2008/5/17
漆黒の闇が静かに空を満たしている。
ぽかんと月が頼りなげに浮かんでいる。
ファミレスだけが灯台のように暖かく照らしている。
ファミレスが開いていてよかった。
小泉彩花は、クリームコロッケを頬張りながら思う。
今日会社が倒産した。3年間勤めていたコロッケ製造会社「はまちゃんコロッケ」だ。
同僚と居酒屋で悪口を言って盛りあがっただけに、一人暮らしのアパートに帰りたくなかった。暗い夜道をあてもなく歩いていると、ファミレスの暖かい照明が見えた。
明るい店内に何人かの客がいる、それだけで一人の寂しさがまぎれる。
俵型でほくほくしたジャガイモと牛肉がたっぷり入った「はまちゃんコロッケ」を彩花は愛していた。
最近、コロッケの味が落ちたのが気になり課長にそれとなく言った。
しかし「私も食べてみたが、このくらいなら大丈夫だろう」と取り合ってくれなかった。結局、売り上げは急激に落ちていった。あの課長は味オンチなんだ。
かじるとさくっとした衣からクリームが口じゅうにとろける。
これからどうしよう。世の中という暗い海に投げ込まれた気がした。
親に頼ろうか。しかし、父を奪ったあの女のいるところにはもう戻りたくない。
彼の声が聞きたかった。携帯を取り出し電話しようとしたが実家だったのを思い出した。夜中に電話をかけて気を使わせたくない。メールを送ると、10分ぐらいで来ると返信が来た。
ふぅとため息をついて横を向くと、隣に女の子が座っていた。
茶色い長い髪の後ろに大きな赤いリボンを付け、ふくらんだ半袖にシフォン地の赤のワンピース。大きな茶色い瞳に長いまつげ。まるで人形のようにかわいい少女だ。
少女がここにいるのが不思議だった。ずっとここにいる彩花には少女が誰かに連れられてきたり、店から歩いてきた気配が感じられなかったからだ。
「こんな時間に一人でどうしたの?」
彩花が顔を傾けて聞くと、
「お姉ちゃんを待っていたんだよ」
ちょこんとイスに座って、にっこりと少女が笑った。
お姉ちゃんを待ってたって?この子と会うのは初めてだ。
「会うの初めてだよね?」彩花が聞くと
「うん。でも、隣のお姉さんは知り合いだから、ここに行って待っていなさいって」
「誰が?」
「パートナー。ううん、お母さんが」
「お母さんはどうしたの?」
「いなくなっちゃった」
母親が置き去りにしていったんだろうか?子供をアパートに放って置いて餓死させた事件を最近ニュースで見たことがある。世の中にそんな親が増えているなら、邪魔になった子供を人に押しつけていっても不思議じゃない。
でも、それなら怯えて泣いたりして、こんなにおとなしくしている訳はない。変だ。
何か得体の知れないものを感じて黙っていた。
「私、ありすって言うの。お姉ちゃんは?」
少女が言った。
「私は彩花」
とりあえず名前だけ言った。
「彩花お姉ちゃん、私、一人でさびしい。お家つれてって」
「お家って、ありすちゃんのお家?」
「ううん、お姉ちゃんのお家。お家には帰りたくない」
悲しそうにうつむくありすの目に涙が光った。
よっぽどひどい扱いを受けているんだろうか。こんな少女が帰りたくないなんて。
さっきの得体の知れないものが同情に変わった。
その時、
「待たせてごめんね」
遼が入ってきた。間島遼、私の彼だ。
「あれ、この子は?」
「ありすちゃんって言うの」
(続く)
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