2009/10/21
公式見解原理主義者のブログ
国分ひろし氏のコメントに感情論とある。沖浦克治氏のコメントには、ああ言う若者が何十万人と出てこなければ世界広布などは夢物語、とある。わたくしの思うに、さしあたって感情は情熱という言葉に置き換えられるのではないか、であれば沖浦氏の言うようにそうした若者がたくさん出てくることが広宣流布につながるのだろう。もちろん、法門の正邪を論ずることが最重要課題であるが、それ以前に人材がいるかどうかが問われるのだと思う。ゆえに前回、いわゆる二世・三世の創価学会離れに言及したわけである。その実情は外部の人間のあずかり知らぬところであるから、ここでこれ以上書いても仕方がない。
貴方が御書を引用し、戒壇様が一大秘法であり、それ以外に一大秘法はありえないとの証明をなさい。
今日は他人の議論に首を突っ込んでみようと思う。
基本的に、戒壇の大御本尊は秘仏とされているわけであるから、御書をもって証明することは不可能のはずである。もし御書に明記されているとすれば、秘仏とは言えなくなってしまうからだ。
ゆえに、しばしば引用されるところの聖人御難事における「二十七年」は、いわゆる出世の本懐を示唆あそばす御文ではあるけれども、直接的には何が出世の本懐であるかはわからないようになっている。これまさしく大聖人の深き思し召しであろう。秘仏たるゆえんである。
余談ではあるが、善光寺の阿弥陀仏は七年に一度開帳されるという。しかし、なんとそれは御前立本尊と呼ばれるものであって、さらにその奥に別の本尊がある。どうやら、それこそが正真正銘の御本尊らしい。では、これはいつ開帳されるのかというと、なんと驚くべきことにこちらは絶対の秘仏であり、永遠に開帳されることはないのだそうである。
戒壇の大御本尊は信徒に限り内拝が許される。また、本門戒壇が建立されれば・・・その時の具体的な姿はわからないけれども、ともかく多くの人々が拝することになるだろう。
つまり、大御本尊は戒壇建立の暁までの時限的秘仏とも言い得ると思う。
もちろん同時に、三大秘法抄に仰せのごとく、寿量品に建立する所の本尊は如来秘密神通之力の文に係るところであるから、その意味ではあくまで秘仏なのであろう。ぶっちゃけ言えば、凡夫の思慮の及ばない点において、秘であり密なのだ。そもそも三大秘法は三大秘密の法に他ならない。自ずと本門の本尊はそこに帰着するわけである。
三大秘法は申すまでもなく、本門の本尊と戒壇と題目の五字である。一大秘法は本門の本尊であり、別しては本門戒壇の大御本尊に他ならない。
在世には仏と提婆が二つの戒壇ありてそこばくの人々死にゝき。
わたくしはここにヒントがあると思う。
仏の在世にはいったいどのような戒壇が建てられていたのか、わたくしの思うに、おそらくは道場くらいの意味に解しても差し支えないと思う。仏道修行をするための道場である。釈尊は道場主ということになる。
提婆達多という人は、あらゆる面で釈尊に対抗心を持っていた。ゆえに提婆も道場を開いたのだ。しかし、提婆の道場は人気がなかった。そこで彼は実力行使に出た。釈尊の化導を妨害するという行動である。そうした過程で死者が出たのだろう。
釈尊の道場と提婆の道場、これを大聖人は戒壇と御表現あそばした。さしずめ提婆のほうはニセ戒壇となるだろうか?
大聖人の御在世においては身延こそが戒壇そのものだった。大聖人のましますところが即戒壇なのである。この意味において、近年の日蓮正宗において戒壇の大御本尊のましますところを根源の事の戒壇と定義していることは、そこそこ理に適っていると言えるだろう。もちろん御遺命の事の戒壇は別である。
大聖人の御遺命とは、本門戒壇の建立に他ならない。まさしく本門戒壇の大御本尊は、本門戒壇に安置するための御本尊である。大聖人の御真筆御本尊はたくさんあるけれども、戒壇安置の本尊は一つしかないという、この特殊性に注目すべきであろう。
つまり、一大秘法は本門の本尊であり、別しては戒壇の大御本尊である。それ以外にはあり得ない。上掲の報恩抄の一文が示唆しているのは、このことである。
貴方が御書を引用し、戒壇様が一大秘法であり、それ以外に一大秘法はありえないとの証明をなさい。
今日は他人の議論に首を突っ込んでみようと思う。
基本的に、戒壇の大御本尊は秘仏とされているわけであるから、御書をもって証明することは不可能のはずである。もし御書に明記されているとすれば、秘仏とは言えなくなってしまうからだ。
ゆえに、しばしば引用されるところの聖人御難事における「二十七年」は、いわゆる出世の本懐を示唆あそばす御文ではあるけれども、直接的には何が出世の本懐であるかはわからないようになっている。これまさしく大聖人の深き思し召しであろう。秘仏たるゆえんである。
余談ではあるが、善光寺の阿弥陀仏は七年に一度開帳されるという。しかし、なんとそれは御前立本尊と呼ばれるものであって、さらにその奥に別の本尊がある。どうやら、それこそが正真正銘の御本尊らしい。では、これはいつ開帳されるのかというと、なんと驚くべきことにこちらは絶対の秘仏であり、永遠に開帳されることはないのだそうである。
戒壇の大御本尊は信徒に限り内拝が許される。また、本門戒壇が建立されれば・・・その時の具体的な姿はわからないけれども、ともかく多くの人々が拝することになるだろう。
つまり、大御本尊は戒壇建立の暁までの時限的秘仏とも言い得ると思う。
もちろん同時に、三大秘法抄に仰せのごとく、寿量品に建立する所の本尊は如来秘密神通之力の文に係るところであるから、その意味ではあくまで秘仏なのであろう。ぶっちゃけ言えば、凡夫の思慮の及ばない点において、秘であり密なのだ。そもそも三大秘法は三大秘密の法に他ならない。自ずと本門の本尊はそこに帰着するわけである。
三大秘法は申すまでもなく、本門の本尊と戒壇と題目の五字である。一大秘法は本門の本尊であり、別しては本門戒壇の大御本尊に他ならない。
在世には仏と提婆が二つの戒壇ありてそこばくの人々死にゝき。
わたくしはここにヒントがあると思う。
仏の在世にはいったいどのような戒壇が建てられていたのか、わたくしの思うに、おそらくは道場くらいの意味に解しても差し支えないと思う。仏道修行をするための道場である。釈尊は道場主ということになる。
提婆達多という人は、あらゆる面で釈尊に対抗心を持っていた。ゆえに提婆も道場を開いたのだ。しかし、提婆の道場は人気がなかった。そこで彼は実力行使に出た。釈尊の化導を妨害するという行動である。そうした過程で死者が出たのだろう。
釈尊の道場と提婆の道場、これを大聖人は戒壇と御表現あそばした。さしずめ提婆のほうはニセ戒壇となるだろうか?
大聖人の御在世においては身延こそが戒壇そのものだった。大聖人のましますところが即戒壇なのである。この意味において、近年の日蓮正宗において戒壇の大御本尊のましますところを根源の事の戒壇と定義していることは、そこそこ理に適っていると言えるだろう。もちろん御遺命の事の戒壇は別である。
大聖人の御遺命とは、本門戒壇の建立に他ならない。まさしく本門戒壇の大御本尊は、本門戒壇に安置するための御本尊である。大聖人の御真筆御本尊はたくさんあるけれども、戒壇安置の本尊は一つしかないという、この特殊性に注目すべきであろう。
つまり、一大秘法は本門の本尊であり、別しては戒壇の大御本尊である。それ以外にはあり得ない。上掲の報恩抄の一文が示唆しているのは、このことである。
2009/10/22 8:31
投稿者:沖浦克治
2009/10/22 7:49
投稿者:沖浦克治
一大秘法が戒壇様だとは、寛師の邪義ですね。
御書には全くありません。
寛師はこの類です。
一、五人の立義一一先師の御弘通に違する事。
御書には全くありません。
寛師はこの類です。
一、五人の立義一一先師の御弘通に違する事。


仏法の秘中の秘は、一切衆生が久遠からの本仏であって、分身散体の法によってあらゆる境涯に散らばって存在している事実なんですよ。
この、一切衆生が本仏である。
秘中の秘です。
それが具体的にお題目です。
貴方も私も、南無妙法蓮華経如来の当体なんです。
娑婆世界で苦しんだり楽しんだりする、喜怒哀楽の私共。
これがそのまま仏の振る舞いなんだよ。
これが大聖人様の教えです。
難信難解、難解難入です。
これがね、一大秘法です。
物じゃないのですよ。
私共が仏。
これですね。