「つきさかき いつのみたま あまさかる むかつひめのみこと」のメッセージ
つきさかき いつのみたま
2005年12月12日・旧暦17年11月11日
後10日で 今年の冬至
2012年12月23日まで 残り7年と成りました。
昭和20年8月15日より開始されたプロブラムは、
愈々最終段階を迎えます。
日本の歴史の始まりは この鳥見の地で始まりました。
そしてまた 世界の歴史がこの大倭から始まる事が,
62年前に示されています。
「いわさか」は其のシンボルであり、システムでもあります。
いつ の 目
13・4・16
「御稜威みいつ」には「いつの目」が関係有る。
「いづの目」とは、神の意識が 現世である現象界を見ていることを、人間が認識するために考え出した 絵と言葉である。
エジプトでは「ラーの目」、日本では「いつの目」、ユダヤでは「ルシフェルの目」、ベトナムでは「一つ目の神」として伝えられてきた。
アメリカの1ドル札には「ピラミッドの目」「石工(メーソン)の目」として描かれている。
日本の神話では、天照大神は生みの親であるイザナギの左目から生まれ、月読の神は右目から生まれたとされている。
イザナギは男神で、対する女神はイザナミである。
「ナギ」は時間のことで、「ナミ」は空間の広がり、波動のことである。
「ナギ」は存在そのままで時間を支えている本体である。
「ナギ」からは3人の神が誕生する。
天照大神は光りの世界で太陽の目であり、月読の神は宇宙意識振動である暗い闇の世界を見る目である。
人間は この両方の目を内蔵していることになる。
目を開けて 光の情報で見るのが太陽の意識の世界で、目を閉じて全身で宇宙を感じるのが月読の世界(波動、リズム)である。
ユダヤの神「ルシフェル」は、月読の神の目であり、エジプトのラーの神は天照大神の目である。・・・・・・・
続きは 左の 過去路ログ の2001年4月分の方でお読み下さい。

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到着便
17・12・12
今日は、新暦の12月12日と旧暦の11月11日の日付が、両方ゾロ目に成り珍しい日である。暦が重なる日の所為か、数字に関するメッセージが来た。
今朝は、新しいHPを開く指示が来た。そのページは「つきさかき いづのみたま」と言う名のHPで、別名「到着便」と言うHPに成るらしい。私は既に10数ページのブログを管理する羽目に成っているので、余り増やしたくはないのだが神霊界の都合が有るのならそうしなければ成らないだろう。その事を理解してから一度起きて時計を見ると3時3分だった。トイレに行って再び目を閉じると、カゴメのマークが現われて来た。カゴメのマークは、上下反対の三角形を組み合わせた形で、六角の星の形をしている。そして、其れは3角+3角で3+3の数字に関係する。・・・・・・・・
続きは http://white.ap.teacup.com/miitu1223/1053.html
私のインタビュー生放送画像
http://www.youtube.com/watch?v=E_b1OLMWan4
2012年12月23日に付いて
http://white.ap.teacup.com/miitu1223/1045.html

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2012/4/17
中山博氏の本日のメッセージ


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2012/4/17
愉伽さんへのメッセージ
此れは、2006年6月11日の第一回大山祇神の大祭の為に 中山博氏が友人の阿部氏を伴って屋久島に来た時の 10日の夜間の愉伽さんへのメッセージである。
其れに、此の日は6月10日記念日であり、反対の12月10日が愉伽さんの誕生日である。

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2012/4/9
東の門が開く
24・4・9
鹿島・香取神宮
http://wave.ap.teacup.com/applet/894019/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%8D%81%8E%E6%90_%8B%7B&inside=1&x=18&y=20
今朝のメッセージの映像には、東西南北を表す線が引かれて、東の方角に3つ有る神社を、1つに纏めるのに、どの神社にするか、決めなければ成らない映像が映し出されて来た。
そして、次の場面では、横に掛けた竹筒の様な物の下側に、等間隔で4カ所の穴が開けられ、其の4つの穴から、水が下に流れ落ちていた。
次の映像には、10本近い数の、若い伸び盛りの木が、幹の所に光を浴びて、丸く纏まって立っていた。そして、其れは、生きた宮柱の意味を表しており、宮中八神か、九曜の意味を表している事が理解できた。
其れは、纏まって丸く立っている木を、其のまま八方に広げて行けば、「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の働きを表す曼荼羅図と、同じ意味に成るのだろう。
次の映像は、宇宙の紫微垣(しびえん)の様に感じる空間が現れ、其の空間に名刺の様な紙片が、上の方から次々に舞い降りて来た。私は、其の紙片に書かれているモノは、神の御用に立つ、人材に関する情報である事が判った。そして、私の意識が其の数を数えていると、26枚くらいの処までは、数える事が出来た。
今朝のメッセージの映像は、愈々神の計画が動き出し、先ず青龍が司る東方の門が開かれる事を意味しているのであろう。何故かと言うと、東方の守護神である青龍は、智慧の神で、水を司る役割を担っているとされているからである。
そして、水が等間隔で4本流れ落ちていたのは、四天王などと呼ばれる4神の働きを意味し、先ず、東方の働きである智慧の世界を司る人材を、4人セッティングする必要が有るとの事ではないだろうか。
其れに、今朝の映像では、私の意識が見ていたのは絵図面の様な物で、私から見て、東方は右手側である。其の事を考えると、実際の現実の場、当事者、神の側や、臣民に対面する王・皇帝の立場からすると、向きが反対に成るので、東方は左手側に当たる。
だから、夢の世界では右側の事が、現実世界である三次元世界では左手側の事なので、意識や視線は東側、朝日が昇る方を向かなければ成らない。だから、「左・ひだり」は「日足りる・ひだり」の意味なのである。
風水で人間が住む場所は、東方に川が有って水が流れ、後ろ側の北西には冷気を塞ぐ山が有り、前面の南側には海か池が有り、道路は西側に通じている屋敷が、吉とされているのである。
そして、イエスキリストの言葉には「神の 左側に座する者が現れた時に 捌き(其の時)が始まる」と有る。其の、イエスの言葉から考えても、いよいよ新しい動き・流が始まるのであろう。
「神の左に座する者」とは、人間側から見たら「神の右側に座す者」の事である。其の、イエスの言葉からも、人間から見て、右側の神々の働きが動き出すとの事は、其の時・ときが来た事を示唆しているのではないだろうか。
今朝のメッセージの映像には、中国の風水と言うか神学の内容と、仏教的な曼荼羅の価値観がミックスされた様な内容が映し出されて来た。其れは、人間が考え出した神仏の世界を利用して、人間の是からの動きに付いて、示唆して来ているのであろう。
日本の「神惟道・かんながらのみち」の価値観は、「言揚げせず」が基本である。其れは、人間が殊更無理に頑張らなくても、神の意志に身を任せて生きて居れば、自然に体制が整って来る理・ことを意味している。
そして、役割の人間がテーブルに着いて、お互いの役割が揃ったと確認できた時、其れが其のまま、事の始まりであるとのことである。
昨日は、福岡を午前6時に出発して、途中で昼食を食べて、渡辺サロンの前に丁度13時00分に到着した。そして、13時30分からスーリアサロンが始まった。司会進行役の「内山貞和氏」が、「自適さん 今日はテーマが決まっていないので 東経130度30分の話をしてくれ」と云うので、少しビックリした。何故なら、私は東経130度30分の事に付いて近況報告をしようと考え、資料を準備していたからである。打ち合わせは何もしていないのに、事が上手く動き出したのである。
其れに、私が話を始めると、2003年6月8日に屋久島にスーリアさん一行12名が来島して、地元の人達が6名参加して、屋久島でのスーリアサロンが開催され時の写真アルバムと、次の日に矢筈岬の岩場で儀式をした写真が皆に回覧された。其の儀式が行われた場所も、東経130度30分のライン上である。
私の話の後、「シャンタン」が話し、続いて「能勢伊勢雄氏」や「忰山 伸さん」が話して、其の後お茶を飲みながら、初めて参加した5人の人達の自己紹介が行われた。
4時半にスーリアサロンが終わってから、喫茶店に7名で移動し、「コレゾ財団」の打ち合わせを行ってから、7時30分に日本料理のお店に移動して、夕食をしながら、今後、お互い協力して救世の事業を始める事を確認した。
そして、10時前に岡山市を出発して、12時に愛媛の中山に到着した。
今朝のメッセージは、我々7名が昨夜同じテーブルに着いて、同じ食べ物を胃に納めながら、未来に付いて決意をした事に関係が有るのかも知れない。次に誰が、同じテーブルに着く事に成るのか、楽しみである。
其れは、イエスキリストが言う「食事を一緒にしなさい」との訓えを実行する事であり、共通意識を持つ者が増えて行く事を意味している。
其れに、昨日は、関係者の誕生日の数字のナンバーの車に多く出会った。其れに、シャンタンの話では、岡山の地は地球の子宮に当たるとの事であり、岡山から始まった事が澤山有る事も、皆で確認した。
其れ等の現象は、昨日がお釈迦さんの誕生日であった事と関係が有り、釈迦の想い、ブツダの祷りが現実化し始めたとの事なのかも知れない。
スーリアサロンの様子 http://wave.ap.teacup.com/894019/2022.html
今日の愉伽さんのビジョン
・・最後に、V6の「MADE IN JAPAN」の曲を何人かで歌っている姿が見えて、「その歌、私もうたいたい!」と思って歌っている場面で目が覚めて、しばらく頭の中を曲が流れていた。
今日のテーマ。透明感・日本の血・美しさ
手のひらを流れていく血管もそうですが、皮膚も透明感があって、とても美しいもので、不思議な感覚でした。
赤外線」を調べてみたら、ヘモグロビンは近赤外線をよく吸収するらしく、皮膚も透かしてしまうそうで、あまりそういうことに関心がなかったので、ちょっとびっくりする内容でした。・・
http://taijinkouka.blog.bbiq.jp/blog/2012/04/post-d8a7.html
2006年4月9日の中山博氏のメッセージ
「新しき宮威」http://white.ap.teacup.com/applet/miitu1223/20060409/archive


平成24年4月9日
礒邉自適

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2012/4/7
降りて来たわけ
24・4・7
本日4月7日は、釈迦仏陀のイブであり、日本の国名である戦艦「大和」が、昭和20年4月7日屋久島の南西沖130kmの所に沈んだ日でもある。其れに、私が、2001年に岡山のスーリアさんに初めて出会った日でもある。
今朝のメッセージには、女性の声とも、男性の声とも言えない音色で「いいね いいね いいね」と数回聞こえて来た。
そして、其の声の主の、目を意味する様な、両目か2つの窓の様な物が映し出されて来た。
しかし、其の目か窓の様な物は、人間の目の様な形状ではなく、右目は二重に成ったガラス玉の様な形状で、左目は、タンポポの花の様な形状で、動物の瞳の様な物はなかった。そして、其の左目のタンポポの花びらの様な形状の材質は、ガラス製か水晶を砕いた物を、重ねている様な無機質の物であった。
そして、6時11分に「降りて来たわけ」との言葉が告げられて来て、其の意味を考えていると、「否定の否定は 肯定に繋がる」との言葉が頭に浮かんで来た。
今朝のメッセージは、昨日、白土宏氏を、「神功皇后」に「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命(つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひのみこと)」の名前が告げられて来た、久山町小山田に有る「斎宮」に案内した所為か、其れとも明日のスーリアサロンのテーマに関係が有るのだろう。
今朝の文章の題は、「神の目」としようと想っていたのだが、朝「降りて来たわけ」との言葉が告げられて来たので、其の言葉が気に成り、其の言葉を題とした。
「降りて来たわけ」との言葉と、ガラスか水晶製の様な「神の目」には、どんな関係が有るのだろうか。其れは、「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命」の神名の「巖之御魂・いづのみたま」に関係が有り、「毘賣・ひめ」は姫の意味ではなく、「霊目・ひめ」の意味なのではないだろうか。
私は、其の「つきさかき いづのみたま」神名を、自分なりに「調栄気 稜威の御魂 天盛る 向津霊目の命(つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひのみこと)」と訳して、是まで使って来た。
其れは「調・つき」が「調読みの命・つきよみのみこと」の「つき」に通じ、「巖之御魂・いづのみたま」の「いづ」は「御稜威・みいつ」の「いつ」に通じると考えているからである。
私は2002年4月24日に、スーリアさんの指示で、18年間の旅を終えて屋久島に帰っている。そして、2006年4月11日に屋久島高平集落に有る「大山祇神・おおやまつみかみ」を祀る祠に参拝した時に、「つきさかきいづのみたま」との言葉を告げられて来た事が有る。そして、2009年2月10日に同じ場所で、女性の声の雰囲気で「全て貴方の御陰です」と伝えられている。
・・・昨日は、12時半に、高平岳の登山歩道である「山の口(此処から先は 神の住む領域との意味)」に建てられている「大山祇神」の祠に、大山邦博氏と藤田さんの3名で行き、年3回(1月・5月・9月)旧暦の16日に行う祭事を済ませた。私が、其の場所に到着して祠の前に立つと、女性の声の雰囲気で「全て貴方の御陰です」との言葉が告げられて来た。
私が、其の祠に初めて参詣したのは、2006年4月11日で其の時祠の前に立つと「つきさかき いづのみたま」と言葉が告げられて来た。「つきさかき いづのみたま」とは、「仲哀天皇・ちゅうあいてんのう」の皇后であった「神巧皇后」が、お宮に籠って夫の仲哀天皇に「海の向こうの国に 渡れと告げた 神は誰か。」と問うと、7日目に其の神の名は「撞賢木厳能御魂天盛留向津媛命(つきさかき いづのみたま あまさかる むかつひめのみこと)」であると、知らされて来た神名である。其れは、伊勢に祭られている神の別名であるとの事だったらしい。・・・
「白い3つの器」http://green.ap.teacup.com/20060818/1042.html
其れに、私は2005年12月12日から「つきさかきいづのみたま」のブログを創って、2007年12月25日まで日記を書き続けた。
此の記録でも明らかな様に、私には2006年4月11日から其の「つきさかきいづのみたま」が、関わりを持って来ていた事が判る。
・・今日は、新暦の12月12日と、旧暦の11月11日の日付が両方ゾロ目に成り、珍しい日である。暦が重なる日の所為か、数字に関するメッセージが来た。
今朝は、新しいHPを開く指示が来た。そのページは「つきさかき いづのみたま」と言う名のHPで、別名「到着便」と言うHPに成るらしい。私は既に10数ページのブログを管理する羽目に成っているので、余り増やしたくはないのだが、神霊界の都合が有るのならそうしなければ成らないだろう。その事を理解してから、1度起きて時計を見ると3時3分だった。トイレに行って再び目を閉じると、カゴメのマークが現われて来た。カゴメのマークは、上下反対の三角形を組み合わせた形で、六角の星の形をしている。そして、其れは「3角+3角」で「3+3」の数字に関係する。
昨日900と60の数字が出て来たが、今朝の3で「900―60―3」「369・ミロク」の神秘数字が揃った事に成り、物事が収縮を為し終えた事に成る。後は「陰 極まって 陽に転ずる」しかない。「カゴメ・籠目」のマークは、上下反対の組み合わせだから、天地・陰陽の組み合わせも含んでいる。
其れが今朝「つきさかき いづのみたま」のページを造り、到着便のカウンターとしろとのことだから、天の便りが届くとの事であろう。
「つきさかきいづのみたま 」http://white.ap.teacup.com/miitu1223/1053.html
不思議な事に、此の「つきさかき いつのみたま」のブログが、今日の分で一杯に成り、有料に切り替えるか、過去の分を削除しなければならなく成ったので、明日の分からは「約束を護る」の方に切り替えて読んでください。
「約束を護る」http://green.ap.teacup.com/20060818/
12月21日のメッセージで告げられた「ブログが残り4日」が本当だったのです。
やっぱり 全てを管理されている様です。神とは、本当にイエスが謂う様に、今日の髪の毛の数まで数えているのです。何故 其れが 今日のクリスマスなのでしょうか。恐れ入りました。
其れに、今日12月25日は、大宰府天満宮の祭神「管原道真」の1104回目の命日でもあるらしい。・・・
「ブログ引っ越し」http://white.ap.teacup.com/applet/miitu1223/archive
3月30日に、其の「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命」との神名が、神功皇后に告げられた斎宮に偶然に辿り着いた。そして、昨日「財団法人 福岡緑進協会」の代表である白土宏氏と日隈氏を案内した。玄洋社の最後の人である白土宏氏も、其の神社に頭山満翁が関わりを持っていた事は知らず、驚いていた。
昨日、午後1時に白土宏氏の事務所に到着して、早速、白土宏氏に「斎宮」の頭山満の植樹の石碑の事と、「伊野 天照皇大神宮」の掲額の事を話すと、白土宏氏は驚いて、「自分も 4月1日に頭山満先生が夢枕に立って『白土君 シャンとせい 癌くらいなんだ 』と云われたので『ハイ』と返事をした処で目が覚めた」と云うのである。そして、2日の日に関係者と一緒に頭山満翁のお墓にお参りしたとの事であった。
其れに、昨日の愉伽さんのビジョンに白土宏氏が現れて、「何で 君は 此処に居るのか」と云うので、「夢のお告げです」と愉伽さんが答えると、「そうか」と云ってニコニコして居たとの事が、正夢であった事に成った。
今日の愉伽さんのブログ内容
・・3月21日に、「130度30分カーブの所」と、うなされるくらい何度も何度も浮かんで来て夜中に目が覚めた。
・4月1日に、また「130度30分カーブの所」と、また眠っている間に浮かんできた。
・昨日4月6日に、白土さんに「あなたは、どういう関係でここに来たのか」と聞かれ「夢のお告げです」というと「気に入った」と言って喜ばれたビジョン。
・昨日、白土さんにお会いしたら、「4月1日に夢でお告げがあった」という話をされて、昨日のビジョンと同じ光景が目の前で起きたので、大笑いした。
そして昨日、一緒に訪ねて行った天照皇大神宮は、130度30分、しっかりカーブの所にある。
その「伊野 天照皇大神宮」というのは、1月29日に、私のビジョンに現れた場所で、白土さんのお告げとも関連性がある。・・・
「たいじんこうか」http://taijinkouka.blog.bbiq.jp/blog/2012/04/
此の様に、何故、人間が寝ている時に、夢で未来の出来事や、現実世界の行った事の無い場所などが、映し出されて来るのであろうか。其のシステムが、今朝の私のビジョンに現れた2つの窓と言うか、両目の様なモノが関係有るのかも知れない。そして、其の事が「いづの目」に関係が有り、「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命」の神・はたらきとして、命名されているのではないだろうか。
今朝のメッセージの映像に現れた、ガラスか水晶できた目の様な物は、人間の額の奥に有る「第三の目」と呼ばれている松果体に関係が有り、其の人間の松果体と、宇宙のアカシックレコードの情報網との繋がりと言うか、関係性が見せられて来たモノ・現象かも知れない。其れ等に付いては、過去に書いているので、此処では詳しく述べない。
「いづのめ・籠目」http://white.ap.teacup.com/miitu1223/6.html
「松果体」http://moon.ap.teacup.com/20061108/35.html
「アカシックの針」http://moon.ap.teacup.com/20061108/120.html
白土宏氏の夢に現れた頭山満翁は、日本の国体に付いて大きな影響を与えた人物で、国際的に活躍していた人物である。其の頭山満翁が、80歳に成った白土宏氏の夢に現れたのは、初めてだとの事である。何故、頭山満翁が白土宏氏の夢枕に立ったのかを考えると、日本の国体と言うか価値観が大きく変化する事を、」示して来ているのではないだろうか。
其れに、頭山満翁は大本教の出口王仁三郎とも懇意にしていた間柄であるので、日本から始まる「日月神示」の神一厘の仕組みにも関係が有るのだろう。
今朝の「降りて来たわけ」との言葉と「否定の否定は 肯定に繋がる」との言葉の意味は、「神の存在を 否定する自分を 否定すれば 神の存在を肯定する」事に成るとの理・ことではないだろうか。何故なら、神の存在を否定する事は、既に、神の存在を認めているからに他ならないからである。
そして、「神が降りて来たわけ」とは、新しい価値観と言うか、人間の意識を進化させる為に、地上に何者かが降りて来ていると言う事である。其れこそが、珪素・シリコンにチャンネルして、石工の秘儀を扱う光の天使ルシフェルなのかも知れない。
人間の肉体の眼は、太陽光線や電気や火の光で物を捉える、可視光線内のセンサーである。しかし、蛇の眼の仕組みは赤外線であり、熱温度しか見えない仕組みである。其れに、蝶の眼は紫外線センサーであり、蝙蝠は音波で物を視て居るのである。
其れ等の、生き物のセンサーの他に、伝書鳩や渡り鳥の様に、松果体の珪素・シリコンのチャンネルを使って、生きている動物がいる。
中国の言い伝えでは、天が動き人間の意識が変化するトキは、先ず朱鷺や隼や鷹などの禽鳥類が情報を受け取って、人間の意識に中継して来ると有る。其の伝承は、日本でも神武天皇が奈良に東征した時に、天が輝いて金色の鳶・とびが降りて来た事で知られているし、世界中で猛禽類は天神の使いとされている。其れに、日本の神社の門である鳥居も、神輿の上に止まっている鳥が、止まる為の物である。
其れ等の事を考えると、既に「籠目・かごめ」の言葉が伝承する鳳凰は、既に地上に降臨しているのであろう。
平成24年4月7日
礒邉自適


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2012/4/1
熊野別院
24・4・1
本日4月1日から、日本社会は新年度である。今朝のメッセージの内容は、新年度の始まりに相応しいモノである様な気がしている。
今朝のメッセージの内容は、私の意識が、新しく何かを始める為に、船の乗り込み員を捜している様であった。そして、七賢人の存在を捜し出して見たが、新しい時代の創出には力不足なので、採用はしなかった。
次に、女性が1人混ざっているグループが映し出されて来て、其の人達は役に立ちそうなので、仲間に入れる事にした。其のグループは、女性を中心として座って居たので、「弁財天・サラスヴァティー」が中央に居る、七福神だったのかも知れない。
次の映像は、大きな御神木の様な楠の木か、銀杏の様な木が1本映し出されて来て、其の木には人間の手が届きそうな所に、人間の手で1本の枝の様に棒が射しこまれていた。私の意識は、其の棒を、人工の枝は役に立たないとして、引き抜いていた。
次の映像は、オリオン座の背景の暗闇に、無限の星の輝きが煌めいているのが映し出されて来た。
そして、箱型の大きな黒い新車が右の方から遣って来て、前に止まった。其の後、「熊野別院・くまのべついん」との言葉が告げられて来た。
今朝のメッセージの映像は、昨日愉伽さんのビジョンに大きな船が出て来て、「饒速日命・にぎはやひのみこと」の御魂が前世である前田氏に、前世が息子の「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」である私が、「余計な者を 乗せなくて良かったね」と云っていた事と関係が有り、是からの動きに付いて、どの様な役割の人間を人選すれば良いかを、考えなければ成らないのかも知れない。
そして、其の事の為に、熊野の神が必要であるが、現在の熊野大社や熊野神社に関わるのではなく、別院を創って活動を始めろとの事ではないだろうか。
熊野大社の神は、「御気津神・みけつかみ」であり、「気・ケ」は食べ物を意味し、みけつ神とは「食べ物の神」である。其の考えから発生したモノ・神が、「稲荷神・いなりかみ・米俵の神」や「保食神・うけもちかみ・受け餅神」であり、出雲の熊野大社の祭神は「神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」である。
食べ物の神は、島根県太田市にある「物部神社」の御陵に祀られている「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」や、天皇家の台所の神である「御餉殿・みけどの」や、荒神さんと呼ばれる「竈の神」などがある。そして、宇摩志麻遅命は「食国政事長・おすくにのまつりごとのつかさ」との職種を創り出しており、其の役職が行う儀式が、奈良の石上神宮に伝わっている「新嘗祭」であり、其の物部の儀式が天皇家に取り込まれて「大嘗祭」などと成っているのである。
今朝のメッセージの映像から、私が想うのは、今朝のメッセージは、1昨日「調栄気稜威の御魂天盛る向津霊目の命(つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひのみこと)」の名前が、「神功皇后」に降ろされた小山田にある「斎宮」と、「伊野皇大神宮」に参詣した事に関係が有るのではないだろうか。
私は、今朝のメッセージの映像から、天皇家に祭祀されている女性神「天照大神」と、「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命(つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひのみこと)」とは、別の「神・はたらき」であると考えた。
と言うのは、「饒速日命・にぎはやひのみこと」や「「瓊瓊杵尊・ににぎのみこと」などの天津系が、大陸から齎した女性神「天照大神」は、ユダヤの民がエジプトから脱出した時に、エジプト文化の太陽の船に乗る頭に鏡を着けた「イシス女神」を持ち出して、舳に立つ「恵比寿・Ebisu」と、ライオンである高麗獅子や鳥居と共に、日本列島に持ち込んだ価値観である。
其の「イシス女神・天照大神」は、太陽の化身であり、太陽系の価値観と言うか、地球人の考えに過ぎない。しかし、今朝のメッセージの映像では、オリオン座の背景に無限の星・恒星が輝いていた。其れは、太陽1個が信仰の対象である「太陽信仰・天照神」では、納まりきれない世界である。
考えて見れば、是ほど「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命」の存在に関わりながら、神功皇后が籠った場所である上山田の土地を捜し出さなかったのか、自分でも不思議な気がする。其れは、本日2012年4月1日の為であり、今日の日の為に、神のプログラムが組まれていた可能性が高い。
其れに、昨日「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命」で検索すると、其の神名が祀られている神社が、鹿児島県曽於市財部町北俣9260に存在し、神社の名前は「日光神社」で大祭日は4月13日である。其の4月13日の日付は、インドの言葉で太陽の意味である「スーリアさん」の誕生日で、私の長男「海生」の誕生日でもある。「海生」の名前は、太平洋から昇る太陽の意味と、海から生命が生まれた意味を掛けたものである。
今朝のメッセージの映像では、昼間の青い空ではなく、夜空が映し出されて来た。青い空は、太陽が近くて空気の有る地球にしか起きない現象であり、地球の大気圏を出てしまえば、全宇宙は夜の世界である。其処には「天照らす」との価値観は通用しない事に成る。其れを考えると、太陽信仰は地球人だけのモノ・価値観であって、全宇宙に通じるものではないのである。
其の意味からすると、「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命(つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひのみこと)」とは、「天照界」ではなく「調読み界」に近いのであろう。其の様に考えると、「撞賢木・つきさかき」との言葉が、真実を言い表している様な気がする」
其れに、今朝の映像に現れた大きな御神木には、人工的に創られた枝が差し込まれていたが、其れは、役に立たないか邪魔なので取り外してしまった。
其の映像の意味は、神の働きに対して、人工的な枝葉を付ける事は、無意味であり、役に立たないとの理・ことであろう。其れを考えると、人間は神の存在に対して、自分の考えを嵌め込んでは駄目であり、神の本体に従ってこそ「道・タオ」や「法・ダルマ」を生きる事ができるとの理・ことではないだろうか。
其れは、「神惟道・かんながらのみち」の別の言い方と言うか、神仕組みの捉え方に成るのではないだろうか。
「竹林の七賢人」とは、竹林に隠遁して生活する世捨て人と言うか、人間社会の政・まつりごとから身を引いた、思想家や芸術家の存在を意味している。
其れに対して、七福神の存在は人間の欲望を具体的に示した存在であり、積極的に人間社会に関わろうとする人間の心理を表している。
・七福神 ウィキペディア辞典より
「恵比寿」 古くは「大漁追福」の漁業の神であり時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神となった。
・「大黒天」 インドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神と日本古来の大国主命の習合。大黒柱と現されるように食物・財福を司る神となった。
・「毘沙門天」 元はインドのヒンドゥー教のクベーラ神で、これが仏教に取り入れられ日本では毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)と呼ばれる。
・「弁才天 (弁財天)」 七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。七福神の一柱としては「弁財天」と表記されることが多い。
・「福禄寿」 道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。寿老人と同一神ともされる。 「福・財産。禄・給料。寿・寿命。」
・「寿老人」 道教の神で南極星の化身の南極老人。
・「布袋」 唐の末期の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したといわれる仏教の僧。
今朝の映像では、「弁財天・サラスヴァティー」の存在だけが、ハッキリと見せられ中央に存在し、其の顔の表情も確認できたので、財産や芸術を司る「弁財天・サラスヴァティー」が動き出し、新車を出して迎えに来てくれるのかも知れない。
今日は、快晴で穏やかな日である。此の陽気で、一気に桜が満開に成るのではないだろうか。儀式の前の日に「稜威の御霊 この春オープン」と告げられて来た事には大きな意味が有るのだろう。
平成24年4月1日
礒邉自適

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2012/3/31
神功皇后の斎宮発見
24・3・31
今日で3月も終わり、明日4月1日から新年度が始まる。
昨日は、田川を9時1分に出発して、福岡空港にビリケンさんを送って行くと、空港到着の時に前を走る車が「12・10」で愉伽さんの誕生日の日付と同じであった。
そして、ビリケンさんを空港に降ろして、北に向かって上っていると、私の誕生日である「 1・29」の車が前を走っており、交差点で曲がったので、私達も其の交差点で左折して止まり、GPSで位置を確認すると、東経130度30分を少し過ぎているので、地図を見て東経130度30分の位置を確認し、Uターンして久山町の役場の方に引き返した。
そして、役場前にて位置を確認すると東経130度29分58秒で、直ぐ左側の岡に神社の杜が有るので、駐車場に車を止めて神社の方に向かった。其の神社の名は「若八幡宮」で、神社の創設者は「城戸次郎左衛門」であると説明版に書いてあり、愉伽さんの先祖(城戸家)と何等かの関係が有るのかも知れない。
其の神社を後にして、北に暫く上って行くと、小山田地区に「斎宮(東経130度29分55秒)」との神社が有るので寄ってみた。すると、其の神社は「神功皇后・じんぐうこうごう」が夫である「仲哀天皇」の喪に服して居る時に、宮に籠り、夫に「朝鮮に渡れ」と云った神は誰かと問うていると、7日目に「つきさかきいづのみたまあまさかるむかつひのみこと・撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命」と、告げられた斎宮跡である事が判った。
其の斎宮の敷地内には、「頭山満」が植えた公孫樹と「廣田徳」が植えた楠の木が有り、其の横には「参拝記念植樹 昭和11年11月23日」と記された石碑が有り、2人が大嘗祭の日に参拝した事が判った。
「斎宮」http://moon.ap.teacup.com/20051112/433.html
そして、其の横の道路を更に北に上がって行くと、猪野の交差点に大きな鳥居が有り、参道を先に進んで行くと「伊野 天照皇大神宮」が有った。私達は、駐車場に車を止めて、階段を登って社の方に向かうと、愉伽さんが「此処が1月29日のビジョンに映し出されて来た 皇大神宮だ」と云い出した。
そして、私達の後から、3人の参拝者が話しながら遣って来た。
私の誕生日である、1月29日の日記には、愉伽さんのビジョンに付いて次の様に記してある。
・・今朝の愉伽さんのビジョンは、何処かの神社に私と一緒に行って、「ここは皇大神宮といって天皇家に関係がある」と説明していたらしい。其処にある御手洗い場に、私の洗濯物を浸しておいたところ、夫婦が参拝に訪れたので、急いで取り出したとの事。次に家族連れの参拝客が訪れて、皆で賭け事をしていて、中学生の娘さんにくじが当たり、現金に換えて貰っていたとの事である。
別の場面では、祭りのような集まりが行われていたという。
其の愉伽さんのビジョンも、「天照坐皇大御神(あまてらします すめ おおみかみ)」に関係が有り、本当の「天照坐皇大御神」は男性神であり、服は「麁服・あらたえ」で禊がれた物が必要である理・ことを示唆している。そして、神祭りが必要である理・ことを示して来ている様である。・・
伊野天照皇大神宮(東経130度30分42秒)の拝殿には、「頭山満・立雲先生」の【雲従龍】と、進藤一馬・玄陽先生の【清徳】と「藤野正人・北辰先生」の【独掌聲】各筆三枚の掲額・ケイガクが掛けられており、拝殿横の庭には、其の経緯に付いての説明が書かれていた。
私達は、境内の一番奥に有る、昔の社の跡まで上がり、私は下駄を脱いで裸足で参拝した。
「伊野 天照皇大神宮」http://moon.ap.teacup.com/20051112/434.html
其れから、駐車場に帰り、川伝いに北に進んで行くと藁ぶきの「茅乃舎」が有り、道路は行き止まりだったので引き返して、国道を古賀インターの方に向かった。途中古賀市谷山区の東経130度30分07秒の位置に「八幡宮」が有り、古賀インターの近くの鷺白山に「熊野神社(旧 若一王子宮)」が有り、参道の250段の上がり口の鳥居の位置が東経130度30分00秒であり、祭神は「饒速日命・にぎはやひのみこと」と他4神の中には「饒速日命の息子である「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」の名前が有った。
「古賀市 熊野神社」http://moon.ap.teacup.com/20051112/435.html
今朝のメッセージの映像には、人間の肉体に宿っている「意識・魂」が何であるかを探っている存在が有った。其れが、何であるかを探っていると、宿泊研修の映像が映し出されて来た。
私自身が、其の研修に参加しており、靴の整理が出来ないで散らかっている場面や、持って行った魚の処理を忘れていて、次の日の昼に其れに気付いた時には、既に魚は腐敗していて、塩漬けにする事も出来なかった。
其の映像から、私は「物の管理」の事を考え、物を管理する役割が「物部」である事を思った。其の物部の初代が「ニギハヤヒ・天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊・あまてる くにてるひこ あまのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと」であり、其の饒速日命の長男が、私の前世である「宇摩志麻遅命・うましまじのみこと」である。其の宇摩志麻遅命が、日本の伝統である新嘗祭の儀式を生み出しているのである。
今朝の愉伽さんのビジョンは、大型の船に、前世の御魂が「饒速日命・にぎはやひのみこと」である前田社長と、前世が其の息子である私が一緒に乗って居て、私が「余計な者を 乗せなくて良かったね」と云ったとの事である。
其の愉伽さんのビジョンからも、昨日、私達が「饒速日命」と息子の「宇摩志麻遅命」が祭祀されている熊野神社に参詣した事が、今朝のメッセージに関係している事が理解できる。
今朝の文章の題を、「物の管理」としようと想っていたら、明け方に「裸足で歩き 裸足で立つ」との言葉が告げられて来た。其の言葉で、私は、昨日「伊野天照皇大神宮」の奥之院で、裸足で歩き、裸足で宮跡に立った事を思い出し、其の言葉は「撞賢木巖之御魂天疎向津毘賣命」からのモノであり、「つきさかきいづのみたま」が私の行動を絶えず見ている事が解った。
昨日は、空港に向かっていると9時30分に千葉の安田重規氏から電話が有り、「今朝 屋久島の局番で 電話の着信が有ったが 誰か判らないので 自適さんに電話を掛けた」と云って来た。
そして、暫く話していて、朝のメッセージに有った「東京の2人を引き留めろ」の意味は、関東地方の事で、大麻に関係している「安田重規氏」と「小原先生」の事であり、8月8日が大祭日である「天石門別八倉比売命・あめのいわとわけやくらひめのみこと」の働きに付いて、事を進めろとの事ではないかと考えた。其れは、「やくらひめ・かしわ姫」の息子である「天の日鷲の命」の活動に関係が有るのだろう。
平成24年3月31日
礒邉自適

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2008/1/15
ビッグ
20・1・15
数ヶ月間、気に掛かっていたNPO法人「緑の風」の、第1回屋久島移住体験の催しが昨日無事に終わり、今朝は頭には何も無く成っており、思考があまり動かない。朝一通り他のブログも見て回ったが、特に変わった事は書かれてはいない。どうやら、穏やかな日々が続いている様である。セミナーの様子「自適今日」http://wave.ap.teacup.com/894019/
昨夜は、久し振りに10時にはベッドに入って休んだ。良く眠ったので、あまり夢は覚えてはいない。今朝のメッセージの映像は、光に包まれている世界で、私のパートナーに成って居る女神の妹を、岩川郁夫のパートナーとして引き合わす場面であった。そうすると、NHKでビックな人々を取り上げる番組が始まる事が知らされた。
其の映像の意味は能く解からないが、岩川郁夫氏は私より3歳年上で中学校の先輩であり、私を取り上げた産婆さんの息子である。其の岩川郁夫氏は、何故か、私と馬が合う間柄であり、既に屋久町役場を退職して、孫の守などをしながらノンビリ日々を過ごしている方である。
今朝、何故、其の岩川氏の姿が使われて来たのかは解からない。其れに、女神が姉妹で付いたとの意味も、どう言う意味合いが有るのだろうか。漢語林で「郁」を調べると、「邑+有」で「むらが有る」との意味である。字義は、もとは地名を表わす。借りて、香気の盛んな様を表わす擬態語として用いる。1)かぐわしい。香気のさかんなさま。「馥郁・ふくいく」2)さかん。文化の高いこと。3)あたたかい。4)あや。あや模様の美しいさま。5)地名。と有り熟語として「郁郁・いくいく」文物のさかんなさま。文化の高いさま。と載っている。
どうやら、今朝のメッセージは、NHKで「郁々しい」文化が、放送され始める事に成り、其の番組にビックな人物が取り上げられる事に成るのか、其の番組自体がビッグな番組に成るかのどちらかであろう。其れに関して、「岩川」や「磯辺」の地名か、風景が、関係有るのかもしれない。
其の事に、関係が有るのかどうかは判らないが、今月12日に東京の阿部幸子さんと言う方に、初めてFAXを頂いた。そして13日の朝、出掛けに其の方のブログである
「ウロボロスの螺旋」を検索して、其のブログの画面が開いたら、突然に私の左手親指の指紋の所に、強烈なカモ(神の電気信号)が起きた。其れは今までに無い程の現象である。其れで、阿部幸子さんがただ者ではない事が解かった。もしかしたら、是から阿部幸子さんが始めようとしている事が、「郁郁」に関係有るのかも知れない。私は既に、NHK番組で「恐竜&哺乳類」の番組制作に関わったので、エンタープライズの関係者とも繋がりは出来ている。
阿部幸子さんは、精神学教会の会員にも成っていて、代表の積哲夫氏とも繋がりが有り、私の事が積さんの口からも出されたらしい。私は未だ、精神学教会の会員には成っていないが、毎日積さんのブログには目を通している。阿部幸子さんの意識は、全国を網羅しつつ有り、私の24年間の旅と重なりつつある。それも、ウロボロスの螺旋に関係が有るのだろう。ブログ「ウロボロスの螺旋」
http://www.godbrain.com/members_blog/index.php?catid=88&blogid=14
ようやく、神の謀・はかりごとも、日の目を見る事に成りそうである。其れは、ようやく人間界が、本来の働きを取り戻しつつあるからであろう。今まで、8回もウロボロスのトンネル潜りが成功しなかった事を、1984年11月21日に伊勢神宮の外宮に参詣した時に知らされた。其れで、9回目が無事に成功する様に、八大龍王を祭っている磯部町の山上の岩の所で儀式を行った。其の結果で、新しき龍の魂しいを持った子供が、265日目のジャンボ機が御巣鷹山に墜落した85年8月12日に、奈良で誕生している。其れから、既に22年5ヶ月が経過している。
私も、既に、師に見い出されてから今年の3月18日で、24年が経過する事に成る。ようやく、師が私にイメージして居た事が、現実として、此の世に現象化するのであろうか。其の師は、既に此の世の者ではないが、師の念いは、段々と現実化して来ている様である。
平成20年1月15日
礒 邉 自 適

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