情念のように竿燈立ち上がる 森田千技子
七夕の行事としての竿燈は、五穀豊穣の祈りがこめら
れている祭りとして、華やかに行われるもので、夜の帳
の中での揺れる稲穂のような光の渦は、活力ある光景を
現出しているものです。
作者は、その立ち上がる姿に、何か圧え切れない、切
ない思いを見たのです。
平素心に秘めている事柄が、立ち上がる一瞬に蘇り、
そして、どろどろとした深い思いの凝縮をそこで味わっ
たのです。
竿燈の立ち上がる描写を、人間心理に繋げた句として
印象深い。
この思いのこもった竿燈は、見る人々にどんな感想を
もたらしたでしょうか。
アンリ・カルティエ・プレッソンの写真展を見た。写真
家の捉えた一瞬に感動しつつ、この写真家の根底にあるも
のに思いを巡らせたのでした。
その著書より見てみたい。
一人一人の眼を始点に永遠に向かってひろがりつづけ
る空間、それは、私たちに何らかの印象を与えると、た
だちに記憶となって閉ざされ、変容する。その一瞬を、
あらゆる表現方法のなかで写真だけが固定できる。私た
ちの相手は消減する。そして消減したものをよみがえら
せることはできない。むろんそこに写されたものに手を
入れることもない。何かできるとすれぱ、それは写真を
厳選し、ルポルタージュとして見せることなのだ。文筆
家には、言葉を選び、文章を原稿用紙に記すまで、たっ
ぷりと構想に費やせる時間がある。いくつもの要素を関
連させ綴ることができる。思考が鈍り、しばし頭を休ま
せることもあるだろう。だが、私たちにとって消滅した
ものは永久に消滅したままだ。写真家の苦悩と独創性は
まさにそこから生まれる。
(『こころの眼』アンリ・カルティェ・プレッソン)
見事な覚悟といってよいでしょう。
私達は写真家ではないのですから、その一瞬のみに集中
するだけではありません。「イメージの逃げ去る前に、思い
の深みへ眼前の景を定着させる、そしてこの交流の中から、
新たな真実を浮かび上がらせる」、そんな操作を図ってゆき
たいと思います。
森田千技子さんの句は、竿燈の立ち上がる一瞬を、心と
の交流の中に繋ぎとめ、表現に移した句として興味深い。
清翁に似し向日葵のあっけらかん 森田千技子
亡くなられた鈴木清さんの面影・ご性格を写して、ハッ
とする一句。「あっけらかん」と言い切ったところ、余情を
湛えていて心地好い。
捨て難き数多を抱え天の川 大石壽美
捨てようかどうしようか、考えながら捨てないものがた
まってしまいます。懐かしさのこもったもの、お土産で頂
いたもの、思い出の品じなが、どの家でも山のごとくにあ
るのでしょう。澄んだ秋の空を横切る銀河を望み、すっき
りとした天空に憧れを抱いたとき、普段の生活での、夥し
い無駄ともいえるものが、雑物として、果敢無く思えてく
るのです。
単に品物だけではありません。日常の多くの人間関係も
家に纏わる事柄も、どれも捨て難いものといえましょう。
こんなことを含めて、この一句は一個の人間としての悩み
を打ち出したもの。天の川の輝きがいい。
金魚玉吊す去年の蜻びた釘 佐藤登季
夏になると金魚を飼って、それを眺めつつ一時の涼を求
めるのは、景物としてよりも、長いあいだに培われた庶民
の楽しみであり知恵のように思います。この句のポイント
は、その家の歴史を刻むものを象徴する「錆びた釘」です。
あの球面の中を悠然と泳ぎ回る金魚は、どこからも見ら
れて恥ずかしかろうとおもうのだが、その残酷さの奥にあ
る愛玩の心理に圧倒されるようでもあります。
来年もまた、この釘に金魚玉を吊すのでしょうか。
傷付くも癒すも言葉緑さす 越川ミトミ
「緑さす」という自然の推移の中で、人間関係のよりス
ムーズな展開を心掛ける作者の健気な様子がいい。言葉に
象徴されていますが、ここでは思いだけ、態度だけではな
く、溢れるごとき優しさが、句を支えているように思いま
す。句を支えているというのは、この反省ともとれる感懐
に忠実だからでしょう。日常のちょっとした心を去来する
ものに反応する、清新な魂のようなものが窺えるように思
います。
夏月に暈医を拒むこと少し 金城照子
自分の体に異常を感じると、医者に行こうかな、いやも
う少し我慢しようかなと考えます。しかし、この句は「医
者を拒む」というのです。診断になにか恐ろしいことを言
われてはかなわないと、少しひいたような思いでもあり、
特殊な医療に対する不安でもあるのです。このどうにも人
問的な感情に心ひかれるのです。冴えた夏の月ではなく、
どこかぼやっとした暈のある月を見て、余計に病気につい
ての感情が揺れるのです。
今度は秋の美しい月を眺めながら、安心の一句を期待し
たいように思います。
幼子のなんでどうして蝉の穴 松本滋子
「蝉の穴」というのは一つのきっかけでしかありません。
子供達の好奇心は、果てることもなくあるものです。「なん
でどうして」とやや冗長ともとれる語り言葉が、そのこと
を見事に示していて、幼子の生態を的確に描写しています。
不思議をもう感じなくなった大人にとっては、煩いことで
はありますが、この問い掛けこそ、幼い子供の成長の秘密
であり、自然を通して生き方を学ぷよい機会を大切にして
いる作者に工ールを送りたい。
盆提灯収めし後のひとりかな 森本弥生
独り身の悲しさ寂しさを、時の移ることを通して語って
いて、事柄を一つまた一つと重ねて行く度に、いよいよ深
まってゆく様子が窺えます。
「収めし」という、行為の後の空しさを共に味わうこと
で、この句はより奥深い感動を呼び覚まします。
悲しみのそれはそれとし祭来る 城石美津子
前の句は、「ひとりかな」に収斂されていますが、こちら
の句は、祭の賑わいに拡散される体のものです。人各々で
はありますが、これによって勇気をもらい、次の日への活
力を養うのであれぱ、句として詠いあげるのに意義あるこ
とではないでしょうか。人間のもつ複雑な感情を、巧みに
表現し得たものとして評価したい。
八月の川引き返すより跳ぼう 河村義郎
川にぷつかった、なんとしても渡りたい、橋を探しても
近所に見当たらない、どうしょうか。そのときの決断が跳
び越そうというのです。八月の川は水量も多く、悠然と流
れているのです。物事に対処するときの思いとはこのよう
なものなのでしょう、「引き返す」と言う逡巡よりも勇気の
いる「跳ぶ」ことに賭けた作者に、どこか共鳴するものが
あります。澄んだ空、緑の大地、そしてそれを断ち切るよ
うな川の姿。雄大な風景を想像しつつ、米粒のような小さ
、い人間のもつ意思の在り方を思うのです。
昼寝したその分だけを生き延ぴる 藤嶋まさと
やや計算高い感じもしますが、この発想の面白さは評価
していいように思います。夏の暑さに負けない営みとして
の色々を、「生きる」ことに繋げている作者に同調する思い
です。
敗戦日カーテンは洗剤の匂い 上田昭子
取り付けた純白のカーテン。そっと顔に近づけてみる、
そのやさしい行動の裏に、敗戦の日、そしてその時代の、
物資のない、また洗濯もままならなかった頃が蘇ってくる
のです。今の豊な生活を誰が予想したでしょうか、洗剤の
匂いによって呼び覚まされた過去と、いまの落差を、敗戦
日をきっかけとして詠いあげているのです。香りを通して
語る戦争の悲しみ。ここには、消し得ない過去を日常の行
為で示す強さがあるのです。
石庭に流水として熟砂あり 大和田富美
夏の石庭の姿を端的に示しています。庭としては悲しい
姿なのでしょうが、人間は砂の姿に、酷暑ではありますが
一抹の涼を味わうのでしょう。擬態化された水の流れに、
技巧的ではありますが美しさ見つけ、そこに作庭の妙を味
わって満足するのです。風景の切り取り方の巧みな作。炎
昼の風景として興味深い。
サルビアの一万本の浮力に佇つ 成清正之
真っ赤なサルビアの群生はきっと圧倒されるような風景
なのでしょう。まるで人々を浮き上がらせるようなカを秘
めていて、作者はそれに対抗するかのように見入っている
のです。赤い平面と直立の人間、不思議なような恐ろしい
ような状況に作者は耐えているのです。「一万本」という把
握が生きている一句です。
梅雨湿り診察室をノックする 伴場とく子
報告のようでいて、どこか哀しい雰囲気があって、「病気」
のもつ恐ろしさが伝わってきます。「梅雨湿り」「診察室」
とどれも鬱陶しい中で「ノック」という言葉が救いのよう
に写るのは、作者の工夫なのでしょうか。
クーラー止める八月という暗い過去 飯村豊子
八月という特殊な月、いや特別な思いの蘇る月。そして
クーラーをがんがんつけて、安寧の日々を楽しんでいるこ
とへの反省は重い。「暗い過去」と重ねて言うことで更に自
身の数々の嫌な出来事へと思いを繋げつつ、普遍へとすす
めているところを評価したい。
麨の話題の尽きて回忌終う 辻 伸司
話題は故郷の名物か。由来から始まって作り方、味の変
遷とか。祖先の霊を慰める席が、思い出話で活気づくので
す。そして無事法要は、そんな話の終りとともに閉じるの
です。とりとめない話が弾むことが、残された者の健康で
親しみのある親戚たちの集まりの証拠なのかも知れません。
句はその事を示して余りあるものです。
青蘆や祖母の手帳に一行詩 菊地繁子
ふと探し当てた祖母の手帳に記された一行詩。水辺の青
蘆の生気ある揺らぎを見た目には、いよいよ新鮮に感じら
れます。きっとこの一行詩も若々しく華やぎのあるものな
のでしょう。どこか青春の匂いの秘められた手帳に、心の
揺らぐような一句です。
鑑賞したく抜き出した作品の数々。
自桔梗さらりと聞ける耳が欲し 涼木 鞠
待ち人は来るやも知れぬ戻り梅雨 寺沢はる子
夏燕いつも誰かと居る暮し 福田眞澄
わが踊る姿が哀し秋立ちぬ 小久保多美江
痒そうな木膚空蝉しがみつく 山崎せつ子
背中押す声の温もり青嵐 川守田美智子
拭う手も鏡に入れて顔の汗 瀧澤伸行

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