2018/9/22

シンテイショウ  
沖浦氏の斬り返しはなかなか鋭いものがあって、不勉強の人には対応困難かもしれない。かく言うわたくしも不勉強であり、ひじょうに困ったことになった。

 重須学頭・三位日順『本門心底抄』貞和5年に以下の記述があります。

「行者既に出現し久成の定慧・広宣流布せば本門の戒壇其れ豈に立たざらんや、仏像を安置することは本尊の図の如し・戒壇の方面は地形に随ふべし、国主信伏し造立の時に至らば智臣大徳宜しく群議を成すべし、兼日の治定後難を招くあり寸尺高下注記するに能へず。」
(富士宗学要宗第2巻34ページ)

 重須学頭である三位日順ですが、日興さんに学頭職を譲られた日順が「本門の戒壇」について述べています。

 「仏像を安置すること」

 について述べていますが、「本門の戒壇」に安置すべき本尊として戒壇本尊が当時存在しているなら、このような発言が出てくること自体が不自然ですね。

 更に知行に従うとか、最後には今決めておくと本当に建てる時に困ると言っています。

 日興さん門下の秀逸の日順が書いていますので、日興さんにも確たる本門戒壇構想はありません。


これについて正確を期すと、本門戒壇構想はあった、しかし、その内容には疑問符が付く、ということになるだろう。平たく言うと、日蓮正宗が主張する戒壇義とは異なっている、これはいったいどういうことなのか、といった感じである。

当然、これには日蓮正宗側の公式見解のようなものがあるはずだが、わたくしは不勉強なものだからそういうことすら知らないのである。そこでワガママを言わせてもらうと、法華講の諸氏でこの問題に詳しい人がいらっしゃればぜひとも教えていただきたい。とは言え、日蓮正宗の戒壇論をデタラメ呼ばわりしているわたくしに助け舟を出してくれる法華講員がいるとも思えないので、最後は自力で何とかしないといけないのだろう。

以上、この件に関しては宿題ということでよろしくお願いしたい。

さて、いろいろとやることがあって大変ではある。まず、いつものごとく顕正新聞を読んでいかないといけない。これが面倒臭い作業ではあるものの、拙ブログの主要な目的になっているのも事実だ。これをやめることはブログをやめるに等しいだろう。ようは顕正会経験者として顕正会の行く末を見届けるのが拙ブログの役目なのだ。

そこで今日は顕正会の話題を外部から拾ってみたい。

というよりも、たまたま巡り合わせがそうなっていて、ごく最近、興味深い情報を二つほど見つけたので紹介したいと思う。

<速報>現役・第5女子部幹事・第74区長 脱会&即日除名&夜、自宅にK沼副男子部長突然来る

http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/28635662.html

わたくしがヘタな説明をするよりもリンク先をご覧になったほうが早いだろう。どうやらご主人も男子部幹部だったらしく、夫婦そろって脱会した模様である。そこに副男子部長がやってきて一悶着あったわけだが、そのやり取りも先方のブログに紹介されている。執筆者もなかなか直截な表現をしていて、ようは慰留が目的ではなくニセ本尊を回収するためにやってきたのだと書いている。

                        平成30年9月 日
顕正会本部 御中

 本日、顕正会本部から貸与された日寛上人御書写の御本尊様を
〔    〕氏に託して顕正会本部へ返納いたします。
                              以上
              住所

              氏名              ㊞


これは先方のブログに掲載されている画像を書き写したものである。ここに顕正会本部の慌てぶりが見える。

ハッキリしているのは急ごしらえの書面ということだ。

おそらくはこれまでにも自宅拠点を構えている人が脱会するようなことが起こっているはずである。実際、自宅拠点の御本尊と思しき物が法華講員の手に渡って、さまざまの検証をした結果として顕正会の本尊はニセ本尊であると、そのように伝えているサイトも存在する。つまり、水面下では同様のケースが相当数あると考えられるのだ。

ところがである。上掲は平成30年9月と印字されている。これは取りも直さず返納のための書式が存在しなかったことを意味するのだろう。

もっとも顕正会側の感覚からすると、返納はイコール組織の縮小を意味するので望ましくない、ゆえにあらかじめそのような書式を作成しておくのはよろしくない、ということなのかもしれない。

それにしても二百万を謳う大組織なのだから、脱会についても正式な書類を作って相手に選択肢を与えるような度量が必要であり、本尊の返納やその他もろもろについても同様にすべきである。それでこそ本物と言えるのではないかと思う。

いずれにしても二百万達成直後にこのような事態を招き、顕正会としては大変である。

そして世間に目を向ければ、安倍三選が実現してしまい、これもまた顕正会的には痛いところである。

宗教マニアが教える入ってはいけない宗教ランキングベスト5【2018】

https://www.youtube.com/watch?v=2dIRvPzH35o

これがまた興味深かった。顕正会も有名になったものだというのが最初の感想であるが、チャンネル主の話を聞いてみると、やっぱ顕正会はダメだな、と思わざるを得ないところである。

わたくしなりに翻訳すると、成果至上主義丸出しの会員たちの姿にウンザリ、というのが彼の言っていることである。

それではダメなのだ。ずいぶん前にも書いたことだが、急がば回れ、である。

残された時間がどうのこうの言っても仕方がない。急いては事を仕損じる、という言葉もあるわけだから、今からでもしっかりと立て直しを図っていく必要があるだろう。

2018/9/20

サルマネ  
トチロ〜氏との議論は休戦ないし停戦ということでいいだろう。問題は沖浦氏である。

 本門戒壇の本尊って言いますでしょう。
 本門の戒壇である伽藍に安置すべき本尊の事です。


大爆笑である。

沖浦氏の発言はコメント欄を跨っているので確認するのが煩瑣であるし、おそらくは誰もそんなことをしないだろうから、わたくしも手を抜かせていただくことにする。

 戒壇とは宝塔の所在の場です。

順番が逆であるが、まずはご覧のような発言がある。ゆえにわたくしはその文証を求めたのだ。ついでに次のように書いておいた。

沖浦氏の場合は全否定しているはずの日蓮正宗の教義に引きずられているという事実に気がつく必要がある・・・

なんとその回答が本門戒壇の本尊云々なのである。まさに大爆笑ものである。

ご存知のごとく、身延相承書には本門寺の戒壇を建立せよとの御遺命が認められている。そして日興跡条々事には弘安二年の大御本尊を本門寺に懸け奉るべしとある。また戻って百六箇抄には富士山本門寺本堂云々の御相伝がある。

この辺りの話になると沖浦氏は必ず言うのだ。弘安二年にはたくさんの御本尊がある。ゆえに大石寺にある御本尊がそれであるとは限らないと。

わかっとらんとしか言い様がない。

戒壇建立の御遺命は、別して日興上人一人に託されたものなのである。もちろん総別の二義の上から、総じては門下一同に遺命されたとも言えるわけだが、別しては上述のごとくである。
その現実的証明と考えられるのが本門戒壇構想の有無である。結局のところ、他門には確たる構想がなかった。おそらくは後になって慌てて猿真似のように本門戒壇のことを言い出したのだろう。
思えば明治期の国立戒壇構想も同様である。今の日蓮正宗は国立戒壇を田中智学の発明として全否定するかのごとくであるが、もともとは話が逆であって本門戒壇構想において遅れを取っていた連中が日蓮正宗の模倣をして、それをあたかも自分たちの発明のごとく宣伝したわけなのだ。

話を戻そう。

沖浦氏の発言はまさに日蓮正宗の教義そのものなのである。それに気がつかずにいるとしたらアホの極みだろう。結局、御書に根拠を求められないとすれば、出どころはどこなのかが問題となる。

再掲しよう。

本門戒壇の本尊って言いますでしょう。

弘安二年の大御本尊を本門戒壇の大御本尊をお呼びするのは本門戒壇構想に基づくものであって、では本門戒壇構想は何に基づくのかと尋ねられれば大聖人の御遺命に他ならない。つまり、日蓮正宗の教義体系の確固たる姿は他門の追随を許さないものであり、だからこそかつての創価学会は日蓮正宗に所属していたわけなのだろう。

ともかく沖浦氏はそこから脱し切れていないことを露呈しているわけである。

 阿仏房が唱題し存在する場所。
 ここが宝塔の住所です。
 事の戒壇です。

 唱題する人の活動する場が宝塔です。
 仏壇も伽藍も、それを写し取った理なんですね。
 ですので、儀の戒壇です。


そしてこの部分はいわば沖浦氏独自の戒壇論なのだろう。いわゆる事の戒壇と義の戒壇の定義について云々しているわけだ。

ちなみに氏が儀の戒壇と表記しているのは勘違いだろう。

ようするに氏の考え方は、建物が大事なのではない人間が大事なのだ、ゆえに儀式を行なう建物は儀の戒壇なのだ、そうではなく人間が修行する空間こそが事の戒壇なのだ、というような意味を言っているのだと思われる。

頭が混乱しているのか、それとも単なる勘違いなのか、そこはわからないが、ともかく儀ではなく義が正しい。

いずれにしても上掲は大聖人の仏法とは異質のデタラメ教義である。

大聖人の御書に事の戒壇の表記は存在しないものの、事の戒法という近似の御表現が存在する。しかも繰り返し出てくる。ご存知のごとく、三大秘法抄と身延相承書である。難しい意味はわからないにしても、事の戒法と戒壇建立が密接不可分の関係にあることは明々白々である。

以上、事の戒壇・義の戒壇の定義は日寛上人が整理整頓されたものであり、沖浦氏がそれを採用しないのは勝手であるものの、ではいったいどこに根拠があるのかと尋ねればどこにも根拠のないデタラメな主張であることが、これで判明したわけである。

 戒壇の件ですが、百六箇抄の文に富士山とあるから大石寺との論は成り立ちません。

これはまた面倒臭い話である。まず、今までの流れの中ではまだ話がそこまで進展していないにもかかわらずいきなり話を持ってくる、そこがひじょうに面倒臭いのである。しかも沖浦氏はアフリカにでも戒壇を建てればいいなどと発言するほどのアホウである。そういう人が首を突っ込んでくることが面倒臭い。

 富士山って大きな山です。
 裾野の面積は相当なものです。

 お寺なんて幾らでもあります。


これは弘安二年の大御本尊の件とまったく同じだろう。今の段階で言えることは場所の問題ではないのだ。ようするに確たる本門戒壇構想を持っているか否かである。アフリカなどと言っている人はその時点でアウトである。

本門戒壇構想をしっかりと持っている人たちだけで議論すればいいのだ。

 戒壇本尊と同じです。
 大聖人の作で、確かに弘安二年十月十二日の作である。
 
 先ずここをキチンと証明して初めてスタートラインです。
 所が宗門はそれすら出来ません。


だから逆なのである。沖浦氏はスタートラインにすら立っていないことを自覚しないといけない。

 宗門が大石寺こその場であるとの証明を提示しない限り、論じること自体ナンセンスです。

沖浦氏のことだからすっかり忘れているか、もしくはもともと理解していないのか、どちらともわからないが、古来より天生原に戒壇を建立すべしという有力な説があって、その説は日蓮正宗の中でも言われていたことなのである。

これで面倒臭いと書いた理由がよくわかっただろう。こうした細々した事情も知らずに首を突っ込んでくる沖浦氏はいわゆる面倒臭い人である。

以上、沖浦氏の言いたいことはおおよそ理解しているつもりだが、もしそれを主張したいのであれば御書を根拠に論ずるべきだろう。今朝も引き続きコメントを投稿している様子だが、結局はさしたる進歩もなく同じことを繰り返し書いているに過ぎない。そこに気がつくべきである。

2018/9/20

トチロ〜氏からの返信  
2018/9/17 2:23
投稿者:トチロ〜
大変遅くなりました。

まずはこのように丁寧に取り上げて下さったことに感謝
申し上げます。

さて一つ一つの指摘に更なる返答をしようと思いました
が、内容が更に深くなるがゆえ私の現在の力量では即答
は難しい状況です。これらは宿題とさせて頂き、自己研
鑽を積んだうえで、どこかでお会いする機会が将来でき
るならば直接披露できたらと希望するものです。




これらの枝葉は置いといて、巖虎さんの一番主張したか
ったことは「戒壇と称してはいけない…」の一点である
ことを理解いたしました。

「戒壇と称してはいけない…」は換言するならば、「正
しく事の戒壇たる御遺命の戒壇をもっと表に出すべきで
ある。」との意であると思います。

これに関しては私も激しく共感するものです。

正本堂問題が勃発して半世紀が経ち、その間御遺命の戒
壇は表舞台から姿を消し去りました。御遺命の戒壇を月
に例えるならば、月に雲がかかった状態がこの50年だっ
たと思います。

それでも「雲がかかって見えはしないが、雲の向こうに
月は存在するのである。」と皆が認識していた時代はま
だ良かったと思います。しかしながら月の見えない50年
の間に「月などというものは存在しないのだ!」という
ことを口にする人々も出始めたわけです。

この姿を大聖人様がご覧になって何を思われるか…。

なにゆえ戒壇建立の御遺命をお遺し遊ばされたのか…。

本当に情けない…との思いを日々感じております。



話は変わりまして、私は二重人格ではありません。

フォーマルな場とインフォーマルな場とを使い分けてい
るにすぎません。高級住宅街のマダムの家にステテコ姿
で営業に行くのは「単なるバカ」です。逆に自宅でくつ
ろぐのにピシッとした背広を着たままというのもあり得
ない話です。

つまり、私はいたって正常な神経の持ち主かと思います
よ。

ちなみに私は裏も表も無い典型的なO型です。巖虎さん
は何型でしょうか?「ガタガタ…。」なんて言わないで
くださいね。

夜分に失礼いたしました。もう寝ます…。



巌虎註:トチロ〜氏からの返信はご覧の通り、真摯かつ紳士的なものだった。行き掛かり上、激論は必至と思われたが、案外に穏やかな終局を迎える格好となった。平たく言えば、これはトチロ〜氏の大人の対応によるものである。宗教上の論争は泥沼化するのが常であり、事実、日蓮正宗を取り巻く状況がそれを物語っている。皆が大人になれば状況も変わるのだろうが、現実にはなかなか難しいようである。

2018/9/16

報恩坊公式サイトへの反論  
昨夜遅くにトチロ〜氏からコメントがあった。

巖虎さんへ

「本尊所住の処、義の戒壇」を南条殿御返事にて立証した解説をブログにアップいたしました。

御書をもっての反論をお待ち申しあげております。


リンクを開くとかなり長い文章が認められていた。上掲のごとく、反論しろとのことなので、さっそく筆を執った次第である。

これだけハードルを低くしてやったのだから、「すり替え」や「逆ギレ」ならびに「印象操作」などの姑息な手を使用せずに正々堂々と真正面から勝負されたし。

まず末文から紹介しよう。ハードルを低くしてやった云々と。ずいぶんと上から目線の発言である。しかもすり替えだとか逆ギレだとか印象操作などと穏やかならざる書き方をしている。わりと格調高い文章だったにもかかわらず、最後に来てこのテイタラクである。

前にも書いたが、トチロ〜氏は陰でわたくしをバカだのアホだのと言っていた。これだけ立派な反論文を書ける人が何をやっておるものかと思う。しかもいまだにその点については反省の言葉すらない。これでは二重人格者であると、そう思われても文句は言えないだろう。

さて、このようなことを書くと、それこそすり替えだとか逆ギレだとか印象操作だとか言いそうであるが、ともかく陰口を叩いていた事実は動かない。まずは己の振る舞いを恥ずべきである。

私が提示した御金言ならびにその会通が大聖人様の真意ではないこと、ならびに「本尊所住のところ義の戒壇とは言えない。」ということを大聖人様の御金言をもって証明されたい。

それにしても、本当に他人の文章が読めない人だなあ、というのがわたくしの正直な感想である。

まずカギカッコが問題である。当然、わたくしの意見ということなのだろう。通常は引用文と見なされるが、ではわたくしの文章のどこにそのような文言があるのだろうか?

煩瑣ながらも拙稿を再掲したい。

インネンなどはいくらでも付けられる。

いわゆる本尊所住のところが義理において事の戒壇に相当するとの御指南にしたって、わたくしはインネンを付けられると思う。何しろ顕正会では勅宣・御教書が必要不可欠と主張しているわけである。ならばその手続きを経るまでは事であろうが義であろうが戒壇と称してはいけないことになるだろう。つまり、極論すれば義戒壇=偽戒壇という図式になるのだ。

現宗門では戒壇の大御本尊のまします奉安堂を根源の事の戒壇などと言っているごとくだが、上述のごとく義の戒壇すらも許されないとすれば事の戒壇などはモッテノホカである。

つまり、わたくしに言わせれば宗門の戒壇論はデタラメ、では顕正会はどうかであるが顕正会も五十歩百歩、ということにならざるを得ないのである。

以上、インネンを付ければこうなる、という話である。


最初と最後の文章を理解すればそこで終わる話ではある。ただもう少し詳しく読む必要がある。わたくしの真意は次の一言に込められていると言っても過言ではないだろう。

戒壇と称してはいけない・・・

だからあれほど誤読だと言っていたのに、それすら理解できずにそのまま勘違いして突っ走ってしまったのが今回のトチロ〜氏である。

ちなみにわたくしは奉安堂のことについても云々しているわけだが、トチロ〜氏はそれにはまったく触れていない。地雷を踏まないように避けながら歩いているのか、それとも第二弾を用意しているのか、そこが気になるところではある。

さて、話は変わる。

百六箇抄 御義口伝

次に「霊山浄土」との言葉が出てきた。

百六箇抄には次のようにある

「三十九、脱益の説所と戒壇の本迹 霊山(事戒)は本、天台山(理戒)は迹。」(新編 1691)

すなわち釈尊が説かれた虚空会、多宝塔中二仏併座の本門の説所が脱益の戒壇であるということである。

また御義口伝には

「霊山とは御本尊並びに今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処を説くなり。」(新編 1770)

とある。これを前提に「かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、人貴きが故に所尊しと申すは是なり。」を拝するならば、本尊ならびに大聖人まします処、義において本門の戒壇であり、ここに詣で題目を唱えるところ三大秘法は成就し仏果を得るということであろう。


トチロ〜氏の証明は多岐にわたるが肝要はこのくだりだろうと思う。よく勉強していることが窺える精密な論証である。

これについて感想を言わせてもらうと、細い糸をつなぎ合わせてギリギリでつながっているか否か、という感じだろうか?

行間を読めとまで難しいことを私は言っているのではない。

いやいや、むしろ行間を読むがごとく、である。

おわかりだろうか、南条殿には失礼な言い方になるけれども、南条抄の当該御文を拝してそれが戒壇の御指南だとわかる人がいるのか、である。そこに御義口伝だとか百六箇抄をつなぎ合わせてようやく理解できるということは、今でこそ我々もそれらの御書を拝する機会に恵まれているけれども、当時の一般の信徒には無理な話ということになるだろう。

そうそう、せっかくの機会なので教えていただきたいと思う。

百六箇抄には次のようにある

「三十九、脱益の説所と戒壇の本迹 霊山(事戒)は本、天台山(理戒)は迹。」(新編 1691)

すなわち釈尊が説かれた虚空会、多宝塔中二仏併座の本門の説所が脱益の戒壇であるということである。


再掲であるが、ここに霊山を事戒とする御指南がある。ならば「本尊所住の処、義の戒壇」ではなく、「本尊所住の処、事の戒壇」としてもいいだろう。それが論理的整合性というものではないのかと思うのだが、なぜに終始「本尊所住の処、義の戒壇」としているのか、その理由を教えていただきたい。先ほど、精密な論証とは書いたものの、委細に見れば疑問な点もあるということだ。

これは題目修行の道場を示す部分であり、この直前には「若しは経巻所住の処」とある。すなわち「本尊所住のところは、そこがたとえどのような場所であっても将来は戒壇を建立すべき地であり、現在は戒壇という建物が無くとも、義理は戒壇に通じる。なぜならば、そこは法身の四処にあたるからだ。」との説明がなされるわけである。

このくだりは甚だ疑問である。

本尊所住のところは、そこがたとえどのような場所であっても将来は戒壇を建立すべき地であり・・・

おそらくは塔を建てて云々を意訳しているのだろう。わたくし自身、意訳を全否定するつもりはなく、むしろそこに真実を見出す作業こそが重要だと思っている。だが、しかし、ここは意訳ではなく飛躍だろう。三大秘法抄や一期弘法抄に霊山浄土ないし富士山と仰せられているにもかかわらず、どこでもいいから将来は戒壇を建立しなさい、などと仰せられるわけがない。

しかも「将来」が気に食わない。

いわゆる即是道場の即の意味がひじょうに難しいとは言うものの、ここは将来などではなく今この瞬間を意味すると考えるべきだろう。そもそもトチロ〜氏は義の戒壇の論証をしていたわけであるから、なおさらの話である。

おおむね、こんなところである。

このままだと不満に思う読者もいるだろうから、もう少しだけわたくしの考えを書いておきたい。日蓮正宗の無所属信者を名乗っている以上、その方向性だけは堅持したいと今も思っている。そこで話を戻そう。

戒壇と称してはいけない・・・

これは事実である。ゆえに大聖人は容易には本門戒壇について仰せられなかったし、あからさまには本尊所住を戒壇とは御指南にならなかった。

トチロ〜氏の論証はなかなか精密ではあるものの、大聖人の御指南にそのものズバリのものがないのも事実である。ようするに御書全編を拝すると「本尊」「戒壇」がそこら中に存在する。つまりは大聖人の使用語彙として存在するのだ。ならば論証とかの問題ではなく、本尊所住が戒壇であるとの御指南がなければいけない。

譬へば窮人の妄りに帝王と号して自ら誅滅を取るが如し。

これで雰囲気的には伝わったはずである。大聖人が本尊所住を戒壇と仰せられなかったのは勅宣をたまわっておらないからである。これを次元の異なる話などと言ってしまうほうがどうかしているわけであって、大聖人の時代にはすでに小乗戒壇があり大乗戒壇もあった、にもかかわらず勅許を経ずに本門戒壇を名乗ることはまさに上掲のごとく窮人の行為である。

四十二、下種の弘通戒壇実勝の本迹 三箇の秘法建立の勝地は富士山本門寺本堂なり。

トチロ〜氏は百六箇抄を引用して本尊所住が戒壇であることを論証しようとした。氏が引用したのは前半のいわゆる脱益の御指南である。もちろんそれも重要であるが、より重要なのは後半の下種の御指南だろう。まさに当該御指南は一期弘法抄や日興跡条々事との関連からしてもその重要度がわかるはずである。

これも次元の異なる話として片付けてしまうつもりなのだろうか?

2018/9/16

報恩坊公式サイトから転載  
本尊所住の処、義の戒壇

ご存知の方はいらっしゃるかもしれませんが、元顕正会員さんのあるブログにて少しばかり対論をしています。

以下がそのブログ記事ですがお時間のある方はコメント欄を含めて一通り目を通してみてください。

巖虎独白 「インネン」

「ミョウヒツブ」

「ツウヨウ」

「ガンコキョウ」

「メメシイ」

「ヘキエキ」

ここにおいてブログ管理人の巖虎氏は私に「本尊所住が戒壇であるとの証明を御書で行なえ。」と要求してきました。しかも日寛上人の御指南を使用するなという条件も付けてであります。

これは正直なかなか難しい作業かと思われます。

ゆえに彼は「わたくしは今、日蓮正宗の法華講員に無理難題を吹っ掛けているわけだが」と本音をポロッと漏らしたごとく、御金言のみで「本尊所住のところ義の戒壇」を論証するのは無理だと思い込んでいるのでありましょう。

話は前後しますが、この要求に対して私は南条殿御返事の一節を提示しました。しかしながら彼に上記のごとくの思惑(御書にはその旨は書かれていない。)があることを察していたがゆえ、あえてそれに対する解説はせずに、この一節をもって「本尊所住のところ義の戒壇」の意義が理解できないレベルであるならば、あなたとこれ以上の対論をしても時間の無駄であると告げてそれ以上踏み込むことはしませんでした。

ただ、このやり取りをご覧になっていた方々から「この御金言からどうやって義の戒壇」を導くのか話をお伺いしたいとの問い合わせがあり、かつこの「本尊所住のところ義の戒壇」の御法門はそのまま御遺命の戒壇に関する「事と義」の立て分けの基本になりますもので、あらためてこちらのサイトにてその解釈を述べさせていただけたらと思います。
なお、総じては不特定多数の閲覧者に書いたものではありますが、別しては巖虎氏に宛てたものであるため、以下より文調が変わりますがご了承ください。

南条殿御返事

まずは私が提示した御金言を確認したい。

「かゝるいと心細き幽窟なれども、教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、人貴きが故に所尊しと申すは是なり。神力品に云はく「若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧坊に於ても、乃至般涅槃したまふ」云云。此の砌に望まん輩は無始の罪障忽ちに消滅し、三業の悪転じて三徳を成ぜん。彼の中天竺の無熱池に臨みし悩者が、心中の熱気を除愈して充満其願如清涼池とうそぶきしも、彼此異なりといへども、其の意は争でか替はるべき。彼の月氏の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり。参詣遥かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。」

(南条殿御返事 新編 1569)

非常に有名な御書の一節であり、特に最後の「彼の月氏の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり。参詣遥かに中絶せり。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。」などは法華講員であるならば耳にタコができるほど聞いている御金言である。それだけ馴染みがある御書ではあるが、引用部分の前半部分は「大聖人様は人本尊である説明だろ?」くらいの認識しかない方が殆どであろう。

しかしながら、この短い一節には本門の本尊ならびに本門の戒壇の意義がぎっちり詰め込まれている。

それを一つ一つ紐解いていきたい。

本門の本尊

「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。」これは説明するまでもなく上行菩薩として付嘱を受けた法体が現在は日蓮が胸中に所持しているということであり、換言するならば「本門の本尊」を所持している日蓮が所住のところは「本門の本尊所住のところ。」ということである。更に日寛上人は「即ち本尊所住の処、是れ義の戒壇なり。」と会通しているが、巖虎氏の要望で日寛上人の指南は受けないとのことなので、これは割愛させて頂き次に移りたい。

法身の四処

「されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。」

この赤字で示した箇所は仏様が出世されて踏まれた主要な地(「生まれたところ」「成道の場所」「説法の場所」「入滅の場所」)には塔を建てるべき重要な4か所として古より伝えられており、それに基づき大聖人様は御自身の体の4か所をそれらになぞらえておられるのである。

当にこれこそが戒壇という建物は存在せずとも義理は戒壇にあたる…、つまり「義の戒壇」そのものである。

既に胸中には本尊が存し、御自身の体の4か所を「塔(戒壇)を建てるべき4か所」であると明言されているのである。話は戻るが、前段の「日蓮が肉団の胸中」を「本尊所住のところ義の戒壇」と日寛上人が解釈された根拠はここに存すると思われる。

すなわち「未だ戒壇という建物は無くとも、本尊所住のところは義理において戒壇である。」ということをここまでのお言葉で証明されているのである。

百六箇抄 御義口伝

次に「霊山浄土」との言葉が出てきた。

百六箇抄には次のようにある

「三十九、脱益の説所と戒壇の本迹 霊山(事戒)は本、天台山(理戒)は迹。」(新編 1691)

すなわち釈尊が説かれた虚空会、多宝塔中二仏併座の本門の説所が脱益の戒壇であるということである。

また御義口伝には

「霊山とは御本尊並びに今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処を説くなり。」(新編 1770)

とある。これを前提に「かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、人貴きが故に所尊しと申すは是なり。」を拝するならば、本尊ならびに大聖人まします処、義において本門の戒壇であり、ここに詣で題目を唱えるところ三大秘法は成就し仏果を得るということであろう。

神力品

大聖人は次に神力品を引かれる、

「神力品に云はく「若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧坊に於ても、乃至般涅槃したまふ」云云。」

この「乃至」の部分を省略せずに引用部分全文を拝すると以下のようになる

「若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧坊に於ても、若しは白衣の舎、若しは殿堂に在っても、若しは山谷曠野にても、是の中に、皆応に塔を起てて供養すべし。所以何。当に知るべし、是の処は即ち是れ道場なり。諸仏此に於て阿耨多羅三藐三菩提を得、諸仏此に於て法輪を転じ、諸仏此に於て般涅槃したもう。」

これは題目修行の道場を示す部分であり、この直前には「若しは経巻所住の処」とある。すなわち「本尊所住のところは、そこがたとえどのような場所であっても将来は戒壇を建立すべき地であり、現在は戒壇という建物が無くとも、義理は戒壇に通じる。なぜならば、そこは法身の四処にあたるからだ。」との説明がなされるわけである。

つまり法華経においても「本尊所住の処は義の戒壇」ということを大聖人は証明されているのである。

当体義抄

次の「此の砌に望まん輩は無始の罪障忽ちに消滅し、三業の悪転じて三徳を成ぜん。」との言葉は法華講員にはなじみが深いものであろう。

今でも大石寺の二大法要である御虫払ならびに御大会において執り行われる「御戒壇説法」において御法主上人が必ず発せられるお言葉でもある。ちなみに第56世日応上人の「御戒壇説法」は以下のように活字に残っている。

「若し爾らば此の靈場を踏み奉らん輩は無始の罪障忽ちに消滅し三業の悪轉じて三徳を成じ妙法當體の蓮華佛とならんこと少しも疑ひなきことなり。」

さて、この「三業の悪転じて三徳を成ぜん」との出どころは当体義抄の有名な一節「正直に方便を捨て但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観・三諦即一心に顕はれ、其の人の所住の処は常寂光土なり。」にあることは異論が無かろう。

つまり「本尊所持の日蓮大聖人おわします身延に詣で題目を唱えるところ、その地は義理において戒壇であり、ここに三大秘法は欠減なく成就し、その者は妙法当体蓮華の証得による功徳成就の相を現ずる。」ということである。

つづく「彼の中天竺の無熱池に臨みし悩者が、心中の熱気を除愈して充満其願如清涼池とうそぶきしも、彼此異なりといへども、其の意は争でか替はるべき。」は説話をもって上記を証明し、「彼の月氏の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり。」とは「人本尊たる日蓮が所住する身延は本門の戒壇である。」との仰せであろう。

これすなわち「本尊所住の処、義の戒壇」であるとしか解釈のしようがあるまい。

まとめ

以上確認してきたように、この一節は「本尊所住の処、義の戒壇」を大聖人様自らが仰せになっている御指南以外の何ものでもない。

この書を拝しても「本尊所住の処、義の戒壇」に直ちに繋がらないのは、「文」 「義」 「意」の「義」すらも理解していない事の何よりの証拠である。行間を読めとまで難しいことを私は言っているのではない。せめてここに引用された種々の言葉の意味だけでも理解せよと言っているのだ。理解できているのならそれ以降の会話は成り立つ。しかしながら、それすらの素養も持ち合わせていない者に語句の説明からしてやるほどの暇は私には無い。

宗門の戒壇義をデタラメと悪言を吐く以上は、この程度の理解はあってほしいものである。 

なお、巖虎氏が要求してきた「本尊所住が戒壇であるとの証明を御書で行なえ。」との課題はこれにて終了した。次は巖虎氏がこれに対する反論を為すべきである。私が提示した御金言ならびにその会通が大聖人様の真意ではないこと、ならびに「本尊所住のところ義の戒壇とは言えない。」ということを大聖人様の御金言をもって証明されたい。当然のことながら私は法華講員であるが故、大聖人様の御金言のみなどというケチなことは言わぬ。歴代御法主上人の御指南も私を斬り捨てる武器として使用して構わない。

これだけハードルを低くしてやったのだから、「すり替え」や「逆ギレ」ならびに「印象操作」などの姑息な手を使用せずに正々堂々と真正面から勝負されたし。


http://kenshokai-hashaku.com/honzonsyojyu-ginokaidan/

巌虎註:トチロ〜氏のサイトから全面的に転載した。フォントなどの装飾は煩瑣な作業なので割愛させていただいた。ご容赦願いたい。

2018/9/14

ダイズ  
今朝の沖浦氏のコメントはいかがなものかと思った。たった今、大沢氏から沖浦氏宛てにコメントが発せられ、そこではわりと好意的なことを書いていらっしゃるわけだが、わたくしは沖浦氏に苦言を呈しておきたい。

いつもご自分で書いているように神戸時代に不祥事を起こした。そこから立ち直って今日の沖浦氏がある。立派なことだと思う。
あの不祥事の時は四方八方から叩かれまくった。新聞記事だったか何だったか失念したが、その不祥事について書かれたものを何度も貼り付けられた。時折、未だに蒸し返す人がいる。
そこまではいいのだ。今度は沖浦氏が同じことをやってしまっている。この点が甚だいただけないところなのである。基本、拙ブログは何の関係もない。そこに関係のない話題を持ち込むのもどうかと思うが、それよりも何よりも過去に自分がやられたことを今は自分がやっているという、負の循環をわたくしは悲しむのである。

そして昨夜のコメントもいかがなものかと思う。もちろん、こちらは教義上の問題を真面目に論じているわけなので、その点は大いに結構なことである。しかし内容が伴なわない。

 戒壇とは宝塔の所在の場です。

だから、なぜそのように言えるのか、その文証を示すべきなのだ。

 そして宝塔とは何か?
 御書に明々白々です。


これ以降はまさに御文の通りであるから問題はないだろう。ようするにこの直前が問題なのである。御書に明々白々ですと、胸を張って言える有力な文証があるのかどうか、そこが問題なのだ。

わたくしは今、日蓮正宗の法華講員に無理難題を吹っ掛けているわけだが、沖浦氏もほぼ同じ状況に置かれていることに気がつかないといけない。しかも沖浦氏の場合は全否定しているはずの日蓮正宗の教義に引きずられているという事実に気がつく必要があるわけで、これは創価学会全体にも通ずる話なのだ。ここは固定観念や先入観に縛られているとわたくしの言っている意味がわからないかもしれないが、ともかく創価学会の教義は日蓮正宗のそれを踏襲しているという事実がある。今こうして御書に根拠を求めようとしてもなかなか見出せないのは、まさにそれが理由なのである。

さて、顕正新聞第1449号の話題である。当該号は七月度班長会の記事を中心に組まれている。今が九月の半ばだから、ずいぶん時間が経っているようだが、厳密にはいわゆる二百万達成の総幹部会が八月一日に行なわれ、班長会はそれ以降に行なわれているので、通常の月末の班長会とはやや趣きが異なると言えるだろう。

一面の左下には稲と大豆の生育を伝える写真がある。稲はわりと誰もがよく知っているが、大豆はわかり難い。写真ではどこにどのように大豆が生っているのかまったくわからない。

まさに顕正会始まって以来の歴史的瞬間であった。

一面の報道記事から拾った。おそらく浅井先生が一般の会場で合掌礼拝の姿を見せたのは、これが初めてのことなのだろう。小乗仏教国では日常的に挨拶の時に合掌しているようなイメージがあるけれども、日本の風習にそれはない。また、日本の仏教界においても、他宗他門は御本尊のないところで読経することがわりと当たり前に行なわれているけれども、日蓮正宗系においては御本尊の御前で読経唱題するのが基本だろう。そのような意味を含めて、顕正会始まって以来の歴史的瞬間、と言っているのだと思われる。

ここでイチャモンをつけるとしたら、百万の時はどうだったか、であろう。むしろ節目の意味からすれば、百万のほうがよほど意義深いものがあったはずなのだ。しかし、今はもうそれについてはまったく触れることなく、二百万の意義ばかりを強調するのである。

さて、三面に注目してみよう。婦人部の大幹部が四人、登壇している。

浅井先生が粛然と深く合掌され二百万達成を御奉告し奉る、その御前には大聖人様が厳然とましますことを実感し・・・

総合婦人部長の発言だ。そして以下、副総合が二人、総務が一人、それぞれ発言している。

先生の御前には常に大聖人様がまします、先生は常に大聖人様を一心に見奉っておられる・・・

先生の眼前に、大聖人様ましますを感じては命が震え・・・

いま先生は大聖人様を眼前に拝していらっしゃるのだ・・・

わたくしが注目したのは表現こそ異なるものの、全体的には同一内容の発言であることだった。婦人部の首脳たちは事前にすり合わせをしているのだろうか?

しかも斬新というか、まさに一面報道の歴史的瞬間云々に相応しい、いわば宗教的クライマックスを思わせる発言の数々なのである。

ちなみに二面には男子部の大幹部三人の記事があるけれども、婦人部のそれと比べると遥かに劣るように思える。もっともこの辺は印象の問題なので、一概には言えないのだが・・・

今日はこんなところで終わりにしよう。

2018/9/13

ヘキエキ  
トチロ〜氏の迅速な対応には恐れ入る。ところが、またしてもおかしなことを書いているので、そこが辟易である。しかし、ここで一々をあげつらうのはやめておこう。どうやらトチロ〜氏はご自分のブログに反論文を載せる予定らしい。ならば、それを待つのみである。

そういうわけで新たな話題に入りたいのだが、その前にいくつかお返事めいたことを書いておかないといけないかもしれない。

大沢は巌虎さんが顕正会巌虎派を旗揚げするまで、巌虎流教義を隠しておくつもりかなと感じています。

これは誤解である。理由は簡単なことで、旗揚げを画策している人がいつまでも独白をしているわけがない、ということである。例えばメールアドレスを貼るなり、そのような連絡方法を確立しておかなければ、仲間を集めることはできない。また、そうした派閥の領袖になるためには、いわば顔出しをしなければ話にならないわけで、拙ブログの現状からするともっとも考え難いことである。しかも巌虎流教義などは何の準備もないことであって、わたくしの考え方はすべて拙ブログの中にあらわれている。ようはそれ以上でもそれ以下でもないのだ。

学会の活動会員らから見れば沖浦さんは本流ではなく沖浦教でしょうし、巌虎さんもいくら否定しようとも巌虎教と言えるものでしょう。

前述と矛盾するようなことを言うことになるが、これはけっこう鋭い観察だと思う。ようするにわたくしを顕正会流の思考で凝り固まっていると思っている人がバカなのであって、すでに顕正会の言っていることからは相当に乖離してしまっているのが今の拙ブログの状況なのである。

日寛上人、御歴代上人の御指南を否定するならば、具体的に巌虎流の解釈を披瀝していただけませんか?

前後するが、これについては過去十有余年の拙ブログを丹念に読んでもらうしかないだろう。それからトチロ〜氏との議論の進展次第で今後明らかになる部分もあるかもしれないので、それをお待ちいただくしかないと申し上げておく。

2018/9/9 11:36
投稿者:大沢克日子
沖浦さん

>あれは社会の負け犬の集まりですね。

私も沖浦さんも巌虎さんも実は「社会の負け犬」なん
ですよ?
気付いていないのでしょうか?

人とうまくコミュニケーションを取ることもできない。
おのれが偉いと思い込んで他人を莫迦にしている。
まさに「社会の負け犬」ですね?


これは重要な視点だと思って全文引用した。

沖浦氏はこれに真っ向から反論しているが、わたくしは案外に素直な性格なので、なるほど、そうかもしれないな、というふうにお返事したいところである。

社会の負け犬との表現が適切かどうかは難しいところだが、大沢氏はご自分を含めて言っていらっしゃる、そこが願兼於業のようなニュアンスが感じられて申し訳なく思うところである。本当は大沢氏を除外して、わたくしと沖浦氏が負け犬なのだと言ってしまってもいいはずなのだが、それでは絶対に肯んじないだろうからご自分を含めたのかもしれない。ただ前述の話題でわたくしは、沖浦教・巌虎教と指摘されて否定しなかった。いつも言っているように、相手の言っていることを正しく理解することが議論の第一歩なのである。

以上、負け嫌いの沖浦氏が反発するのは無理もない話だが、わたくし自身はけっこう認めざるを得ない部分があると思っている。負け犬という表現はともかくとして、おそらくは大沢氏を含めて三者には共通の負の部分があるのだろう。

戻って恐縮だが、今はコメントを順番に眺めつつ書いているので、そこをご容赦願いたい。再び大沢氏の登場である。

巌虎さんも自己評価は相当高いようで、こちらのブログは似た者同士が集まって困ったものですね。

自己評価が高いかどうかは印象の問題だろう。沖浦氏の場合はハッキリと功徳だの何だのとポジティブなことを明言しているので自己評価の高さを窺うことができるが、わたくしは逆にネガティブなことを書いている場合が多いので上掲は一見すると事実誤認のように思える。ゆえに大沢氏は印象で物を言っているに過ぎないわけだが、しかし同時に、そこが大沢氏の慧眼であって、鋭い視点ということなのだろう。

ゆえに正直に書いておく。

すでに何度も書いていることなのだが、わたくしは解説書を読まないのだ。ようするに御書しか読まない。まず御書ありきなのである。
ところが顕正会員にしても法華講員にしても創価学会員にしても、最初に読むのは教団の出している解説書なのである。そして大半の人が解説書で終わっているのだ。
確かにそれはそうだろう。御書が大事である。御書を読みなさい。これでは大半の人が脱落していくはずである。

いずれにしてもである。ネット上での三者の議論を眺めていても、それはお互いの教科書通りのことを言い合っているに過ぎない。わたくしはかなり早い時期にそれに気がついた。そこでわたくしの方向性が決まったとも言えるだろう。誰も御書を読んでいない。だったら自分が読もうと。

自慢話をすると、以前は掲示板などにも投稿していたことがある。その時、わたくしを評価して下さったのがマグマグ氏だった。ようするに、氏の観察に寄ればわたくしの書いていることは誰のマネでもない独自性の強いものであって、しかもそれらはすべて大聖人の御指南に基づいている、ということだった。御書の達人とまで言って下さったくらいである。

以上、自己評価が高いつもりはないのだが、正直なところ、わたくしの目からすると不勉強の人が少なくないのも事実である。

 儀の戒壇、事の戒壇ですが、創価学会では本来全ての伽藍や仏壇を安置する場所は儀の戒壇とされています。

さて、沖浦氏にもお返事申し上げておこう。上掲は大沢氏宛てではあるが、わたくしの立場から質問させていただきたい。まず御書での証明を求めたい。それから創価学会の書籍では具体的にどのように言っているのか、その正確な引用を求めたい。最近は趣意だとか主意が多くていけない。

もう一つ、生活と信心の関係性について云々しているコメントがあるけれども、そちらのほうは省略したい。

2018/9/12

メメシイ  
一対一の原則から、今日は主にトチロ〜氏宛てに書くことになる。まずは氏の直近のコメントを紹介しよう。

2018/9/9 19:09
投稿者:トチロ〜
相当にご立腹のようですね…。

他の方のブログに張り付いて一々コメントをチェックするなんて女々しくないですか?

余裕のなさを露呈しているようで、いい歳をしてみっともないですよ。

巌虎さんのすべきことは私の提示した文証に対して大聖人様の御書をもって「本尊所住の処、義の戒壇とは言えない」旨を証明することではないでしょうか?

真摯なお返事をお待ち申し上げております。

http://kenshokai-hashaku.com/


またしても墓穴を掘っているような印象だが、証明云々の話は後回しにして、事の起こりから見て行こう。

2018/9/2 23:55
投稿者:名もなき会員
巌虎さん、こんばんは。
細井日達の呼び方云々について申し上げます。


(中略)

ただし深入りして、ネット議論に時間を使うつもりはありません。

九月一日の拙稿「イガミアイ」のコメントとしてご覧のようなものが寄せられた。この中で名もなき会員氏は宗門側の主張はインネンでしかないと言っている。

そこでわたくしは九月四日に「インネン」と題するものを書いた。その大意は顕正会だってインネンっぽいことを言っているではないかというものだった。

なぜかそこに首を突っ込んできたのがトチロ〜氏である。

2018/9/5 19:28
投稿者:トチロ〜
>いわゆる本尊所住のところが義理において事の戒壇に
相当するとの御指南にしたって、わたくしはインネンを
付けられる

>わたくしに言わせれば宗門の戒壇論はデタラメ


はたしてそうでしょうか?

日寛上人は六巻抄に

「所謂義の戒壇とは即ち本門の本尊所住の処、義戒壇に
当る故なり。」(顕正会版六巻抄61ページ11行目)


「初めに義の戒壇を示すに亦二と為す。初めに本門の題
目修行の処を示し、次に「若しは経巻」の下は本門の本
尊所住の処を明す。故に知りぬ、本門の題目修行の処、
本門の本尊所住の処、並びに義.当に本門の戒壇に当る
なり。」(顕正会版六巻抄103ページ10行目)


御宗門における戒壇論はこの日寛上人の御指南に沿った
ものと思います。勅宣・御教書の手続き云々は次元の違
う問題と思われますが?

http://kenshokai-hashaku.com/


九月四日「ミョウヒツブ」において、わたくしは次のように返信した。

さて、トチロ〜氏からもコメントが寄せられている。

しかし、今度は引用文ばかりでご自分の意見がほとんど書かれていない。これもまたどうかしていると思う。しかもである。トチロ〜氏は拙稿を読み間違えているフシがあるのだ。この点、もっと詳しく書いてもいいのだが、それ以前にトチロ〜氏がもう一度拙稿を読み直して、その上でおっしゃりたいことがあれば再投稿されるべきだろう。


この後のやり取りはわりと多くの人の注目を集めているので、事細かに書く必要はないだろう。気になる人は拙ブログを隈なくお読みになられるといい。ともかく上掲に対してトチロ〜氏からさっそくの返信があり、翌日、わたくしは次のように書いた。

むしろ現段階では読解力のなさを露呈してしまっていることに気がつくべきであり、先入観や固定観念に囚われないよう努力すべきである。

何を寝ぼけたことを言っておるのかと思う。

これでトチロ〜氏が拙稿を誤読している件が明確となった。


さて、ここで確認しておかなければいけないことがある。トチロ〜氏は誤読していた事実を認めるのか否かである。わたくしの観察では誤読していた自覚があるように見える。ただそのことには触れずにいわば逆ギレしているわけなのだ。

ハッキリ言えることは、誤読が事実ならば議論にならないだろう。相手の言うことを正しく認識できないのであれば、もはや話にならない、ということだ。

そして逆ギレの件が問題である。

相当にご立腹のようですね…。

他の方のブログに張り付いて一々コメントをチェックするなんて女々しくないですか?

余裕のなさを露呈しているようで、いい歳をしてみっともないですよ。


わたくしのことを云々する前にご自分の振る舞いを振り返るべきである。ようするにトチロ〜氏は九月七日に五つのコメントを書いている。拙ブログへ三つ、ユタ氏のブログに二つだ。

気になる人はすべてのコメントを確認されるといい。なんとトチロ〜氏は拙ブログ宛てのコメントではそこそこ節度を保っているものの、実際には陰に隠れてバカだのアホだのと書いているわけなのだ。いかがだろう、ご立腹だの女々しいだの余裕がないだのみっともないだのとおっしゃるのは構わないが、ご自分の振る舞いはどうなのかである。だったら陰ではなくこちらのコメントでハッキリとバカだアホだと書くべきだったろう。

いずれにしてもハタから見れば逆ギレにしか映らない、わたくしの立場で言っても説得力はないが、おそらくはそんな印象だろうと思う。

巌虎さんのすべきことは私の提示した文証に対して大聖人様の御書をもって「本尊所住の処、義の戒壇とは言えない」旨を証明することではないでしょうか?

これはヒドイ話である。もし意図的にやっているのならば悪意のスリカエとなる。気がついていないとすれば、頭を冷やして出直してこないといけない。

そこで結論を急ぐと、トチロ〜氏がすべきことは六巻抄の引用ではなく御書の引用である。本尊所住が戒壇であるとの証明を御書で行なわなくてはいけないのだ。

これがわたくしの要求である。トチロ〜氏はこれに対して南条抄の有名な御文を引用しているわけだが、問題はなぜにそれが証明となるのかである。それを言われると困るので予防線を張っておいたのかもしれない。次がそれである。

これで理解できないのなら私はどうやら巖虎さんを買い
かぶり過ぎていたのでしょうね。

何度も御書を通読されているとのことですが、この程度
の話が繋がらないようでは死ぬまで御書を拝読しても何
の意味もないのではないでしょうか?


つまり、御書の一節において、誰が読んでもこのようにしか読めない、という場合においてはトチロ〜氏の言われる通りであるが、当該御文においてはなかなかそうは読めないだろう。おそらくは日寛上人の御指南を通して、ようやく理解できる話なのだ。もしそうならば、証明としては不可である。

これがスリカエの意味である。まだ証明できていない問題を証明したかのごとく装って、今度はこちらに証明を要求しているわけである。

まだ話はあるのだが、相手のあることなので、とりあえずこの辺で終わっておこう。

2018/9/9

ガンコキョウ  
トチロ〜氏より返信をたまわった。

2018/9/7 12:28
投稿者:トチロ〜
ほぉー、巌虎さんは日寛上人をも否定されるのですか…。

随分と偉くなられたものですね…。


何となくイヤミな書き方である。さらに続きがあるのだ。

2018/9/7 12:36
投稿者:トチロ〜
この勢いのまま、巌虎教でも立ち上げられるおつもりでしょうか?


これもイヤミだ。

そもそもなぜに分けて書く必要があるのかである。わずか十分足らずの間に二度も投稿している。制限時間があるわけではないのだから、ゆっくりと考えをまとめてから書けばいいのにと思う。

2018/9/7 19:42
投稿者:トチロ〜
六巻抄ではなく御書で証明せよと?

一応該当箇所を載せておきます。

「かゝるいと心細き幽窟なれども、教主釈尊の一大事の
秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して
隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、
舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌な
るべし。かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、
いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、
人貴きが故に所尊しと申すは是なり。神力品に云はく
「若しは林中に於ても、若しは樹下に於ても、若しは僧
坊に於ても、乃至般涅槃したまふ」云云。此の砌に望ま
ん輩は無始の罪障忽ちに消滅し、三業の悪転じて三徳を
成ぜん。彼の中天竺の無熱池に臨みし悩者が、心中の熱
気を除愈して充満其願如清涼池とうそぶきしも、彼此異
なりといへども、其の意は争でか替はるべき。彼の月氏
の霊鷲山は本朝此の身延の嶺なり。参詣遥かに中絶せ
り。急ぎ急ぎに来臨を企つべし。」

(南条殿御返事 新編 1569)


これで理解できないのなら私はどうやら巖虎さんを買い
かぶり過ぎていたのでしょうね。

何度も御書を通読されているとのことですが、この程度
の話が繋がらないようでは死ぬまで御書を拝読しても何
の意味もないのではないでしょうか?

http://kenshokai-hashaku.com/


煩瑣になるのを承知で全文引用した。これも特に議論をしようという姿勢は見られず、いわば捨てゼリフを吐いているような印象が強い。

極端な話をすると、一週間くらい考えてからコメントすればいいのだ。いや、一ヶ月でもいいし、一年でもいい。たぶん拙ブログはその時にもお店を開いているはずである。
そしてご存知の人も多いかと思うが、拙ブログでは来る人は拒まず去る人は追わずの姿勢を貫いている。また、議論をしていて勝った勝ったと騒ぐこともしないし、来なくなった人に対して遁走したなどと貶すこともない。
そういうわけで、もっと腰を据えてじっくりと考えてからコメントすべきだし、答えられない問題は正直にそう言えばいいのである。かく言うわたくし自身がそうした宿題をたくさん抱えているからである。

それにしても今回は看過できないことがある。

Unknown (トチロ〜)
2018-09-07 14:53:32
そうか…。その手があったか…。

しかしなんですね…、日寛上人を否定しはじめて「巌虎流」などと言い始めているわけですから…。

慢心もいい加減にした方がよろしいでしょうね。

大体が日寛上人を否定して「事相における戒壇の事義」を論じているんですから、「バッカじゃねぇの?」ってなもんです。

慢心するとそんなことも分からなくなるんでしょうね。


これはユタ氏のブログのコメント欄である。念のためにリンクを貼っておこう。

https://blog.goo.ne.jp/localfor/e/bbeca70a1b06a47294149d33a33f2647

意味不明のくだりはリンク先に行けばわかるだろう。ユタ氏の発言を受けてご覧のように書いているわけだ。

んっ?さん、並びにモモさんへ (トチロ〜)
2018-09-08 23:08:16
んっ?さんへ

また巌虎教祖の巌虎流解釈を返されたら、受持即持戒をどう会通するのか?と聞いてみようと私も思っていました。

本門の本尊に本門の題目を唱える処が本門の戒壇となるという前提があるからこその受持即持戒ですから、そこに次元の違う本門寺の戒壇の定義を持ち込むこと自体がAHOなんですよね。

そこの区別が全くついていないと判断したがゆえ、「失礼ながら理解が曖昧だ」と断じた訳です。

モモさんへ

ライディーンってゲームの技かなにかですか?


これも他のコメントとのやり取りの中での受け答えなので、先方のコメント欄を隈なく読めば話が通じるだろう。

ちなみにユタ氏は旧名であって、今現在は雲羽百三を名乗っている人物のことで、ようは先方のブログ主である。モモさんの呼び方からして両者の関係が想像されるところである。

そしてもう一人、んっ?氏はかつて拙ブログにもよくコメントを寄せていた人物である。

そうそう、この際だからユタ氏にプレッシャーを掛けておこう。わたくしはわざわざ証拠を保全するような面倒臭いことをしていないが、んっ?氏が事実と相違することをそちらのコメント欄にたびたび書いていたことを知っている。あるいは山門入り口氏が憶測だけで無責任なことを書いていたのも知っている。基本、コメント欄は公開されているわけだから、誰もが読めるのである。わたくしが読んでいないと思ったら大間違いである。

ちなみに山門入り口氏はもともと創価学会員だったようでそこから顕正会に移籍した。しかし、ほどなく宗門に帰伏したようである。そして当初は法華講員の立場として顕正会破折に力を入れていた。ところがである。いつの間にか日蓮正宗そのものに批判的になり、周囲の法華講員たちも危険と思ったのか離れていった。そして本年に入ってからはブログの更新も完全に止まってしまったようで、今現在の消息は不明である。

さて、わたくし自身のことを書こう。

日寛上人を否定していよいよ巌虎教を立ち上げるかのごとく言っている人もいるが、それはまったくの誤解である。ここで比較するのは失礼とは思うものの、山門入り口氏との違いを明確にしておこうと思う。
彼はネットの情報を切り貼りしてブログを書いていた。見たところ、自分の考えを持っていなかったというか、そうした芯になるものがなかったような感じがするのだ。ゆえに顕正会破折の資料なども誰かが作ったものをそのまま載せていたような感じだった。これが顕正会流の言い方をすれば魔に付け入る隙を与えたのだろう。いつの間にか彼は正宗批判の発言をするようになったが、それらはすべて背後にうごめく魔の仕業である。わかりやすく言えば誰かの入れ知恵なのだ。
ではわたくしはどうかであるが、幸か不幸か誰からもコンタクトがない。なぜならばコンタクトが取れないようになっているからだ。ようは誰もメールアドレスを知らないのである。

そしてこれはトチロ〜氏がいちばんわかっていることだが、わたくし自身はそう簡単に他人から影響を受けるタイプではない。

以上、わたくし自身のスタンスはその時々において多少の揺らぎはあるにせよ、大きくは変わっていないつもりである。

昭和40年代当時から時間が経過するにつれ、史実が塗り替えられていくことに懸念を憶えます。

さて、この人がどのような意図でご覧のように言っているのか判断しかねるが、少なくともこうした媒体を通して真実を伝え続けることは可能である。わたくしもそのつもりでブログを続けているわけである。

 創価思想から読むなら、法は本門の題目、人は本門の本尊、所が本門の戒壇となります。

最後はお馴染みの沖浦氏である。部分的な引用で恐縮だが、ようはなぜそう言えるのかである。全体の文脈から推し量ると、何となくそのように連想されるという程度の話だろう。もっと明確な文証の提示が求められるところである。

また、余計なことを言えば、創価思想云々と。ならば創価学会の書籍にはどのように書かれているのか、具体的に引用するべきである。

2018/9/7

ツウヨウ  
トチロ〜氏より面談の打診があった。しかし、今はそのような段階ではないだろう。むしろ現段階では読解力のなさを露呈してしまっていることに気がつくべきであり、先入観や固定観念に囚われないよう努力すべきである。

御宗門の戒壇に関しての物差しとなる根拠は私が提示した六巻抄の一節であり、これを拝するならば、戒壇という建物が存在しなくても本尊所住のところ並びに道場修行の場は義理において戒壇と呼ぶべきであると日寛上人は仰せになっております。

何を寝ぼけたことを言っておるのかと思う。前後するが次もしかりである。

しかしながら、「勅宣・御教書」が必要であるがゆえに事の戒壇もない、更にはその意義に通ずる義の戒壇も存在しえない(戒壇と呼ぶべきではない)などという論の展開は顕正会流の物の考え方であり、宗門にはそんな物差しはありません。

まず、顕正会流などと言っているが、ならば具体的な文証を示すべきである。結論を書くと、上掲は顕正会流ではなく巌虎流である。顕正会では手続きを経なければ事の戒壇は存在し得ないと主張するものの、義の戒壇の存在は認めているのである。なぜならば日寛上人の御指南を絶対と仰ぐからである。

これでトチロ〜氏が拙稿を誤読している件が明確となった。

そもそもである。前々回の冒頭の文章をここに掲げれば、話が通じやすいはずである。

名もなき会員氏は浅井先生の弁護のつもりでコメントを残されたのだろう。

つまり、わたくしは現役顕正会員を相手に書いていたのである。ゆえにわたくしの書いていることが顕正会流の物の考え方ならば、名もなき会員氏にとっては何の痛痒もない話になるだろう。しかし、そうではないのだ。なぜならばわたくしのやっていることは日寛上人の御指南すらも否定するという行為だからである。これを顕正会員が受け容れられるわけがない。

そこで結論を急ぐと、トチロ〜氏がすべきことは六巻抄の引用ではなく御書の引用である。本尊所住が戒壇であるとの証明を御書で行なわなくてはいけないのだ。

さて、これに並行する形で沖浦氏が頑張っている。

 本尊があって、入れ物としての戒壇がある。

だからなぜそう言えるのかである。日蓮正宗では常識とされているものの、ではその文証はどこにあるのかである。

 宝塔と言う入れ物が戒壇で、中の釈迦多宝は本尊。

これまた文証が必要である。煩瑣になるので省略するが、この後には阿仏房御書の引用がある。しかし、阿仏房御書に仰せの宝塔は曼荼羅御本尊のことだと推測されるのである。当該御書を最後まで読めば誰もが容易に想像できることだ。

つまり、上掲の入れ物と中身の譬えは阿仏房御書とは一致しないのだ。それにもかかわらず引用しているのは、そうした不一致に気がついていないのか、もしくは他に適切な御指南が見当たらないからなのだろう。

聞信戒定進捨慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり・・・

ちなみに、ここに戒が含まれていることが注目されるところで、これをどのように整理するかが問題である。

・・・曼陀羅と云ふは天竺の名なり、此に輪円具足とも功徳聚とも名づくるなり。

沖浦氏のよくご存知の御文である。ようするに御本尊にはあらゆる要素が含まれているわけで、くだんの七宝もそうした要素の一つなのだろう。ここから別して戒だけをクローズアップさせるためには何が必要なのだろうか?

安倍三選に対する諸天の怒り
という考えが成り立つなら、
顕正会200万に対する諸天の怒り
という考えも成り立つのではないでしょうか。

自分はそのような因果関係はないと思っていますが。


なりた氏からのコメントはかなり久しぶりのような気がする。それはともかくご覧の文言を読むと、諸天の働きそのものを否定しているように思える。ただわたくしの思うに、人間は自然災害に対して無力であり、こうも災害が続くとあたかもそれが神仏の怒りのようにも感じられてくるし、それは二十一世紀の現代においてもそれほど変わらないという気がするのである。おそらくそれは顕正会だけでなく、その他の宗教団体においても近似の解釈の仕方をしているのではないかと思うし、そうした宗教団体に所属せずとも民間信仰的な意識として人々の中に潜在的にあるものだと思うのだ。いや、もちろん、そうしたものを一切信じない人も相当数いるわけで、その辺の比率がどうなっているのかはわからないのだが・・・

顕正会二百万に対する諸天の怒りはご尤もで、この解釈の仕方は何通りかあると思う。

一つには詐称二百万に対する諸天の怒りである。
あるいは邪教顕正会が二百万人を達成したことへの諸天の怒りである。

大きくはこの二通りがあるだろう。前者は顕正会が正しいと仮定した上での話である。正しい団体がマヤカシの二百万を謳ってどうするのかということだ。後者は邪教が蔓延れば諸天の怒りが増すという立正安国論の原理そのものである。

いずれにしても現証論は難しい。

顕正会では、創価学会が極限の大謗法を犯し、かつまた宗門が御遺命に背き続けている、ということを主張しているわけであり、それが諸天の怒りを生んでいると解釈している。なりた氏は違う解釈も成り立つと言っている。さて、どちらが本当かと問われれば、わたくしにはわからないとしか答えようのないところである。

話を大きく戻して、教義上の問題は最終的には現証で勝負するしかないというのが一つの結論ではあるのだろう。しかし、今述べたように現証は難しい。その意味ではむしろ道理文証のほうが単純明快なのではないかと、そんなことをわたくしは思ったりもするのである。


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