みどりの会発足日の出来事 13・2・14
2001年2月9日、その日私はみどりの会の資料づくりをしていた。みどりの会は2月13日に東京のキャピタル東急ホテルで集まることにしている会合のテーマであり、この日決まった名前である。この会合には財団法人福岡緑進協会代表の白土宏氏、参議院議員で前林野庁長官の入澤肇氏、他4名が出席することになっている。突然ニュースが入ってきた。ハワイのマウイ島沖で愛媛県の練習船「えひめ丸」とアメリカ海軍の原子力潜水艦「グリーンビル号」が衝突したニュースである。その日発表された行方不明者が9人ということであった。私が愛媛発で「みどり」をテーマに決めたことで神の世界で反応があったのだろうか。
2月9日は奈良のあじさい邑の矢追日聖氏と漫画家手塚治虫氏の命日でもある。矢追日聖(1911.12.23〜1995.2.9)氏は昭和20年8月15日終戦の日に、今回の戦争は日本から世界を救う価値観を出すために必要なことであったという神のメッセージを受けた人物である。手塚治虫氏は漫画文化の神様のような存在で、「ガラスの地球を救え」という著書を初め数々の作品によって世界の文化に影響を与えている。
また、この日私の他にも神のメッセージを受けた人がいた。2月12日に西宮の松岡さんから電話があり、「2月9日より始まる」という神のメッセージを受けたと言うことだった。この電話があったことで、私は2月9日という日付について考察するこの文章を書く気になったのだ。
太平洋という広い海で、なぜ二つの船が衝突しなければならなかったのか、船は港の中では大きく見えても外洋に出れば小さなものである、それも両方が動いているのだ。狙って進んでも衝突することは容易ではない。何か目に見えない働きがあったと考えてもおかしくないだろう。えひめ丸が空調に故障を起こして予定にない入港をしていることからこの事態が動き出している。何か、前もって布石が打たれていたのではないだろうか。
私が「みどり」をテーマにしようと考え始めたのは5年前からである。5年前の1996年8月23日と9月11日に大きな木が夢の中に出てきたことがきっかけであった。この夢を見たとき私は京都の大徳寺の近くに住んでいた。この夢を見た後11月に、私は島根県の出雲へ引っ越した。その時、地元の大東町に住む安部忠宏氏に出雲を案内されて初めて、夢に出てきた二本の木が実在することを知った。その時まで出雲には一度来たことがあるだけで、出雲大社と日御碕を見学しただけであった。そのようなよく知らない場所にある木がどうして京都の私の夢の中に出てきたのか不思議であった。安部氏は冒頭のみどりの会の会合の出席予定者であるのだが、このときから2年間を私は安部氏のもとで過ごした。この、安部氏が現在住んでいる町の神社に生えている木が8月23日の私の夢に出てきた木であり、安部氏の生まれた町の神社の境内に生えている木が9月11日の私の夢に出てきた木である。
8月23日の私の夢に出てきた木は椎の木であり、安部氏の家の近くの佐世神社の境内にある。この木は「スサノオの命」が手植えした木であり、現在はその木の六代目が根付いているということであった。「スサノオの命」が手でさし植えたことにより、この地を佐世と呼ぶようになったという伝承が残っている。
9月11日の私の夢に出てきた木は、安部氏が生まれた場所の近くにある伊我多氣神社の境内にある。伊我多氣神社は、祭神が「イソタケルの命」であり、この人は日本で最初に国土保全の目的で植樹をしたと言われている。「イソタケルの命」は「スサノオの命」の次男である。
私の夢に出てきた木は2本とも古代に人が植えた木であった。神は私達に何をすればよいのかを示したのだ。地球に木を植えて環境の保全を図るというのがその一つである。この事は、みどりの会に出席する入澤氏が生まれた、伊香保温泉近くの榛名山にある榛名神社の祭神が植林の神であることにも示しが現れている。現在私の住んでいる愛媛県中山町の隣にある伊予市には、福岡正信氏が住んでいる。福岡氏は「世界中を緑に」という旗印を掲げ粘土団子に草木の種子を混ぜて撒き、砂漠や荒れ地に緑を回復している人物である。福岡氏の活動は海外でも大きな成果を上げている。このように見ていくと、今、我々人類に求められているのは地球の緑を回復することである。えひめから「みどり(グリーン)の会」を発足することは大きな意味のあることなのだろう。
平成13年1月14日
礒 邉 自 適

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