近年になって盛んに学校ではテレビ、ビデオ、ゲーム、インターネットの危険性を焦点に当てて一方的にそれらの不必要さを叫んでいます。
しかしその理由はどちらの側面から訴えているのかについて考えてみなければ本当に不必要であると言い切る事は私はなぜそれがいけないか不透明です。
教師現場の一方的な公言でしかなく根拠も理由も真っ当な理屈と伝達がそこには存在していません。皆にその何故かが段階を経た理由ではわかりにくいのです。
単にそれらのメディアが不必要なのは野放図に子どもを置き去りにして子どものおもりの道具に使っていることが問題なのであり、そのメディア自体は使い方次第で不可欠な教育の道具にも用いられるのです。
現在の日本の教育の在り方が成っている姿が学歴主義の教育システム、知識、情報重視の社会システムです。この日本の社会を私は恥ずかしいですが正直にある面が好きではありません。なぜなら暮らしの快適さはありますが人間の幸福感が失われています。
でも日本に生きていく上においてさらに日本の社会を形成していくための社会人の養育を高めるためにも実は物凄く効率のいい有効な知識や情報がテレビやインターネット、ビデオには詰まっていると思うのです。
文化的な要素の高い音楽、美術の鑑賞の番組や現在の社会を問題にした環境の問題の知識提供、また政治の討論、またスポーツの鑑賞と、まだまだ多くの側面から学校では得られない幅広い番組から知識の総論を考え出せるようなテーマの多くの知識を得る事が出来ます。
たとえばくだらないバラエティー番組でさえ見方によっては人間の社会活動で必要なコミニュケーションの方法を学ぶ事も出来ます。
ワイドショーの下品と思われている繰り返されているタレントのスキャンダルで人間の嵯峨をそこに垣間見ることが出来て勉強になります。
ただそこで問題なのが自分の自我の情欲に任せて感情の赴くままにボーっとそれらの情報を鵜呑みに洗脳されていく事が問題で害なのですが、しかし情欲に任せてみる事ですら気分が沈んで落ち込んだ不安定な心を安定させる材料になるのです。
私が一番つまらないと思う番組は、中国食品の欠損を繰り返し放送し問題をだらだらと続けて放送し、また北朝鮮の非難の繰り返しのいつも同じ内容の知識の存在しないそのような雰囲気だけで内容の一方的な視点で明らかにプロパガンダ的な情報操作の番組を洗脳されたかのようにテレビを見させられることです。
この番組には社会的な真実は殆ど語られないのに犯罪のただひとつのケースがあるのみです。
意図的な、こう見てくださいと言わんばかりに繰り返していることがまるで学校で教育者が道徳の授業に「こう考えるべき、結論を出して」と慎重に指導をしているようにしていながら、結論は定められたことを子どもが出すまでに頑張り、そこでは実は子どもたちの上に残る素朴な疑問や反対の持つべきして持つ意見には押し付け一方的に黙らせてしまっている画一人間を作り出すための教育システムが生まれているのです。
これでは、いくら読書を進めても個人の思考が止まり沢山読書をしても嗜好停止状態は直らないという現実が起っているのです。
子どもの中に残る押し付けられの恐怖は、局部的な学校の型どうりの知識から自分で物を考えていないのではないのに社会に対しては自分が何も考えていない状態を作り、賢く利口な人間になって黙って実は心ではずる賢い人間を養成しているのです。
これは本当は大人になって成長をしたことではなく、世間と上手く小手先の技術を騙し騙し身につけただけのことです。これを私は葛藤コントロールと呼びたいです。
しかしこの社会で生きていく上において有効な社会性を身につけるために、これらのメディアはとても万能です。クイズ番組を楽しく見てテストに出る単語をけっこう覚えられるし、社会一般常識は多く身につきます。
こんな社会において必然的に子どもが欲するものがゲームです。ゲームをしないと社会の葛藤の矛盾が締める心を埋め尽くせないのです。
話は変わりますが、ゲームでも気楽に楽しむことが出来る面白い遊びの材料です。
何がいけないかという説得させるための理由を与えずにゲームは駄目と言っても、野放図にゲームに子育てを任せている事のみが、それ唯一が問題でゲームの使い方を工夫して楽しく生活の気分転換がゲームによって出来るのです。
また時々、親の息抜きに子どもにゲームを与え、わずかな時間の親のリフレッシュは家族全体にとっても有益です。楽しく充実して過ごせることが何よりです。
同一の意味において学校の授業も楽しく面白いはずです。残念な事に、この必然的に起る政治力、日本の教育のシステムが思春期からのモラトリアルな状態から脱出できない40歳、50歳のアダルトチルドレンを回避できない人間を生み出した理由に思えてならないのです。
本来ならば読書より実体験の方が人生の糧となることは言うまでもない事実です。昔は読書をすると子どもは叱られました。ちょっと昔は漫画を見ると大人から叱られました。
現在ではインテリも漫画を読みます。テレビ、ゲーム、インターネットと次々と体験は退化しているのです。また文明は進歩しているのです。この社会を人は簡単に変えることはできません。
新しい文明は「駄目だ」という大人のせりふが単なる人間の思いつきか、元来に持っている人間の知恵なのか分かりませんが、ただあるものはあるべくしてあるという事だと思うのです。単なる禁止に留まらないで使いこなす方法を皆で知恵を出し合い積極的に討議して一人一人が自分なりの答えを身につけていく必要があると思うのです。
私はこれを他の皆がどう考えているか、子どもにどう対応をしているかどうか聴かせていただける機会を望みます。

7