作・演出:長塚圭史 出演:富田靖子、近藤芳正、菅原永二、峯村リエ、岩松 了
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美術:二村周作 照明:小川幾雄 音響:加藤 温 衣裳:宮本まさ江 ヘアメイク:綿貫尚美 演出助手:長町多寿子 舞台監督:矢野森一 芸術監督:栗山民也 主催:新国立劇場
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2006年9/28(木)〜10/15(日)/初台・新国立劇場/http://www.nntt.jac.go.jp/
最も注目されている演劇人の一人である、阿佐ヶ谷スパイダースの長塚圭史さんの新作です。新国立劇場にも初登場ということで、客席も豪華な初日を拝見してきました。ちなみにチケットは追加席が発売されたりしているので、まだ全日程でも購入が可能でしたよ(昨日確認したときの状況)。

《あらすじ》
近未来の東京。震災に見舞われ都市機能は麻痺し、人々は混乱している 街の片隅でひっそりと暮らす兄妹がいた 妹は震災前に精神を病んでいたが、今は落ちつきを取り戻し 兄の面倒をみながら暮らしている そこへあるひとりの男が訪れ、3人の新しい生活が始まる 多くのものを失ったあと、人間はどこに向かっていくのか……
今回の作品「アジアの女」では長塚さんのエンターテイメント性は影を潜めていて、非常に淡々とした静かな会話劇が展開されていきました。ちょっと新劇??と思ってしまうほど、長塚さんの新たな一面が見えた気がしますね。一見静かな舞台上では大きな事件があまり起きません。しかし舞台以外では着々といろいろな事件が多発しているようだったりして、じわじわと言葉すくない台詞から様々な事実が浮かび上がっていきました。
終演直後はテイストの意外さに物足りなささえも感じてしまい、なんだか消化不良のような気持ちで劇場を後にしました。しかし徐々に深い余韻をじっくりとかみしめることによって、この作品の凄さや感動がこみ上げてきました。きっと観客それぞれが自分自身の感性で解釈すれば良いのでしょう。非常に興味深く、そして強く印象に残る作品に出会うえました。上演時間は2時間弱でした。
震災に見舞われた近未来の東京が舞台ということで、劇場には町外れの廃墟が現れていました。
劇場の中央にステージが設置されていて、それを挟んだ両サイドに客席が特設されています。いわゆるセンターステージ構造になっているんですね。ステージの上手と下手には、今にも崩れてきそうな家がリアルに創りこまれていました。そんなダイナミックな舞台美術も見どころの一つです。音楽なども暗転中などに流れるものの、でしゃばらず、そっと舞台を支えている印象を受けました。
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舞台は町外れに佇む廃墟。そこには兄の晃朗(近藤芳正)と妹の麻希子(富田靖子)が静かに生活しています。しかしそこに晃朗のかつて仕事相手だった、才能のない小説家・一之瀬がころがりこんできました。この作品はここから始まります。しかし3人ともそれぞれ精神を病んでいました。麻希子は既に死んでいるはずの父親の面倒をみていて、芽の出るはずのない所に出来た畑の世話をしたりします。晃朗はアルコール中毒になっており、市ノ瀬もまた幻覚をよく見たりしていました。
そんな廃墟には麻希子のことを想っている警官(菅原永ニ)が、配給物資などをよく持ってきたりしています。そのうち麻希子は町で出会った鳥居(峯村リエ)の紹介で、ボランティアという名の売春を大した自覚もなしに行い始めます。いつしか中国人の男性を好きなった麻希子は鳥居に反抗し始めており、才能のなかった一之瀬は自分の力で小説を執筆が出来るようになっていったのです。
しかし執筆に勤しむ一之瀬と晃朗のもとへ、警官が嘆きながらやってきました。きっと麻希子は何か事件に巻き込まれて亡くなったのでしょう。しかし一之瀬は懸命に小説を書き続け、晃朗はゆっくりと町に向かって歩き始めます。すると大きな地震が起こりました。強い地響きと暗転していくなかで、晃朗は歩き続け、警官は悲しみにくれ、一之瀬は書き続けます。長い暗転が終わって明るくなると、廃墟には咲くはずがない花々や芽が芽吹いていました。多用な解釈ができるラストでした。
印象的なラストシーンを迎えた後のことです。ゆっくりと客席が明るくなり、そのままカーテンコールがないまま終演しました。しかし客席からは大きな拍手が巻き起こりました。上手くこの場でまとめることができないものの、いろいろ思考したりできる余韻のある作品だったと思います。極めて淡々とした静かな内容でしたが、とても重厚感があって見応えがありました。観劇できて良かったです。
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