感覚からしてもそれほど間違った認識ではないだろう。
ところがである。当時の創価学会は三十二歳だったろうか、その若さで会長に就任した池田大作氏を中心に動いていた。また、平均寿命だとか定年などの基準からしても、今とはかなり感覚が異なるはずなのである。
つまり、当時の創価学会では四十代で支部長になる人がザラにいたし、四十代でも貫禄十分の支部長が少なからずいたと考えられるのだ。

男子部と壮年部の境界線が四十歳、壮年部と指導部の境界線が六十歳。明確な規定があるのかどうか知らないが、かつての創価学会はおおむねこのような年齢区分があった。ところがである。近年の創価学会は会員全体の高齢化に伴ない、かつまた若手の人材不足によるのだろうか、このような区分がアイマイになってきているようである。

まったくの部外者のわたくしが書いているのであまり信用してはいけないが、このような経緯を踏まえて読めば四十代の若い支部長の意味が見えてくるだろう。

しかし、顕正会も他人事ではない。

城衛はいくつになるのだろうか? すでに四十半ばに到達しているかもしれない。以前ならば壮年部に移籍してもおかしくなかった。しかし、壮年部は廃止となり、男子部一本に絞られた。
つまり、顕正会も五十歩百歩であり、今現在、もし仮に壮年部と男子部を厳格に区分したとすれば、おそらくは男子部そのものが崩壊しかねないくらいなのだろう。それほどに若手の人材が不足しているのである。
こうした事実を糊塗するために、壮年部を廃止したような意味がある。もしこれが図星ならば顕正会もオシマイである。あとは時間の問題ということだ。

2018/5/23

キタカントウ  
北関東大会での会長講演を見ていこう。当該講演はその全体が過去の講演の焼き直しであり、ほとんど目新しいところがない。

 次に群馬県、上野の国は、第二六世・日寛上人御誕生の地です。

皆が知っていることだ。

 次に茨城県、常陸の国は、第五二世・日霑上人御出現の地であります。

これもそこそこ古い会員は知っていることである。それにしても前者は御誕生、後者は御出現、この違いは何だろうか?

 ここにおいて日霑上人は最悪の事態を憂えられて、戒壇の大御本尊様を富士大石寺から深夜ひそかに、東京本郷の加賀邸の蔵に遷し奉った。

これも何度も語られていることである。しかし、この出典は何なのだろうか?

いずれにしてもである。時代背景を考えると凄いことだと思う。わたくしがいちばん単純に想像することは、その輸送方法である。今ならば車で運べばいい。極論すれば乗用車でも運べてしまうだろう。しかし、当時はそんなものはなかったはずである。

ところで期間はどのくらいだったのだろうか?

その間、御登山・御内拝はどうしていたのかも気になるところで、ひそかに御遷座が行なわれたということであれば、一般の信徒には知らせなかったことになるだろう。この間に大石寺に参詣に来た人たちに対し、どのような説明がなされていたのかが知りたいところである。

 その時は、決して遠くはない。もし数十年も先だったら、核戦争によって日本は亡び、人類も滅亡してしまう。

あんまり細かいところを取り上げても仕方がないので、話をけっこう飛ばしてしまった。当該箇所は広宣流布・国立戒壇建立の時を言っているわけである。決して遠くはないと。

しかし、いかがなものだろうか?

まず、以前の人類滅亡説について釈明しなければいけない。あと二十五年で人類滅亡云々と。それを発言してから二十五年以上が経過した。しかし、滅亡しなかった。多少の誤差は認めてもいいとは思うものの、何らの釈明もないとなれば認めるわけには行かないだろう。
そして今また数十年という単位を持ち出してきた。これを比較すれば言っていることには大差がないことがわかる。あと二十五年、数十年先、読みようによっては後者のほうが長いとも受け取れる。
つまりは先延ばし戦術の繰り返しであり、そうやって最後の最後まで誤魔化し続けるつもりなのである。いや、オレは本気なんだ。こう言ったところで誰も信用しない。ゆえに離脱者が後を絶たないのだ。

 いま私たちは諸天に祈らずとも、ただ大聖人様に忠誠を貫けば、自然と諸天は動くのです。

何を言っておるものかと思う。

おそらく大会ゆえなのだろう。初心者がたくさん来ているので、あえて付言したような意味があるのだと考えられる。
浅井先生の講演には諸天善神の働きを云々するくだりがたくさんある。そこで初心者は勘違いするかもしれない。顕正会は諸天善神へ祈禱を行なうようなことをしているのかもしれないと。
そこであえて上掲のような説明を付加したのかもしれない。すなわち帰依する対象ないし祈る対象は大聖人ないし御本尊であると。

ただし、上掲の言い回しだと諸天に祈ってもいいとも受け取れるわけで、事実、五座の勤行では天拝が行なわれる。ただ、これも諸天に法味を供養しているようなニュアンスのものであって、我々が直接的に諸天に祈って願いを叶えてもらうような性質のものではないはずなのだ。

もっともこの辺は初心者の感覚とわたくしのそれとは大きく異なるはずなので、わたくし的にはどうかと思う発言ではあるものの、初心者がどのように受け取るものかはよくわからないというのが実際である。

2018/5/19

ダイセンセイサマ  
今日から北関東大会特集号を取り上げていくつもりだが、その前に前号の残りをやっつけてしまおうと思う。

世界的な第一人者の二人の名医・・・

男子部第六十八隊長の体験発表である。ガンの消滅を云々する記事であるが、上掲はいかがなものかと思う。もちろんアゲアシ取りのレベルではある。しかし、いかにも語呂が悪い。他にもっと違った表現ができるはずなのだ。

長女の子供は同じ道路で二人とも撥ねられてしまった・・・

婦人部千葉支区部長の記事には、姑の発言として上掲のセリフが紹介されている。九十二歳の人なので、人生の悲哀ということをたくさん味わってきたのだろう。それにしても同じ道路で二人の孫が亡くなったとすれば、これほど不幸な話もあるまいと思う。文章の雰囲気からすると、別々の事故であろうと思われる。それがまた、ひじょうにヤルセナイ気分にさせられるのだ。ごく単純に言うと、一人を亡くした時点で、物凄く気を付けるようになるはずなのだ。何にせよ、同じ過ちを繰り返すことほど愚かなことはない。ゆえに二人目が事故死したとなると、周囲の人たちはいったい何をやっていたのか、というふうに思わざるを得ないし、本人たちの自責の念も相当だろう。

さて、顕正新聞第1438号である。

「北関東大会」1万2千余 歓喜の大結集

ご覧の大見出しとともに、一面の上半分を使って会場の全体写真が掲載されている。これはいつも言っていることだが、実に壮観である。会場は一目超満員であり、参加者たちの出で立ちが華美ではないことが、引き締まった印象を与えていると思う。何だろう、この人たちは? という感じなのだ。

その意味で顕正会に惹かれるであろう人たちが一定数は存在するのだと思う。

・・・開会に先立って、雷門会の演奏がビデオで上映された。

ああ、またしてもビデオか・・・

ところがである。

 ついで冨士軍楽隊と芙蓉コーラスのメンバーが入場。

おや、めずらしい。しかし、だったらなぜに雷門会はビデオなのか、そこが問題である。

その理由はともかく、軍楽隊とコーラスが生演奏を披露できたのは地の利の問題だろう。残念ながら他の地方大会はすべてビデオだった。おそらくは主要メンバーが首都圏に集中していて、地方への遠征はさまざまの制約があって難しかったのだと思われる。その点、北関東は便がいいわけである。

他に一面を読んでいて気になったのは、次のくだりである。

 日興上人の御心のままに立たれる唯一人の先生に師事し得た有難さを述べた。

第二十四女子部長の発言を要約したものである。それで確認のために四面に載る本文を読んでみると、それこそ問題だらけの文章なのだが、めずらしく文末だけはひじょうにうまく書けていると思った。

浅井先生のもと・・・大聖人様・日興上人にお応えしてまいる決意であります。

たいていの幹部が、浅井先生にお応えしてまいる、と書いている。たぶん彼女もこれまで何十と掲載されたであろう登壇記事の中で、先生にお応えする云々と書いているはずであるが、今回はご覧のように大聖人・日興上人にお応えすると書いている。これはひじょうに素晴らしいことである。

そこであえて余計なことを書くと、大聖人様・日興上人という表記はわたくしの感覚ではどうかと思うところである。大聖人・日興上人、大聖人様・日興上人様、このように統一すべきではないだろうか?
大聖人だけでも十分すぎる尊称であり、場合によっては聖人だけでも不敬には当たらないはずである。
まあ、しかし、この辺は他門との差別化の意味からして大聖人と書くべきが筋なのだろう。とは言え、今では他門でも大聖人と書く場合があるので簡単ではないが、ともかく様を付ける絶対的必要性はないはずである。

かなり飛躍的なことを書くが、やがては浅井先生が浅井大先生になり、浅井大先生様になるかもしれない。もっともわたくしが書くと小バカにしているような印象が否めないのだが・・・

2018/5/17

フンダリケッタリ  
顕正新聞の続きである。次は男子部第十二隊長の活動報告に出てくる罰だらけの創価学会員の話である。

・自宅が火事になった。火災保険に入っていたのに保険が下りなかった。

・仕事に必要な重機をぜんぶ従業員に持ち逃げされた。

・入院中、二十年来の内縁の妻に全財産を持ち逃げされた。


踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。生きている間にはいろいろなことがある。それにしてもこの人の場合は不運の連続である。

話は変わる。

婦人部越谷支区部長は青森県の弘南鉄道に広告文が掲載されたことに触発されて、都電荒川線の町屋停留所に広告文の掲載を打診した。当初、宗教の宣伝は掲載できないと断られそうになったが、どうにか掲示されることになったようである。

おそらく掲載料みたいなものがあるのだろう。それは彼女の自己負担なのか、それとも顕正会本部から支給されるのか、その辺が気になるところである。

ところでこの人は官庁街での配布活動に力を入れており、今回の記事にもその旨の記述がたくさんある。次はその一部である。

 さらに一昨日、永田町で「大石寺の坊主だ」と名乗る男性と会いましたが・・・

どうなんだろう、自分で自分のことを坊主と言うものなのだろうか、その点が疑問である。

ちなみにこの人は次のようなことを言っていたそうである。

 「国立戒壇が建立されたら、戒壇の大御本尊は国が管理することになる。国に取られてしまう」

わたくしは国立戒壇の名称に拘泥してはならないと思う。むしろ国立戒壇を放棄すべき、顕正会もそうするべきだと思う。
日達上人がそのように仰せられた時には創価学会を庇う意味合いが強く、また世間の批判が集中しているような状況下だったこともあり、わかりやすく言えば逃げを打っているような印象が否めなかった。ゆえに妙信講の剛直さは筋を通す意味で価値があった。
しかし、今は時代が大きく変わったのだ。ゆえにいつまでも国立戒壇の名称に固執することは、逆に誤解を助長することにもなりかねないと思う。

明治期における国立の概念と現代におけるそれは必ずしもイコールではない。顕正会はこの点を見落としているのではないか?

第一国立銀行

みずほ銀行の始まりである。わたくしの若い頃は第一勧銀と呼んでいた。銀行は統廃合が激しいので、わけがわからなくなっているが、もともとは第一国立銀行がみずほ銀行の出発点である。そして国立を冠しているものの、官営ではなく民営の銀行だった。

ちなみに今も宮城県を中心に七十七銀行という変わった名称の銀行があるらしいが、これも明治期における国立銀行の流れを汲むものなのである。

いかがだろうか?

国立戒壇は明治期に作られた造語である。当時は国立を冠することがいわば流行していたわけである。
逆に現代においては民間人が国立を名乗ることはできない。詐称問題に発展しかねないし、そもそもそんなことをする人はいないのだ。
ようするに明治期と今日においては国立の意味が違ってきているわけである。それにもかかわらず明治期の造語である国立戒壇の名称に固執する必要がどこにあるのか、このことを顕正会は今一度、再考するべきだろう。

広宣流布の最終段階だとか、ゴールが近いだとか、言っているわりには具体策が語られていない。

わたくしの思うに、御遺命守護の戦いにおける創価学会批判には鋭いものがあったし、今の安倍政権批判においてもしかりである。しかし、広宣流布が本当ならば、いよいよこれからは顕正会そのものが批判にさらされることになる。そうした中でも教義上の問題がいちばんの急所のはずである。ところが今の顕正会はその辺の問題意識がひじょうに希薄なのである。

つまり、本人たちも広宣流布は無理・できっこないと内心では思っている、だから考えないようにしているのだろう。

2018/5/15

ゼンヨウ  
顕正新聞の続きを見ていこう。

北関東こそ御開扉中止を早める死身弘法を・・・

第二十四女子部長の発言である。これはひじょうにおかしな発言だと思う。御開扉を中止してどうするのかが不明である。今の顕正会ではあたかも広宣流布が目前であるかのように言っている。ならば御開扉を中止するとか言っている場合ではないだろう。むしろ戒壇建立の準備を進めて、全世界の人たちが滞りなく御開扉を受けられる環境作りをしなければならないはずなのだ。

いま同じ過ちを犯す安倍政権の・・・

この第三女子部長の発言に対しては、ややアゲアシ取りの気味がなくもないのだが、いちおう指摘しておこう。彼女は安倍政権が内房尼御前と同じ過ちを犯していると言っている。しかし、それはあくまで部分的な話であり、根本的には異なるはずなのだ。

ようするに内房尼は大聖人を信仰していた。そして時代的には神仏習合の意味もあって、氏神参りも併せて行なっていた。大聖人はそれに対して順番が違うではないかと仰せられているわけである。

一方の安倍政権は大聖人の信仰をしているわけではなく、大聖人を完全に無視した形で神道へ肩入れしているのだ。ゆえに同じ過ちと書いてしまうのは短絡である。

さて、次である。

第十八男子部長の記事には北関東大会での登壇内容が紹介されている。翌号がまさにその特集号であり、その登壇記事が掲載されている。この辺がおかしいところで、新聞報道としての時系列がデタラメである。

御開扉料稼ぎのために法華講員にノルマを課し、年に十回も二十回も登山を強要する・・・

この辺の実態が気になるところである。例えば北海道や九州あたりからそのような高頻度で参詣するとなると、しかもそれがノルマ化されているとすれば、これはもうブラック過ぎる話である。常識的には年に一回か二回がいいところだろう。

この件に関して、わたくしは正確な情報を持っていないが、ある意味でこれは顕正会側の悪宣伝なのだろうと思われる。顕正会から法華講へ移籍する人が後を絶たない。この流れを食い止めるためには、宗門の苛斂誅求ぶりを強調するしか方法がないということだ。ノルマのキツさは顕正会も半端ないものがある。しかし、実は宗門も同じなのだ。こうなれば、移籍を躊躇する人もいるはずである。

いずれにしても十回二十回は常識的にはあり得ない話で、いかにもウソ臭い。もちろん熱心な檀家さんの中には自らの意志で月参りをしている人もいるかもしれないが、それを全員に強いることは無理だろう。

みぞれは雪に変わり・・・

ところで北関東大会の当時の天候については、不審な記述が各所に見られた。別の記事には大雪と書かれていたりするのだ。ゆえに当初は悪天候を誤魔化すために大雪をみぞれと書き換えていたものと睨んでいた。いわゆる改竄である。

しかし、そうではなかった。

どうやら降り始めは雨模様だったらしく、それがどんどんと変化して大雪になったごとくなのである。ゆえに早くから会場に入ってしまって外の様子を知らない人はみぞれ混じりと書いているわけである。

女子部総務の記事もその間の事情をよくあらわしている。

 当日、朝からの雨は次第に雪に変わり・・・

表面的な矛盾ばかりあげつらっている人は、こういうところで馬脚をあらわすことになるわけだ。わたくし自身も気をつけないといけない。

死を待つだけの次男が驚異的回復

婦人部春日部支区総班副長の次男が北関東大会で登壇している。そしてどうやら同一人物が平成二十一年の三万人男子部大会でも登壇しているようである。まったく記憶にない。しかも三万人大会が平成二十一年とは、時の経つのは早いものである。

次の男子部第百二十七隊総支隊長は平成十九年の入信である。やはり第一線で活躍している幹部は十年前後の会員歴の人が多いようである。このくらいで失速していく人と、この後も地道に活動を続ける人とに分かれる。それが相場である。

いよいよ広布最終段階の戦いの全容が明かされ・・・

全容?

ようするに基礎教学書の広告文を使った折伏活動が最終段階の戦い方なのだそうである。それを全容と言ってしまうのは、確かにシンプルではあるものの、え? そんだけなの? という落胆にも通ずるところである。

広宣流布の戦いが最後の直線コースに入ったことを、確信・・・

十年後のコメントを聞いてみたいものである。

 未だ誓願比・九七%と遅れておりますが・・・

三月末の話である。折伏の締め切りは四月の下旬だろうから、これはわりと余裕のある組織だと思う。毎回、ギリギリでノルマを達成しているような組織も少なくないだろうから、その人たちからすれば物凄くイヤミに聞こえる発言かもしれない。

2018/5/13

オウエンダン  
顕正新聞第1437号は三月度班長会の特集号である。ようは登壇記事の羅列であり、文字ばかりの退屈な新聞である。今、新聞離れが進んでいるが、その理由の一つが文章を読むことの億劫さだろう。何しろインターネット上のテキストデータにしても読むのが面倒臭い時代なのだ。長文の記事は敬遠される。ゆえにツイッターみたいなものが流行るわけである。そうした中で顕正新聞の今のスタイルがどこまで通用するのか、興味深いところではある。

 すべては大聖人様の御力でなされる広宣流布の戦いであれば、私たちは先生の指さされるまま御奉公を貫けば・・・

ほとんどアゲアシ取りのレベルではあるものの、総男子部長の発言にツッコミを入れたい。いかにも短絡的であると。

千日尼御前に対する御教示は、そのまま濁悪の広布前夜を戦われる先生に下されたもの・・・

これまたイジワルを言うようであるが、ぜんぜん違うではないかと言いたい。千日尼は遠いところに住んでいて、大聖人にお会いすることができなかった。浅井先生はそんなに遠いところに住んでいるわけではあるまい。しかも年末にはすぐ近くまで来ているという話なのである。

宗門は「本山からの支援がなければ、三分の一の末寺が成り立たぬほど、経済的に疲弊している」との「ダイヤモンド」誌の記事には驚き・・・

これは先の会長講演では言及されなかった部分である。

わたくしは思った。宗門もヤセ我慢をしているなあと。いや、責任感がそうさせているのかもしれない。
ようするに一般企業ではあり得ない話なのだ。とっくの昔にリストラがあってしかるべきである。ようは店舗数を三割削減するのが普通の感覚のはずだ。
しかし、寺院はそうも行かない。赤字店舗を閉店するみたいなわけには行かないのだ。極論すれば、檀家が一人でもいれば、その檀家のために尽くさなければならない。それが責任感の意味だ。

もちろん、見栄もあるだろう。つまらぬプライドと言ってもいいかもしれない。何しろ創価学会系の謀略部隊が宗門の動向を監視しているからである。寺院を閉めようものならば、謀略情報紙の格好のネタになる。当然、顕正会でもネタにする。

しかし、三分の一が経営困難に陥っているとすると、これはもう危険水域に突入していると考えてもおかしくない。今のままでは本山そのものが危うくなるかもしれないのだ。

朝日新聞に対する、安倍応援団らのキチガイじみたバッシング・・・

かつては朝日新聞を嫌っていた。それが浅井先生である。城衛も知らないわけではあるまい。

それはともかく、ネット上のさまざまの媒体にあらわれている朝日新聞バッシングについては、どこかの組織が膨大な資金を出してライターに書かせているという話がある。わたくしはまったくの不案内であるが、ネット環境があれば一般の人たちも文章を書いて報酬を得られるシステムがあるそうである。そこに無数のネトウヨが群がって、朝日新聞バッシングを書いているという。なるほど、いわゆる御用評論家だけでなく、末端の一般人レベルにおいても一つの論調を定着させるべく動かされている。どこまでが本当か知らないが、けっこう怖い話である。

ただ、そこで顕正会が以前とは立場を変えて朝日新聞の肩を持つことは、決して悪いことではないだろう。むしろけっこう面白いことであり、もしこれがネトウヨと拮抗ないし凌駕する力を持つとすれば、わたくしは顕正会を大いに評価したいと思う。

ようするに拙ブログは単なる表面的な矛盾をあげつらうのではなく、より本質的なところに注目していきたいのである。

2018/5/11

バンカン  
顕正新聞第1436号の続きを見ていこう。

正信会の寺に
 身延派の悪書が


男子部第三十一隊支隊副長は創価学会から宗門、そして正信会を経由して顕正会へ入ってきた人物である。上掲は正信会時代の話で、なぜに身延派の書籍があるのかを住職に問い質したところ、何も答えなかったという。まあ、しかし、別に大した問題ではなかろう。おそらくは浅井先生だって身延派のみならず、さまざまの書籍を所有しているはずである。そうでなければ破折することもできない。

御書講義に大感動

これは自虐的である。いや、もちろん、登壇者本人がそうなのではなく、顕正新聞の編集部ないし本部首脳がである。

彼は平成五年の入会であり、今の活動会員の中ではベテランだろう。ゆえにかつての御書講義のことをよく記憶しており、浅井先生の講義の素晴らしさを今さらながら述べているわけである。
しかし、ご存知のごとく、今は御書講義そのものが消滅してしまって久しい。ゆえに新しい会員たちはそれを知らないのだ。
そこでもし御書講義のことを聞かれたら、どのように答えるのかが気になるところである。それほど素晴らしい講義ならば、なぜに行なわないのだろうか、その理由は何だろうか、と。

ともかく不都合なことが多いのだ。もし仮に御書講義を復活したとしよう。すると今度は御書全集刊行の構想が問われることになる。いわば反故にしてきた約束がたくさんあって、それが芋づる式に表面化することになるのだ。

さて、次の八十三歳の男性女子部員は戸田会長時代を知る人物である。しかし、けっこう行動派だ。

 昨年の春、息子と行った奥多摩の温泉施設に広告文が置いてあり・・・

広告文が温泉施設に置いてあることも驚きだが、わたくし的には息子と仲良く温泉に行くことが驚きだった。少し偏見とは承知しつつも、どちらかと言うと旅行だの温泉だのに出掛けるケースは母娘のほうが圧倒的に多いように思うからだ。

ちなみにその後、新横浜でも特集号を手渡されたことがあるそうだが、その時にも入会はしなかったらしい。最終的には女子部の活動会員が訪問配布を行なっていて、たまたま登壇者の自宅に行き当たったことがキッカケのようである。さながら三度目の正直である。

 二月には、「ももクロ」のライブに向かう青年の入信が叶い(笑)

ももクロを知ってんのかよ、と言いたいところだが、この辺からしても行動派の印象が強い。失礼ながら平均的な八十代の人には無縁の世界だからである。

だったら、オマエはどうなのだ、と問われると困るのだが・・・

統一教会に騙され一千万失う!

婦人部足利支区組長は顕正会に入るまでの二十年間、統一教会に所属していたそうである。そしてこの間に費やしたお金が二千万だという話である。ゆえに詐欺で一千万騙し取られたこととは性質が異なるので、これを取り返すのは相当に難しいことなのだろうと思われる。

顕正会も五十歩百歩ではあるまいか?

広布御供養だとか顕正新聞の多重支払いが多い人でどのくらいになるのか知らないが、これが二十年間も積み重なれば相当の額になるはずである。よしんば新聞代や御供養が正規の上限通りに行なわれていたとしても、顕正会の活動に費やした労力を考えたら大変なことになるだろう。むしろ金銭的な数字ではあらわせないほどの艱難辛苦を味わっているわけであり、もし仮にそれを金額に直すことが可能だとしたら軽く一千万を超えているかもしれないのだ。この点、五年後十年後くらいに登壇者に聞ければ、けっこう面白い答えが返ってくるかもしれないのだが、現実には難しいことである。

肺癌で余命一年、治療せずに消えた!

女子部第八十四区組長の記事は大いに結構なことだと思う。

 「立場上、入信はできない」

大聖人様に帰依している担当医の姿も嬉しく・・・


前後を端折って恐縮であるが、入信はしなくても帰依はしているという認識のようである。これでよければ顕正会も苦労はしない。いずれにしても立場上云々はおかしな話で、広宣流布が本当ならば立場を乗り越えて入信してくる医師がたくさん出てこないといけないだろう。

担当医の妻
 入信を希望


これは凄いことだと思う。本当は医師自らが入信しないといけないのだが、差し当たってはこれだけでも相当の前進である。

入信37年、一筋の信心の妻、よき臨終

男子部第二十八隊支隊副長の登壇である。直前にガンが治った体験があるのでどうかと思うところだが、内容的にはけっこうグッとくるものがある。

 近年、東京会館の副主任を務めるなか・・・

ガンが発見されたということである。思い切り話を端折って、次のくだりに飛んでしまおう。

 火葬場に行く霊柩車が、東武東上線の人身事故により進路変更し、不思議にも東京会館の隣の公園脇を通ったのでした。本人が東京会館副主任として御奉公した場所を通ったことに、万感胸に迫ったものであります。

火葬場へ向かうコースはよほどの遠回りでなければ要望を聞いてもらえるはずである。しかし、おそらく普通は葬儀社任せなのだと思う。この記事からもそんな雰囲気が伝わってくる。

ところがである。鉄道で人身事故があって、その影響から渋滞が発生したのだろう。それで急遽、道順を変更した。すると、車窓にはいつの間にか見慣れた街並みが・・・

無関係のわたくしにも万感胸に迫るものがある。いわんや当事者をやであろう。

2018/5/9

イカガワシイ  
一週間ほどサボっていたら、コメント欄が大変なことになっていた。いちおう、すべて目を通しているものの、内容が多岐にわたることもあるので、割愛させていただくことにしよう。もし必要ならば重ねてコメントを下されば応対したいと思う。

北関東大会に限り二年前に開催を決定・・・

わたくしが見ているのは顕正新聞第1426号に載る第十二女子部長の発言であるが、その他の幹部も同様のことを言っている。どうやら地方大会は三年前に発表されるのが通例らしく、本大会だけが例外だったようである。

イジワルなことを言おう。北関東は南関東すなわち首都圏に近い。当然、顕正会の本拠地にも近い。また、山を越えれば新潟である。つまり、応援部隊をいくらでも派遣できるのだ。

地方大会は事実上の全国大会である。

以前、このような意味のことを書いたことがあるが、そうは言っても消極的な顕正会員は遠隔地の大会には参加しないだろう。参加を促す幹部に対して、おかしいじゃないか、と反論するかもしれない。ゆえに事実上の全国大会とは言っても、なかなか結集が思うように行かない意味があるのだ。

対して北関東大会の場合は上述のごとく結集しやすい環境にある。ゆえに三年前ではなく二年前でも十分だと考えられるのだ。いや、その気になれば一ヶ月前でも可能だろう。

その意味でも第三十七女子部長の次の発言は問題である。

また直前まで参加を渋っていた人が急遽、参加が叶い、破裂が危ぶまれていた脳動脈瘤が劇的に改善するという大功徳を頂きました。

これは誰が読んでも参加を渋っていた理由が脳動脈瘤の破裂を恐れてのことだろうと理解するはずである。そこまでの危険を冒して参加する必要があったのかと思う。ましてや以前、大会中に病死された人がいて、その後の大会では注意事項として無理な参加を控えるように言っていたはずなのである。困った人たちである。

さて、話は変わる。

男子部第三十二隊班長は二十年以上の経験を持つ男性看護師である。彼は以前、関係者の八割が創価学会員という病院に勤務していたそうである。

学会が運営する病院・・・

具体的にはどこの病院なのか気になるところである。

それはさておき、彼はそこでの同僚だった女性を折伏して入会せしめた。そう、彼女は創価学会員だったのだ。しかし、上掲のごとくの病院ゆえに、付き合いで入信したものの、活動はしていなかったようである。

わたくしが注目したのは入会勤行が終わった後の彼女のセリフである。

「同じ御本尊様なのに、なぜこんなに違うのか」

ようするに創価学会に入信した時と顕正会に入会した今とでは感激が違うという意味である。

しかし、同じ御本尊が引っ掛かるところで、おそらく今の法華講員たちの感覚からすれば、何を言っているのか、と思うだろう。何しろ創価学会版の本尊なのである。あるいは顕正会版のそれである。両方ともニセ本尊という意味ではイコールになる?

とは言え、まさか顕正新聞がそんな自虐的なことを書くわけがないので、ごく単純に素人目には同じに見えるという意味を言っているだけなのかもしれない。

それにしてもである。謗法への潔癖さを誇る顕正会が御本尊に対する認識において安易にも上掲のような書き方を許してしまうことは、すでにして顕正会版の御本尊が相当にいかがわしいということを暗に認めているようにも思えるところである。

法務部の迅速な対応で盗撮動画 削除

女子部第百六十三区総班長の記事の見出しである。盗撮動画との表記はいかがわしさを感じさせるものの、その内容はわりと健全である。例のカラー広告を配布し折伏するという、今の顕正会のわりとスタンダードな活動の様子を、青森県内の男子高生が撮影してネットに拡散したのだそうだ。

本人の承諾なしにやると盗撮になる。たぶん、それだけの話なのだろう。ゆえに法務部が動いて動画を削除させた。

わたくし自身はその動画を見ていないので何とも言えないが、ある意味では顕正会の宣伝をしてくれているのだから、ありがたいことではないかとも思えるところである。ネットの拡散力を存分に活用することができるのだ。

ちなみにネット上に拡散されたものは消しても消しても消し切れないという話もある。その辺がどうなっているのかも気になるところである。

それはさておき、当該記事で興味深かったのは次のくだりである。

 小川原湖でシジミ・わかさぎ・シラウオ漁を営む私たち夫婦にとっては、衝撃的な出来事でありました。

ご記憶の人もいるかもしれない。米軍の戦闘機が燃料タンクを投棄するという事故があった。それが小川原湖である。

つまり、彼女ら夫婦は漁師なのだ。顕正会にもいろいろな人材がいるものである。

最後に女子部第二百四十三区長の記事を紹介して終わろう。

 さらに広告文コピーを誇り高く掲げ、宇都宮・小金井・水戸・筑波・東京・千葉の各所で、連日、果敢に読み上げ配布をすると・・・

これだけ盛大に活動していれば、動画に撮られて拡散されても文句は言えないのではないかと思う。

ちなみに前述の男子高生の場合は動画を拡散しただけではなく、誹謗中傷の文言を書き連ねたということらしい。では逆に褒め殺し的な文言を添えて拡散したらどうなるか、そこがまた興味深いところである。ともかく顕正会はこの先、本格的な一国諫暁を開始するわけである。ならば類似の問題が次々と起こってくることが予想されるが、そうなった場合、はたして法務部がどこまで対応できるのかが疑問である。

2018/5/3

キツイモノイイ  
マイケル氏いわく、キツイ物言いで不快に感じたらご容赦云々と。

いや、むしろ遠慮せずに思ったことをどんどん言うべきだろう。相手が不快に思おうが思うまいがつまらぬ忖度をせずに言うべきことを言うべきだし、かつまた言うべきことが言える、それがネットのよさでもあるのだ。何しろわたくし自身が言いたいことを言っているわけだから、それと同等の権利を誰に対しても認めなければおかしいだろう。自分は言いたいことを言うが、相手には言わせない。こんな人には最初から近づかないほうがいい。

ゆえに拙ブログではアク禁を行なわないことにしている。法華講員にしても創価学会員にしても同等の発言権がある。顕正会員もしかりである。

さて、そこで本題に入ろう。

日蓮正宗の宗教的信念について云々したところ、マイケル氏から猛反発が寄せられた。詳しい内容については前回の拙稿を読めばわかるだろうが、おそらくハタから見ればわたくしの発言がいかにも日蓮正宗擁護に偏り過ぎていて、それに対してマイケル氏が抗議をしているような状況なのだと思われる。

わたくしは前回、矜持という言葉を使った。単に気取った表現を使ったまでのことでそれほど深い意味はないのだが、これを平たく変換すればプライドということになるだろう。
つまり、矜持と書くと何やら高尚なイメージを与える効果があるわけだが、一方のプライドの場合は相当にマイナスのイメージを含んでいるようにも感じられるところである。
そこでこの際だから、プライドということでもいいだろうと思う。坊さんたちにはプライドがある。それは実につまらぬプライドであって、そのプライドのために道を誤ったのかもしれないのだ。

ここまで書けばマイケル氏の矛先も鈍るのではないかと思う。

ようするに前回の拙稿は、わたくしがあまりにも日蓮正宗に肩入れし過ぎており、別の立場の人たちから見ればそこが鼻持ちならないわけなのだ。いわばマイケル氏はそうした多くの人たちの代弁をしているようなものなのだろう。

しかし、わたくしは従前から主張しているように、日蓮正宗の戒壇論はデタラメであり、それを修正せずにウヤムヤにするつもりならば、少なくとも拙ブログが存続する限りはその点を指摘し続ける所存である。では、前回の拙稿における肩入れは何だったのかという疑問を持たれる向きもあるかもしれないが、これまたいつも言っているように是々非々ということである。とりわけ前回の場合は経済誌が宗教上の問題を度外視して経済的視点から皮肉めいたことを書いているのが癪に障ったわけであり、深く読めばそうした経済誌をネタに日蓮正宗を批判している浅井先生の浅ましさをあげつらっている意味が読み取れるはずなのである。

ともかくわたくしは必ずしも日蓮正宗が完全無欠だとは思っていない。おそれながら言えば、猊下にも未熟な点がたくさんあるのだ。

たぶんマイケル氏は正信覚醒運動をご存知ないのだろう。かく言うわたくしもその時代を詳しく知っているわけではない。ゆえに偉そうに言える立場ではないのだが、客観的な事実を拾ってみると驚くことになる。当時、創価学会の会長だった池田大作氏が辞任に追い込まれてしまったのだ。普通に考えて、なんで辞めなきゃいけないのか、今ではまったく理解できない。しかし、話は簡単である。前回の話のようなことが以前にもあったのだ。創価学会に依存するのはよくないのではないか、という意見が日蓮正宗の中で膨れ上がっていったのである。もちろん宗教的信念の上からである。その時、信徒の中にも賛同する声が多くあって、創価学会を脱会する人が続出したのだった。それがいわゆる正信会の始まりである。

正信会にとって心強かったことは、日達上人がこれに賛同してくれたことだろう。というよりも、日達上人御自身が創価学会に対して憤りを持っていらして、本気で切ろうと考えていたのだった。ゆえに正信覚醒運動は短期間のうちに爆発的な盛り上がりを見せた。

これが池田会長辞任の背景である。

ムーブメントとは怖いもので、あの天下の創価学会もこのままでは潰れると思ったのかもしれない。それほどに正信覚醒運動には勢いがあったのである。そして創価学会のそもそもの基盤が戸田会長時代から明確に規定されているごとく、あくまで日蓮正宗の外護を務める立場なのである。その立場を放棄して正宗とケンカをすること自体、すでにして自家撞着そのものということになる。ゆえに会長辞任が唯一かつ最善の選択肢だったのだろう。他に選ぶべき道はなかった。

そしてこれは櫻川氏の『迷走する顕正会を斬る』にも同様の指摘があるわけだが、日達上人の御心中には妙信講問題の反省ということがあったのだろうと思われるのだ。いわゆる池田会長本仏論にしても最初に指摘したのは浅井先生だったかもしれない。しかし、当時の上人はどちらかと言えば、創価学会の肩を持ってしまったような感じである。ようするに池田氏を掣肘しなければならない立場にいながら、逆に池田氏の傍若無人を擁護してしまったような格好である。

つまり、池田氏を増長させてしまった責任を上人は感じていらしたわけなのだろう。ゆえに後には本気で池田氏と戦った。それに同調する僧侶がたくさんいて、かつまた檀徒の人たちもたくさんいた。結果、勝ったのである。

しかし、日達上人の御心労も相当だったのだろう。上人は程なく御遷化あそばすことになるのだ。

さて、この後の推移については省略しよう。今度は平成二年以降に目を向けたいと思う。

わたくしの立場としてはあまり言いたくないことだが、ハッキリ言っておく必要があるだろう。今度は日顕上人と池田大作氏がケンカを始めたのである。この時、上人には誤算があったのではないか、ということだ。

つまり、日達上人の時と同様に、こちらが本気を出せば相手が折れると、日顕上人はそのように考えていらしたフシがあるのだ。ところがそうは問屋が卸さなかった。池田氏は大反発した。しかも高みの見物よろしく顕正会も正信会も冷笑した。

残念ながら、かつての正信覚醒運動のようなムーブメントは起きなかった。

これが誤算の意味である。かつまた最初のほうに書いたごとく、猊下にも未熟な点があるということだ。

御高徳の御隠尊に対して若輩のわたくしごときがここまで書いていいものかと思うものの、マイケル氏に対して正直に答えるとしたらこのように書く以外になかっただろう。この点、関係者各位にはよろしくご斟酌願いたいものである。


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