2017/11/20 | 投稿者: クロちゃん

武甲山の表参道を歩いて行くと、新しい発見があった。
おおっ、誰が造ったのか、思わずカメラを向けてしまう作品です。
d(-。∂)good!!

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時は流れ、武甲山の山頂からシラジクボを経由して持山寺跡のあるコースを下山です。
こちらは過去何度か訪れていますが、時間もあるのでまた寄り道しました。
それなりに雰囲気のあるところです。

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持山寺跡の案内板を読んでみました。

『持山寺跡は 「阿弥陀山念仏寺」の廃寺と伝えられ、武甲山から続く小持山の山腹、標高約900mのところにあります。
周辺には竹林、滝、池跡、入定場、宝篋印塔(供養塔)などが現存しています。
この持山寺には長七郎伝説が残されています。松平長七郎は、駿河大納言 徳川忠長(徳川三代将軍 家光の弟)の子で、忠長は寛永10年(1633)に切腹させられています。この時、家臣に長七郎長頼の行末をたのんで死んだということです。
秩父に伝わる口伝では、秩父を点々と歩き、終の住処としたのがこの持山で、ここで小庵を営み、祖圓和尚を名乗り、最後には大鎌を首にまいて念仏往生をとげたといいます。
下男には「この念仏が聞こえなくなったら、この紐を力一杯引いてくれ」と言い残し、石室に入り念仏を三日三晩唱え続けたといいます。四日目、恐ろしくなった下男は紐を引いてしまいました。念仏がハタとやみ、同時に一羽の白い小鳥が、「カキット、カキット」と鳴きながら飛び出して行ったそうです。』

『カキット』って何?
これは私流の推定の想像ですが、掻っ切る人ではないでしょうか。
掻っ切る人で「掻切人」となり、カキットと読む。(*^^)v

今回の事件では、下男が紐を引いています。紐の先が首にまいた大鎌につながっていて、その紐を引いたことから和尚の首を掻っ切ったのでは…。

奥に行こうとすると立入禁止となっています。
この奥に何があるのでしょう。

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その昔、私は奥へと足を踏み入れている。その時は「立入禁止」なんてなかった。
確か、数枚の写真も撮った。
しかし、当時の画像をいくら探しても見つからない。
光景も遠い世界に行って記憶から消えている。
うう…。寒くなった。

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足早にその場を後にしました。
下山の道で前方に見える明るい光と紅葉も普通の光景だった。

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山歩日2017年11月3日



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2017/11/19 | 投稿者: クロちゃん

武甲山からシラジクボに下る道沿いにはカラマツ林が広がっています。
もう終盤でしたが、まだ見られる光景だった。

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期待したのは…。
カラマツの落葉で黄金の絨毯になった道です。

しかし、道にカラマツの落葉はまったくなし。
急坂をホイホイ下った。

いつか黄金に敷き詰められた道を歩いてみたい。
昔、そんな道を歩いたような記憶があるが、あれは夢の中、幻だったのかな。

C≡(・・C≡)≡≡≡

おや?
今のは、なんだ???

【武甲山の民話】
その昔、武甲山には恐ろしい山姥(やまんば)が棲んでいた。
ある日、武甲山の山姥が子供をさらった。偉いお坊様が山姥を見つけ松の木に藤のつるで縛りつけた。
山姥はお坊様に許しを請い、これからは悪いことはしないと約束しました。
お坊様が立ち去ると、山姥は悔しそうに松の木と藤に向かってこう叫んだ。
「松藤絶えろ、松藤絶えろ、松藤絶えろ」\(`o’”)

テクマクマヤコン、マハリクマハリター!
~凸(-~~- ) 凸。・。・゜★・。・。☆・゜・。・マハリクマハリター


その声は魔物の悲鳴のように気味悪く、武甲山の隅々まで深く染み渡った。

それ以来、武甲山には松と藤が絶えてなくなってしまいました。
もし、武甲山であるはずのない松の木を見つけたら、けっして見上げてはなりません。
山姥が松の木に絡みついた藤のつるでターザンをやっているかもしれません。
((((((((((`▽´;)///アーアアー

おとろしかー。w(゚o゚)w

C≡(・・C≡)≡≡≡

おや?
今のは、なんだ???



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2017/11/18 | 投稿者: クロちゃん

秩父の武甲山の人気ってなんだろう。山頂から展望はあるが、登山口からひたすら植林の道を歩いて、大杉の広場で一休みして、またひたすら歩いて武甲山の山頂である。

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標高差は約800メートル、決して楽なコースではない。
しかし…。
山から戻ると駐車場は満員御礼、駐車場に止められない車の路駐が延々と続いていた。
武甲山の人気ってなんだろう。

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そういう私も、行く山が思いつかないと武甲山に向かってしまう。(-_-)ゞ
天邪鬼の私は普通の人とは違う行動で山に向かうのだが…。
武甲山は素直に表参道を歩いてしまう。
表参道は横瀬町側と勝手に呼んでいる。
裏街道は浦山口からでしょう。「人生裏街道」(^○^)/
裏街道のこのコースも好きだが、何故か普通に表の駐車場に車を走らせる。

丁目石を数えながら、先ずはステコンの道をうつむきながら静かに歩く。単調なこの道は結構きつい。
途中で持山寺跡からシラジクボに続く道を分けるが素直に表参道を進もう。

持山寺跡への道は、春にはヒトリシズカの群生となる。
シラジクボから武甲山への急登は、かつてニリンソウが群生していたが、今は寂しい光景となっている。
そんなことを思い浮かべながら歩みを進めると、ようやく山道の入口となった。
2週続けての台風に洗われた小滝が綺麗でカメラを向けて一休みとする。

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杉の植林の道であるが、道が山道となるとなぜかうれしい。
水を得た魚のように足取りも軽くなる。
不動滝も水量が多くてまたカメラを向けて一休み。

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九十九折りの道をのんびり、ゆっくりと歩いて行く。
やがて、その昔、カミナリの標的になったのであろうか、立ち枯れ樹が現れる。
いつの間にか祀られて神になったようだ。

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その先すぐに大杉の広場である。
標高はちょうど1000メートルだ。武甲山の標高は1304メートルなので、あと…。
(-_-)ゞえーと。

ここも休憩に良い場所です。
もちろん、大杉の広場で休憩がおおすぎとなる。

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本日は紅葉も期待して来たのだが、大杉まではまだ紅葉に早すぎで、山頂直下のトイレのある神社周辺は落葉に変わっていた。
トイレは女性用だけ使用可能で男性用は閉鎖されていた。
男は黙ってトイレの建物の奥へ行こう。(*^^*)

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武甲山の御嶽神社は男神で、もうすぐ秩父神社の妙見様と1年に一度のデートの日がやってくる。人はこれを祝い、秩父夜祭りと呼ぶ。(12月3日)
そして、番人はオオカミである。
遠い昔、オオカミが群れをなしていたのだろうか。

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山頂の展望台には誰もいなかった。
そう、普通の人とはちょっと違う行動の私の場合、山頂独占の時間が多い。
すぐに2人ほど来たが、コーヒーを煎れている間に誰もいなくなった。
展望台から景色を眺める。

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秩父の街が箱庭のように見えた。
こんな時間が好きだ。

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武甲山の人気ってなんだろう。
日本二百名山の武甲山、身を削られて、人々に役立っている。
開発が進んで、近い将来に登れなくなってしまうのだろうか。
静かな時間を過ごして、山頂を後にした。

さて、これからどうしよう。

山歩日2017年11月3日




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