「ラビア・ムルエ『これがぜんぶエイプリルフールだったなら、とナンシーは』」
脚本:ファディ・トフィーク、ラビア・ムルエ 演出:ラビア・ムルエ 出演:リナ・サーネー、ハトゥム・エルイマム、ラビア・ムルエ 一般:4,000円 学生: 2,000円 豊島区民割引: 3,000円
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舞台美術・グラフィックデザイン:サマール・マカルーン 動画:ガッサン・ハラワニ 思想アドヴァイザー:ジャラール・トゥフィーク 演出助手:ハニア・ムルエ ヴィデオ・インスタレーション:ラミア・ジョレイジュ ポスター収集・リサーチ:ジネア・マスリ 中東シリーズ共催:国際交流基金(ジャパンファウンデーション) 後援:レバノン大使館 国際協同製作:東京国際芸術祭(TIF)、フェスティバル・ドートンヌ・パリ(フランス)、アシュカル・アルワン・レバノン現代芸術協会 5日間/5ステージ
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2007年3月23日(金)〜27日(火)/にしすがも創造舎特設劇場/http://tif.anj.or.jp/
「東京国際芸術祭」「フェスティバル・ドートンヌ」「レバノン現代芸術協会」という、3つの国際的な芸術機関が国境を越えて共同制作する作品でした。今回の脚本・演出を手がけられるのは、レバノンの鬼才的なアーティストである、ラビア・ムルエさん。「新作世界初演」という記念すべき公演です。

レバノンで活躍するパフォーマー、アーティスト、思想家、ジャーナリストたちが集結しての「マルチメディア・パフォーマンス」。開幕したてから賛否両論の意見を耳にしながらも、これは必見中の必見だっ!と思って観に行きました。とにかく個人的に普段よく触れているような、既存の舞台芸術の枠を超えています。ダンスやパフォーマンスをたまに拝見する僕ですが、やはりラビア・ムルエ作品との出会いは衝撃的なものでした。僕は「こういう表現方法があるのか!」と静かに興奮を覚え、最後まで興味深く舞台を見つめることが出来た気します。それに今作について好きだとか嫌いとかを判断するその前に、この作品に出会えた良かった・・・と思えたのが、観劇後に感じた僕の率直な感想です。そしてこういった内容の作品を、日本・フランス・レバノンという3カ国の芸術機関によって、「国際共同制作」していることの意義を強く感じました。
いつものように受付を済ますと、レバノンの資料入り「当日パンフレット」を渡されました。そしてにしすがも創造舎の本校舎では、今作に関連したヴィデオ・インスタレーション『...and the living is easy』を開催中。ラミア・ジョレイジュさんの映像と、ラビア・ムルエさんのテキストによるコラボ。日記形式でビデオ作品が綴られます。この作品は開演前に観ておいて良かった気がしますね。さて、開演の30分前からロビー開場され、開演の15分前から客席開場されました。場内に入場すると、プロセニアム形式の客席が広がっています。舞台は黒幕に覆われていて薄暗い雰囲気が漂う空間ですが、中央にポツンと白く小さな四角いステージがありました。そのステージには4人がけの黒いソファーがあり、その後ろから4本のマイクが延びています。そんなソファーの頭上には4つの縦に長いスクリーンがあり、その更に上に日本語字幕がありました。開演前から舞台付近をウロウロしている4人の出演者(男性3人・女性1人)がソファーに腰掛け、客席の電気が少しずつ消えていきます。開演。そこから体感時間が妙に長い、1時間30分の観劇体験が始まったのでした。

開演してソファーに座った瞬間から4人の出演者は、終演するまで一歩たりとも、そこを動くことはありません。そして出演者の1人が口を開きました。語られるのは「不死身の殉教者」の物語。1975年に開始されたレバノンの内戦から、2007年の今現在までを時系列順に追っていきました。4人は淡々と自分の生い立ちや立場、そしてレバノンの状況を説明しつつ、いかにして自分が死んだのか、そしていかにしてまた自分が生き返ってのかを語っていきます。そう、彼らは「不死身」なのです。それと同時に出演者の頭上にあるスクリーンには、彼らが殺されたり事件が勃発するたびに、「プロパガンダ・ポスター(死んだ殉教者のポスター。現地では掲示されるのが日常的らしい。とてもポップでカラフルな印象。)」が次々と表示されていきました。レバノンで実際に掲示されたオリジナルをもとにして、出演者の名前や顔写真を当てはめて再作成されたものです。そして真っ白い四角いステージには、アラビア語で書かれたテキストが映写されていて、時折ですが、少し大胆な照明の変化などを垣間見ることが出来ました。
★下記のレポートには、ネタばれが含まれております。どうぞご注意ください。
レバノンのさまざまな問題が混在する社会情勢を、ギリギリのブラック・ユーモア溢れる場面の応酬で見せています。朝日新聞のインタビューで「レバノンはキリスト教、スンニ派、シーア派、ヒズボラ教などの様々な歴史がお互いに闘っている。しかし歴史は、語る人によって異なり、虚構と現実の両方でできている。新作も、その境目についての作品になる」、とラビア・ムルエさんは語っていました。なるほど、納得です。しかしただでさえ無知な僕にとって、レバノンの情勢や固有名詞が次々と出てくる今作は、明らかに難しすぎました。だから当日パンフレットと共に配布してくれた、レバノン情勢の新聞記事は親切だと感じます。でも僕は難しかったことに対して不満はありませんし、むしろこういう複雑な状況を見せてもらえたほうが、より今作については効果的で良かった気がしました。そしてマスメディアで報道される情勢しか知らない自分にとって、この作品との出会いは大きな衝撃をもたらしました。今まで不覚にも遠い国の出来事だと思って距離を感じていた出来事が、こんなにも生々しく迫ってくるとは思っていなかったからです。いくつもの宗派や政党が混在するレバノンでの悲惨な事件の数々は、結局のところ人間が起こしていることなんだと痛感しました。
スクリーンには「プロパガンダ・ポスター」が中心に映写されます。照明は少しだけ変化することがありましたが、中央のステージ以外はほとんど真っ暗でした。そして映写されていたポスターが動く映像に変化した場面があって、それが象徴的かつ効果的ですごく面白かったです。やはりただ淡々とテキストを語り続けるような内容なので、もう少し突出した何かがあっても良いのでは・・・と思いました。内容上すごく集中してみることを余儀なくされたのですが、やはり中盤以降は睡魔に襲われてしまうことがしばしば・・・。でも目を閉じると字幕が見えなくなるので、必死に目を開けて頑張りました。ラストでは宗教や政党などの組織が消滅すると、映写されていたロゴが黒丸に変化するのが渋かったです。ラストでは照明や画像の大胆な変化もあり、より集中できた気がしました。さて終演をして、少し変わったカーテンコールが終わると、劇場内は暗闇に包まれます。するとスクリーンに次々と「プロパガンダ・ポスター」の、レバノンで実際に掲示されたオリジナルが映写され始めました。長い時間次々と映写されるポスターを見つめ、これだけの人がこの世を去ったんだ、と改めて実感せざるおえません。何かを感じ思考する前に、身震いしたのは僕だけでしょうか。
≪ポスト・パフォーマンストーク−2007年3月27日(火)19:30の部終演後−≫
今回のプロダクションでは初日の1公演のみを除いて、すべての回に「ポスト・パフォーマンストーク」が開催されています。「東京国際芸術祭2007」の参加作品では、ほとんどの公演でトークが企画され、なおかつその充実さには関心させられっぱなしでした。そして今回のトークも然り!作家さんであるラビア・ムルエさんをお迎えし、加えて司会+通訳の3人で着々と進行していきました。観客からの質疑応答もあり、終演して間もない熱気が残る舞台上で、1時間弱に及ぶ濃いトークでした。印象に残って「書き留めなければ!」と思ったことを、いくつかメモしてきましたので、アップをさせていただきます。走り書きした自分でも解読困難なメモだったため(苦笑)、言葉はほとんど正確ではない気がしていますので、だいたいの「大意」だと思って読んで頂ければ幸いと思います。
ラビア・ムルエさんが語られていた、印象に残った言葉など・・・。『わざと複雑な上演形態をとっている。ニュースやメディアで伝えられる、分かりやすく事実をまとめられたものとは、正反対な作品です。すべてが例えばジョージ・ブッシュの言うように、「善」と「悪」、「白」と「黒」に分けられるとは思わない。』『レバノンには内戦の恐怖が常にあります。宗派の対立などによって、レバノン人同士が傷つけあう。』『レバノンの指導者や政治家には、「自己批判」と「自己分析」が出来る人がいない。彼らは自分たちのやったことは「正しい」と思っている。このままだとレバノンは崩壊するかも知れない。』『レバノンでは政治が芸術(アート、パフォーマンス、演劇など)と密接な関係にある。例えば政治的なテーマをあえて扱わない場合は、それ自体が既に政治的な主張になっている。』
Q:床に映写されていた文字はなんですか?また、照明に意味はありますか?
A:上演中、ずっと床に映写されていたのは、この作品の「テキスト(脚本)」です。時には役者のカンペにもなります(笑いが起こる)。床に照らされたりする照明ですが、特に意味はありません。
Q:どうしてずっと出演者4人が、イスに座ったままの上演スタイルなのですか?
A:作品創作の後半に差し掛かってから、このスタイルに決定しました。物語自体が動きのある展開なため、この作品ではあえて、動作のない出演者がイスに座ったままのスタイルにしました。あれは(舞台上に置かれた黒いソファーを指差し)、日本の無印良品のソファーです(笑いが起こる)。
Q:日本での演劇や作品に触れましたか?また、その感想をお聞かせください。
A:日本で行われた演劇は数作品しか拝見していません。一番最近に観たのは、昨年の12月に新国立劇場で上演された、岡田利規さん作・演出「エンジョイ」。政治的なテーマだと思いました。
Q:『これがぜんぶエイプリル・フールだったなら、とナンシーは』。このタイトルの意味は?
A:勃発した悲惨な出来事のすべてが、4月バカ(嘘)で片付けられたら、どんなに良かっただろう。タイトルに登場してくる「ナンシー」とは、新聞に出ていたジャーナリストの言葉(だったかな?)。
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