大山祇神の本体 18・4・11
昨日屋久島は大雨で、山々は禊がれ新緑が美しい。そんな中、今日午後3時に初めて高平地区の大山祇神の祠を見に行った。そして二拝してから拍手を打つと「つきさかき いづのみたま」との神の名が出て来た。と謂うコトは、大山祇神が「つきさかき いづのみたま あまさかる むかつひめのみこと」の本体であることになる。
そうであれば「木の花咲くや姫」の父親が「大山祇神」の神だから「つきさかき いづのみたま」も国津神だと言うことになってくる。
其れが本当なら、私が「つきさかき いづのみたま」のHPを準備させられたり、新しい国造りが6月11日に大山祇神のほこらで行われる事に成って来たのも、全て繋がってくる。
何故、伊勢神宮や出雲大社で新しい国造りが始まらないで、屋久島の山中に在る小さな祠で行われる事に成るのかが不思議である。
それは、既存の神社で始めれば、従来の体制を存続させる事に成り、新しいモノと成らないからであろう。
理由は簡単である。物事を興す事の原因は、規模や派手さではなく、真実だけが有れば良いのだ。
其の理さえ解かれば、気楽に今回の儀式は行える。
3月19日に「紀・トキ」とメッセージが有り6月11日の日付が出て来た。其の時には、何処で何を始めれば良いのか判らなかったが、大山邦博氏の登場や中山博さんと田記有子さんのメッセージ等で其の事が段々と明らかに成って来て、今日が其の留めの様なことに成った。
私が22年前、石塚山の祠に初めて参詣する時途中で「アンジェルスの鐘を背負え。」と有り、山頂で瞑想をして家に帰ったら、其の日の夜中「石塚の よもの山にたずねても 答えかえらじ 我が身に聴けよ。」と告げられた事が有った。
其の時告げられた事柄が、漸く当たり前のコトとして受け入れられる精神状態に成って来ている自分が在る。
もう私が、自分の手で何かを遣らなくても、皆が夫々の立場で事を動かせる状態に成って来ている。私の大事な働きは此処までであるのだろう。
どうやら肩の力が抜いて、只 物事の展開を見詰めて行けば良いのだ。
平成18年4月11日
礒 邉 自 適