・ 秩父の山村 @
〜 両神村の山村をたずねて(上)〜
今回ご紹介する「両神村」というのは、かなり特殊な地形を持った村である。
地図をご覧頂くとわかるように、まず長方形の右(東)端に役場や学校、国民宿舎などといった村の中心部があり、そこから「コ」の字形に
薄川と
小森川という二本の川が左(西)端の山岳地帯に向かって奥へ奥へと伸びている。
その二本の川沿いに大小様々な集落が存在するのである。
今回は
地図上の上(北)の川=薄川に沿ったた
日向大谷と
出原(いでがはら)という2つの集落をご紹介する。
★日向大谷地区
@ 薄川最奥の集落
日向大谷。
ここは
両神山への登山口でもあるが、民宿が二軒だけの集落でもある。
かつ一軒の民宿は廃業してしまった模様で、結局は一軒だけの部落ということになろうか。
A 廃業した民宿の片隅に無人の
両神神社がある。
B
四足除けという不思議なお札が頒布されている。
どうやら猪や鹿などの害獣除けらしい。
しかし、神社は無人だし、隣接する民宿も廃業、どこで手に入れれば良いのだろう?
C 日向大谷から先に集落はなく、急峻な秩父山系が奥へ奥へと連なる。
写真は両神山から派生した尾根の1ピーク。
★出原地区
@ 薄川の中流域に拓けた比較的戸数の多い集落であり、商店などもある。
しかし戸数の多さに比例して、廃屋の数が多いのも悲しいところだ。
このあたりの耕地は段々畑だけで、米はまったく取れない。
A 石垣を備えた立派な門構えの家。しかし、ここも空き家だった。
子供達は村を出、老人達だけが残り、やがて亡くなっていく。
こんな姿が日本中のあちこちの農村にある。
B 村のメインストリート。
平日の昼間は人も車もほとんど通らない。
C 小高い小平地に小さな分校の跡があった。
これは両神村立両神小学校出原分校の跡で、これは別稿
廃校をたずねてでご紹介します。
後ろに霞む山は日本百名山のひとつ、
両神山。
D 分校跡で出会ったオバアチャン。
ご夫婦で山の草刈りに励んでおられた。結構な年配の方かと思うがお達者である。
オバアチャンの話によると、現在は部落に学齢期の子供は2人だけ、そのうち1人の中学生は町中に寄宿しているのだそうだ。
E 学校の近くに文化住宅のような廃屋があった。
教職員の宿舎だったのだろうか。
F 部落の中心部にある「よろず屋」、つまり「なんでも屋」さん。
ちょっとした日用品や食料品、それに衣類までなんでも揃う。
元祖「コンビニエンスストアー」だ。
真っ昼間なので誰もいないのが残念でした。
G よろず屋さんは、いわば部落の情報発信基地。
さまざまな種類のプレートが店の軒先に貼られている。
ビールを手に持つアイドルは誰だろう?
H お店の前の民家には、何に使うのか縦割りにした竹が道端にたくさん干してあった。
I 郵便ポストに「アデカ石鹸」?
こんな山奥でも局員が1日に1度は必ず集配と配達に来る。
しかし、郵政民営化された現在、将来はどうなってしまうのかなと、一寸心配にはなる。
☆この写真はJFC会友、BIN組長さんの作風を強く意識させて頂きました。(^^)
次回は両神村の山村(下)小森川沿いの集落ならびに
皆野町日野沢沿い山村をご紹介する予定でいます。

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