7月にサハリンへ旅した時、北緯50度を超え、間宮海峡に面した
「アレクサンドロフスク」
という町を訪れた。ここは、1890年に作家チェーホフが訪れ二か月余を過ごし、その滞在の記録として「サハリン島」が残されている。
この滞在の間、この町と周辺を案内して頂いたのが
「スメカーロフ・グリゴーリー」
さんである。彼は50歳、郷土史家としてアレクサンドロフスクを中心に、その歴史、文化を研究している方である。もちろん、文学にも詳しく、詩人小熊秀雄の詩集で旭川版の「星の光りのように」と、東京の小熊秀雄協会発行の「池袋モンパルナスと小熊秀雄」の二冊といくつかの資料を彼に渡した。
旅から帰った後、私とグリゴーリーさんの間でメールの交換が続いている。詩人小熊秀雄の詩と生きざまについて、私が伝え続けていると、次第に彼は小熊を読みたくなったらしい。ついに、彼は10月になって
「ロシア語版 小熊秀雄詩集」(アナトーリー・マモーノフ訳)
を手に入れた。旅の際に渡した二冊は、写真とデッサン、絵は別としてすべてが日本語だったから彼には肝心の小熊の詩が読めなかったのである。
私は、青年のころからロシアの詩人マヤコフスキーを題材とした
「マヤコフスキーの舌にかわって」
という詩が好きだった。ロシアを意識した詩の多い小熊の詩の中でも、卓越した詩である。
グリゴーリーさんに、この詩の印象を尋ねると
「驚いた。マヤコフスキーを本当に知る者だけが書ける詩。小熊の情熱と才能を強く感じる」
という言葉をもらった。私は、かつて「マヤコフスキーの舌にかわって」を読んだという人や、この詩を好きだという人に会ったことがない。ただ一人、小笠原豊樹(岩田宏)だけが、新潮文学辞典の「マヤコフスキー」という項で
「日本では戦前のプロレタリア詩人の一部、ことに小熊秀雄がこの詩人に大きく影響された」
と記述しているのみである。
かつて、私が誰とも語ることのできなかった一編の詩を、マヤコフスキーと同じロシア人であるグリゴーリーさんと語ることのできる喜びを一体どのように表現できるだろう。
今日、私の手元へ3枚の写真が送られてきた。なんと、グリゴーリーさんが毎日通って仕事をしているアレクサンドロフスク図書館で開催されている
「小熊秀雄展」
の写真だった。7月に渡した資料、写真などがコンパクトにまとめられている。ユジノサハリンスクの図書館で私が写した
「ロシア語版 小熊秀雄詩集」
や、チェーホフ像なども含まれている。
かつて、サハリンは勿論、アレクサンドロフスクで日本の詩人が紹介されたことは一度もなかった。ロシア全体でも、小熊の詩について紹介されたことはあっても、小熊に関する展覧会が開かれたことはなかった。
ロシアと日本が、詩と芸術の領域で、新たな一歩として国境を超える魂のリレーがあり得るということを感じた。
グリゴーリーさんのものを見る目の確かさと実行力に感謝するしかない。

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