表現の本質。
例えば、ゴッホの自画像を観ても、その眼差しから
「何か」伝わってくるものがあります。
僕の好きなブルースシンガー、ジャニスジョップリン
の音楽を聴くと、自然にリズムをとってしまいます。
僕は、ゴッホとも、ジャニスとも、言語の違いで、直
接会ったとしても、言語的コミュニケーションをとるこ
とは出来ないでしょう。
しかし、彼や彼女の表現から、なにか「グッと来る」
ものを感じます。それは、彼らの表現が、「魂」の言
語だからでしょう。
スポーツでも、例えばフィギュアスケートなんかは、
芸術性の強いスポーツで、やはり、優れた表現の中
に「魂の言語」を感じます。審査員どうしが,言語的コ
ミュニケーションが取れなくても、演技に対する評価
の共通言語があります。
文学では、どうでしょう?
優れた文芸作品というのは、ハートで描いているので、
頭にスーっと入ってきます。頭でっかちな文章は、何が
書いてあるかは、スムーズに入ってこないものです。
表現の形態は違えど、歴史的に残っている表現は、
そこに普遍的な、「魂=愛」があるから、万国の人々の
共感を得るのでしょう。
精神物質
物質と言っても、地球上には、さまざまな物質がありま
す。プラスチックや石ころの様な、人工物や、自然物。
芸術作品のような、人間の精神性が深く刻み込まれた
物質。名古屋の日泰寺に在る、お釈迦様の「遺骨」など
の様な高度な霊性の染み込んだ物質。
物質は、それぞれに、精神性の温度差があります。
芸術作品は、例えば、「モナリザ」の様に、もはや「キャン
バスの麻布とその上に塗られた油絵具」だけではない、
ダビンチの高い霊性の宿った精神物質もあります。物質
や最近流行のパワースポットのように、土地や物質には、
温度計では測れない、精神性の温度差があるように思え
ます。

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