2007/9/27
山麓記 綾野道江
樹の奥の木の家霧の常夜灯
夏霧に八ケ岳遠のいて近づいて
瑠璃鳴いて今日足るだけの今日の幸
宿題のように小啄木鳥が木を叩く
郭公の遠鳴き牛舎まだ眠い
八ケ岳負うて新じゃがの我が畝三筋
瓜苗の一方向に一列に
草原にピケ帽の列穂絮の列
天真の少女が跳んで草いきれ
しんがりは夏鶯と男の子
数学大好き 岩下哲也
数学が大好き満天夏の星
新牛蒡ささがきシングル生きとおす
夏の山声のぼらせつ登り行く
木琴の音にはずんで夏の月
灯蛾の打つ音にジルバを踊らむか
拒んでも拒んでも蜂翅の音
実梅捥ぐ減り癖強き義母の靴
夏の雲田を捨てし指むすび割る
胡瓜一本ふたりで齧り暮れる海
夕昏が白紫陽花に下りて来る
路地 松本滋子
遠近のメガネに死角茗荷の子
後戻りしても良かったかたっむり
はらからや甘くて渋い巴旦杏
夏霧にまかれカメラの電池切れ
乗りやすき性は母似の蟻の道
辿れないあなたの視線サングラス
本番でいつも崩れる蝉の穴
街角に立ちて既視感さるすべり
凌霄の昂り路地のどん詰まり
炎昼や力めば遠くなる答
梅雨 伴場とく子
緑陰のルカ伝七章一の十
朴の花ひらきて鳴呼ではじまる詩
敵対的買収梅雨の六本木
どの階も梅雨高層のエレベーター
折り合いがつき六月の高曇り
一行詩はみだす泰山木の花
梅雨深しローマは晴れているそうな
人が来てふわりと座る梅雨晴れ間
紫陽花に吹いてあじさい色の風
指のある靴下梅雨の日曜日
弱音 三国谷美津代
八十八夜うすく濁りし湯をおとす
行々子甘え鳴きして演習地
青葉騒かっと突き刺す移植ベラ
山の端や額あじさいの当たり年
柿若葉髪巻き上げて身重なり
水羊羹意外に細き夫の指
青みどろ弱音はおくびにも出さず
星祭りまたもストロー齧る癖
湧水の咥えて離さぬ山の百合
薫風に荒砥二本屹立す
出國 佐々木洋子
六月の両替終えて水飲んで
扇子買う映画撮影のために買う
出國の小さき帽子バラ赤し
青葉風機体を鳥にしてしまう
初夏の地下の売場へゆく流れ
指さしていつも生姜の伝統茶
宮殿の奥にある夏のぞきみる
緑陰に体を入れて埴輪立つ
日本か外國か花茣蓙に地図
身ほとりのもの動きては夏祭
菩提寺 村田珠子
素通りの菩提寺葛の葉裏返る
ギンヤンマ昔ノートを買った店
赤カンナ黄カンナ錆びた朝礼台
手の甲の青い血管草を刈る
遠雷や天井高き親の家
父に向く風でいようか白木橦
朝曇ブラシに絡む銀の髪
風は秋スープの底の黒胡椒
合鍵は母の引き出し蝉時雨
先輩の再婚烏瓜の花
たてよこ 上田昭子
羽抜鳥一羽隠れるときもひょい
縦横のしわ解き放ち昼眠る
壁に蜘蛛垂る画鋲痕あるあたり
梅雨荒れるぞくりと何の行く気配
迂回路の指示板熱風はまだら
置き去りのはなしが怖い草いきれ
影を濃く在り原爆忌の道標
寝違えの首肩に置き夏の逝く
指す退る盤の方形秋湿り
霧走る音聞き留めてのち独語
砥石 松本滋子
紙魚が這う十年日記にある余白
うつし世のよじれた地への梅雨しとど
淋しさや暗みに潜む蜘蛛と居て
油照り水に沈めておく砥石
打ち消してまた打ち消しぬ夏帽子
夏夕日軽い約束また明日
有り余ることばの果ての夕かなかな
届くかに思えた願い花木槿
つま先へ夕日満ちくる鳳仙花
秋の夜の耳鳴りカフェの気になる絵
長い午後 越川ミトミ
玉蟲に室を預けて榎の葉
滴りに似たる点滴ノスタルジー
蝙蝠は這って歩いて飛ぷと言う
アドバイス受けて水母は絵の中へ
笑いつゝ死を思いつゝ泳ぐ真似
酸欠の金魚育む癌病棟
羅やペンギン歩きして淋し
ありもせぬ温泉が沸き浮いて来い
毒舌も元気のかけら心太
信念を曲げず白桃目でなでる
命のうすさ 山崎せつ子
開けぬ梅雨朱線の残る文庫本
日かげりて水面平らに赤とんぼ
七月の壁にもたれて男傘
土の奥のわからぬ世界蟻の穴
横着な男のそぷり梅雨末期
八月や金属疲労付加されて
街は朱夏しきりに滅びゆく地球
かなかなや命のうすさ思うとき
笛の音のまっすぐ通る夏座敷
幕間やバッグの底の秋扇
吐息 金城照子
真宗門徒たりて八月十五日
飛魚の一切合切秤られる
蝸牛等よ湿りは私の吐息です
愛着の香水瓶とレクイエム
ただ泣きたくて八月の水平線
海の日やバルサミコ酢の封開ける
土用凪鎖骨あたりを男の眼
瞳孔を開く点眼遠い雷
胃カメラの後は自粉花の道
回復期の夢の後先黒揚羽

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