2006/3/21
大山祇神(おおやまづみ)発動
18・3・21
今日は重要な事が判った。と言うのは、みいつ建国の儀式の場所が判明したからである。
今日昼間、日本とキューバの試合を観ていて、日本が勝ったので喜んで居ると、丁度そこに走る魚屋さんが遣って来たので、お祝いをしようと西川氏が言い出し、屋久島鯖の首折れと歯鰹を二匹買ったので、私が早速刺身に切ってビールで乾杯と成った。
ビールを飲みながら、日本にプロ野球が出来て今年が72年目で、日本に野球が伝わったのは1872年で72の数字が重なるねと話して居た。其れは昨日、渡邊延朗氏より大成経の72巻に関する本が届いた事も意識に影響していた。
そんな話をして居ると、遊びに来て居た大山氏が私に「石塚山に一度連れて行ってくれ。」と言い出した。理由を聞くと、自分がお守りしている神様の祠が出来てから今年の5月16日で丁度100年に成るので、其の日に何かをしなければ成らないと言う。
其の、祠の祭神の名は大山祇神だとの事である。其の事を私は聞いて、19日のメッセージに有った「紀(トキ) みいつ建国 6月11日(旧暦5月16日)」の儀式は、其の祠ですれば良い事が判った。
其の祠は、明治39年5月16日に日高太郎吉・他が建立したと記されているらしい。
大山氏は、平成14年6月8日に急に両足が動かなく成り、鹿児島市の霊能者にお伺いを立てて貰うと、其の祠の事が出て来たので、早速其の祠に行くと、石が倒れているので起こして貰ったら、足は直ぐに治ったとの事である。それから直ぐに、祠の整備をして今日に至るとのことであった。
それらの事が判明した頃、中山博さんより電話が有り「自適さん 全部片付いた感じが遣って来ているのですが。」と云って来た。そして送られて来たFAXの絵を大山氏が見ると、其の祠の事だと言うので、ついでに16日に送られて来たFAXも見て貰うと、其れは隣の村の大山祇神神社だと言う。それで、中山博さんの祠の絵に書かれている「離れ 此の地に 降り立つ ありがとう」の言葉は、屋久島であるらしいことが判って来た。
中山博さんの2月26日と3月3日の絵も屋久島のことである。今日でようやく、場所と動いている神の名が明確に成って来た。
不思議な事は、昨年から大山氏の弟の大山高則氏が鹿児島から来て宿舎に泊まる度に、三回連続釈迦牟尼佛が私の霊夢に現れて大事な事を告げて来た。そして4回目には、安房地区の昔の営林署の住宅街に祭られている大山祇神の神社が現れたのである。
其れらの現象に、繋がりが有る事は既に知って居たので驚きはしない。
釈迦牟尼佛は、四国の金毘羅山の頂上に祭られている大山祇神の神霊が、インドに派遣されて誕生した事は前に霊夢で見せられて居たので文章にも書いてある。
どうやら今度の「みいつ国」建設にも、大山祇神が働いているらしい。大和の国の建国にも、大山祇神が現れ働いたので三輪神社の御祭神は大物主だが其れも、大山祇神の別名ではないだろうか。
ニニギの妻と成った木の花咲くや姫も大山祇神の娘だし、スサノオの尊の妻と成った稲田姫の両親も、大山祇神の子孫と伝えられている。奈良の、三輪神社の神は建物の中の神ではなく、三輪山自体が神の住まいであり、神の住む山は「御室山・みむろやま」と呼ばれ全国共通である。屋久島の神々も皆山に住む神様である。
屋久島には、南側の小島地区には10年程前に三島市の三島神社の分社も建てられている。三島神社の祭神は、愛媛県大三島の大山祇神神社の別け御霊である。何年も前から大山祇神の働きが屋久島に関係し始めていたようである。
岡本天明氏の日月神事にも「南の島に 埋めて有る 宝を使うトキが来た。」と屋久島に関係が有りそうな事が書いて有るので長く成るが、前の文章を其の侭載せて置く。
平成18年3月21日 礒 邉 自 適
私と日継神示
私が師に捜されて3ヶ月間の修行の後、神惟らになったのは、1984年(59年)6月4日(旧暦5月5日)であった。日継神示を書かされた岡本天明氏の御筆先が始まったのは、S19年6月10日時の記念日である。日継の秘密は、旧暦の日付の方が、神のメッセージに適っているのだろうか。下巻169Pには「30年で世の立替いたすぞ」と、S27年4月11日に出ている。27年から30年だと57年頃となるが、私が師に捜し出されたのは、S58年3月18日であり、私にとっては日付的には、合っているように思われる。
その他にも私に関係ありそうな事が幾つかある。
上巻136P「南の島に埋めてある宝を御用に使う時近づいたぞ。」
144P「種は落ちぶれていなさる方で守られているぞ。」
「種は百姓に与えてあるぞ。」
私は屋久島に生れているし、屋久島の山々は神の住む山とされ、私は少年の時より山ばかり登っていた。また父は鹿児島市生れ、母は東京生れで、太平洋戦争が無ければ屋久島に渡る事も無く、屋久島で百姓をする事も無かったであろう。168Pには「此の神示は世に出ている人では解けん。苦労に苦労しておちぶれた人で、苦労に負けぬ人で、気狂いと云われ、阿呆と謂われても神の道、素直に聞く臣民でないと解けんぞ。」とある。私の人生を振り返って見ると、この為に自分の人生があったのかと思える位である。
−492P「ひつぐの民の家には、御神名か御神石か御神体として代表の大神様として、天(あめ)の日月の大神様(くに)の日月の大神様と称え斎(いつ)き祀り結構致して呉れよ。1の宮、2の宮等の祀り、天明に知らしてあるぞ。道院殿老祖様は中の宮に、他は道院の神々様として次の宮に結構祀りてよいぞ。」とある。
私が神懸りになって始めたことは、屋久島中のパワースポットの石を、家の中に集めて祀ることから始まって、屋久島での修行が終って旅に出され、最初に手に取らされたのが中国の老子の本で、内容は道の徳についてである。道(タオ)の教えの祖は老子である。老子だけを中に祀れとは、私が取らされた行動と一致している。
−530P「三千年(みちとし)の不二は晴れたり、言答(いわと)あけたり、実地ざぞ。遣直し出来んのざぞ。早う足場つくれと申してあろうがな。三千(みち)の足場つくったら神の光出ると申してあろうがな。足場つくれよ。アジア足場ぞ。足場なくては何も出来ん道理、人間にも判らうがな。何より足場第一ざぞ。世界の民の会、2人でやれよ。1人でしてならんぞ。くどう気をつけてあろうがな。あなさやけ。あなすがすがし。6月10日」とある。
アジアが足場だから、3000年の道の仕組の足場として「世界の民の会をつくれ、それは1人ではなく2人でつくれ」との事らしい。私は岡山市のスーリアさんに昨年の4月7日、天明氏命日に出会った。1996年2月12日に、神に知らされていた女性である。私とスーリアさんの日記を照らし合わせて見ると、辻褄が良く合っている。世界の民の会を2人でつくれとは、スーリアと2人と言うことだろうか。スーリアの生家は林原で、林原家の家紋は出雲の佐田神社の、天照大神社の神紋であり太陽信仰と関係がありそうだ。林原とは、むかし瀬戸内海の船を動かしていた一族の名が「はやし」だという。船を漕ぐには掛け声が必要である。掛け声を掛ける事を「囃(はや)す、囃子(はやし)」と云う。「はやしばら」とは、海原を囃子ながら進んで行く、船の様子を言っているのだろうか。エジプトのピラミッドには、古代の人々が太陽の船で、海原を漕ぎ進む画が描かれている。太陽の鏡を祀る人々が、日本にも渡来していたのではないだろうか。スーリアの先祖はその一族かも知れない。
私の礒邉(いそべ)は、伊勢神宮の存在する磯部町と同じ名である。イソベには「石部、磯部、磯辺」などの漢字が使用されているが、元は皆な同じ部族だと思われる。磯部町に存在する伊勢の奥宮、伊雑宮(いざわのみや)は「 」籠目のマークの神社であり、ユダヤ、石工の子孫とも考えられる。石工は石屋でもある。奈良の石上神宮の物部一族もニギハヤヒの子孫で、岩山が御神体とされている一族であり、伊勢の「イセ」とは石を敷き詰める意味らしい。物部一族の墓は、立石の周囲に石を敷き詰めてあり、石の文化の氏族である。
私が石を祀る部族の子孫で、スーリアが太陽を祀る子孫であれば、太陽と石の出会いで古代の神事の両方が揃った事になる。「易」の漢字は「日(太陽)と (蜥蜴、 蜒、石竜子) (とかげ)」の組み合わせだ。私とスーリアの日記は易の意味を含んでいる事が、これで納得がいくのだが、これを他人に言うと笑われるであろう。しかし古代の人達にとっては、何事も神が中心だったので、これくらいの捉え方ではなかったのだろうか。
岡山の吉備津彦神社の奥宮は、磐座と太陽を祀っている。天津日継神示とは、太陽と岩の関係性を人間が捉事ではないだろうか。古事記では、イザナギが両目を洗った時に、左目から天照、右目から月読の命が生れたことになっている。目から生れるものは、人間の形をした物ではなく意識のことだろう。天照は目に見える光の世界を意味し、月読は目に見えない世界を意味している。
私の生れた屋久島は、全島花崗岩の岩山である。南の島に埋めてある宝とは、岩山の記憶のことだろう。私が岩の記憶を取り戻し、天照大神の働きを世に出していく働きであれば、岩戸開きの時代と言うことも良く理解できる。さらに蜥蜴の日本語が「戸の陰、影」であるのも理解できる。アフリカの古い伝説にも「岩に住む蜥蜴は、宇宙の神秘を全て知っている」とあるそうだ。世界中で蜥蜴は、人間の潜在意識の使者として考えられて来ている。中国の道(タオ)のマークも、2匹の蜥蜴がモチーフとなっている。道の足場を立てるとは、岩戸開きの用意をする事で、石龍子(とかげ)の出番なのかも知れない。
下巻20P「岩戸開いて1つの王で治める。」
上巻514P「たばねの人は後からじゃ、後から出るぞ。22年1月1日。」
225P「元の大和魂の誠の身魂揃ったら、人は沢山なくとも、この仕組成就すのざと申してあろうが、末代動かぬ世の元の元を礎づくのだから。」などと日本から新しい世が始まる事を伝えている。
天津日継とは、日本の国土に秘められている霊系の働きの事であろう。私の18年間の旅は、その霊達との共同作業の旅でもあった。これから日本で、何が始まるのかハッキリとは分からないが、日継神示には「神一厘の仕組」「一人の目明きが火を着ける」ともある。神の意識、天の霊(ひと)の継続が、人々に見える時の来る日が近づいているのだろう。
平成14年2月27日 礒邉自適
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私と日継神示 其の二
私は、昭和22年1月29日午前3時〜午後4時頃、屋久島安房矢本岳の麓で産声を上げている。両親が屋久島に渡ったのは、昭和21年8月3日との事。私が母の腹(おなか)に芽生えたのは、日本に引き上げて父の故郷谷山(現在鹿児島市)での事らしい。
岡本天明氏の、ひふみ(日継)神示上巻の21年8月15日分479Pを見ると、「旧9月8日で一切(ひとくぎり)ぢゃ、これで一(はじめ)の御用は済みたぞ。八分通りは落第ぢゃぞ。次の御用改めて致さすから、今度は落第せん様心得なされよ。何も彼も神は見通しざぞ。神の仕組人民出おくれんよう、気付けて結構致して下れよ。二(つぎ)の仕組、御用は集団(まどい)作りてよいぞ。」と載っている。
この日付では、私は屋久島に渡って12日目である。この神示で気になるのは「旧9月8日で一切ぢゃ。」という日付である。この年の旧9月8日は新暦の何日に当るかは分からないが、この年の旧9月8日から40年後の旧9月8日は、1987年10月1日に当る。
私はこの日、当時奈良市に在った野草社々長「石垣雅設氏」と2人で群馬県にいた。石垣氏と榛名神社に参拝したりしている内に、年内に集まりを催そうとの話になり、11月21日に奈良市大倭神宮会館にて、「スピリチュアルタイム」と題して集会をする事を決めた。後に此の10月1日が旧暦の9月8日であり、11月21日が旧暦の10月1日だと分かったのである。
何故この様なことを言うかというと、神示の中の「二(つぎ)の仕組御用は集団作りてよいぞ。」の事と、私達が魂の人たちの集いをしようと決めた事が一致するからである。それから14年を経過しているが、毎年何らかの集りが自然に11月21日に行われて来た。
「スピリチュアルタイム」の言葉は、屋久島で私が1985年か86年に、メッセージとして受け取ったものである。『魂の時』精神的な時代の訪れを感じたメッセージであった。その時は未だ日継神示とかが、存在する事も知らなかった時である。
第一回目の「スピリチュアルタイム」には、全国から70名程が奈良市に集った。古神道研究家の菅田正昭氏、マンガ家の真崎守氏、山川亜紀子さん、山田征さん等が参加された。まだ世に知られる前の、川口由一氏も参加していた。
11月21日は前夜祭として、京都府亀岡市の憩の家で行われ、22日に奈良市大倭町あじさい邑の一角に在る、大倭神宮会館にて集いが開かれたのである。大倭あじさい邑は、故矢追日聖氏が昭和20年8月15日終戦の日に、神の啓示を受けて始めた福祉中心の共同体のむらである。矢追日聖氏が天皇のお言葉を聞いて、悲しみにくれて大倭神宮に額づくと「日聖よ泣くな。これは世界に新しい価値観を出すために、仕方のないことなのだ。」と言葉があり、次に地球儀が映ってきて、世界中に日の丸が立っているのが見え、新しい精神革命が日本から起きる事を知らされたとのこと。そして其の仕組は、あじさいの花の様に一人一人、一国家、一民族が皆それぞれに花開いて、しかも大きな花として纏っている。そんな仕組みの未来社会を作れとのことである。
また、ひふみ神示下巻S27年4月11日分173Pには、「みろくの世となれば、世界の国々がそれぞれ独立の独自のものとなるのであるぞ。ぢゃが皆それぞれの国は1つのへそで、大きな1つのへそにつながっているのであるぞ。地上天国は1国であり1家であるが、それぞれの、又自づから異なる小天国が出来、民族の独立性もあるぞ。1色にぬりつぶすような1家となると思うているが、人間の浅はかな考へかたぞ。考え違ひぞ。この根本を直さねばならん。霊界の通りになるのぢゃ。」と載っている。
矢追日聖氏と岡本天明氏には、直接の繋がりは無かった筈であるが、内容が同じであるし、昭和21年8月15日の日に同じに「集団(まどい)を作れ」とのメッセージが出ている。矢追日聖氏の邑は現在13の施設が出来上がって、日本の福祉の草分け的役目を果している。
岡本天明氏の8月15日の「世界の民の集団を作れ」のメッセージは、未だ現実化されてはいない。しかし「八分通りは落第ぢゃ」との事であるので、合格する者は少ないのであろう。
それから55年が経っている。どれだけのまどいの仲間が地球に準備されているのか。その人達の為に、今年は何かの印となる纏いを立ち上げなければならないだろう。
平成14年2月28日
礒 邉 自 適
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