「北の森」ギャラリーで、軸装専門家のSさんから、思い切って短冊の掛け軸を購入した。樺太で10代を過ごした柔和な表情のSさん。
展覧会が終わっても、今後も時々、樺太や軸装のことなどをSさんにお聞きしたいと思った。
その掛け軸のために短冊を書いた。迷った末、斎藤史の歌集
「ひたくれない」
の最後に置かれた歌を書いた。「つゆしぐれ」とは「露時雨」と書き、秋の野で露がたくさん降りて時雨が降ったようになる状態を指す。
信濃の深まる秋の野で、一人生き残った自分に、失ったひとびとへの想いが強まる。
北海道から熊本、東京、そして信濃へ移り住んだ斎藤史の晩年の心境を詠った印象深い歌である。
ちょうど、旭川の井上靖文学館で
「齋藤瀏、史展」
が行われている。私は、昨日そこへ足を運び、充実した展示を心行くまで楽しんだ。
帰る間際、文学館の一番奥に短冊が飾られているのを発見した。近づいてみると、斎藤史の自筆で書かれた歌である。そして、何とその歌は私が書いたばかりの
「つゆしぐれ信濃は秋の姥捨のわれを置き去り過ぎしものたち」
であった。流麗な万葉仮名を駆使した美しい短冊。日本の文字というものが、これほどに美しいものなのかを斎藤史にあらためて教えて頂いたように感じた。
それにしても、不思議な偶然の符合だった。自分が書いたばかりの歌が、展覧会で飾られている・・・・。
人の心にある歌のこころは、時や空間を越えて響きあうということを改めて信じられる思いがした。

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