http://white.ap.teacup.com/kawakatublog/144.html
この記事に親しさせていただいているこの方から
http://blog.livedoor.jp/warabite/archives/50487132.html
トラックバックがありましたので、ご紹介しておきます。
蕨手さん、情報感謝します。
岡本太郎が縄文土器や装飾古墳を題材に、日本人と芸術を語っていることを知ったのは、かわかうがまだ京都で卒論の引用に使える書物を、四条の京都書院あたりを徘徊していた頃でした。
卒論の題材が安部公房でしたので、彼が岡本太郎主催の「夜の会」というアバンギャルドな(ふるっ)会合に参加していたため、ついでに岡本の縄文土器論がのっている本を買い込んだ時からです。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~KAIGUCCI/taro_jomon.htm
装飾古墳への言及はこれが初めてですからとてもありがたく読ませていただきました。
あくまでも芸術論であって歴史学とは一線を画しては居ますが、これがもとで縄文や装飾の息吹が世間に膾炙したのは確かで、戦後の価値観の見直しという文化論としても一級品だったと思っています。
かわかつ大先生(^^)破顔一笑・・・という人物は、ぶちこわし屋というのが基本形で、世間様の固定観念をいつもこわしたいと願うようなところのある、困った奴です。
その点で岡本太郎は感性がぴったんこだったのだろうなあと、今になって思います。
いっかいの文学学士が大胆にも畑違いの古代史に踏み込もうとする時、この芸術論はとてもいいきっかけになったと思っています。
考えてみれば民俗学などは始まりから文学的土壌を持っていますから、今やっているような、さまざまな科学と融合させようなんぞというやり方は、実は理科系から見れば「科学的」ではないのかも知れません。
けれども、「科学」の中には社会科学と自然科学がありますから、文系的科学があってしかるべきで、それはそれで、人間の琴線を揺らす錬金術であると言えなくもありませんでしょう。
人間のなりわいにはどうしても数学や物理では割り切れない部分があり、それがつみかさなって歴史となるわけですから、どうしたって文学的土壌、神秘的謎を楽しむしかない部分は存在するはずです。
基本的に科学全般、分析のノウハウの裏には、人間心理学があることは間違いないでしょう。
両方がまんべんなく経験されている者が科学に近いところに行けるのかなと感じます。
