Feb-o7-2oo9
ハバネラ、その名で最も有名なのは、
フランス人作曲家のビゼーが書いたオペラ「カルメン」
その中でヒロインであるカルメンが歌う、
「ハバネラ」という曲である。
(55秒あたりから始まる
http://jp.youtube.com/watch?v=7a7yb3dWhJs
オペラとしてではないがこちらもオススメ↑
http://jp.youtube.com/watch?v=lKnR9VIK3MA&feature=related
マリア・カラスも素敵↑ )
因に、とても辛い事で同じみの唐辛子はハバネロである。
ハバネラとは、
ハバナ風コントラダンスを意味している、
そう、キューバのハバナであり、
"Habanera"はそのまま"ハバナ風"を意味している。
つまり、決まった曲名の事ではなく、
踊りのジャンルの1つであるわけだ、
タンゴやワルツや盆踊りと同じ事である。
これがスペインに輸入され、
フランス人のビゼーが知る事になる。
しかし、ハバネラの起源はヨーロッパにある。
誕生の事情は少し複雑になっている。
元はフランス宮廷で踊られていたダンス、
"コントルダンス"が元になっている。
しかし、このコントルダンス自体がイギリスの宮廷で踊られていた、
"カントリーダンス”を元にしている。
そう、あの男女がペアになって簡単な振り付けで踊る、
あのカントリーダンスである。
イギリスの宮廷で踊られたこれが、
フランスに渡り、英語のカントリーがフランス語でコントルと読まれ、
17〜18世紀に大流行りした訳だ。
大流行り、の証拠にベートヴェンやモーツァルトも、
コントルダンスを書いている。
(カントリー、コントルダンスは音楽的には繰り返しが多用される物である。
この辺にハバネラへ繋がる物が在る)
このコントルダンスがハイチに伝搬される。
ハイチは中南米、カリブ海に浮かぶ島国である。
元々は原住民(タイノ人)が暮らしていたが、
コロンブスによるハイチ発見以来、
スペイン人により原住民は絶滅され、
彼らと彼らによる酷使を受ける、
カリブ族奴隷の国になる。
後にスペインは戦いに破れ、
フランスにより占領され、
フランス人と彼らの奴隷であるアフリカ人の国になる。
これが今のハイチの原型になる。
つまり、
フランス人の国になった事により、
コントルダンスがハイチに伝わる事になるのである。
キューバはハイチの左隣である。
(ここで白人の音楽であるコントルダンスに黒人の感覚が混ざった、と思われ
るが、資料がなく良くは分かっていない。奴隷とその主という厳しい階級社
会において、階級が違う物同士の文化的共通点を挙げるのは難しいかもしれ
ない。しかし、奴隷とその主の中間的階級に居た物の存在が鍵を握っている
様に思える。彼らは自由黒人であり、主人の料理人や従僕を果たしていた。
彼らはアメリカ生まれの黒人やヨーロッパ人とアフリカ人のハーフであっ
た。白人の生活に近かった彼らがハバネラの誕生に重要な役割を果たしてい
たと推測できる)
ハイチはフランス人と奴隷の国、と書いたが、
その目的は砂糖の製造にある。
18世紀後半、ハイチは全世界の砂糖の四割を製造していたのである。
フランスに取ってハイチは重要な植民地であった。
1789年、フランス革命が起こる。
この革命の影響はヨーロッパ大陸の国々ではなく、
その植民地であるハイチにも及んだ。
黒人達による革命が起こったのである。
紆余曲折
(主であるフランス白人との戦い。
占領しようとするイギリスやスペインの遠征隊との戦い。
ナポレオンの義弟であるシャルル・ルクレール率いる
フランス本隊との戦い。
20年頃には東部を支配していたスペイン人との内戦もある。
44年にはその東部はドミニカ共和国として独立する)
ある物の、革命は成功。
これは当時、他国の黒人奴隷達にも影響を与えたが、
革命が成功した国はハイチだけであった。
しかし、その後、
ハイチはフランスへの賠償金として多くの借金を背負う。
これが長年にわたりハイチを経済的に苦しめる事になる。
次回は……
・キューバへの逃亡
・ナポレオン、ルイジアナ(ニューオリンズ)を売る
・スペインとかイタリア人がアルゼンチンに移民する
の三本でお送りしまーす!
フガフッフッ!

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