2012/4/22

春  

 皆様ご無沙汰しております。

 震災、そして原発事故から1年1か月が過ぎました。昨年末に子どもも山都に戻り、今は家族4人で過ごしています。今では離れて生活をしていたことを思い出せない位遠い記憶になりました。想い出したくない気持ちが強いかな。今でもその当時の思いを思い出すとつらくなるのでなるべく思い出さないようにしています。

 それでも、一時避難したことはよかったと思っています。現実の被曝を避けることもそうですが、一時家族が離れたことで、実感として「大変なこと」というのが判ったことです。 
 
 もし、避難していなかったら(と考えるのもあまり意味がないかもしれないけど)いまだに悩んでいたのかもしれない。やってみて思ったのは心理的につらかったことです。もちろんこれは個人差もあるし、状況によって違うので一概には言えません。それでも私にとってはつらかった。何が?うーん、言葉にできない。

 今は何というか、覚悟を決めたというか、山都で家族仲良く暮らす事がとてもだいじにしていきたいと思っています。いままで当たり前だった事が輝いて見える。いきて、生かされていることに感謝している。 

 いつかこの思いが整理されるかな。

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2011/8/11

ノエフキ夏休み2011  

 今年の夏休みのテーマは
「かぞくなかよくすごす」(勝手に私が決めた)

 震災後、離れ離れになった我が家族。こんな時だからこそ気持ちを一つにしなくちゃ。
 
 この夏は心も体(←近くにいるってことね)も一つにして過ごした。変わらない日常がとてもうれしかった。家族が一緒に食事をすること、一緒に笑うこと、一緒に働くこと、一緒に寝ること。当たり前だった日常がとてもいとおしい。

 ノエとフキノにとって特別「何か」をしたわけじゃない夏休みだけど、パパとママとノエとフキノが一緒にいた夏休みだった。

 一緒にいたことが「特別な」夏休みだった。
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2011/7/23

原発事故B  原発

 早くもあれから4ヶ月以上がたちました。早かったような、長かったような。
 毎日このことが頭から離れることはないのに、世の中はあたかもまるで原発事故がなかったかのように過ぎているのがものすごく違和感というか、ある意味恐ろしさを感じます。

 今は子供達とともに長野にいます。実家の両親に子供を預けたけれど、両親もまだ現役の農家。野菜の出荷が始まったのを機に6月末からずっと私も長野にいます。

 3月末に山都に帰ろうか悩んだ挙句、しばらく長野にいることにきめました。余震が続いていたこともあるし、原発の収拾のめどが全くついていなかったこと、政府の発表が全くもって信用できずその段階で安全かどうか判断できる状況ではないということで私としては妥当な判断だと思いました。当面1学期をめどに避難するという判断でした。

 その後色々な情報を集め、検討しても私としては結論は中々出ません。ただ、方向とては山都に戻るつもりではいます。でも、なかなか決断できずにいます。本当にそれでいいのだろうか。

 2学期も長野にいることにしました。子供がやっと学校に慣れてきて友達との関係も楽しくなったこともあります。当初は両親に子供を預けていたので(たまに会いにはいっていましたが)子供達の心理的負担がものすごく多く、あまり環境の変化をさせたくない思いもあります。

 でも、家族がばらばらでいることはとても悲しいことです。こんな状況だからこそ夫婦で心を寄せ合って協力してかなくっちゃ。「原発離婚」などという言葉が出てきて、本当に悲しいことです。こんな困難だからこそ夫婦ともに心をひとつにして乗り切らなくては・・・と思うのです。それは中々難しいことではあるけれど。
 あさってには子供達と一緒に山都に一時帰ります。夏休みに福島の子供達が県外に保養に行く流れに逆らって(?!!)我が家は福島に向かいます。「外遊び、川遊び厳禁!!」と言ったら「あたし何すればいいの?」とふーちゃんに言われました。
 外遊びをためらう環境でどのように子育てをしたらいいのだろう?全くもって答えが出ない・・・。

 
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2011/6/13

原発事故A  

 実家に避難したものの眠れない日々が続きました。これは現実の出来事ではなくて、私の夢の出来事だと思い込むようにしました。それでも突きつけられる現実に打ちのめされました。
 そして重い、重い罪悪感に悩まされるようになりました。
子供を守りたい思いと、福島に残っている人々への思いと引き裂かれるような気持ちでした。本当にこれはつらく苦しいものでした。
 なので自分がこの辛さから逃げたい一身で原発事故の問題なんてたいしたことない!!と思い込むようにしました。
 私の勘違いだ、これはたいしたことはない、会津は問題ない・・・。
 どんな事実を見ても自分の都合の良いように捉えようとする自分に気づき、自己嫌悪に陥る。
 今でも福島では同じようなことが起こっていると思う。自分が自分を引き裂くような日々を過ごしている人がいると思う。
 これは言葉じゃなくて激しい痛みだ。引き裂かれ血が噴き出す痛み。のたうちまわり悶絶する痛み。心臓をつきぬかれ息絶え絶えになる苦しみ。

 激しく壮絶な苦しみ今現在もおかれている福島の状況を、どれだけ日本の国民は理解しているのだろう。

 それは多分かつての私がチェルノブイリ原発事故の被害にあった人々の苦しみを分かち合うことはなかったように。
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2011/5/24

原発事故@  原発


未曾有の地震と津波、そして恐れていた原発事故が起こった。あれから2ヶ月以上経ってしまった。

あまりの出来事に言葉にすることが出来ず、ずーっと沈黙を続けている。

まだ、気持ちの整理はついていないけれど、少しづつ言葉を紡ぐ努力をしたいと思う。それが前に進む手立てだから。

地震が起きてすぐに原発が問題になりものすごい恐怖を感じた。そう、巨大な隕石が地球に近づいて終末がやってくるというような恐怖。

すぐにでも福島から脱出したかったけれど、震災直前に仕事仲間が急死し、その仲間ときちんとさよならをしてから出たかった。葬儀が3月15日、2号機3号機が相次いで爆発したのを火葬場で知った。
16日の朝、降りしきる雪の中子どもたちを何とかぬらさないよう車に乗せ、実家の長野に向かう。国道49号線は福島から避難するいわきナンバーの車であふれていた。渋滞と豪雪の影響で長野に12時間の逃避行だった。

しばらくの間はあまりのショックで眠れない日々が続いた。
学校はまだおわっていなかったけれど休みを取った。この非常時に学校に行くことが重要に思えなかったから。

つづく
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2010/8/23

ノエフキ夏休みA  ノエフキ日記

 のえとふきのの夏休みも後一日を残すところとなりました。
 今年大変だったことはなんと言っても『夏休みの宿題』です。
 二人分の宿題を見なくちゃならない上に、乃絵が3年生になったこともあり自由研究が課題としてあったのです。あー、何やだって自由研究ほど嫌な宿題はなかったですよね。

 のどに突っかかった骨のように、楽しい夏休みがイマイチ楽しめないというか…。
 やはり1人ではできないというので、お盆頃に時間を取ってテーマをきめ、調べることを決め、始めました。家の周りの植物調査ということで、いろいろな植物を取ってきては名前を調べ、スケッチをして植物の様子を文章で説明して…。一日2つと決めて何とか本日終わりました。ぎりぎりセーフ。
 しかし、まだ読書感想文が残っている…。

 ナガーイ休みは宿題ナシにして欲しいものです。思いっきり遊べやしない。(かなり楽しんだか?)
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2010/8/11

のえふきの夏休み  ノエフキ日記

お久しぶりです。

 「ひぐらし農園の食卓」というより「ひぐらし農園の子どもたち」と改名したほうがいいかも…。

 まあ、そんなのはどうでもいいんですが。

 8月も半ばになりました。今年は例年にないほど非日常的イベント満載の夏休みです。レトロ横丁を始め、花火大会、キャンプ、21世紀シアター、カレーパーティー&ジャンベ演奏会、そして千葉の祖父母に2人だけで会いに行くという一大イベントがありました。1時間半ではあるけれど2人だけの新幹線の旅は結構緊張したようです。よーし、来年は長野に送り込むぞー!!
 今年は週に2日は児童倶楽部に行っているので時々お友達に会えるのは楽しいようです。それでも何もない日は2人だけでお留守番も多く一体何をしてるんだろう・・・。
 本人に質問してみると、お絵かきや本読み、いろいろなごっこをしているよう。けんかもしょっちゅうするけれど、なんとなくそのうち仲良くなるようで。いつもはついつい親が口をはさんでしまうけれど(あまりのうるささに耐え切れず)誰ーも仲裁してくれる人がいないと自然と仲直りするようですね。
 おーい、いろいろな仲直りの技を磨いて、私に伝授しておくれ。


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2010/7/18

祭の記憶  ノエフキ日記

 今日は喜多方市内のレトロ横丁へ子供たちと3人で出かけました。
 3人とも浴衣に着替えてのお出かけです。
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 昼間も開催しているお祭なのだけれども、やっぱり祭りは夜でしょう!!

 私の祭の記憶は小さな村の盆踊りぐらいしかないのだけれど、それでも何か不思議なドキドキするような思い出です。提灯のあかり、ざわざわした人の声と音楽、そしてゆかた。

 祭の雰囲気を味わうこと、それが伝統的であろうとなかろうと、子供たちにとっては不思議な体験なのかな。

 レトロ横丁の良いところはてきや以外に市民の方の出店が多かったこと。地域色があり、個性のある出店が多いので楽しめました。しかも安い!!喜多方のまちが一所懸命努力している様子が伺えました。

 さて、レトロ横丁に行く目的に子供たちが作成した七夕飾りを見に行くことがありました。みちにずーっと小学校や保育園などの子供たちの七夕飾りが飾ってあって、山都小学校の七夕飾りもありました。昨日の大雨でたいぶ落ちてなくなってしい残念ながら乃絵の短冊はなくなってしまいましたが、蕗乃の短冊発見!!華やかさはない七夕飾りかもしれないけれど、地域の子供たちの願いを大切にするところが良かったですね。
 
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2010/7/7

星に願いを  ノエフキ日記

ご無沙汰しております。
 織姫と彦星のように一年に一回のペースで…じゃなかった一ヶ月一回のペースでお送りしております。

 今日は七夕の日ということで、子供たちは七夕飾りを作っております。前々から「折り紙を買ってくれ」というのを忘れてしまい、今日は車の座席の上に、『折り紙買ってね』とメモ書きが置いてありました。ハイ、すみません。

 今年のお願い事
乃絵  「生物化学者になりたい」
蕗乃  「バレリーナになりたい」
だそうです。ええ、子供は夢があっていいですね。
毎年変わるのがとても面白いですね。
 ちなみに夫は10年に一度あるかないかの熱を出しまして、もしかしたら結婚して初めて?と思えるほどのダウンぶりです。ああ、彼にも具合が悪いということがあるのだ…。ホッ。
 しかし、午後からなにやら説明会があり、喜多方へ出かけました。そしてすぐに回復。

 星に願いを
家族みんなが健康でありますように
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2010/6/8

(無題)  

ああ・・・・・。前のブログは3月か…。

いっそやめちまった方がいいのでは・・・・。悩むところです。

 誰も知られないところで、ひそかに独り言をいうかのようなブログだったら…と思ってみても、やはりブログの世界も人間社会の世界です。(当たり前ですが。)

 皆様ご無沙汰しております。元気百倍生きております。

 最近、相方がツイッターなるものを始め、毎日つぶやいています。

 「ねえ、ツイッターって、どんな効果があるの?何か意味あるの?」
 質問しまくりです。
 
 私が若い頃にはなかった人との関わり方があって、馴染めないけれども面白い!!

 ああ…眠い…。

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