2009/10/25
色相荘厳否定の理想と現実
沖浦氏にはわざわざ北海道から返信をたまわった。竜女の件であるが、なるほど、氏の捉え方は達意的というか、ひじょうに現実的であり、それなりに説得力を感じさせるものがある。今、わたくしなりに敷衍するならば、いわゆる竜は伝説上の存在であるから、それをそっくりそのまま理解するのではなく、いったい何を示しているのか、その本質を見抜くべきなのだろう。おそらく無難なところでは、人界所具の畜生界として理解することである。人間は平等といえども、現実にはそれぞれの境界がある。畜生界のみならず、餓鬼界であるとか地獄界、あとは修羅界などが相場であろうか、多くは六道のどこかに位置するわけだ。おそらく大聖人の仏法では、このカテゴリーを一段ずつクリアしていくのではなく、ストレートに登りつめることができるのだろう。今、自分が地獄界にいるとすれば、仏界は遥か彼方にあるかに見えるが、そうではないのだ。
おおむねこんなところでどうか?
ただし、昨日の拙稿で書いたように、動物はそのままで成仏できるはずである。まあ、しかし、それをここで沖浦氏とトコトン議論しても仕方がないだろう。さしあたって、我々は人界に生を受けたのだから、そこに基準を置くのは当然のことなのだ。新池御書はそうした角度からの御指南なのだろう。
自画自賛して言えば、わたくしは話のまとめ方がうまい。いつまでも不毛の議論をしているのをしばしば見掛けるが、ハッキリ言ってアホだと思う。
それはさておき、顕正新聞の第1151号が届いた。
今号は山形会館の特集記事であるが、一通り読んでそれほど注意を惹かなかった。強いて言えば、会長講演はそれなりに面白い。たとえば、話のマクラの部分で税務署のことを云々して聴衆を笑わせている。
隣の税務署の看板を見て、歓喜の心をおこす人はない(爆笑)。
これは地元会員の心理をうまく捉えていると思う。
だいたい、若い顕正会員にとっては税務署が何をする場所なのか、よくわかっていないだろう。ある程度の年齢を重ねて、収入が増えてくるとわかる。とりわけ商売をしている人がいちばんよくわかっている。なるほど、税務署の看板を見て嬉しい気持ちになる人は、滅多にいるものではない。
ようするに、山形会館が完成して、そこには「冨士大石寺顕正会」の立派な看板が立っている。地元会員ならば、それを歓喜の気持ちで見つめることだろう。隣の税務署など眼中にない。先生はこの会員の心理を巧みにくすぐっているわけだ。
まあ、一々こんなことを取り上げていたらキリがないので、もう一つだけ書いて終わりにしたい。顕正新聞に聖教新聞が載っている。九月二十七日と二十八日の聖教新聞であるが、なんと池田大作氏は二百六十もの名誉称号をもらっているそうである。凄いことだ。当然ながら顕正会ではこれを揶揄する意味で紹介しているわけである。わたくしは聖教新聞九月二十七日号二面の見出しが面白かった。
人類史上 並び得ない壮挙
とっさに思い出したのが、久遠元初以来の壮挙、である。
沖浦氏には失礼ながら、こうした美辞麗句もまた色相荘厳に異ならないのではないかと思う。
おおむねこんなところでどうか?
ただし、昨日の拙稿で書いたように、動物はそのままで成仏できるはずである。まあ、しかし、それをここで沖浦氏とトコトン議論しても仕方がないだろう。さしあたって、我々は人界に生を受けたのだから、そこに基準を置くのは当然のことなのだ。新池御書はそうした角度からの御指南なのだろう。
自画自賛して言えば、わたくしは話のまとめ方がうまい。いつまでも不毛の議論をしているのをしばしば見掛けるが、ハッキリ言ってアホだと思う。
それはさておき、顕正新聞の第1151号が届いた。
今号は山形会館の特集記事であるが、一通り読んでそれほど注意を惹かなかった。強いて言えば、会長講演はそれなりに面白い。たとえば、話のマクラの部分で税務署のことを云々して聴衆を笑わせている。
隣の税務署の看板を見て、歓喜の心をおこす人はない(爆笑)。
これは地元会員の心理をうまく捉えていると思う。
だいたい、若い顕正会員にとっては税務署が何をする場所なのか、よくわかっていないだろう。ある程度の年齢を重ねて、収入が増えてくるとわかる。とりわけ商売をしている人がいちばんよくわかっている。なるほど、税務署の看板を見て嬉しい気持ちになる人は、滅多にいるものではない。
ようするに、山形会館が完成して、そこには「冨士大石寺顕正会」の立派な看板が立っている。地元会員ならば、それを歓喜の気持ちで見つめることだろう。隣の税務署など眼中にない。先生はこの会員の心理を巧みにくすぐっているわけだ。
まあ、一々こんなことを取り上げていたらキリがないので、もう一つだけ書いて終わりにしたい。顕正新聞に聖教新聞が載っている。九月二十七日と二十八日の聖教新聞であるが、なんと池田大作氏は二百六十もの名誉称号をもらっているそうである。凄いことだ。当然ながら顕正会ではこれを揶揄する意味で紹介しているわけである。わたくしは聖教新聞九月二十七日号二面の見出しが面白かった。
人類史上 並び得ない壮挙
とっさに思い出したのが、久遠元初以来の壮挙、である。
沖浦氏には失礼ながら、こうした美辞麗句もまた色相荘厳に異ならないのではないかと思う。
2009/11/7 7:16
投稿者:沖浦克治
2009/11/7 0:21
投稿者:nabe
巌虎さん
沖浦ごとき盾にするとはあなたあらしからぬことですね。
そもそも、「法体を学びなさい」と、以前からあなたに言ってたはずですよ。
浅井の御用新聞をよく眺めて、その矛盾を指摘するあなたが、自分の矛盾を交わして、学会のあばずれを目くらましにするということは不自然すぎます。
気づかないのなら、それは浅いの弟子として害毒の現れた証拠であり、気づいた上で交わしているのなら、それはそれで浅井の弟子らしいといえましょう。
いずえにしても、法体を学ばずして化儀を云々するあなたの未熟さを露呈していることだといえます。
くりかえしますが、法体が成仏だからといって、修行はなんだというのでしょう?
考えてみてください、
国立戒壇に固執もできない浅井の未熟な弟子の方へ
沖浦ごとき盾にするとはあなたあらしからぬことですね。
そもそも、「法体を学びなさい」と、以前からあなたに言ってたはずですよ。
浅井の御用新聞をよく眺めて、その矛盾を指摘するあなたが、自分の矛盾を交わして、学会のあばずれを目くらましにするということは不自然すぎます。
気づかないのなら、それは浅いの弟子として害毒の現れた証拠であり、気づいた上で交わしているのなら、それはそれで浅井の弟子らしいといえましょう。
いずえにしても、法体を学ばずして化儀を云々するあなたの未熟さを露呈していることだといえます。
くりかえしますが、法体が成仏だからといって、修行はなんだというのでしょう?
考えてみてください、
国立戒壇に固執もできない浅井の未熟な弟子の方へ
2009/11/7 0:12
投稿者:nabe
愚民はあんたでしょう
>会社選ぶ時給料第一でしょう。
池田の弟子らしい言葉だ。
呵呵
>会社選ぶ時給料第一でしょう。
池田の弟子らしい言葉だ。
呵呵
2009/11/1 8:06
投稿者:沖浦克治
nabeさん、愚かですね。
仏が色相荘厳であろうがなかろうが、拝んで功徳ありゃいいんです。
形なんかどっちだってかまいません。
余事です。
本質は、自分が拝んで実践して功徳があるか?
ここですよ。
会社選ぶ時給料第一でしょう。
買い物も損得必死でしょう。
宗教はね、人生の根本です。
なおさら熟慮です。
本懐がなんだとか。
どっちが文底だとか。
久遠元初とか。
実成だとか。
そう言う面倒なこと一杯言わないでいいのです。
大聖人様の生き様に共鳴した。
池田先生の凄まじい人生に賛同した。
それで充分。
理屈で飯食えません。
仏が色相荘厳であろうがなかろうが、拝んで功徳ありゃいいんです。
形なんかどっちだってかまいません。
余事です。
本質は、自分が拝んで実践して功徳があるか?
ここですよ。
会社選ぶ時給料第一でしょう。
買い物も損得必死でしょう。
宗教はね、人生の根本です。
なおさら熟慮です。
本懐がなんだとか。
どっちが文底だとか。
久遠元初とか。
実成だとか。
そう言う面倒なこと一杯言わないでいいのです。
大聖人様の生き様に共鳴した。
池田先生の凄まじい人生に賛同した。
それで充分。
理屈で飯食えません。
2009/10/30 21:56
投稿者:nabe
ご無沙汰をしていますね。
しかし、なんともレベルが低いと思います。
修行と法体を混迷することは愚かなものです。
法体は巌虎さんのいうとおりに即身成仏ですが、修行が必ず必要なのであり、修行とは時代即応で、末法今時には自行化他にわたる南無妙法蓮華経です。
ここまでいえば分かりますよね。
修行をしなければ成仏は有り得ません。
それが分からないとは、巌虎さんも沖浦氏も五十歩百歩の門外漢である。
それが証明されただけのことです。
その門外漢が、いや、その師匠とやらが、三大秘法の奥義を戒壇と断定し、しかも、それを達観したのが自分であると喧伝することは、まことに愚かしいことです。
その弟子が巌虎さん、あなたです。
しかし、なんともレベルが低いと思います。
修行と法体を混迷することは愚かなものです。
法体は巌虎さんのいうとおりに即身成仏ですが、修行が必ず必要なのであり、修行とは時代即応で、末法今時には自行化他にわたる南無妙法蓮華経です。
ここまでいえば分かりますよね。
修行をしなければ成仏は有り得ません。
それが分からないとは、巌虎さんも沖浦氏も五十歩百歩の門外漢である。
それが証明されただけのことです。
その門外漢が、いや、その師匠とやらが、三大秘法の奥義を戒壇と断定し、しかも、それを達観したのが自分であると喧伝することは、まことに愚かしいことです。
その弟子が巌虎さん、あなたです。
2009/10/30 21:56
投稿者:nabe
ご無沙汰をしていますね。
しかし、なんともレベルが低いと思います。
修行と法体を混迷することは愚かなものです。
法体は巌虎さんのいうとおりに即身成仏ですが、修行が必ず必要なのであり、修行とは時代即応で、末法今時には自行化他にわたる南無妙法蓮華経です。
ここまでいえば分かりますよね。
修行をしなければ成仏は有り得ません。
それが分からないとは、巌虎さんも沖浦氏も五十歩百歩の門外漢である。
それが証明されただけのことです。
その門外漢が、いや、その師匠とやらが、三大秘法の奥義を戒壇と断定し、しかも、それを達観したのが自分であると喧伝することは、まことに愚かしいことです。
その弟子が巌虎さん、あなたです。
しかし、なんともレベルが低いと思います。
修行と法体を混迷することは愚かなものです。
法体は巌虎さんのいうとおりに即身成仏ですが、修行が必ず必要なのであり、修行とは時代即応で、末法今時には自行化他にわたる南無妙法蓮華経です。
ここまでいえば分かりますよね。
修行をしなければ成仏は有り得ません。
それが分からないとは、巌虎さんも沖浦氏も五十歩百歩の門外漢である。
それが証明されただけのことです。
その門外漢が、いや、その師匠とやらが、三大秘法の奥義を戒壇と断定し、しかも、それを達観したのが自分であると喧伝することは、まことに愚かしいことです。
その弟子が巌虎さん、あなたです。
2009/10/25 11:51
投稿者:沖浦克治
厳虎さん
法門はそうしておいていいんじゃないでしょうか。
人類史上云々は馬鹿げた表現ですね。
人類史上並び立つものがない壮挙は、2つあります。
ご本尊様をご発明なされた大聖人様。
それを広められた戸田先生です。
法門はそうしておいていいんじゃないでしょうか。
人類史上云々は馬鹿げた表現ですね。
人類史上並び立つものがない壮挙は、2つあります。
ご本尊様をご発明なされた大聖人様。
それを広められた戸田先生です。


厳虎さんは私を盾になどされませんよ。
独立した自由人です。
それとね、創価は価値を創ると書きますね。
現世利益が前に出るんです。
白くても黒くてもねずみを捕る猫がいい猫。
ですからね、現実に功徳が出る宗教がいい宗教なんです。
単純なんですよ。