子の部屋を 荒らしてわが世 模様替え
目が覚めても、行く場所のないわが身だが、仕事はつくろうと思えばいくらでもある。家の周りの片付けもそうだが、新しいパソコン生活を楽しもうと、こどもの部屋に物を載せられるだけの道具にされてたPCデスクを運び出して助けた。載せられていたものは、文句も聞こえぬふりで全部子どもに始末させた(^^p)。鼾が五月蝿いと嫁が隣の部屋に引っ越してからパソコンだけを持ち込んでの一人暮らしであるから、やはり、生活はエンジョイしなければ公開ではなく後悔する(^^。
それにしても、写真を加工しながらしみじみ考えた。小学4年にやっとテレビが入り農村集団電話が10軒一単位で各家庭に引かれた古き良き時代。5月の連休も10月の行楽シーズンも何処にも連れてってもらった覚えのない貧乏百姓の子どもだった。これだけは上手かった親だが、男・女交互の四人兄弟と年寄りも居た8人家族はそれなりに役割が分担され、美味くもない飯も楽しく食った。話がそれたが、液晶テレビとスキャナー・コピー・プリンター・FAXと余計な昨日でない機能を備えた電話機。そして、パソコンである。
こんな未来があると誰一人気付ける者が居たのだろうか??四年前になるが、デジカメで写したのをプリンターで写真印刷して母親に見せたら、「何時の間に写真屋に行って来たのか」と驚かれたものである。携帯電話にしろこの複合機にしろ使い切れない昨日を持て余して確かに贅沢ではあるが、パソコンを持つという事は違った世界が開かれ他人が知らない情報もいち早く自分のものになるから、優越感もある程度自由になる。
怖いのは、形にならないものであり、架空の現実での人との触れ合いである事であろう。信ずる者は救われると甘い言葉にすがれば大きな落とし穴に吸い込まれるようである。「やはり、便利な道具として軽く付き合いましょうよ」とは宇宙人の先生の忠告であった。
人が人として人を信じられない社会!!
「嘘をつく大人」「こどもが首を吊って死んでも自分達の非を認めない大人」「これだけ悪くなっているのに間違っていると言えない社会」
北海道の滝川市で凄いことが起こった。
小学生の女の子がいじめに耐えられず、教室で首を吊って訴えても、頑として「いじめはなかった」と言い通してきた市の教育委員会が、「いじめを知っていた」と認め遺族に深々と頭を下げて謝ったのである。
労働社会に地方労働委員会があっても、教育社会には市町村・県に教育委員会があるだけで何らの監視機関もなく、文部科学省に直通である。文部大臣を自民党が放さない理由は、ぼんくらの創造ではなく想像に任せるが、教育はこどの成長に大き過ぎるほどにかかわりをもって「頭の良い子は三割でいい」と進められているから当然といえば当然のことではある。
一度堰を切った濁流が止まるだろうか?全国の教育委員会に大きな反省を促し、「非は非」「駄目なものはダメ」と全国の県警やこどもに教えられる様な姿を見せて欲しいと切に思っている。
小学生の女の子は命をかけて教えて逝ったのだから・・・
おーい!文部省ーー!
こどもをいじめているのは・・・・・・・・・・・・・・・・
分かったかーーーー