花菖蒲ななめに浸かる流しかな 笠井亞子
端午の節句を迎える心のときめきのようなものが、花菖蒲
を買わせたのでしょうか。買って帰ってすぐ活ける余裕はな
くて、流しに水をだして置いたのです。
この句のポイントは、「ななめに浸かる」です。流しの縁
に濃艶な花を横たえている菖蒲は、その緑の葉を水に浮かぺ
て、普段はやや薄暗い台所に華やぎを添えたことでしょう。
活けられるまでの短い時間を、花菖蒲は、ゆったりとした時
間を持ち、心ときめいた作者の再びの取りあげを待っている
のです。
なにげない日常のほんの一瞬の姿に、季節と生活と詩的感
興の融合を味わうのです。
「文學界」の今月号(平成十九年八月)に、小川洋子と
川上弘美の対談「私たちと芥川賞」が掲載されていて、そ
の中に…ルールの中で永遠を表現する…との項目がありま
した。将棋に触れての文章なのですが、小川さんが、
九×九の限られた枠で区切られているにもかかわらず、
将棋というゲームが持っている世界の方が、棋士が発揮
できる個性よりも、うんと奥が深いから、棋士の個性を
表現しようとする将棋は、結局、行き詰まると。個人の
スタイルを越えて、将棋というゲームが本来持っている
運動、という言葉を保坂さんは使っていたんですが、将
棋自体が行こうとしている方向を素直に実現させるもの
でないと、強い将棋は指せない、と書いてあったんです。
(保坂和志…同じく芥川賞作家)
小説の枚数とか枠について語っていて、「作品ごとに自分
で、その作品だけに通用するルールみたいなものを作ると
ころから始めている、(略)ルールと言うと、本当に視野が
狭くなってしまうようなイメージを与えるんですけれど、
将棋を見ていて、むしろ逆にルールの中で永遠を表現する
という方向性があるように思いました」とも述べているの
です。
それを受けて、川上さんが、
俳句は五七五という定型でしょ。型を外して作る自由
律があるけれど、自由律って自分で作ってみると、あん
がい飛躍ができない。反対に、型に乗っかって季語も使っ
て、限られた言葉しか使わない時に、いいものがパッと
できてしまうことがあるんですよね。それはたぷん、作
者の手柄でもあるけど、型の手柄でもあるんです。
と語っています。
定型という枠を、緊張の砦として、そこに俳句のもつ永
遠性を凝縮する:…その作業こそが作者の力量としても、
「俳句自体が行こうとしている方向を素直に実現させる」
こともまた、意識の底に、なくてはならないのかも知れま
せん。
笠井亞子さんの句は、そんなことを考えながら読むと納
得させられるものではないでしょうか。
枇杷の実はたわわに痩せる呼吸法 伴場とく子
女性雑誌の特集記事であったり、広告であったり、毎号
「痩せるための運動・薬」などが誌面を飾ります。そんなに
してまでと思うのは男性側の見方なのでしょうか。この
「呼吸法」で痩せるというのも、新しいダイエット術なので
しょう。作者はやや皮肉っぽく揶揄するような思いで、こ
の記事を読んでいるのでしょう。
あまり手をかけないのに、(食用として栽培するものは別
どして)毎年枇杷は沢山の実をつけてくれます。その成長
の逞しさ、それこそが普通なのに、何故痩せよう痩せよう
とするのでしょうか。とはいえ、女性の痩せたいと思う心
理が分からない訳ではありません、その思いの相剋のよう
なところを捉えてい。るから、この句は面白いのです。
時代を映しながら、批判的な目の輝いているのがいい。
ねずみ魏咲く褒貶の埒外で 丸山ただし
ねずみ魏の花はその存在を主張しながらも、華やかさに
欠けるところがあり、どこか観賞者を引きつける魅力に乏
しいように思います。
この句、世に媚びない人間の素朴な生き方を映している
ととるのは、俳句鑑賞の一面の害毒ともとれますが、私は
「ねずみ魏の花」を季節の花として観賞するときに思い出す
一句として、いつまでも心に残る句のように思います。
緑陰で和菓子のような孫を待つ 森田千技子
比喩としての「和菓子」が、お子様の姿を優しく可愛い
く示していて、お祖母さんの待ちわびる心理を映して心地
良い。
さして惑う事もない日の水馬 金城照子
水馬の動きを見ながら、ふと今日を振返る。小さな生物
のせわしない動きと、色々な事象にぷつかりながらも、何
とか乗り越えてきたことの安堵。眼前の景とその心理と、
淡々と詠いながらも、多くの惑いを繰り返した日への反省
を込めながら、一時の安らぎにほっとしている作者が愛し
くなるような句です。
額の花六十越えてから純情 小久保多美江
あじさいの重たい花房とは違い、額の花はずっと単純で
すっきりしています。年齢をかさねて来た歳月での思いと
今現在の気持ちを比ぺてみると、まるでそんなものかな、
と思うのでしょうか。なにか割り切ったところに寂しさが
無くもないが、この句の奥の心理に心動かされるものがあ
ります。
百合の香にあぷない夢をみてしまう 芦塚美穂
言い負けて少しの殺意熱帯夜 岡崎久子
最後まで残るは妬心濃紫陽花 石井誠子
魅せられる笑顔の端の蒼い百合 涼木 鞠
そのつきの次の約束うすごろも 田中朋子
にあるどこか人間らしい、愛憎を秘めた句の数々に今月
は出会いました。ぎりぎりのところで枠の中に収まった感
じですが、この「内なる思い」と「外の景」との相乗の中
に句が生まれたとしたら、これもまた俳句の魅力だと言う
ことができましょう。
今月の注目句。
見切り値のコロッケを提げ半夏生 土肥敬一
店番と言う遊びして昭和の日 越川ミトミ
柘榴の花死ぬ気がなくて死の話 綾野道江
空を見る目をして鮎の焼かれたり 成清正之
二度寝して夏うぐいすの国にいる 潮 仲人
曇リたる空かんぞうの荒い息 山崎せつ子
巻き込みし日傘のぬくみ受診待つ 佐賀美津子
螻蛄鳴くや律義な時計もてあます 浅井沙衣子
青葉闇とは満潮のごときかな 森しず子
蹴ってすぐ湧く後悔や梅雨茸 城石美津子
情報や鞄の中のひきがえる 佐々木洋子
花拓榴今日は上手に笑えない 佐藤登季
花魁草奮闘努力しておりぬ 大口元通
短夜や覚めて音なき中にあり 森本弥生
サランラップ涙れて切れて大暑かな 小野富美子
けじめなき世の中なりと毛虫這う 若林律子

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