2006/12/4
古代祭祈遺跡磐境神明神社
徳島県穴吹町 五社三門
自分の魂の故郷を訪ねる旅
http://moon.ap.teacup.com/20051112/
18・12・4
私は、屋久島に帰る前に、最後に参詣する事に成ったのが此の遺跡です。
何故、此の様な遺跡が在るのかは未だはっきりとは解明されていません。
しかし、今でも、此の村から、天皇が儀式に着る荒衣(あらたえ)が奉納されている事は、其の歴史の古さを理解出来るものです。其れに、駐車場の反対側に有る神社の名前が「白人神社」なので、現在の神社形式を運んで来た人間が、白人だった可能性を含んでいるのかも知れません。
徳島の歴史では、伊勢や奈良に儀式を運んで行った人達は、徳島に来て住み着いた人の分家だと伝えらえています。
此の日は、私が神の世界に入った1984年6月4日から丁度丸18年目の6月4日でした。此の後、屋久島に帰る事に成りました。この日徳島で坂東氏に戴いた車が今乗って居る私の車です。
そして、また、本日は、84年6月4日に「16年半掛る」と告げられて来て、丸22年半の日と成ります。
昨日は、秩父の今宮神社で「塩谷治子宮司」により、八代竜王水神の斎祈が行なわれました。今朝の私のメッセージは、其れに関係有る「宮中八神」です。
今宮神社 http://homepage2.nifty.com/imamiya/yuishoki.htm
此の、天皇家に荒衣を奉納する村の霊魂は、日本の歴史の基礎を成している存在であると考えられます。
明日12月5日は、後醍醐天皇の孫「自天親王」が足利の手に因って殺された日で、奈良県の川上丹生神社の在る村では、其の霊魂を沈める儀式が行なわれます。
其処から途絶えてしまった、古代斎祈を復活する事が私に与えられた使命でしょう。
今朝は、其の事が告げられて来ています。
其れは、1口で言えば「137億年歳の生命の認識」です。其れを、取り戻すのが宮中八神を祭る事の謂われでしょう。
平成18年12月4日
礒 邉 自 適
引用
宮中八神 http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/77/78/7851/s7851/s785103.htm
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。