2009/7/4

読書感想文  
種々のコメントを頂戴しているが、その一々については省略させていただく。

今日は『迷走する顕正会を斬る』の感想を書く。しかし、おそらく一回では終わらないだろう、しばらくはこの話題が続くことになると思う。それほどに中身が濃いということだ。

まず、本を手に取って驚いた。けっこうブアツイのだ。そして本を開いて二度びっくり。最近の本にしては活字が小さい。つまり、文字数が多いのである。
新聞なんかもそうだが、最近は文字が以前よりも大きくなったような印象がある。それは書籍全般の傾向として、ほぼ間違いないことだろう。ところがこの本は字が小さい。極端に小さいわけではないが、最近の本にしては小さな活字だと思う。
ぜんぶで三百数十ページの本である。そこには写真であるとか図版がまったくない。つまり、ぜんぶ文字で埋まっている。しかも前述のごとく、比較的に小さな活字が使われている。
ゆえに、今の平均的な書籍と同等のサイズに直したら、もしかしたら五百ページを超えてしまうのかもしれない。

正直、これは読むのがシンドイと思った。
けっこう時間が掛かりそうである。ましてや読書ギライの人であれば、最初から読む気にもならないのではないか。
わたくしは読書家ではないが、読むのはわりと好きなほうである。しかし、最近は年のせいか、根気がなくなった。七面倒な本はごめん被りたいというのが本音である。そんなわけで、読む前から気後れするようなところが、なきにしもあらずだった。
ところが不思議なことに、すんなりと読めてしまったのだ。それほど長いとは感じなかった。たぶん、良い本なのだろう。

さて、ここからは具体的な内容に踏み込みたいと思っているが、しかし、どこまで書いていいのか、それがひじょうに悩ましいところだ。

わたくしが事細かに書いてしまうと、それが本の売れ行きに悪影響を及ぼす可能性がある。いや、これは何もウヌボレを言っているわけではなく、まだ出版して間もないわけだから、営業妨害であるとして著者ならびに出版社から文句を言われることを心配しているわけである。ウヌボレという意味では、逆に拙ブログが宣伝になって売り上げに貢献するかもしれないという思いが少しはある。もちろん、どっちに転ぶか、それはわからない。

ともかく本題に入ろう。まず、まえがきの部分から引用する。

 わたしは昭和四十一年、高校に入学した十五歳の四月に縁あって日蓮正宗に入信し、妙信講(後の顕正会)に所属した。縁あってとは、気弱な少年が同級生からの入信勧誘に「ノー」と言えなかった、ということである。

メチャクチャ格好いい文章である。
本書のタイトルとのコントラストに注目されたい。『〜斬る』という勇ましいというかセンセーショナルな題名とは正反対の、著者の心象をストレートに表現する好感度の高い文章だとわたくしは思う。
人によっては絶対に書けない文章に違いない。ようするに、自分を卑下するようなことは絶対に言えないタイプ、他人には弱みを見せないタイプ、虚勢を張るタイプ・・・世の中にはこのようなタイプの人がたくさんいる。本書の題名からすると、著者もまた、その手の人物なのだろうかと思われたが、まず、まえがきにおいて、それを覆しているわけである。

わたくしは上掲の一文だけで、この本は成功だと思った。

まだ、本書を読んでいない人のために、付け加えておこう。
この本はけっこうな分量であると最初のほうに書いたが、いったい全体、何が綴られているのか、まさか気弱な少年(今は老年?)のグチが延々と綴られているわけではあるまい。もちろん著者本人の所感が本書全体に散りばめられていることは当然のことであるが、むしろ全体の比率からすれば、それは少ないくらいなのである。本書の凄いところは豊富な資料を駆使して、客観的な記述を心掛けていることであろう。
つまり、まえがきの気弱な少年云々はあってもなくても本書の主旨に影響を与えるものはないとも言えるわけで、むしろ虚勢を張るのであれば書くべきではない事柄とも言えるわけである。

ところが著者はあえてこれを入れた。わたくしはこうした些細なところに物凄く感じるのである。

もし著者に計算があるとしたら、これは今の若い顕正会員たちへのメッセージなのだろう。入信の経緯は人それぞれであるが、もしかしたら四十数年前も今も本質的には変わっていないのかもしれない。だとすれば、著者の懐旧はそのまま今の顕正会員の心にストレートに響くはずである。

2009/7/1

御の字  
水無月氏のコメントは意味の取れないところがあるけれども、男子三万結集については二万人を超えれば御の字ではないか、とわたくしは思っている。もちろん主催者発表は三万人だろう。ようするに、会場の収容人員からして二万人以上が入っていれば格好がつくのではないか、もっと言えば、ゴマカシが利くのではないかということだ。

まあ、こうした予想はあまり意味のあることではないだろう、実際に大会が開かれて、それが顕正新聞に掲載された段階で検証すればいいことだ。

ところで昨日、駅前の本屋さんを六店舗ほど見て回った。例の櫻川氏の著書があるかどうか、それを確認するためである。結論を言うと、六店中、三店舗に置いてあった。しかし、どこも一冊ずつしかなかったので、あるいは置いていなかった店はすでに売れてしまって在庫切れだったのかもしれない。
いずれにしても今の洪水のごとき出版物の過剰な時代においては、よほど積極的な販売戦略でも打たない限り、一冊の本が脚光を浴びることは困難なことなのだろう。ある意味、一般書店に置かれるだけでも光栄なことなのかもしれない。
もっとも良書というのは、いつ、どの段階で大ブレイクするか、それはわからないけれども、必ず評価される時が来るだろう。

さて、今日は顕正新聞から話題を二つ拾っておく。

 前法戦に入信した同僚の○○さんは、忽ちに大功徳を頂きました。

これは第1139号の六面に掲載されているが、どうやら五月度総幹部会の体験発表らしい。大功徳というのだから、凄い話なのだろう。続きの文章をご覧に入れたい。

 ○○さんはパチンコ屋に行き、「千円で遊んでいたら大爆発し、八万七千円にもなった!」と大喜びしていました・・・

これが大功徳なのだろうか?

いちおう、この続きには、もうパチンコ屋には行く気がしなくなった、と書かれている。
拙ブログでは以前にもパチンコの話題を書いたことがあるけれども、おそらく整合性を考えると、パチンコ屋に行く気がしなくなったことが功徳なのだろう。
もし、そうではなくて、パチンコで儲けたことが大功徳だと言うのならば、顕正会もオシマイである。ましてや総幹部会での体験発表であり、こうして新聞に掲載するくらいなのだから、これが顕正会の功徳論だということになる。まったくふざけているとしか言い様がないことだ。
ゆえに、パチンコ屋に行く気がしなくなったことが功徳と解釈すべきであるが、それにしても、それが大功徳とはさすがにオーバーな話である。

理想はこの場合、パチンコで儲けた話はカットすべきだと思う。なぜならば上記のごとく、どれほど善意に解釈したところで、そこにパチンコで儲けたことが書かれていれば、それが本音なのではないかと誤解されてしまうからである。わざわざ誤解を招く必要がどこにあるのか・・・これを逆に言うと、やはりパチンコで儲けたことが功徳だと思ってしまっている顕正会員の即物的な功徳論というか功徳観が滲み出ているとしか読めないわけである。

原稿のチェックが甘い。いや、違う。そうではなくて、顕正会員は上から下まで感覚が麻痺してしまっているのではないか、だから誰も気がつかないのではないか、ということなのだ。

さて、悪い話ばかり書いていると嫌われてしまうので、いい話も書いておこう。

250人超の逆縁乗り越えついに順縁を

同じ顕正新聞の五面に載る記事である。

この人は男子部班長であるが、どうやら年齢は還暦を過ぎているらしい。話は簡単だ。上掲のごとく、なんと累計二百五十三件の逆縁を乗り越えて、ようやく一名の入信を叶えたという話なのである。
この話のポイントは、真面目な折伏を実践していることだろう。ようするに、成果ばかりを追い求めるデタラメな折伏ではない、ということなのだ。この人は長らく県立高校の校長をやっていた。その意味で、デタラメな折伏はできなかった。また、いわゆる対象者も教育関係者が多いわけで、やはりデタラメは通用しないのだろう。それが二百五十人以上の逆縁を数えることになったわけだ。
もう一点、注目すべきことは、この人の上長すなわち支隊長であるが、それが誰かといえば、なんと自分の息子が支隊長なのである。
顕正会は俗に言うコドモダマシのようなところがある。ことに近年の一念信解路線がその象徴とも言えるわけで、それゆえに分別盛りの壮年層には通用しない。壮年部が弱いのはそのためだ。
しかし、県立高校の校長を務め上げた人がこうして熱心に活動していることを踏まえるならば、あながちにコドモダマシとも言い切れないのではないかと思えるのである。ましてや息子が支隊長で、自分はその部下だというのだから何とも不思議な話である。

それはともかく、もし、この人が「迷走する顕正会を斬る」を読んだならば、いったいどのような感想を懐くだろうか?

2009/6/30

時間差攻撃  
ここ数日は、迷走する顕正会を斬る、の話題で持ち切りであるが、ヘソマガリのわたくしは時間差攻撃を仕掛けようと思っている。

今日は過日の女子部幹部大会の体験発表について書きたい。わたくしが注目したのは女子部区長の登壇である。区長クラスが体験発表をするのはめずらしいことだと思う。幹部になると、活動報告だとか代表決意が普通であり、体験発表をすることはあまりない。平均すると、役職の低い人が体験発表をしているのだと思う。もちろん、その体験がキッカケで、よりいっそう熱心に活動するようになって、幹部に成長して行くわけである。

さて、この女子部区長であるが、大学を卒業して半年ほどしてから、家業の内装業を手伝い始めた。
そもそも卒業後、どこかに就職したのかどうか、それが不明である。また、家業の内装業というのも、よくわからない。わたくしのイメージでは、いわゆるクロス屋・・・すなわち壁紙を貼る職人を思い浮かべてしまうのであるが、どうもそうではないらしいのだ。
どちらかと言うと、その親会社的な存在なのだろう、住宅リフォームだとか、もちろん新築もあるだろうが、そうしたトータルプランニングをする会社ではないかと思われる。

ともかく、この人は家業に従事するようになった。だが、この時点では最悪の経営状態だったという。なるほど、であれば赤の他人を雇い入れるのは、けっこうな負担であるから、自分の娘に手伝わせようと考えるのはきわめて自然なことである。

それにしても、この娘はタダモノではない。それは次の文章が物語っている。

当時二十二歳であった私が中心となり、父、母、兄の三人を励ましながら、会社の立て直しに奔走しました。

さすがにこれは誇張が過ぎるのではないかと感じる人もいることだろう。しかし、これはほぼ現実の出来事なのだろう、わたくしにはそのように感じられるのだ。
詳細は煩瑣になるので省くが、記事には彼女が働くようになってから事業が好転し出したことが事細かに綴られている。
とりわけ、この体験発表の凄いところは、区長の発表にしては信心の記述が少ないことである。いや、それは違う。信心に対するウエイトが少ないわけではなく、仕事のことが事細かにしっかりと書かれていて、ゴマカシがないという意味である。

私が帰郷し、家業を手伝うようになってより早や六年が経ちますが、ここまで会社が立ち直り軌道に乗れたのは、全ては大聖人様の御守護と常々の浅井先生の指導があったればこそであり、報恩感謝の言葉も見つかりません。

さらに、この続きの文章が凄い。

 いまだ両親とも勤行が身につきませんが、私の信心活動に対しては大きな理解を示し、私は週に数枚のコーディネートボードさえ作成すれば、あとは時間に縛られることなく、思う存分ご奉公に飛び回われる環境を得ております。

考えてみれば、彼女は女子部区長なのだ。仕事一辺倒であったら区長など務まらない。
仄聞するに、顕正会の活動会員の中には熱心のあまり仕事を放り出して、活動にのめり込む人もいるという。それが深刻な問題なのである。
ある意味、そうした問題を解決するための糸口というか、お手本がこの体験発表なのだろう。

しかし、どうだろう。

正直な感想を言えば、彼女は俗に言うところの根性のある人ではないか、もともと根性のある人だから、顕正会の中でも区長になることが出来たし、仕事においても成功することが出来たのではないか、と思うのである。仏法で言えば、利智精進とか利根ということである。
やはり凡人にはマネのできないことではないかと思うのだ。活動に熱心になれば、仕事が疎かになる。逆に仕事に熱心になれば、活動が疎かになる。それが普通ではないかと・・・

まあ、それはともかく、実に羨ましい人である。何しろ週に数枚のコーディネートボードを作成すれば、それで仕事から解放されるというのだから、これは一種の作家であり自由業みたいなものである。これで、じゅうぶんに生活が安定しているとしたら、大したものだ。今のご時世、こんな人は滅多にいるものではない。

2009/6/22

身子は臓器提供失格者?  
旦氏はいまだ納得できないらしく、ご自分のブログに書くと言っている。で、先ほど法華講説を開いてみたところ、早くも本日付のブログが更新されており、懸案のことが書かれていた。一読しての感想を申し上げよう。ひじょうによく書けていると思う。詳細に関しては、後ほどコメントを差し上げるつもりなので、ここでは省略させていただく。

これで一区切りと思いきや、今度は渡辺氏よりコメントが入った。

巌虎さんらしくない誤謬ですね。
(中略)
巌虎さんの誤謬でしょう。

思いっ切り中略を入れてしまったが、氏はおおむね二つのことを言っているのだと思う。勧誡の二門・能詮所詮の別がわかっとらん、これが一点目、そして、世間普通の義がわからず混同しておる、というのが二点目である。
勧誡は浅井先生の講義録にも出てくる言葉だし、能詮所詮も本尊抄略拝のどこかに出ていたような気がするが、ほとんど記憶にない。その意味で、わかっとらんのは事実である。
しかし、世間普通の義のほうはどうだろうか、と思う。わたくしの読解力の足りなさがあるにしても、知識の意味を混同しているのはくだんの執筆者ではないかと思えてならないのだ。
まあ、しかし、それを議論しても仕方がないので、ここ一連のテーマはいちおう終わりにしたいと思う。

ともかくも、これは山門手前氏のお陰であろう、ここまで議論が盛り上がるとは思いもしなかったことだ。

さて、今日は顕正新聞第1140号の一面に掲載されている、日曜勤行の指導を取り上げたい。浅井先生は五月二十四日の日曜勤行で、臓器移植をテーマに話をしている。大見出しは次のごとくだ。

臨終こそ人生の最大事
「死しても底心あり、唱題の声聞かすべし」
脳死・臓器移植論は臨終の大事を知らず


拝読御書については省略させてもらうが、今回の臓器移植に関する話は、いわば先生の持論である。
わたくしはもうかれこれ二十年近く前に同様の話を聞いている。当時は若くて世間知らずだったものだから、先生の見解をスゴイと思って、少なからず感激した記憶がある。しかし、今は以前とはかなり違った感想を持つに至った。
これは何も同じ話だから、またかよ、といったウンザリした気持ちではなく、それなりに年齢を重ねて自分なりの物の見方・考え方ができるようになったという意味である。

いま国会で臓器移植法案をめぐって、仏法を知らない人々の甲論乙駁が繰り返されている。

先生は、仏法のマナコをもって見れば、これこれこうである、というのが得意だ。当然、今回もその線で論じているわけだが、わたくしには疑問がある。まず、そもそも先生は臓器移植に反対なのかどうか、それが不明である。おそらくは反対なのだろう、そのようにしか読めないのであるが、しかし、はっきりと反対であるとはどこにも書いていないのだ。この辺がある意味では逃げ道なのかもしれないが、いちおう先生の立場を臓器移植反対と見做して議論を進めよう。

 また臓器を提供しても、いつまでも生きるというものでもない。人は必ず死ぬのです。

臓器提供は美徳か、という小見出しのついている段の文章である。

これはアゲアシ取りに近いかもしれないが、じゃっかん錯綜の気味がある。
すなわち、見出しは提供する側の行為が美徳であるかどうかを問うているのに対し、本文では提供される側の生き死にを云々してしまっている。美徳というのはある意味、損得勘定抜きの行為を言うわけだろう。どうせ死ぬのだから、助からないのだから、無駄である・・・などという打算的な考え方をしないからこそ美徳なのだ。
まあ、これはさすがにアゲアシ取りかもしれないが、しかし、この部分は折伏理論書の説明と齟齬がある。この点はどうだろうか?

 いうまでもない。人間にとって最も大事なものは、我が生命である。大聖人の御指南を拝してみよう。
 「命と申すは一身第一の珍宝なり。一日なりともこれを延るならば千万両の金にもすぎたり」(可延定業書)


おそらく勉強家の顕正会員ならば、後ろのページに「一応現世に限った立場からみた所論」とあることを持ち出すに違いない。それは承知の上である。ようするに、わたくしは上掲の大聖人の御指南に注目したいのだ。
御書を広く拝していると、阿闍世王が四十年の寿命を延ばした話が何箇所も出てくる。上掲の可延定業書もまた同じ方向性の御指南と言えるだろう。
確かに臓器移植をしても、もし一年足らずで死んでしまうとしたら、無駄な気がしないでもない。だが、もし四十年の寿命を得ることができるとしたら、それはとてつもなく価値のあることだと言えないだろうか?

 しかし考えてごらんなさい。たとえ臓器を提供しても、相手が凶悪犯罪を起こすような悪人だったら、かえって悪を助長させることになるではないか。あるいは謗法の邪僧の体内に自分の臓器が埋め込まれたら、どうなりますかね(笑)。

順番が逆になったが、前掲の直前の文章がこれである。

わたくしは逆の場合はどうなのか、それを先生に問いたいと思っている。もしかしたら先生が臓器移植反対を明言しないのは、逆のケースを想定しているからではないか、と勘繰ってしまうところである。
正直なところ、世の中には生きている値打ちのないような人もいる。生命の尊厳を否定するつもりはないが、本音を言えば、生きてても仕方がないような人もいると思う。それとは逆に、この人には死んでもらっては困る、というようなケースもあるわけだ。
つまり、上掲の先生の発言を裏返しにすれば、ごく普通の善良な人間であれば移植を受けて長生きしてもいい、という受け取り方もできるのではないかと思う。いわんや正道の侶をやであろう。もちろん顕正会の場合は、会長・浅井先生をやとなる。

与えて論ずれば「布施行」

いよいよ結論である。与えての次は奪ってであるが、そのような文言は見当たらない。だが、おそらくは次の文章が上掲に対応するものと思う。

 末法においては、布施行などでは人も救えないし、自分の功徳にもならない。

わたくしはここでも先生に問いたい。輸血はどうなのか、である。

おそらく今は医学が発達して、誰もが輸血そのものにはそれほどのリスクを感じないに違いない。ゆえに先生も輸血はいいと言うかもしれない。それともダメなのだろうか?

わたくしの結論を書こう。脳死・臓器移植論はひじょうに難解である。ゆえに浅井先生の論じていることにしても、ぜんぶが間違っているとは言わない。今回、疑問符を多くしたのはそのためだ。しかし、臓器移植を布施行とし、末法においては不要であるとするような論の運びは大脱線ではないかと言っておきたい。これではあたかも医学を否定し、信心口唱のみですべてが解決すると言っているようなものだからである。

2009/6/21

勉強会補習  
話題を変えようかと思ったが、どうも皆さん熱心なので、今日もまた昨日の続きである。

どうも旦氏は釈然としないものを残しておられるらしい。

引用された竜門御書も、前後の二文は独立していますね。二道と六道は別ですから、やはり…、と考えてしまいます。
どうか、御教示をお願いいたします。


煩瑣になるので引用は控えるが、わたくしは開目抄と竜門御書を引用して、身子は悪知識にたぶらかされて退転したのだ、という意味のことを書いた。
しかし、旦氏によれば、前後の御文は独立しているので別々の話だと受け取るべきではないのか、ということのようだ。すなわち、乞眼の婆羅門の話を一つ、そして三千塵点劫と五百塵点劫の話を一つ、との数え方である。
つまり、悪知識は後者の話に出てくるものであって、前者には係らない、切り離して考えるべきだ、というのが氏の意見のごとくである。

ひじょうに煩瑣な議論である。この際、最初に戻してしまおう。

この場合、乞眼の婆羅門=悪知識と考えて差し支えないだろう。

十七日の拙稿である。ここに差し支えない云々とあることに注目されたい。つまり、わたくしは御文が二つに分離していることを重々承知の上で、後ろの御文にある悪知識を前の御文にも係るものと判断したわけである。これが文脈上、自然な拝し方ではないかと思うが、いかがだろうか?

今、分離している云々と書いた。だが、しかし、開目抄の大きな流れの中では完全にワンセットの話である。それをあえて別々と捉える必然性があるのかどうか、むしろ問われるのはそちらのほうであろう。

よって、今度はわたくしのほうからお願いしたいと思う。すなわち、乞眼の婆羅門を悪知識ではないとする積極的な理由は何か、である。それが明らかになれば、わたくしとて自説に執着するつもりはまったくないのである。

さて、善知識・悪知識について、山門手前氏より参考資料をたまわった。

「正林寺法華講員手引書」なるものであるが、そのうちの「善知識と悪知識を見分ける眼を」と題する項目である。
はっきり書こう。これはあまりよくないと思う。大げさに言えば、デタラメである。
まあ、しかし、これをどなたが書いたか知らないが、おそらくは初心者などをおもんぱかって便宜的に付された説明なのだろう。
それにしても、わたくしには不満である。もし改訂版を出す計画があるのならば、大幅な書き直しをするべきだと思う。

具体的な点を二つほど示しておく。

『富木殿御返事』に、
 「諸の悪人は又善知識なり」(御書584)
と仰せのように、「人の振り見て我が振り直せ」という悪人の言動を真似ないよう、善知識と考えるように御指南です。


この説明はいわゆる反面教師に近いと思うが、しかし、大聖人の御意を正確に伝えているとは言い難い。
まず、前回の拙稿を読めば、ほぼ理解できることだろう。わたくしは上掲の富木殿御返事と共に、種々御振舞御書を引用した。そこには、日蓮が仏にならん第一のかたうど云々、とある。
あるいは佐渡御書の次の一節などは、いかがだろうか?

悪王の正法を破るに、邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は、師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし。例せば日蓮が如し。

この御書はくだんの富木殿御返事と同時期にあらわされたものである。されば、悪人は善知識である、との御意は明瞭だろう。悪人はかえって成仏を助けてくれる有難い存在なのだ。

さて、もう一つ。

お寺へ参詣して正しい知識を身に付け、生活を安泰にしていきましょう。

知識の意味を根本的に取り違えているように感じられてならない。
ネット辞書でもいいから調べてみるといいだろう。三省堂の大辞林によれば、六項目ほどの説明が付されている。その四番目には、「知っている人。知人。友人。」と書かれている。これはなかなかのセンスだ。御書には善友・悪友という言葉が出てくるが、これは善知識・悪知識と大いに関連がある。
大辞林の六番目の(ア)の説明こそが、御書に出てくる善知識・悪知識の説明にほぼ当てはまると思われる。「仏道に教え導く指導者。導師。善知識。」がそれだ。

つまり、仏法で言うところの知識は、人格的な存在を意味する。ゆえに、上掲のような正しい知識を身に付けるだとか、俗に言う頭に叩き込むみたいな表現は見当違いもいいところなのである。

それこそ新池御書の次の御文を頭に叩き込むべきである。

今は仏ましまさず、解悟の智識を仏と敬ふべし、

異流儀団体の落ちぶれ会員に言われたくないだろうが、今は大聖人ましまさずであるから、御法主上人をはじめとする正宗の御僧侶方を解悟の智識とたのむべきが道理であろう。逆に言うと、恥じない存在となるべく精進しなければいけないのだ。

2009/6/20

勉強会  
渡辺氏よりお褒め(?)を頂戴したので、今日は調子付いて御書の勉強会をやりたいと思う。

身子が六十劫の菩薩の行を退せし、乞眼の婆羅門の責めを堪へざるゆへ。久遠大通の者の三五の塵をふる、悪知識に値ふゆへなり。

山門手前氏は悪知識を、仏法用語として使ったのではない、と言っておられるが、これはほぼ仏法の専門用語の範疇に属するものだと思う。理由はそれほど難しくないだろう、現代人が一般的な会話の中で悪知識を云々することはない。逆に御書を拝すると、かなりの頻度で出てくる言葉だ。

この悪知識の対義語は善知識である。当たり前といえばそれまでだが、では、いったいどういう意味なのか、それを知っておく必要がある。
こういう時、普通は辞書を調べる。さしあたっては一般の辞書でもいいだろう。そしてそれが専門用語であれば、それなりの辞典を用いることになる。
しかし、わたくしは違う。御書を真面目に学ぼうと思っている人には、平成新編御書検索を利用することをお勧めしたい。

善知識を検索すると、三十件からのヒットがある。
ちなみに、この数字は三十箇所を意味するものではない。当該検索サイトでは同じページに同じ言葉が複数存在する場合、それを一件と数えるらしいのである。あるいは何らかの問題があって検索不能の場合もあるので、数字そのものを絶対的に信用してはいけない。
どんなことでも同じだが、使い方をよく理解して使えば便利だし、有益である。当該検索サイトにおいても、そこをよく弁えて利用すべきであろう。

それはさておき、話を進めよう。おそらくは三十件もヒットすると、面倒臭がってそこで終わってしまう人がいるはずである。実はここからが大事なのだ。
理想はぜんぶのページを確認することである。実際に御書を開いて確認するくらいになれば、最高である。最低でも、サイトに表示されている御文を、その部分だけでもざっと目を通すようでないといけない。
それが出来ない人は、勉強する気がないと言わざるを得ないだろう。

ともかく目を通すだけでも、興味深い御文を見つけることができる。たとえば、次の富木殿御返事はいかがだろうか?

諸の悪人は又善知識なり。

あるいは普段から御書に親しんでいる人であれば、検索を使わずとも次のような御文が思い浮かぶのではないかと思う。

相模守殿こそ善知識よ。平左衛門こそ提婆達多よ。・・・釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ。今の世間を見るに、人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をばよくなしけるなり。・・・日蓮が仏にならん第一のかたうどは景信、法師には良観・道隆・道阿弥陀仏、平左衛門尉・守殿ましまさずんば、争でか法華経の行者とはなるべきと悦ぶ。

わたくしはこれまでのところ、善知識の意味をああだとかこうだとか、まったく書いていない。けれども、真面目に読んでおられる人ならば、何となくでも理解できるのではないかと思う。悪知識についても同様の方法で調べるといいだろう。

さて、これに関連して、旦氏よりコメントを頂戴した。以下がその全文である。

なるほど。しかし、どうなんでしょう。身子は悪知識を見抜けなかったというよりは、目玉を踏みつけられて退転したので、慈悲が足りなかったのが原因ではないでしょうか。

悪知識で退転したのは、後ろの御文の大通智勝仏の法華經を捨てた者の方を指しているのではないかと考えます。


ようするに、わたくしの解釈は間違っていると言いたいわけなのだろう。

まず、今回の拙稿では悪知識を説明するのに、善知識を用いた。もう、これだけで察しのいい人は理解したことだろう。乞眼の婆羅門を善知識と悪知識の二つに一つとすれば、どちらに当てはまるかということなのだ。
つまり、身子はあと一歩で仏になれた、もし仏になれたとしたら、乞眼の婆羅門こそが第一の善知識となったわけである。ところが退転してしまった。仏になれなかった。結果的に乞眼の婆羅門は悪知識だということなのだ。
ここで大事な点は、主役はあくまで修行者だということである。善知識ないし悪知識はいわゆる助縁に過ぎないのだ。ゆえに、旦氏の言う、慈悲が足りなかったのが原因、はひじょうに鋭いわけだが、さりとて、悪知識で退転したのは後ろの御文云々は、文脈を無視しているとしか言い様がないだろう。

いちおう、竜門御書を引用しておくので、冒頭の御文とよく比較されたい。

身子と申せし人は、仏にならむとて六十劫が間菩薩の行をみてしかども、こらへかねて二乗の道に入りにき。大通結縁の者は三千塵点劫、久遠下種の人の五百塵点劫生死にしづみし、此等は法華経を行ぜし程に、第六天の魔王、国主等の身に入りて、とかうわづらわせしかばたいしてすてしゆへに、そこばくの劫に六道にはめぐりしぞかし。

2009/6/18

贋物と複製の狭間にて  
日道師系教団が適切な表現かどうかは別にして、いわゆる尊門だとか郷門の人がそのように呼称すれば、それは現在の日蓮正宗とその派生団体を意味するわけで、わたくしはそれに目くじらを立てても仕方がないと思っている。

ちなみに、渡辺氏はよくご存知のことと思うが、浅井先生の著書に叱呵痴犬抄というのがある。ここには日郷師のことも書かれている。これがはたして最新の研究成果から見て、どこまで通用するのかわたくしには皆目見当がつかないけれども、ともかく日蓮正宗の正義を宣揚する意味において、なかなかの名著ではなかったかと思う。

さて、山門手前氏であるが、以前、どこかに書いておられた。いわく、餅は餅屋、云々と。

昨日分のコメントもまた、そのような意味合いが感じられるものだった。しかし、自由な茶寮掲示板を開くと、そこでは戒壇論のようなことを論じておられるので少しばかり驚いた。
もちろん、何をどのように書こうが自由であり、これまた一々目くじらを立てるつもりはない。
だが、しかし、百戦錬磨の大東亜氏と議論するとは、なかなかの度胸である。不遜な物言いを承知しつつも書かせてもらうと、もし、大東亜氏を論破できれば大金星であろう。

そう言えば浅井昭衛は、日寛上人のお筆による御形木御本尊と、顕正会の地方会館の大広間や事務所に掲げている大副のニセ本尊、即ち、五十五世日布上人の筆を真似て書いたものと、それよりやや小さめのニセ本尊の都合三種類を製造しているのは事実です。

これは大東亜氏の文章であるが、きわめて貴重な証言である。

大副は大幅の誤記であろう。それはまだしも製造には恐れ入った。いちおう弁護にならない弁護をしておくと、顕正会の場合は遙拝勤行が基本なので、創価学会のように各家庭に本尊を安置しているわけではない。ゆえに、たくさん作っているわけではないので、製造だとか生産みたいな表現は不適切である。

しかし、ここでいちばん注目されるのは、五十五世日布上人の筆を真似て書いた、という部分である。これがもし事実ならば、驚くべき新情報と言うべきだろう。
わたくしはこれまで、どこかに日布上人の御本尊の原本があって、それを複製したものなのではないか、と思っていた。
筆を真似て書くというのは考えもしなかった。それこそ贋造本尊そのものであるし、まさか浅井先生がそこまでやるとは思えない。
第一、誰が書くのだろうか?

ゆえに、貴重な証言ではあるものの、この部分に関しては疑問符を打っておきたい。

それはともかく、大東亜氏を百戦錬磨と書いたのには理由がある。氏はひじょうに強い。なぜならば弱点がないからだ。
わたくしは以前から何度も書いているように、戒壇論に限っては顕正会の主張にも一定以上の信頼性があると思っている。ゆえに、この点においては法華講員も苦労が絶えないというか、けっこう苦戦を強いられているのではないかと思う。
しかし、何も戒壇論だけがすべてではない。他の問題もいろいろある。とりわけニセ本尊疑惑がとてつもなくデカイのだ。
結局、現役の顕正会員はここでつまづくことになる。隊長だろうが区長だろうが、どれほどの大幹部であったとしても、この問題を突きつけられた途端に黙らざるを得なくなる。何しろ知らないのだからどうしようもない。ここが最大の弱点であり、もはや今の顕正会には解消する術がないのだから、悲惨である。
これでおわかりだろう、大東亜氏の強みはニセ本尊問題に何の痛痒も感じない立場にいることである。ゆえに、氏はテゴワイのだ。

ところで戒壇論については、法華講説の日一氏が凄いことを書いている。おそらくはここ一連の議論を踏まえて書いたのだろうが、しかし、さすがに奇抜すぎるのではないかと思う。ここでは詳細を省くので、興味のある人は閲覧されるとよいだろう。

2009/6/17

逃げ道を用意する意味  
先日、バカバッカという表題で書いたところ、タイトルには本音をのぞかせているけれども本文中では巧みにかわしている、という渡辺氏のコメントが寄せられた。

わたくし自身には自覚がない。はたして、そうだろうか、というのが今の本心である。
ただし、たぶん自分には甘さがある。気取って言えば、相手に逃げ道を残して置く、というような一面があるのは事実だろう。さらに別の角度から言うと、欲張ってたくさんのことを書こうとするものだから、それが原因で要点がボケてしまっているのかもしれないと思う。
いずれにしても、顕正会員は上から下まで馬鹿ばっかり、という論旨はじゅうぶんに伝わる文章だとは思うのだが、わたくしとしては顕正新聞の編集部に対して、ちゃんと訂正文を載せなさいよ、と教え諭しているつもりなのである。

今朝も渡辺氏からコメントを頂戴したわけだが、どうやら内容的にはわたくしに宛てたものではないようなので、とりあえず保留としたい。

れん氏の言う日道師系教団とは、大石寺系教団のことであり、文中に出てくるごとく、創価学会や顕正会を含むのだろう。当然ながら、日蓮正宗も例外ではない。
これを顕正会では正系門家ないし正系門下と表現するわけだが、れん氏に言わせれば、それは違う、ということになるのだろう。
わたくしは正統派争いみたいなことをするつもりはない。もっとも、それほど勉強しているわけではないので、できっこない話なのであるが、ともかく、れん氏のコメントは凄いと思う。

御本仏日蓮大聖人、崇峻天皇御書にのたまわく・・・

御本仏大聖人の御指南・・・


イヤミで御本仏云々と書く人もいるが、氏の場合は違うと思う。これは氏の信仰のあり方を表明しているように読めるのだ。渡辺氏には不満だろうが、わたくしはこの点において、案外に親近感をおぼえている。

さて、最後に山門手前氏のコメントを取り上げよう。

悪知識というのは、ボロが出やすいものですね!

これについては、すでに渡辺氏が触れている。さすが渡辺氏だと思う。以下、氏の説明と重複する部分が出てくることになるかもしれないが、わたくしなりの所感を書きたいと思う。

山門手前氏のコメントは前回分の拙稿を踏まえた上で書かれたものであるから、その線で理解すべきだろう。そうすると短いながらも氏のコメントは的を射ているものだと思う。

ただし、やはり悪知識という言葉が、この場合は適切ではなかったと思われる。仏法用語を使用する場合には、その意味内容はもちろんのこと適切な用法が求められるのだ。

ぼう書をつくるゆへにかゝるあやまりあるか。

もし、わたくしが前回の拙文に対してコメントを寄せるとしたら、報恩抄の御文を引用することだろう。ぼう書は謀書である。謀略文書には必ず矛盾があったり、不自然なところがあるものだ。上掲は弘法の邪義を破折する段のほんの一部分であるが、謀略文書には必ずどこかに馬脚があらわれていることを示す、ひじょうにわかりやすい御文だと思う。

さて、悪知識であるが、わたくしは開目抄の次の一節に注目したい。

身子が六十劫の菩薩の行を退せし、乞眼の婆羅門の責めを堪へざるゆへ。久遠大通の者の三五の塵をふる、悪知識に値ふゆへなり。

この場合、乞眼の婆羅門=悪知識と考えて差し支えないだろう。身子は舎利弗のことである。早い話、悪知識というのはその正体を隠すのである。智慧第一と言われる舎利弗が見抜けないほどなのだ。
もし舎利弗が乞眼の婆羅門を悪知識であるとわかっていたら、そこで退転することはなかったはずである。まさに、悪知識を見破ることができなかったから、退転するハメになってしまったわけである。
これは御文の関連性として詳細に検討しないといけない問題だが、さしあたって三障四魔であるとか、僣聖増上慢の転識り難き云々が近似の御指南としてあげられるだろう。

結論として、なかなか尻尾を出さない、それが悪知識だと考えるべきなのだ。

以上、読み直してみると、渡辺氏とは違った角度の文章になっているようだ。もっとも氏の場合は、顕正会そのものを悪知識だと言っているようなものであるから、違った方向性の文章になって当然ではあるのだが・・・

2009/6/15

犯人さがしの方法論  
女子部幹部大会特集号から話題を拾う。

山形・謀略ビラの黒幕は公明党議員

この問題は二月度総幹部会で男子部支隊長が、そして三月度総幹部会では男子部長が取り上げている。わたくしは男子部長の記事を読んで、背後に公明党議員がいるとは書いてあるものの、その実名が記されていないのはどうしてなのかと疑問に思っていた。何か不都合なことでもあるのだろうかと。

ところが今回の大会において、女子部支区長補がしっかりと公明党議員の名前を出している。ゆえに、不都合だとかヤマシイだとか、そういう意味はないようである。

今までの経験則から言うと、情報を小出しにして話題を長引かせる手法のようにも思える。ようするに、最初にぜんぶ言ってしまうと、それでその話題はオシマイになってしまうからだ。まあ、しかし、これはやや穿ち過ぎというか、辛辣な見方かもしれない。謀略ゆえに最初ははっきりしなかったが、調べていくうちに確証が得られたので実名を出した、と考えるのが普通かもしれない。

お決まりの謀略ビラも歓喜に変わる

今度は北海道の区長の登壇である。

今秋、札幌会館が建つ。そこに顕正会を誹謗する、お決まりのビラが撒かれたというのだ。顕正会の会館が建つところには必ず謀略がある。
創価学会のシワザである・・・とするのが顕正会の見解であるが、前掲の山形の場合は公明党議員の名前まで判明し、実際に実名を言ってしまっているくらいだから自信があるのだろう。しかし、北海道の場合はどうなのだろうか、そこが今の段階では疑問である。

カルト=顕正会

暴力集団

オームやソーカよりも恐い


このビラが創価学会員の手によるとすると、これほどのブラックジョークもないだろう。なぜならば、ソーカは創価学会の意味だからである。オームと肩を並べるカルト団体であることを自分で認めているようなアンバイだ。しかもカルト度(?)では顕正会に敵わない。なんとも情けない中途半端な存在である。

ゆえに、常識的に考えれば創価学会員の作成したビラとは考え難いのだが、あるいは悩乱(?)してくると、平気でこういう自虐的なことができるのかもしれない。

同様の意味で、これを顕正会による自作自演だとは考え難いけれども、あるいは事実は小説よりも奇ということもないとは限らないだろう。

いちおう、ビラの続きの文章をご覧に入れたい。下段には地図があって、そこに次のような説明が付されている。

 ダミー会社で、すでに土地は買った
今年の9月には、「北海道本部」が完成する


もしかしたら、ここに馬脚があらわれているかもしれない。

犯人に教えてあげよう。顕正会では北海道本部などという表現を使わない。北海道支部ならば、じゃっかん意味が通らなくもないが、今は支部制度をやめてしまったので、やはり使わない表現である。
顕正会では本部会館と地方会館という呼称で統一されており、本部の場合はそのままだが、地方はもちろんその土地の名前、もしくは先生が決めた名前が使われる。ゆえに東京会館はかつての本部会館であり、どうやら登記上は今も本部になっているらしいのだが、それでも顕正会員の中に東京本部などと呼ぶ人はいないはずである。いわんや北海道本部をやである。

もちろん断定するまでには至らないけれども、おそらく犯人は「北海道本部」だとか、そういう表現に慣れ親しんでいる人なのだろう。これが馬脚の意味である。

2009/6/14

バカバッカ  
まず、内輪話から入る。

実は昨日、更新するつもりで入力作業を続けていた。入力作業とは、他ならぬ文章の打ち込みである。わたくしは下書きをせずに、投稿欄に直接書き込む。四年間、そうしてきた。昨日も同様に書き込んでいたのだが、なんと事故が発生した。完成直前に、変なキーを押してしまったらしく、そこで文章が消滅してしまったのである。気を取り直して最初から書き直そうとも思ったが、面倒臭くなってやめてしまった。

さて、種々のコメントを頂戴しているけれども、それについては割愛させていただき、今日は顕正新聞から話題を拾うことにする。

顕正会員はアホが多い。いや、そんなことはないと思うが、ともかく教学のことや対宗門に関することはちゃんと教わっていないので、ひじょうに未熟である。
これは愚民化政策の結果であるとも考えられるので、顕正会本部としてはネライどおりなのかもしれない。
この考え方で行くと、一般会員は平均すると知的レベルが低いけれども、本部首脳は逆に知的レベルが高いことになる。

ところがである。もしかしたら顕正会は上から下まで全員がアホなのではないか、と思えるようなことが顕正新聞に出ているのだ。

五月六日に女子部幹部大会があった。その時の会長講演が顕正新聞第1138号に掲載されている。

日妙殿の大信心を見よ

女子部向けの指導では定番とも言える日妙聖人の話が今回の講演の中にも出てくる。それ自体は問題ないが、わたくしは次のくだりが気になった。

 伝教大師が二千里の海を渡って中国に渡ったのも、

「渡る」の重複表現が気になるが、それはともかく、ここでいちばん注目されるのは「二千里」である。

三千里の間違いではないのか?

浅井先生の勘違いであるとか、言い間違えたとか、そういうことならば新聞掲載段階で修正するべきだろう。それとも二千里は新説なのだろうか?
実際の距離は問題ではない。御書の表記がどうなっているかが問題なのである。従来、三千里と判読していた部分を顕正会の教学部(?)が二千里と読み直したのだろうか?
わたくしは御真蹟を読むだけの能力を持たないが、平成新編でも全集でも三千里としているので、三千里が正解だろうと判断している。

この問題の深刻さは、顕正新聞第1139号が教えてくれている。当該号は五月二十六日の総幹部会の模様を伝えているわけだが、会長講演には次のごとくある。

伝教大師が二千里を隔てたシナ海を渡って中国に渡ったのも、

ようするに、五月初旬に行なわれた女子部幹部大会を振り返って、その要旨を述べているわけであるが、なんとここでも二千里としているのである。読者にはこの深刻さがわかるだろうか?

もし、これが先生の勘違いないし言い間違いであるならば、これほど深刻なこともない。

顕正会員は御書を持っていないから仕方がないにしても、本部の首脳陣はそんな言い訳をするわけには行かないだろう。
もし先生の間違いであるならば、それを修正ないし訂正しなければいけない。少なくとも活字として新聞に出る段階で、直されていなければいけないのだ。
万々一、誰も気がつかなかったとしよう。マレにはそういうこともあるだろう。それで女子部幹部大会の報道においては、そのまま掲載してしまったとする。
それは仕方がないとしても、五月初旬の講演から下旬の総幹部会までの間に、誰も気がつかないようではオシマイである。顕正会はバカしかいないということだ。

あるいは気がついていたけれども、言えない状況にあったという可能性もある。これはこれで深刻である。
顕正会では、時の貫首が間違ったら用いてはいけない、諫めなければならない、と教えている。顕正会の会長が間違った場合も同じ道理のはずである。
しかるに、それが出来ない状況にある。もしくは、仮に諫めたとしても先生が聞く耳を持たない。
これが事実ならば、もはや顕正会もオシマイである。

最低、今からでも次の号に訂正記事を載せるべきであると、進言したい。


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