2018/6/13

師弟相対  

ネット上を見ていると大聖人様の仏法を勉強されている人がいるが、師を求むべきではないかと思う。
もちろん自身の頭で考えてみることは大切だが、牽強付会というか自説に執着するあまり、これが正論だと言い切ってしまい自論に帰結する。
信念だからそうなるのだが、歴史的なことは、完全とは言えないことが多い。あとからひっくり返ることも多々あるのだ。
私たちは、まず信心でとらえなければならないと思う。
御隠尊猊下も大日蓮誌で仰せであったと思うが、唱題して御書を読んでいくとわかってくるものであるとのこと。
大聖人様を御本仏と確信するならば、その法は三宝尊に護られ或いは諸天善神の守護を得て伝わっていくものと信じることができる。
末法という五濁悪世で人の機根も低い時代とされている。
御書や法華経を読んで仏様の教えに到達することは至難のわざであるが故に大聖人様が残された法を相伝されて伝えてこられた師を重んずべきと思う。
日興上人様曰く「師弟子をただして仏になる法門なり」
クリックすると元のサイズで表示します
1



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ