2017/9/24 | 投稿者: クロちゃん

鬼笑う来年のこと、山の会で行く山の計画を考えていた。
そろそろ、来年度のことを考えないと…。
なるべく楽で簡単で、美しい花が咲いて景色が広がって、そんな控えめでささやかな欲望を満たしてくれそうな山はないだろうか。

「どこが控えめでささやかなんだー。」\(`o’”) コラーッ

ん!久しぶりに天の声か…。(^^ ; ^^)

ネットで「自然園」て検索したら気になる場所がヒットした。
それが「五味池破風高原自然園」である。気になったら行ってみよう。
そうして、高速をひた走り、やって来たのでした。

この時期、人気(にんき)がないのだろうか。人気(ひとけ)のない外観は古いが中もそれなりのトイレのある広い駐車場に着いた。

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ここまで「対向車よ来るな。」と願う、曲がりくねった狭い道の運転が続いた。到着してホッと安堵の気持ちになった。
山の上に別世界と感じる駐車場である。

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こちら、18歳以上200円の協力金となっている。
高齢者割引はないのでしょうか。
50歳以上にしてほしいな。

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矢印の案内に従って歩いていくとすぐに「ゲート閉鎖中は徒歩にてお入りください」とあった。
ゲートが開いていたら、徒歩じゃなくて走るのだろうか。

「ゲートが開いていても歩くんだー。」\(`o’”) コラーッ

ん!どこからか天の声が…。(^^ ; ^^)

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「リンドウ群生地」の案内板に期待が膨らむ。リンドウの季節は今である。

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なるほど、この先、林道歩きが延々と続いた。
リンドウとは林道群生地のことなのか。(^^ ; ^^)
そんなことないですね〜。
林道脇にポツポツとリンドウの花が咲いていた。
空は秋の空で、吹く風も心地好い高原の世界であった。

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誰にも会わない誰もいない広い高原にただ一人、黙々と歩く自分がそこにいた。
振り返って景色を眺めてちょっと一休み。
信州の山って、心のふるさとを彷彿させて素晴らしい。

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続きます。


山歩日2017年9月10日




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2017/9/23 | 投稿者: クロちゃん

午後から雨が降り出す天気予報に、ならば早朝なら山は微笑むだろうと楽に登れて展望の良いという山に向かった。
出発は確かに爽やかな青空の下だった。
しかし、これから登る山方面は暗雲が支配しているように見えた。
一抹の不安…。
そして、不安的中。

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パンだけ食べて登った朝飯前の山に、腹減ったー。
下山後に向かったのは私の好きな「すき家」であった。
山の中なので街までガマン、ガマン、腹減らしの中、缶コーヒーを片手に車を運転して家混み込みの街の中に入った。
すき家はなかなか見つからず、こうなったらナビの力を借りよう。
ナビは簡単に近くのすき家を探し当てた。
最初からこうすれば良かった。(*^^*)

午前10時35分、店内は空いていた。
カウンター席に着くと、「お決まりですか?」とお冷やが置かれる。
「たまかけさば朝食を〜。」即座に注文した。
「はい、並みでいいですか。」
「大盛りお願いします。」最近は食も細ったのか、いつも並みで済ましているが、この日はガッツリごはんを食べたい心境だった。
気合で大盛りを食べよう。(^○^)/

「かしこまりました。たまかけさば朝食、ごはん大盛りですね。少々お待ちください。」
「それから、あったかいお茶ください。」私は夏でもあったかいお茶をリクエストするのだ。
すき家で(吉野家も最近そうだけど)お冷やを出すのはなぜなのだろう?
最初からあったかいお茶であっても良いと思うのは私だけだろうか。
日本人には、あったかいお茶が嬉しい「おもてなし」と思うのにな。
そんな偏屈な私の前に「お待たせしました。」とお膳が運ばれてきた。

あれ?(大盛りにしては、ごはんが少ないような…。)
普通の人なら、注文したものと違うと思ったら尋ねるだろうが、いつも家で奥さんから出されたものを黙って食べる習性がついている私は黙って食べる。
もしかすると、ここらへんの大盛りの量はこんなもんなのかも…。
食の量も地方によって違う。(かな?)

食べ終わって、少し物足りないような気がしたが落ち着いた。
料金を払おうとレシートを見ると「390円」とあった。
やっぱりね。大盛りは+30円で420円のはずだ。

笑顔で「ごちそうさま〜。」と会計を済ませた。
「ありがとうございました。また、お越しください。」
マニュアル通りのお決まりの言葉をかけられたが、たぶん、もうこの店に来ることはないだろう。

気合空回り・腹は満たされず、時々パラパラと雨降る高速道路を帰路に着いた。
食い物の恨みは恐ろしい、信頼を得るには何十年もかかるが失うのは一瞬だ。
少々大袈裟だが、こういうことって意外と忘れない。

山歩日2017年9月22日
掟破りの平日・金曜日のことでした。



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2017/9/22 | 投稿者: クロちゃん

旧大滝村栃本にある、雁坂峠に通じる関所跡は、武田信玄の時代に造られたと言われているが、この山間地にどのようにして造ったのだろう。
山奥すぎる!

秩父を紹介するテレビでよく出る風景は栃本集落です。

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これが、秩父を秘境と感じさせるのかも…。
ただし、電気も自動車もあるよ。
たまに山から熊親父の来訪もあるらしいけど…。

栃本関所は国指定の史跡となっている。

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『江戸幕府は、関東への「入り鉄砲」と関東からの「出女」を取締るために主要な街道に関所を設けた。
栃本関は、中山道と甲州街道の間道である秩父往還の通行人を取調べるために設けられたもので、その位置は信州路と甲州路の分岐点になっている。
そのはじまりは、戦国時代、甲斐の武田氏が秩父に進出したとき関所を置いて山中氏を任じたと伝えるが、徳川氏の関東入国以後は天領となり、関東郡代伊奈忠次が慶長19年(1614)大村氏を藩士に任じたという。以後、大村氏は幕末までの藩士の職を代々つとめた。
しかし、藩士1名のみでは警備が手薄であったため、寛永20年(1643)、秩父側の旧大滝村麻生と甲州側の三富村川浦とに加番所を付設して警固を厳重にした。したがってその後、栃本関を通行の者で秩父側から行く者は、まず麻生加番所で手形を示し印鑑を受けて栃本関に差出すことに定められた。
関所の役宅は、文政元年(1818)と文政6年(1823)の2度にわたって焼失し、現在の主屋は幕末に建てられたもので、その後二階を建て増しするなど改造されたが、玄関や上段の間、および外部の木柵などには、関所のおもかげをよくとどめている。』

ふーむ。お勉強させていただきます。
黒革の手帳に記しておこう。φ(..)メモメモ

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振り返ると、隠れそうにひっそりと…。
おそれ多くも『秩父宮妃殿下御手植の栃』があった。

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栃本関所に駐車場なし。道が狭いので運転注意です。
でも、国道だよ。




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