1933(昭和8年)2月20日、小林多喜二の命日。
今年も小樽の街では「多喜二祭」が行われるのだろう・・・
特高警察の拷問で29才で亡くなった多喜二。
多喜二の母、セキが綴った書が小樽文学館にあるという。
あーまたこの二月の月かきた
ほんとうにこの二月とゆ月か
いやな月こいをパいに
なきたいどこいいてもなかれ
ないあーてもラチオて
しこすたしかる
あーなみたかてる
めかねかくもる
今朝の地元紙を読んでいたら、小樽文学館学芸員のコラムがあった。
セキの書について触れていた。
「ラジオで少し助かる」とは、ラジオで気が紛れるということだろうが、あるとき、私の尊敬する歌謡曲史家のAさんから、「これはラジオから流れる感傷的な流行歌やドラマにかこつけて、人前で涙をこぼすことができる、という意味ではないか」といわれ、意表を突かれたような思いをした。(本文より抜粋)
と、あったが・・・
私は、いつから人間が人前で泣くことを阻むようになってしまったのかと思った。人間は感情の動物・・・そんなに我慢しなくていいんじゃないかと・・・思い切り大声で泣けたらスッキリするだろうなと・・・これは、そう出来ない私の願望でもあるのだけれど
最近、多喜二の母セキの一生を描いた「母」(著、三浦綾子)を一気に読んだ私は、読みながらひとり茶の間で思い切りオイオイと泣いた。息子を拷問で亡くした母の無念さ、悔しさが痛い程伝わってきた。私もセキと同じ立場なら、気が狂い廃人のようになるに違いないと思った。セキは、他の子供のためにと頑張ってこれたが、うちは一人っ子。頑張って生きていけるかどうか・・・ラジオでなんか気が紛れるものではない・・・とも思う。
セキのきれいな心がうらやましい・・・かなうならば、セキさんにお会いして色んな話を聞いてもらいたいな。きっと話してるうちに心が穏やかになれるんだろうな・・・そういう懐の大きさのある人だ・・・立派な人間って、お金があったり名誉があったりする人ではなく、思いやりとか優しさ(人の気持ちのくめる人)だとつくづく感じた。そういう人に近づきたいと思った。人々の心を魅了した人は死んでも死なない(人々の心に生き続けている)
私も、寿命をまっとう出来るのなら、ちょうど今年が人生の折り返し地点かな?と・・・残りの人生は、人間くさく・・・正直に・・・「あ〜、花子さんに出会えて幸せだった」と言われる人になれるよう努力しよう。
「多喜二祭」にひとり思う・・・

(右)多喜二の好物「ぼた餅」(毎年、母セキは2月20日の命日に作ったという)

0