「スーパー和尚」・・・と新聞(日本経済新聞 21年8月2日)のコラム欄。
「スーパー和尚」とは長野県松本市の臨済宗神宮寺の住職・・・高橋 卓志和尚。
「自分はスーパーでもなんでもない。30年間こつこつと人のつながりを育て・・・『生老病死』にまつわる『四苦』をどう和らげるかに心を砕いてきただけ・・・」と和尚。
「四苦」を緩和する仕事から目を背け続けてきた日本の伝統仏教界が一般から見放されるのも無理はない・・・と手厳しく批判している。
特に伝統仏教と一般の感覚のズレが端的にあらわれるのが・・・「死」の場面。
故人をろくに知らないのに戒名を決め・・・引導をわたし・・・葬儀の準備進行は業者にまかせきり・・・これが現在の形骸化した葬儀の実態だと小気味よい評論。
「お葬式は残された人びとの悲嘆をケアする貴重な機会なのに・・・それに気づかない坊さんが多すぎる」と和尚。
和尚が住職を勤める神宮寺での葬儀は個人によって違うものばかりだという。
現役の理髪師の葬儀には愛用の理容イスが持ちこまれ・・・
熱狂的な巨人ファンを見送る際にはジャシアンツの勇壮な応援歌が流れた。
「しっかり見送ることが出来たと・・・残された者が達成感を覚えるようなお葬式を目指してきた」と和尚の談話が紹介されている。
「寺よ、変われ」・・・高橋和尚が自らの軌跡を振り返り伝統仏教の変革を唱えた本。
「僕は『葬式坊主』と言われて本望・・・むしろ本物の葬式坊主になりたいと思っている」との言葉には心打たれる。
形式に凝り固まった葬儀が多い中・・・葬儀はそうであってほしいとオイラは心から思う。
でも・・・そんな型破りなことは絶対許されないのがオイラの家の菩提寺。
オイラの願望はお経なんてどうでもいいとまでは言わないけれど・・・オイラが見送られるときオイラの好きだった曲を流してほしいこと。
「酒と涙と男と女」・・・オイラには似合わない曲だなんて言わないでほしい。
スーパー和尚・・・高橋和尚に会ってみたい。
<参考>
「寺よ,変われ」・・・高橋卓志著(岩波新書・780円)