「新国立劇場/日中共同プロジェクト『下周村−花に嵐のたとえもあるさ−』」
キャスト:篠塚祥司、佐藤誓、内田淳子、粟田麗、能島瑞穂、果静林、陳秋、韓青、于洋、林熙越、薛山、劉丹、王瑾 チケット代(全席指定):4,200円〜1,500円(学生など各種割引有り)
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作:平田オリザ、李六乙 演出:李六乙、平田オリザ 美術・衣裳:嚴龍 照明:岩城保 作曲:郭文景 音響:嚴貴和 芸術監督 栗山民也 主催:新国立劇場 共同制作:新国立劇場、中国国家話劇院、香港アーツフェスティバル ≪香港公演(3月)→北京公演(4月)→日本公演(5月)≫
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2007年5月15日(火)〜20日(日)/新国立劇場・小劇場/http://www.nntt.jac.go.jp/
中国の李六乙さんと日本の平田オリザさんという両国の演劇人が、共同で脚本と演出を手がけられた日中共同プロジェクト公演「下周村」。日本と中国の両国からキャストやスタッフが集い、香港と北京で公演を終えたこの5月、東京の新国立劇場で待望の日本初演の日を迎えた次第でした。

≪ものがたり−WEB「新国立劇場」より引用させて頂きました−≫
中国四川省あたりの町外れの宿屋。近くの古代遺跡の村では300年にわたり贋の文化財を作ってきたが、最近新しい古代遺跡が発見され、村の住人、噂を聞きつけた中国人、考古学者、日本人学生やサラリーマンなどさまざまな人々が宿屋に集まってきた。新遺跡発見で歴史が塗り替えられるとはどういうことなのか。数千年前の文化財と300年前の先祖が作った偽物とは何が違うのか。歴史とはいったい何か。急速に発展する中国で様々な価値観を持つ中国人と、遺跡騒動のなか、中国奥地までやって来た日本人との出会いから、日中の現在が浮かび上がる。
白地に水墨画の山並みが描かれた幕が、舞台の三方向に点在している舞台美術(嚴龍)。非常に美しいです。舞台上には他にも机や椅子が点在し、水場などがある庭のような光景。素朴な風合いを強く残しているものの、渋くて洗練されているのが特徴的でした。日本でもお馴染みの平田作品のように徐々に舞台へと俳優が登場し、いつしかゆっくりと客席が暗くなり始める。そう、開演です。最初はとても良く出来た群像劇に仕上がっていると感じ、人々の触れ合いや感情の移り変わりを粒さに見届けました。日本と中国の役者さんとの違いなども楽しめたので、いろいろと見所がある作品だったと思います。このままじっくりと終幕まで至るかと思っていたところ、突如として挿入された大胆な要素が、今作の内容を大きく左右することになりました。本公演は既に公演期間を終了しているプロダクションですので、ここからの文章は作品内容の確信に大きく触れさせて頂きます。中盤のある場面を境目にして、舞台全体を覆っていた白幕がカーテンのように取り除かれ、現れたのは赤く染まった空を浮遊する登場人物たちの画。徐々に机や椅子が宙に吊られていき、演技スタイルも前衛的だったり京劇的だったり、良い意味で不可解で不自然な空間に染まります。最初は何がどうなのか意味が分かりませんでしたし、きっと客席で動揺したのは自分だけではないはずでしょう。このような作風は確かに観客によって、好みが大きく分かれるところだと思います。しかしながら、とても面白く価値のある作品だという確信を、終演後は自分の心に持っていました。
さて、今作では「歴史」を重要なポイントして扱っていました。個人的には学校の授業で行われた「現代社会」を思い出しました。初めて現代社会の授業が行われた時のことなのですが、教師から生徒全員へ配布されたのは「上高森遺跡での発掘捏造」の資料。これにより日本の歴史が塗り替えられ、教科書が大幅に変わったというの有名な話です。このことを踏まえて今回の作品に触れてみると、歴史という存在は限りなく曖昧だということを痛感しました。そして曖昧だからこそ惹かれるものが確かにあり、劇中で登場してくる考古学者の姿と重なるものがあります。そして例えば中国と日本の関係や作品で扱っている考古学についてを、人間と言う存在をまず超えることにより、大げさに言うならば宇宙単位から眼差しを送るような印象を持ちました。今回の作品では歴史が曖昧だということを「悪」か「善」に分けあるわけではなく、だからといって何も主張が無いわけでもなく、最終的には何もかもが一同に混在した世界を「演劇」として観客に提示してくれた気がしました。意味を理解するのは本当に苦労しましたが、しだいに意味が分からなくても良いということを実感し、感じるままに感じ、楽しむままに楽しみました。現代の社会では誰でも楽しめる分かりやすい作品が多く出回っていると思います。もちろんそれを悪いと言うわけでないですが、「分からない」ということを「面白い」と思える作品はとても素敵ではないでしょうか。興味深い2時間弱の体験でした。