2009/11/17
泣いてバショクを斬る
各方面よりコメントを頂戴しているが、今日は前回に引き続き、山門手前氏に対する追求である。
わたくしは前回、論点がボヤケないように、二つに絞って問いを発した。それに対して山門手前氏より、いちおうの回答があった。しかし、それはまったく回答のテイをなしていないものだった。
順番が逆になるが、まずは二点目から入りたい。
又、何故知っているか?という問いにもここでは返答できませんね(笑)。お会いしてお話しすべき時にお話します。
事実上の回答不能宣言である。
わたくしはフェイクの記事をハッタリだろうと書いた。すると山門手前氏より、そうではない、フェイクは証拠を入手した上で記事を書いている、という意味のコメントが寄せられた。これは驚きである。なぜ山門手前氏はそれを知っているのか、ぜひ聞かせてもらいたい、とわたくしは書いた。それに対する回答が上掲なのである。
回答不能と同時に、見事なスリカエである。とりわけ次の文章は、それが顕著である。
それとも私たちと会う勇気もないのでしょうか?
勇気があるとかないとか、挑発的な言辞を用いて、いつの間にか会うか会わないかという話題に摩り替わっている。これを遁辞と言うのだ。
顕正会の教義がパクリでなく顕正会の解釈が正しいとか思われているのでしたら、堂々と私と会えるはずですが、如何でしょうか?
これもまったく同じことで、わたくしのほうからは会うとか会わないとか一言たりとも口にしていないにもかかわらず、勝手にどんどん話を進めてしまっているわけである。これはおそらく、わたくしからの追及を逃れるための非常手段のつもりなのだろう。しかし、上述のごとく、これはスリカエ以外のナニモノでもないのだ。
さらに山門手前氏は、ここでも失態を演じている。
前掲、私たちと会う勇気もないのか、であるが、ここでの私たちとは山門手前氏とトチロ〜氏のことである。山門手前氏がそのように書いている以上、わたくしはてっきりトチロ〜氏の承諾を取ってのことだと思っていた。ところがそうではなかったのだ。
トチロ〜氏いわく、
山門手前さん、勝手に約束されては困ります。(^_^;)
いかがだろうか? これがいったい何を象徴しているか、賢明な読者はすでにおわかりだと思うが、このことは後述したい。
さて、順番が逆になったが、最初の問題を取り上げたいと思う。いや、その前に山門手前氏に確認したいことがある。
顕正会に関しては「完全悪」と断言しているので学会の立場とは異なります。
この文章がわたくしには理解できずにいるので、もう少し詳しい説明をお願いしたい。ようするに、完全悪と断言しているのは山門手前氏なのだろう、それはわかるが、学会の立場と異なる、というのは誰がどのように異なるのか、それがよくわからない。この点、よろしく回答願いたいと思う。
それはそれとして、最初の問題とは何かを簡単に説明すると、山門手前氏は顕正会批判の「全て」を善意であると書いている、さすがに「全て」は言い過ぎだろうというのがわたくしの意見だ。実に他愛のない話である。ここで仮に山門手前氏が、まあ、確かに「全て」は言い過ぎだったかもしれない、というふうに返答していれば、話はそれで済んだのである。ちなみに前回の拙稿のタイトルは、まさにその意味に他ならない。
ところが山門手前氏はどのように応じたか・・・次の一文が氏の回答である。
フェイクが悪意であると言うのは、厳虎さんの立場による見方です。
またしても山門手前氏は墓穴を掘ったようだ。これは自爆と言ってもよいかもしれない。
巌虎の立場による見方というのは、換言すれば巌虎の主観という意味だろう。だったら山門手前氏はどうなのか、である。氏の言う、顕正会批判は全て善意、にしても同様に、氏による主観ではないのかとわたくしは問いたい。それとも巌虎のは主観であって、己れのは客観であるなどと言うつもりであろうか?
本稿の冒頭において、山門手前氏のコメントは回答のテイをなしていない、と書いたのはこのためである。
ちなみに主観という言葉は必ずしも悪い響きではないと思う。たとえば、わたくしよりも遥かに勉強家で教養のある人がへりくだって、「これはあくまで己れの主観であるが・・・」などと前置きして何かをしゃべっているとすれば、それは傾聴に値する場合が多いと思う。ようは主観も程度の問題なのだ。その人の境界によるのである。
ゆえに、程度が低くなれば、単なる思い込みに過ぎない、ということにもなってくるし、それがさらに悪化すればいわゆる妄想ということにも通じることだろう。いよいよ結論が見えてきた。
失礼ながら山門手前氏は思い込みの強い人である。それが先述のトチロ〜氏の一件に象徴されているわけである。ようするに、くだんの失態の原因は、トチロ〜氏ならば巌虎との面談に加わってくれるはずという自分勝手な思い込みにあるわけだろう。すると以下の文章も、おそらくは同じ傾向性を有しているに違いない。
調査不足です。学会側は、証拠を入手しています。
山門手前氏はこの詳細を、会った時に話すと書いている。しかし、この場で説明すればいいのだ。なぜそれができないかと尋ねれば、また何かしら言い訳をするのかもしれないが、もはや賢明な読者にはよく話が見えたことだろうと思う。
これで今回の一件は終了としたい。
わたくしは前回、論点がボヤケないように、二つに絞って問いを発した。それに対して山門手前氏より、いちおうの回答があった。しかし、それはまったく回答のテイをなしていないものだった。
順番が逆になるが、まずは二点目から入りたい。
又、何故知っているか?という問いにもここでは返答できませんね(笑)。お会いしてお話しすべき時にお話します。
事実上の回答不能宣言である。
わたくしはフェイクの記事をハッタリだろうと書いた。すると山門手前氏より、そうではない、フェイクは証拠を入手した上で記事を書いている、という意味のコメントが寄せられた。これは驚きである。なぜ山門手前氏はそれを知っているのか、ぜひ聞かせてもらいたい、とわたくしは書いた。それに対する回答が上掲なのである。
回答不能と同時に、見事なスリカエである。とりわけ次の文章は、それが顕著である。
それとも私たちと会う勇気もないのでしょうか?
勇気があるとかないとか、挑発的な言辞を用いて、いつの間にか会うか会わないかという話題に摩り替わっている。これを遁辞と言うのだ。
顕正会の教義がパクリでなく顕正会の解釈が正しいとか思われているのでしたら、堂々と私と会えるはずですが、如何でしょうか?
これもまったく同じことで、わたくしのほうからは会うとか会わないとか一言たりとも口にしていないにもかかわらず、勝手にどんどん話を進めてしまっているわけである。これはおそらく、わたくしからの追及を逃れるための非常手段のつもりなのだろう。しかし、上述のごとく、これはスリカエ以外のナニモノでもないのだ。
さらに山門手前氏は、ここでも失態を演じている。
前掲、私たちと会う勇気もないのか、であるが、ここでの私たちとは山門手前氏とトチロ〜氏のことである。山門手前氏がそのように書いている以上、わたくしはてっきりトチロ〜氏の承諾を取ってのことだと思っていた。ところがそうではなかったのだ。
トチロ〜氏いわく、
山門手前さん、勝手に約束されては困ります。(^_^;)
いかがだろうか? これがいったい何を象徴しているか、賢明な読者はすでにおわかりだと思うが、このことは後述したい。
さて、順番が逆になったが、最初の問題を取り上げたいと思う。いや、その前に山門手前氏に確認したいことがある。
顕正会に関しては「完全悪」と断言しているので学会の立場とは異なります。
この文章がわたくしには理解できずにいるので、もう少し詳しい説明をお願いしたい。ようするに、完全悪と断言しているのは山門手前氏なのだろう、それはわかるが、学会の立場と異なる、というのは誰がどのように異なるのか、それがよくわからない。この点、よろしく回答願いたいと思う。
それはそれとして、最初の問題とは何かを簡単に説明すると、山門手前氏は顕正会批判の「全て」を善意であると書いている、さすがに「全て」は言い過ぎだろうというのがわたくしの意見だ。実に他愛のない話である。ここで仮に山門手前氏が、まあ、確かに「全て」は言い過ぎだったかもしれない、というふうに返答していれば、話はそれで済んだのである。ちなみに前回の拙稿のタイトルは、まさにその意味に他ならない。
ところが山門手前氏はどのように応じたか・・・次の一文が氏の回答である。
フェイクが悪意であると言うのは、厳虎さんの立場による見方です。
またしても山門手前氏は墓穴を掘ったようだ。これは自爆と言ってもよいかもしれない。
巌虎の立場による見方というのは、換言すれば巌虎の主観という意味だろう。だったら山門手前氏はどうなのか、である。氏の言う、顕正会批判は全て善意、にしても同様に、氏による主観ではないのかとわたくしは問いたい。それとも巌虎のは主観であって、己れのは客観であるなどと言うつもりであろうか?
本稿の冒頭において、山門手前氏のコメントは回答のテイをなしていない、と書いたのはこのためである。
ちなみに主観という言葉は必ずしも悪い響きではないと思う。たとえば、わたくしよりも遥かに勉強家で教養のある人がへりくだって、「これはあくまで己れの主観であるが・・・」などと前置きして何かをしゃべっているとすれば、それは傾聴に値する場合が多いと思う。ようは主観も程度の問題なのだ。その人の境界によるのである。
ゆえに、程度が低くなれば、単なる思い込みに過ぎない、ということにもなってくるし、それがさらに悪化すればいわゆる妄想ということにも通じることだろう。いよいよ結論が見えてきた。
失礼ながら山門手前氏は思い込みの強い人である。それが先述のトチロ〜氏の一件に象徴されているわけである。ようするに、くだんの失態の原因は、トチロ〜氏ならば巌虎との面談に加わってくれるはずという自分勝手な思い込みにあるわけだろう。すると以下の文章も、おそらくは同じ傾向性を有しているに違いない。
調査不足です。学会側は、証拠を入手しています。
山門手前氏はこの詳細を、会った時に話すと書いている。しかし、この場で説明すればいいのだ。なぜそれができないかと尋ねれば、また何かしら言い訳をするのかもしれないが、もはや賢明な読者にはよく話が見えたことだろうと思う。
これで今回の一件は終了としたい。
2009/11/18 17:56
投稿者:トチロ〜
2009/11/18 14:27
投稿者:1013
トチロ〜様
御回答有難うございました。
主旨は理解いたします。しかし、ネットに於いても「挙止蘊藉にして礼節あり」とあってほしいものです。
御回答有難うございました。
主旨は理解いたします。しかし、ネットに於いても「挙止蘊藉にして礼節あり」とあってほしいものです。
2009/11/18 9:32
投稿者:トチロ〜
1013さんへ
すみません、先ほど投稿に気付きました。
私は松野殿御返事にあるように、
“過去の不軽菩薩は一切衆生に仏性あり、法華経を持たば必ず成仏すべし、彼を軽んじては仏を軽んずるになるべし(乃至)忘れても法華経を持つ者をば互ひに毀るべからざるか、其の故は法華経を持つ者は皆仏なり。仏を毀りては罪を得るなり。”(新編1046〜1047ページ)
を根本において行動しております。
また、日応上人の一念三千法門にも五陰世間の説明として、
“陰とは善法を陰蓋するを陰と云ふと釈して九界の衆生は此の五陰を以て心性の妙理を覆ひ隠す是則無明の陰なるが故なり又仏界の陰は慈悲を以て衆生の悪業を覆ひ隠すを以て陰と名くる”(一念三千法門36ページ)
とありますが、正しく信仰して胸中の仏界が開いていけば、境涯も上がり、自然と悪い行いが出て来なくなると思っております。
どこまでも相手方の胸中の仏性を信じて、それを開かしめていくよう身を捨てて尽力していくことこそが、日蓮正宗信徒の務めであると私は考えます。
すみません、先ほど投稿に気付きました。
私は松野殿御返事にあるように、
“過去の不軽菩薩は一切衆生に仏性あり、法華経を持たば必ず成仏すべし、彼を軽んじては仏を軽んずるになるべし(乃至)忘れても法華経を持つ者をば互ひに毀るべからざるか、其の故は法華経を持つ者は皆仏なり。仏を毀りては罪を得るなり。”(新編1046〜1047ページ)
を根本において行動しております。
また、日応上人の一念三千法門にも五陰世間の説明として、
“陰とは善法を陰蓋するを陰と云ふと釈して九界の衆生は此の五陰を以て心性の妙理を覆ひ隠す是則無明の陰なるが故なり又仏界の陰は慈悲を以て衆生の悪業を覆ひ隠すを以て陰と名くる”(一念三千法門36ページ)
とありますが、正しく信仰して胸中の仏界が開いていけば、境涯も上がり、自然と悪い行いが出て来なくなると思っております。
どこまでも相手方の胸中の仏性を信じて、それを開かしめていくよう身を捨てて尽力していくことこそが、日蓮正宗信徒の務めであると私は考えます。
2009/11/17 23:03
投稿者:山門手前
沖浦さんへ
失礼致しました!
最近、老眼になってきたせいと、時間がなかったので
1013というHNとも何とも判らないのを単なる番号だと
勘違いしました。
で、「1013」さんへ
トチローさんに何か文句があるのでしょうかね?
もう少しマシなHNにしてくださいね!
間違いは間違いで、きちんと謝りますよ〜!
但し、粗忽にして短慮の人というのはいただけませんなぁ〜!
そのままお返しします。
http://maglog.jp/renmen/
失礼致しました!
最近、老眼になってきたせいと、時間がなかったので
1013というHNとも何とも判らないのを単なる番号だと
勘違いしました。
で、「1013」さんへ
トチローさんに何か文句があるのでしょうかね?
もう少しマシなHNにしてくださいね!
間違いは間違いで、きちんと謝りますよ〜!
但し、粗忽にして短慮の人というのはいただけませんなぁ〜!
そのままお返しします。
http://maglog.jp/renmen/
2009/11/17 22:10
投稿者:沖浦克治
私ね何も書いていませんよ。
2009/11/17 20:23
投稿者:1013
またもや、粗忽の人面目躍如ですね。文面を全く読んでいない、思い込みの人ですね、目も当てられない。
沖浦氏に謝罪しなさい。
私はトチロ〜氏に質問をしたのです。
沖浦氏に謝罪しなさい。
私はトチロ〜氏に質問をしたのです。
2009/11/17 15:24
投稿者:山門手前
何度もあちらこちらで書いていますが・・・
私のコメントは、あくまで「主観」だけです。
>わたくしはてっきりトチロ〜氏の承諾を取ってのことだと思っていた。ところがそうではなかったのだ。
コメントの際にいちいち承諾を取ってはいませんよ〜。
そんな事をしている「ヒマ」はお互いにありません。
どこでどのようなコメントをしているのかすら、
相談もしていませんし、そんな事をする暇はありません。
日程が決まれば、その時に調整すればよいのです。
厳虎氏以外の方であれば、同席されたかもしれませんね?(爆)それは、厳虎さんが来る(会う)つもりがない事を見抜いているからです。
>しかし、この場で説明すればいいのだ。なぜそれができないかと尋ねれば、また何かしら言い訳をするのかもしれないが
ネットで書ける事と書けない事があるのは理解できませんか?
どちらが賢明かは判りませんがね!
>この文章がわたくしには理解できずにいるので、もう少し詳しい説明をお願いしたい。ようするに、完全悪と断言しているのは山門手前氏なのだろう、それはわかるが、学会の立場と異なる、というのは誰がどのように異なるのか、それがよくわからない。この点、よろしく回答願いたいと思う。
誰がどのように・・・?学会員は、総じて「あの沖浦」さんでさえ「顕正会」の事は詳しく理解されていません。
一部の方は、それなりに理解されているでしょうけれど
ほとんど「無知」ですよ。気にもかけていません。
しかしながら、それなりに理解できている人は、顕正会を排除すべく活動しているのです。
沖浦さんへ
>蘊藉で熟慮の人が、粗忽にして短慮の人
お褒め頂きありがとうございます。そのままお返しします。
>先の騒動で御宗門帰伏への流れが、大きく滞ってしまいました。
学会員の貴方にとっては良い事なのではないのでしょうか?それとも学会辞めますか???いつもの如く悩乱してますね〜!
http://maglog.jp/renmen/
私のコメントは、あくまで「主観」だけです。
>わたくしはてっきりトチロ〜氏の承諾を取ってのことだと思っていた。ところがそうではなかったのだ。
コメントの際にいちいち承諾を取ってはいませんよ〜。
そんな事をしている「ヒマ」はお互いにありません。
どこでどのようなコメントをしているのかすら、
相談もしていませんし、そんな事をする暇はありません。
日程が決まれば、その時に調整すればよいのです。
厳虎氏以外の方であれば、同席されたかもしれませんね?(爆)それは、厳虎さんが来る(会う)つもりがない事を見抜いているからです。
>しかし、この場で説明すればいいのだ。なぜそれができないかと尋ねれば、また何かしら言い訳をするのかもしれないが
ネットで書ける事と書けない事があるのは理解できませんか?
どちらが賢明かは判りませんがね!
>この文章がわたくしには理解できずにいるので、もう少し詳しい説明をお願いしたい。ようするに、完全悪と断言しているのは山門手前氏なのだろう、それはわかるが、学会の立場と異なる、というのは誰がどのように異なるのか、それがよくわからない。この点、よろしく回答願いたいと思う。
誰がどのように・・・?学会員は、総じて「あの沖浦」さんでさえ「顕正会」の事は詳しく理解されていません。
一部の方は、それなりに理解されているでしょうけれど
ほとんど「無知」ですよ。気にもかけていません。
しかしながら、それなりに理解できている人は、顕正会を排除すべく活動しているのです。
沖浦さんへ
>蘊藉で熟慮の人が、粗忽にして短慮の人
お褒め頂きありがとうございます。そのままお返しします。
>先の騒動で御宗門帰伏への流れが、大きく滞ってしまいました。
学会員の貴方にとっては良い事なのではないのでしょうか?それとも学会辞めますか???いつもの如く悩乱してますね〜!
http://maglog.jp/renmen/
2009/11/17 14:04
投稿者:1013
沖浦氏とのやり取りを拝見しました。
山門手前氏=わだっち氏なのですね。
トチロ〜氏へ質問です。
蘊藉で熟慮の人が、粗忽にして短慮の人と道を同じくするのはいかなる事なのでしょうか。
先の騒動で御宗門帰伏への流れが、大きく滞ってしまいました。
山門手前氏=わだっち氏なのですね。
トチロ〜氏へ質問です。
蘊藉で熟慮の人が、粗忽にして短慮の人と道を同じくするのはいかなる事なのでしょうか。
先の騒動で御宗門帰伏への流れが、大きく滞ってしまいました。


一日も早く誰が見ても徳のある姿を現じよ、との山門手前さんと私へのエールとして真摯に受け止めさせて頂きます。
有り難うございます。