
自慢でも何でも・・・
難しいこと書くと、途端にクリックが減るからなんとも・・・・・自慢でもナンでもなく、経験を基にしてこう有るべきと書き残してるだけなのだが、こう生きるしかない皆様には難しすぎるようである。誰の為に書いてる訳でもなく、独断と偏見のマスタベーションであるからして続けるだけなのだが・・・・
裕福さとはかけ離れた百姓屋で、真実一路と万年ビンボーだけがとりえの親を持って生まれ、一度の間違いで、こうなるしかない道を歩んだ者として、40を過ぎて人の道を教えられて今に至っている。
貧乏であっても、他人より頑張れば何とかなると信じていた。
高校しか出てなくとも、他人より金持ちになれると思ってた。
度胸と根性を自慢に出来た「船乗り時代は良かった」と振り返っても誰も喜んでもくれない。他人の借金肩代わりしても感謝は一時で逃げられれば後の祭りである。右折信号機増やしても、タクシー乗り場つくってやっても、行政に法律守らせろと唱えても会社がなくなればただの人・・・・以下の失業者である。失業保険もらっても生活に困り、生活保護の基準以下でも誰も助けてはくれない・・・・・
ひとのなかでいきること
上から見下ろしても、遠くから叫んでも誰の耳にも届かない。家の中にカギカケテテレビの音高くしてるものに「聞けよ」と言っても「うるさい!」と怒鳴られるだけのようだ。
家の中から引っ張り出そう、金がなくても生きる方法教えてやれと考えた。貧乏人であることを誇りに、貧乏人が、貧乏人の目線から安く生きる方法考えたよ。みんなが殻を破り、表に出てきてからがスタートだ・・・・・・。
三男が国立大学に現役で合格した。
「積み残しはいいが、中抜きにはするな」ときつく小学校から言い続けた。この頃少し考えが変わってきたが、子育ては一回きりの真剣勝負であると思ってた。「自由に」「大らかに」と言われながら子どもは何時も、プレッシャーに思ってたようである。道をアヤマルモノ、その道で生きる者・・・・・閉ざされた道で迷いながら・・・・出口を見つけた子どもの凄さを教えられた。
ヒトシズク
母親の実家で去年死んだ従兄弟の納骨が行われた。
アイタクの八時半からの仕事に午前中を費やし、決心したのは昨晩だったが、出発は昼近くなった。1人のお客さんを嫁さんに頼んで出発したが、案の定、足を求める人が昨日に負けずに電話・・・・・・・「夕方まですみません」「休ませてください」・・・・・売る者が・・・・買いたい人が居るのに・・・・売れない悔しさ・・・みんなを連れて生きてきたツケがまわされた。かんべんしてくれよ。
コメすって・・・・頼まれてた味噌もって・・・・・15時半に病院に予約してある検査の母親乗せて・・・・・高速道路・・・・1時間半のドライブは新記録だった。それにしても、伸びる高速道路は有りがたい・・・・圏央道の終点が母のお姉さんの住んでるところ・・・・・・立ち話で後にしたが、積もるハナシもあったはず・・・・此れも昨年、亭主をなくしている。
実家に着いたが、玄関は鍵がかかり中には入れずに・・・・コメ袋を開けて線香代入れて・・・・・墓参り・・・・・・・
「なけりゃ持って行って使え」を口癖のジョークと思っていたが、嘘ではなかったようである。70坪の家を新築したが、生きて入ることも出来ずに死んだ。10年以上も前になる墓参りの記憶を元に探し当てた墓は、聞かされていても驚く凄さで見上げた。
家をつくり、墓を直し、モット生きたかったろうになあ・・・・
東京の大学でた婿さん・・・天国で仲間になれたか・・・・・
江戸崎町佐倉の大きなカシの木が目印の天王前の宗右衛門新宅・・・・・・
小学校で夏休みに1人で行ったが、バス停を忘れて隣の他人に聞いたら「此処で降りろ」と教えてくれた。
祖父の名は平田白之介・・・・・・・・・・
ジイちゃんの血が法律家目指す大学生つくったぞ・・・・・
明日はまつり。。。。その前に水戸までのお客さんふたり。。。。。11日は高校の教員宿舎入札説明会。。。。。13日は確定申告。。。。。14日は弘前大学入学手続き。。。。。
しごとするひまねえ!!!
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