「新国立劇場『CLEANSKINS/きれいな肌』」
脚本:シャン・カーン 翻訳:小田島恒志 演出:栗山民也 出演:中嶋朋子、北村有起哉、銀粉蝶 全席指定:A席5,250円、B席3,150円、Z席1,500円 発売日:07年2月12日(月)
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美術:島次郎 照明:勝柴次朗 音響:秦大介 衣裳:宇野善子 ヘアメイク:佐藤裕子 演出助手:宮越洋子 舞台監督:米倉幸雄 照明オペレーション:田中弘子 音響オペレーション:黒野尚 演出部:川原清徳、大野雅代、藤波三幸 プロンプター:山本美也子 美術助手:松村あや 制作助手:庭山由佳 制作担当:茂木令子 広報:高梨木綿子 芸術監督:栗山民也 主催:新国立劇場 ※24日(火)14:00終演後、シアター・トークあり! ※アカデミックプランの利用もあり!
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2007年4月18日(水)〜28日(土)/新国立劇場・小劇場/http://www.nntt.jac.go.jp/
新国立劇場が制作を手がけられる、最新の演劇公演『CLEANSKINS/きれいな肌』。今作はロンドン在住のパキスタン系イギリス人、シャン・カーンさんの新作を「世界初演」するプロダクション。日本人の豪華キャスト3人を、栗山民也さんが演出。「国際演劇人交流」企画の一環公演でした。

≪あらすじ−WEB「新国立劇場」より引用させて頂き、役名を追加−≫
英国の小さな町、母ドッティー(銀粉蝶)とその息子サニー(北村有起哉)が二人で暮らす公営住宅の一室。そこへ薬物中毒で行方不明となっていた娘ヘザー(中嶋朋子)が突然、イスラム教徒の姿で帰ってきた。反イスラムのデモに参加しているサニーは、イスラム教徒となった姉になぜ改宗したのかと激しく詰め寄る。そんな弟を言葉少なに見つめ、静かに語る姉。次第に姉弟の話は自分たちを捨てた父へと及ぶが、母はそんな二人を前にただおろろするばかり。やがて、父の去った本当の理由が明らかになっていく……。秘密を抱えたある家族の物語。英国の注目劇作家の新作に、最高のキャストが挑む!
シャン・カーンさんは演劇のみならず、映画監督やテレビドラマの脚本などを手がけている、まさに「新進気鋭」の名が相応しい劇作家です。そんな彼が執筆した作品の「世界初演」にあたる初日へ、意気揚々と足を新国立まで進めてきました。最初こそ初日らしい緊張感と堅さが気になってしまい、なかなか惹き込まれない自分に気づきます。でも中盤から終盤にかけてはなぜか涙が溢れてしまい、客席で内心焦りながらも必死に舞台を観続けながら、ラストシーンでは完全にノックアウトされました。ある家族に起こった事件を中心にすえながら、浮かび上がってくるのは宗教や民族、そして普遍的な人間そのものの関係性が描かれます。女性2人と男性1人の計3人のみが登場する、鋭い洞察力が光っていく今回のお芝居。3人のやり取りは残酷で痛々しいものですが、でも実は可笑しいし愛しくも感じ、なのに悲しくてたまらなくなり、終いに涙が頬をつたっていきました。
非常に濃密な2時間5分弱の間展開されていく、静かで淡々とした会話劇、いわゆるストレート・プレイの作品です。でもピリッと渋いスパイスが効いた栗山さんの演出が光り、抽象と具象を併せ持つ舞台美術(島次郎)&照明(勝柴次朗)、軽快に時に重々しく鳴り響くロック・ミュージックの数々・・・。実力派の役者さん3人によるお芝居ですが、3人とも非常に良かったです。でも上演中は役者さんの演技を観ているというよりも、ひとりひとりの人間同士が一見静けさを装いながら、激しくぶつかり合う様を目の当たりにした気がしました。演技が上手いという感想を持つ前に、全身全霊でぶつかり合う人間の姿に衝撃と圧倒されます。新国立劇場で「国際演劇人交流」の息吹を感じつつ、体や心に力強いほどに迫ってくるこの思いを、ぜひ体感していただきたいと思います。今月の28日(土)まで、新国立劇場の上演中。ご興味のある方は、ぜひ劇場へ足をお運びください。そして「しのぶの演劇レビュー」の高野しのぶさんが、稽古場から本番までを取材し、全6回のレポートとして纏め上げています。非常に興味深い創作過程を粒さにレポートされているので、ぜひ「国際演劇交流」の現場の模様をご覧になってみてください。
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★下記のレポートには、ネタばれが含まれております。どうぞご注意ください。
客席に向かって下手から上手へと、斜めに張り出した傾斜付きのステージ。そこはドッティーとサニーが暮らす、公営住宅の一室でした。大きく聳えて圧迫感を与える壁や天井は、黄色く塗られているのが印象的。高価とは言えない様な古さを感じる家具が陳列されていて、みすぼらしい空間に仕上がっています。でも明らかに具象的に作りこまれているところと、もちろん意図的に抽象さを強く持った仕上がりの部分もあり、非常に素敵な美術でした。徐々に変化して効果的に舞台を演出する照明や、些細で細やかな音響(秦大介)などのスタッフワークも冴えています。でも役者さんは前置きしたように、初日らしい初日だったように思います。まだ堅さが残っているというか、きっと可能性が残されているというか。これから可笑しさが笑いへ変化する部分も増えてくる気がしますし、そうすれば、他の場面がもっと際立って効果的な印象を持つでしょう。若干多めの暗転も少し集中力の妨げになったように感じましたが、これから更に全体がブラッシュアップされていくと思いました。
場面数は予想以上に多い作品に仕上がっており、こまめに暗転する方法を用いて、場面を次々と進行させていきました。さて、ささやかで些細な会話が淡々と展開していくうちに、徐々に登場人物の過去や現在が浮かび上がります。ヘザーは麻薬の常習犯で財産を持って家出をしたこと、サニーはサッカー選手だったものの、姉と同じように麻薬の常習犯になってチームを解雇されたこと。そして昔夫に捨てられたというドッティーも、現在は失業している様子でした。そしてサニーはイスラム排斥の運動をする政党の、熱狂的な支持者になっています。そこへ家出して以来行方不明になっていたヘザーが、突如として帰宅してくるところから物語は始まります。しかし彼女の身なりはイスラム教徒の衣装であり、それはサニーの敵であることを意味しました。激しく意見を主張し対立しあうヘザーとサニー、そしてそれをただ見つめ続けるドッティーの3人。そしてヘザーはなぜ自分がイスラム教徒を新興するようになったかを、サニーに向かい淡々とした口調で語り始めていきました。
彼女はロンドンで自分たちの本当の父親を探し出しましたが、その人物とはドッティーから教えられていた人物とはまったく違いました。2人は父親について、家族を捨てたろくでもない白人の男だと思っていたのに、実は異なる肌の色を持つトルコ人ということが判明します。彼女は父親に出会ったことで麻薬から脱したため、父親の宗教と同じイスラム教を新興するようになったんですね。しかしサニーはイスラム排斥の運動をする政党の熱狂的な支持者であり、過剰なほどの差別を行っていたため、自分が混血であることに動揺を隠し切れません。そして彼はヘザーとドッティー問い詰め初め、更に痛々しく残酷な展開が続きます。そして最後の最後の場面では、ついにドッティーが父親について口を開きました。その結果として、殴ったり取っ組みになったりする3人。ヘザーが「何もかも、うまくいくはず…」と祈りの言葉を呟き、音楽も効果音も無い静寂のなか、ゆっくりと暗転して終幕を迎えました。深い余韻が体全体に満ちていくのを感じながら、新国立劇場を後にしました。
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