自分にとって歌うこととは何ですか?どんな相手が聞いていようと私は完全燃焼したい派なので自分の世界に入ってしまう。俗にいう「マイクを離さない」なんてものでしょうかね。私の中で歌との出会いで熱くなったのが、幼い頃に聴いた教会のゴスペル。幼稚園がカトリック系で、聴く機会は何度も。
本来、ゴスペルとは「神の福音」という意味を持つ、キリスト教の言葉。しかし、 日本で一般的に「ゴスペル」と言う場合、それは「ブラック・ゴスペル・ミュージック」を指す。ブラック・ゴスペルが生まれたのは18世紀の終わりから19世紀初頭にかけて。当時のアメリカには黒人奴隷が礼拝できる教会がなく、1799年に
リチャード・アレンが黒人としては初めて
メソジスト教会で賛美歌を歌ったのが、その始まりと言われている。日々の重労働と終わりのない貧困に喘ぐアメリカの黒人奴隷たちが、魂の救済を神に祈りながら歌ったブラック・ゴスペル。
そんなゴスペルを聴いて育ったのが世界的なロッカーのひとり、
エルビス・プレスリーだ。
エルビス・プレスリーはアメリカ南部、ミシシッピー州の
テュペロという田舎町の、貧しい家に生まれた。あまりの貧しさに、白人にしては珍しく、黒人区に住んでいたほどだった。エルビスはその町で、黒人のお爺さんがギター片手に歌う南部ブルースを聴きながら育つ。さらに、彼の家の向かいが黒人教会だったため、その教会の音楽も聴いていた。そして、母親はキッチンで、白人音楽のカントリー&ウェスタンを掛けていた。こうした複雑な環境で育ったエルビスは、白人音楽と黒人音楽の両方を、自然に取り込んでしまった。だからこそ
カーター大統領は、エルビスが死んだ時に「アメリカの文化を創った人が死んだ」と嘆いたのだった。
残念ながらこのエルビスの背景は、あまり日本には伝わっていないようだ。例えばエルビスがテレビで歌っていると、「下品だ」と言われて下半身を写してもらえなかった。でもこの動きは、エルビスが子供の時に見た、黒人教会で牧師が説教をする時の動きをイメージしていたんだとか。そういう誤解が多くて、エルビスは不当に批判されることが多かった。黒人教会に言わせれば、エルビスはロックン・ロールなどという商業主義的な悪魔の音楽に、魂を売り渡した裏切り者だったし、そういった意味では、エルビスの周りは敵だらけだった。でも、自然体でゴスペルとロックの垣根を取り払ってしまったエルビスだからこそ、大衆は圧倒的に支持したのだと思う。
熱く歌おうがクールに歌おうが、それはゴスペルという事とは関係がないこと。神様に向かって歌うとか、感謝の気持ちを歌うとか、聖書のことを歌うとか、そういった宗教音楽がゴスペルであって、ゴスペルっぽい歌い回しがゴスペルの必須条件じゃない。でも、幼いながらに、何かに向かって人が歌うときに、歌だけであれだけの工夫やチャレンジをする、その姿勢に私は痺れたんだと思う。
最初は「語り」から入り、だんだん盛り上がっていって、シャウトしている頃には、聴いている方も歌っている方もトランス状態になっている。そういう激情的な部分を求めて、今夜もマイクは離しませんよ!
photo by 友人たちとストレス発散のカラオケ。みんな真剣です♪