豊系譜の被暗殺者?名簿
殺された、あるいは自殺および不明死の「豊」系譜人物たち。
継体大王血族太子天皇・・安閑、(宣化?)
蘇我血族の天皇・・・・・崇峻
蘇我血族の皇太子・・・・竹田皇子(推古息子)、山背大兄皇子(聖徳太子皇子)
蘇我氏・・・・・・・・・蘇我蝦夷、入鹿
これらは話をすすめる前の資料である。
1まずスサノオの神やらい、ヤマトタケルの死を前提として話の枕とする。
2クマソタケルの死。
3尾張一族。
4葛城氏の滅亡。
5安閑、宣化、崇峻、竹田、山背の死を、尾張・葛城・蘇我系譜(河内王朝と継体系譜)の抹殺と見る。
6蘇我氏の滅亡。
7蘇我石川家の滅亡。
8間に大伴氏の滅亡および尾張氏系日下部氏のルザン。
9出雲大社北側の素鵞神社。
10熱田神宮・神剣・草薙剣の大和朝廷による取り上げ。
藤原政権に落ち着くまで、完膚無きまでの氏族抹消記事が連続している。=王権交代劇
それがつまり熊襲滅亡が表している?
つまり南九州王朝に対する記紀の扱いでもあるか?
安閑息子・豊彦王の蘇我氏の血はどこへ流れるか?
継体大王の息子・安閑の息子に豊彦王あり。トヨヒコノオオキミ=蘇我稲目?
http://www.ten-f.com/soga-to-oosake.htm
以上 2008/1/12 付けかわかつブログ『民族学伝承ひろいあげ辞典』記事より
豊臣秀吉は6本指だったと書かれた
2008/8/17付け同ブログ記事より
国名・・・・・・・・豊国 トヨクニ 福岡県遠賀川東部地区・豊前、豊後、日向(耳地方=耳原、耳川、美々津など。・神武兄、五瀬命出身地)の北部
地名・・・・・・・・豊川、豊田、豊洲、豊津、豊海、豊浦、豊北、豊浦津、豊浦宮、筑紫津など。
その他関係する地域・・・新潟県、福井県、石川県、富山県、福岡県、愛知県、三重県、東京都、神奈川県、大分県、島根県、鳥取県青森県、山口県、大阪府、京都府などなど。現代の不法侵入者(半島?ボートピープル)多数地域との類似性はあるか(朝日新聞記事からの推量)?古来からのえにしあり、来訪する者あり?
神功皇后、斉明女帝などのゆかりの地に豊、息長、白石多し。
神名 ・・・・・・・・豊日別 トヨヒワケ
豊門別 トヨトワケ
建日向豊久士日泥別 タケ・ヒムカ・トヨ・クジ・ヒネワケ=クマソ=熊本県球磨郡の川上周辺と鹿児島県曽於郡の一部一帯(曾の君一族に管理された阿多隼人など)
大倭豊秋津島 オオヤマトアキヅシマ
天御虚空豊秋津根別 アマミツソラトヨアキツネワケ
豊受気毘売 トヨウケビメ
豊布都神 トヨフツノカミ
豊石窓神 トヨイワマドノカミ
登由宇気神 トユウケノカミ=伊勢神宮外宮(紀に記載ナシ)
豊御毛沼命 トヨミケヌノミコト
万幡豊秋津師比売命 ヨロズハタトヨアキツヒメノミコト(別名が7つ)
豊玉姫 トヨタマヒメ=山幸彦の妻・綿津見神の娘(ウガヤフキアエズを産んでヤヒロワニに変身し消える)
人名 ・・・・・・・・橘豊日 タチバナノトヨヒ=用明天皇 ×
豊御食炊屋姫 トヨミケカシギヤヒメ =推古天皇(幼名・額田部媛皇子)息子は竹田皇子×
豊総耳大王 トヨトミミノオオキミ =聖徳太子(非業の死と一族の滅亡)×
天豊財重日足姫 アメトヨタカライカシタラシ=皇極(斉明)天皇(百済滅亡に際して百済豊璋を王に成るべく帰国させ、自らも新羅を攻めんとしたが筑紫朝倉宮で客死、神功皇后モデル、宝皇女・たからのひめみこ{たから}の音読みは{ほう})×
天万豊日 アメヨロズトヨヒ =孝徳天皇(難波長柄豊碕宮(大阪市中央区)を造営、白雉4年(653年)、皇太子は倭京遷都を要求。孝徳がこれを退けると、皇太子は皇祖母尊と皇后、皇弟(=大海人皇子)を連れて倭に赴いた。 臣下の大半が皇太子に随って去った。 天皇は気を落とし、翌年病気になって亡くなった。)×
天之真宗豊祖父 アメノマムネトヨオジ =文武天皇夭折×
日本根子天津御代豊国成姫 ヤマトネコアマツミヨトヨクニナリヒメ=元明天皇
天璽国押開豊桜彦 アメノシルシオシヒラキトヨサクラヒコ =聖武天皇(大仏建立で豊前香春と豊浦周防赤鉱山の銅、金を大量に用いた)
豊臣秀吉(尾張=豊地方出身)×
豊彦王(『本朝皇胤紹運録』に(とよひこのみこ)を安閑の皇子とするが、所拠不明。参考、=蘇我稲目説もあり)×
追補・百済王豊璋
飯豊青皇女 イイトヨアオノヒメミコ=不在王あるいは断絶する王家?仁賢娘、欽明叔母
宗女トヨ 卑弥呼宗女× 狗奴国により?滅亡???
豊国法師 宇佐の医術僧?(法蓮?子孫?)
豊国奇巫 宇佐のかんなぎ(辛嶋氏?)
一部参考、吉田 舜『「天・日」の美称と「豊」の美称 倭国の証明』海鳥社2004
●1豊系譜多くは非業の死の可能性
2豊系譜は渡来(秦氏 など)を受け入れている
3豊地名はツヌガアラシト(新羅王子)を受け入れている
4豊前香春町に現人神社あり、林氏、原口氏などがツヌガアラシトを祭る。この神は敦賀建国の神。「つるが」語源は「つのが」「つぬが」。香春神社祭祀者に敦賀氏あり。香春神社所在地地名は「」まがりかね。この地名は近畿では継体皇子の安閑天皇の宮の名。勾金宮。「まがり」は銅地名。勾金は銅と金の鉱山地名。銅矢(まがりや)神社あり。「銅矢」とは青銅の中国弓。
http://abc0120.net/words/abc2007072001.html
「安閑の勾金宮は香春?」説あり
http://www.ne.jp/asahi/tokfuruta/o.n.line/waobu.html
安閑は宣化とは異母兄弟?安閑は継体と血脈なし説もあり。
5鹿児島県に「鶴ヶ峰」あり。
6香春神社氏子には●石、山●、赤●、長●、辛●、敦●、鹿●、葛●、金●、白●、近●、枡●、梅●など。
7香春は元・鹿春。鹿も春日も●●のシンボル?
8行橋市草場村は元、中臣村説あり。
9中臣氏の祖・天種児命と宇佐津姫は神婚した。
10豊前市金富八幡宮(旧名・矢幡神社)に中臣痕跡あり。
11香春町となりの田川市は「鷹羽」語源。鷹は銅。
12「ふたかみやま」「二上山」が九州にもあり。
13大分県に葛城や穴、佐藤、河野氏姓多し。
14珍説「香春岳は大和三山」?!
http://www.geocities.jp/oden1947/mutugatake.html
怪説「勾金宮は遠賀川近くの岡田宮すぐそば」?!ついにはこんな説「神武天皇宇佐〜岡田の宮陸行説」そして決定打は「邪馬壱国は都萬(投馬国)から歩いて北上して10日の大分県耶馬渓町山移(やまい)部落説」@・@
・_・;
神武候補は何人もいた説。
狗奴国は熊襲説。
応神は熊襲説。
応神は熊襲を招集して邪馬台国を乗っ取った説。阿多隼人協力、しかし大隅隼人は反発?・・・・などなどきりなし。

15アナホベとは鉄、マガリは銅。
16アナホベ系とマガリカネ系の二王朝並立説
17穴穂部皇子と豊御食炊屋姫=推古天皇のもがりの宮での対立から鉄氏族アナホベ系は衰退。代わって蘇我氏頭角。
18蘇我稲目=安閑皇子豊彦王説。
19安閑、豊王家説。蘇我氏安閑系譜説。
20欽明、安閑、宣化すべて別腹説。
21欽明=安閑説。
22耳系譜の消去と宮崎県西都原連動説。
23豊と耳
24豊総耳=聖徳太子で豊=月読系譜の流懺?
25豊=敗北
26耳=邪馬台国副官すなわち邪馬台国の終焉による神々と人々の豊「籠もり」あり?。
27豊と耳系譜の隔離のための宇佐神宮八幡神=応神、神功皇后押しつけあり?
28倭五王最終勝利
29雄略〜継体の筑紫と大和の反目。百済に歩み寄る継体へ、古い百済交易の国・筑紫反発。
30岡田の宮、筑紫君連合の王城?
31神武わざわざ岡田の宮へ。しかし穴門急流につき陸路説。
32博多湾から筑前に百済王の影?武寧王、継体兄弟説。
33武寧=斯麻王叔父・東城王(末多王めた・おう)末多の君説。
34百済亡命王末多(松田)君「まった」と読み、やがて「みまつ」三松へ?
35@0@松田聖子、乙姫神社祭神・蒲池姫子孫&末多氏説???????そんなあほな。
36きわめつきは継体=百済王子孫
37とにかく豊と耳系譜は籠目かごめの鹿(=藤原)の耳から百舌で、やかましい鳥(さえぐ異教徒)が中央祭祀為政者の耳目から消え去った=一件落着の意味?西都原は耳原。
38高千穂の峯そ祖母傾山系からはスズ。スズは鍛冶媒体。奈良時代から採掘。頭目は狩野氏。狩野は秦氏 ?
40筑豊に入り込んだ秦部たちが鉱山山師と鍛冶。
41その後山口の鉱山へ。
42山口はもと宇佐八幡の神域。
43香春岳と赤鉱山は銅鉱床で、秦氏 が開闢(おおさけ)。
44英彦山の麓、嘉麻に鮭(裂、朔)神社。かまは鎌、窯、竈。遠賀川水源、さけの神は魚偏に朔で「さけ」と書き、猿田彦(さえぎのかみ)も祭る。「さえぎ」は空海出身茨城利根川周辺鉱山から瀬戸内一円につれてこられた蝦夷。葛の民。ツチグモ。本名佐伯部の真魚。河野氏は越智。越智は「うち」と大分県三重町内山観音にあり。「うちやま」は「おちやま」。真言弘法大師地名。十一面観音あり。十一は山師。頭屋が贄として捕まえてきた鬼=籠目に入れられ、片目をつぶされ、片足斬られ、「一年神」「来訪神」=鬼となって
(十一)片目の生贄、人身御供、神隠しにされる、これすなわち籠目=ダビデの星か?「籠もらされる」つまり「籠もり唄」なる「かごめかごめ」のわらべ唄。「うしろの正面だあ〜〜〜れ〜〜?」花いちもんめは女のこと、「あの子が欲しいこの子が欲しい」つまりは生贄、砂の女の不条理、選ばれし鬼の代わりを一年後に子供や女に歌わせて新しい来訪者を歓迎し「おせったい」し、結局ちょん。「ずいずいずっころばし・・・抜けたらどんどこしょっ」と斬首。逃げたら死だなあ。
45大分県南海部郡蒲江町に神武ゆかりの真名井あり。高千穂にもあり。
46宇佐川上(駅館川上流津房川)に耳垂、鼻垂。津房川は化石が多く石灰成分。銅?香春岳三の岳採銅所近くににマブ穴あり。この山は「牛斬山」(うしきりやま)でつまり動物供犠の山。対面して馬見地名と山。牛と馬の供犠あり。落盤事故死や虫送りの儀式、平安〜江戸時代存在か?
47英彦山神宮祭神=アメノオシホミミ。香春神社祭神=アメノオシホネ・・・おほしこうち。
47「うしろの正面だああれ?」で鬼の後ろに立っていたあなたに白羽の矢。来年の鬼決定。鬼ごっことは生贄交換ゲームか?
48宣化の嫁は凡河内( おうしこうち)氏の娘。安閑、凡河内氏の土地を借りたいと希望するがなぜか断られる。宣化は兄だから協力して当たり前なのに、無視。しかたなく淀川の三嶋県主に借り受けるエピソードあり。
49安閑の大和の勾金宮がなぜか父継体の大和入りよりずっと前から存在する謎あり。矛盾。
50結語。「安閑は継体の子にあらずして、豊=九州北部遠賀川の豪族=王塚古墳被葬者?!の末裔だと?
継体の福井や遠賀川(恩賀川)のある同名地域=群馬県恩賀に碓井峠、遠賀川嘉麻町にも碓井あり。
埼玉、群馬、茨城の利根川ラインに海部地名と装飾古墳痕跡。虎塚古墳は茨城県。利根川と筑波山とヤマトタケル白鳥伝承。海人族や山師の名残か?東九州、尾張の海部との大平洋ルート移動コースに犬吠埼の海上郡、千葉県渡海神社などから奥地へはいり、埼玉県稲荷山古墳。熊本県には江田船山古墳。どちらもワカタケル大王の名前入り鉄剣出土。
つまり大伴氏同族である久米部あるいは倭五王同僚、膳の臣との交流ありか?雪矢神社あり。これは靫矢であろうから虎塚にも靫(矢立て武具)の絵があり。その北にある福島県からも装飾。福島は「吹く斯麻」で「島」とは領域、洲であるから鉄の領域。筑波山は六甲山と同じく花崗岩の山で砂鉄山ほど流出する。つまり鉄の大王ワカタケルとはヤマトタケル族のこと、つまり倭五王は鉄の氏族で馬と弓矢の達人。弓がトーテムなのが靫負部で大伴氏配下に日下部、額田部あり、刃連の連の名が大分県日田にあり。弓矢と来れば「的」。的の臣。的は円文。赤い円文。すなわち筑紫君、火君のトーテムも弓矢と靫。彼等は神武直系・神八井耳子孫を名乗り、それは壬申の乱で活躍する多氏のいるところに装飾古墳ありでみごとに合致。
補足。
したがって阿蘇ピンク石石棺で封印された氏族はすべて「豊」系譜ならんや?
果たして諸君の評価はいかに?
さらば。しばし休息の日々を欲す。かわかつ、これにて結論を得たり。ゆえに当分、この三日間の旅の疲れを癒やさむとぞ思う。
最大の謎はすべてつながった。
以後。しばし歴史からは遠ざかりたい。
なお、先日「まぼろしの邪馬台国」見たり。
さゆりちゃんが老けすぎていた。鮮明な画像にアップは厳し過ぎる。監督が悪い。
竹中、若すぎでバランスとれずは否めない。
しかし宮崎康平、ばかがつくほどの幸せ者だ。
笑えた、泣けた。しかし後半が前半に押されて短足の映画なり。
いまひとつか。
かわかつのまぼろしはしかし全面的に霧が晴れた。もうなやみなし。
しばらく罪のない話ばかり書くかも知れない。
もうちょっと影の天皇におびえる生活に疲れました。
以上。


0