「SPAC『別冊 別役実−≪AとBと一人の女≫より−』」
演出:鈴木忠志 原作:別役実(「AとBと一人の女」) 出演:塩原充知、加藤雅治、内藤千恵子
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キャッチコピー『現代の格差社会を予見しその根本問題を問う別役実の問題作』 ≪SPAC「Shizuoka春の芸術祭2007」参加≫ 一般:3,000円/同伴チケット:5,000円/各種割引あり 本芸術祭の「開幕初日レポート」はコチラ:http://white.ap.teacup.com/kazudon/544.html
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2007年5月3日(木・祝)・5日(土・祝)/舞台芸術公園「BOXシアター」/http://spac.or.jp/
Noismと共に『Shizuoka春の芸術祭2007』のトップバッターを飾るのは、SPACの元・芸術総監督である鈴木忠志さんによる最新演出作品でした。戯曲が別役実さんの処女作ということもあって、観客の興味と期待が一層に高まるところです。満員の客席で迎えた初日を拝見して来ました。

独自の演劇理論を提唱されてきた鈴木忠志さんは、現在も世界的に活躍されている演出家の一人です。しかし今から遡ること46年前。若かりし鈴木さんが演出を手がけた作品でもあり、また日本の不条理演劇界を代表する作家でもある、別役実さんの処女作であったのが「AとBと一人の女」。そんな作品を新たにリバイバルされたのが今作「別冊別役実」であり、今年3月にSPACによって初演されたばかりのプロダクションでした。劇場へ到着するとロビーには多くの人だかりがあり、どうやら開場は開演の直前とのこと。それまではロビーでドリンクなどを片手に寛ぎ、開演の5分ほど前から整理番号順に入場が開始されました。場内に入場すると木製のブラックボックスが広がり、いわゆる四角いフリースペースといった印象です。若干横に広く感じる舞台には段差が無く、客席は5段ほどのひな壇に畳が敷かれており、その上に座って観劇する形態が取られていました。開場中から既に役者さんが舞台上におり、緊迫した空気が場内に立ち込めます。観客全員が着席したかと思うと、徐に、でも着実に舞台が始まっていきました。上演時間は1時間10分弱でした。
主にA(塩原充知)とB(加藤雅治)という二人の男性による、対話で紡がれる二人芝居として進行していく作品です。新たに挿入や変更された箇所はありますが、ほとんど戯曲本来の指示に沿って演出されていました。僕が前回触れた鈴木作品「シラノ・ド・ベルジュラック」では、完成された美しさに目を奪われたのを鮮明に記憶しています。その時に感じた美意識はそのまま受け継がれるものの、今回の観劇で自分の心に先行してきたのは、切迫感が溢れる恐ろしさでした。AとBという二人の男性の過去が明らかになるにつれ、浮かびがあるのは今も昔も変わらない「格差」という問題。この作品が書かれた46年前と今とでは時代が変わっていますし、そのために新たに改良を加えられたりしていますが、やはり本質的な部分は顕在しているのではないでしょうか。人間を差別するという価値観やイジメという現象について、それがなぜ発生するのだろうか、というある一つの見方を提示していた気もします。ほぼ静止した状態でじっと客席のほうを向き、真っ直ぐと力強く言葉を発し、独白のような発言を次々と語っていくうち、戯曲上の対話が浮かび上がります。別役さんならではのブラック・ユーモアが散りばめられますが、あまりにも高い緊張感もあったため、笑いには繋がっていませんでした。こういう小空間でこの鈴木さんの作品を味わえる満足感を感じていましたが、作品の内容自体も非常に見応えもありましたし、問題定義もあって充実をしていました。
真っ黒な壁や天井に囲まれた空間。舞台の上手寄りには畳が敷かれていて、書物が散乱した部屋のような雰囲気。畳の上にはAが座って読書をしており、Bは畳から外れた所に佇んでいます。小学校時代の同級生だった彼らだったが、Aは「有能クラス」に属しており、Bは「低能クラス」の一員であった過去がある。今では一介の公務員となったBだったが、今は文化人と言われるAのもとへ居候していた。しだいにAはBを身体障害者ではないかと差別し、またBはその蔑みを受け入れて、「自分はダメな人間だ。殺して欲しい」と彼に懇願する。AはBの頭にナイフを突き立てた瞬間を境に、場面は移り変わって第二場へ。生きながらえたBはAこそが身体障害者ではないかと蔑み、抵抗するAをナイフで殺害するに至ってしまうのであった。そこに今回の演出では歌謡曲「何日君再来」が度々挿入されたり、本来は登場しない看護婦(内藤千恵子)を登場させることにより、新たな趣向が盛り込まれています。とても鋭利に描きえぐり出す戯曲を更に効果的に演出しており、この作品をより多重的で深いものへと仕上げていました。きっとAとB、そして看護婦の存在などは、普遍的な人間関係はもとより、政治的だったり国際的な問題にも当てはめられると思いました。