「Act-42;合同演習4日目4;バズクール鉱山跡地3」
凍白(合同演習2)
「だから――。」
ラフロイグは両手を軽く組んで口元に当てて、ほほえんだ。
「僕にとって、イシュヴァール人は敵だ。僕の高貴な母上、生粋のアメストリス人の誇りを穢したイシュヴァール人――たとえ内戦が終結し、彼らが定められた居住地で生きることを許されようと、僕は許さない。イシュヴァールの血を引いている者も、みんな同罪だ。」
マイルズはラフロイグを睨みつけた。縛られたままの姿でなければ、飛びかかって殴り合いになっていたところだろう。
「マイルズ少佐、君を殺す。だがその前に、君に見せておきたいものがある。さて――。」
ラフロイグはオリヴィエに銃をつきつけたまま、オリヴィエに近づく。殺意は感じられなかった。
「どいて、オリヴィエ。」
部屋に敷かれた絨毯をラフロイグはめくる。すると、床に隠し扉らしきものが見つかった。どこかが錆びているのか、扉はなかなか開かなかった。だが、ラフロイグがガタガタと取っ手を揺さぶると、やがて上に持ち上がり、地下へ通じる階段が現われた。
「この下には、抜け道がある。中からカギを下ろせば、外からは簡単には開かないように出来ている。バズクール鉱山の坑道の一部に出られる筈だ。」
「よく、こんな抜け道のことに気付いたな、ラフロイグ。」
「簡単だよ、そんなの。だって、僕の父の生家をデザインした建築家と、ここの家をデザインした人は、たぶん同じ人物だから。そして、僕の家も、同じような抜け道がある。もっとも、ウチの場合は、通路の途中に隠し部屋があって、そこを牢屋代わりにしていた。言うことをきかない召使を折檻するのにいつも使っていたけれど。」
ラフロイグ父の生家といえば、大商人である。その話を折に触れ、息子も見聞きしたことがあるのだろう。
「大おじい様が、自慢気にお話ししてくださった。出来損ないの使用人は、こうしたところに閉じ込めれば、2日か3日で、すっかりおとなしくなると。ここにもあるかもしれないから、マイルズくんをそこに閉じ込めておく、というテもある。きっとしばらくは見つからないよ。そう――半年後くらいには見つかるかもしれないけれど。
でも、マイルズくんは、そのまま生かしておくと、後あと面倒だから、ここにある爆薬とともに部屋に放り込んで、一緒に爆発させておけばいいかな?そうすれば、面倒ごとは一気に解決だ。
あとは、僕の魅力にオリヴィエ、君を屈しさせれば済むだけだな。ああ、でも冥土の土産に、僕がどれだけオリヴィエを愛しているか、どんな風に熱く恋を語れるか、君に見せつけるのも楽しそうだな。」
ラフロイグはオリヴィエを後ろ手に縛ると、オリヴィエの胸に指を滑らせ、うっとり呟いた。
「本当に貴女は素敵だ。早くこの指でじかに君に触れてみたいな。」
嫌悪感を隠すためだろうか、能面のように表情を凍りつかせたオリヴィエの頭を無理やり下げさせると、ラフロイグはダイナマイト数本をくくった束を彼女の首からかけた。
「本当なら、僕が持っている方がいいんだけれど。うん、レディに悪いけれど、君に持ってもらうよ、オリヴィエ。僕はランプを持つ役目をするから、火の用心しなきゃいけないからね。」
オリヴィエは、首からぶら下げられたダイナマイトの重さで、それがフェイクであることにすぐ気付いた。中に多少の火薬は入っているかもしれないが、実際はカラ同然なのだ。この――本当に火薬が入ったもある束であれば、余程の力持ちでない限り、そうそう軽く持ち運べるものではない。ラフロイグは気づいていないようだが。
ラフロイグはマイルズに立ち上がるよう命じ、そして隠し扉近くまでのろのろ歩んだマイルズを後ろから思いきり蹴りあげた。バランスを崩し、そのまま転がり落ちていくマイルズ。やがて、ドコッという鈍い音とともに、低いうめき声が聞こえてきた。
「うちどころを外したな。ちゃんと落ちれば苦しまずに死ねたのに、とことん運の悪い奴だ。まあ、いいや。あの男は、演習中に『不幸な事故に遭い』、亡くなるんだからね。
心配しなくてもいいよ、オリヴィエ。あの程度の男など、代わりにいくらでもいる。君はひょっとしたら、事故の責任を取って、セントラル行きは中止、このブリッグズでずっと過ごすことになるかもしれないけれど、僕があの下らない男の代わりに、ずっと貴女の傍にいてあげる。そして、貴女を満足させてあげる。昼も、夜も、次の朝も。」
今度はオリヴィエを先に歩ませて、ラフロイグは中から隠し扉を閉じる。スライド式の支え棒が、ぎいっと鈍い音を立てた。
ラフロイグが言ったとおり、階段下からは、長い廊下が伸びていた。長いこと人が出入りすることのなかったその地下は、カビ臭く湿ったにおいがする。マイルズは落ちる時に少し肩でも打ったのだろうか、痛みをこらえた顔で黙って歩いている。
ラフロイグはオリヴィエを前に歩かせながら、隠し部屋を探していたものの、これはという部屋が見当たらなかったのに失望していた。
「おかしいな。部屋の1つぐらい作っておけばいいのに。」
逃亡用通路に部屋など作っていれば、その部屋で待ち伏せられたら、大事になると、考えが及ばないのだろうとオリヴィエは感じたが、黙っていた。
やがて、石の廊下は途中から土をくりぬいて簡単に補強しただけの道に代わった。坑道に入り込んだのだ。ただ、この坑道は掘りだした石炭を運搬するための幹道というよりも、試掘のために掘った坑道に似ている。ごく細く、最低限、人一人が通れる程度に穴が掘ってあるだけだ。なので、ところどころ、身を屈めて歩かないと通れないところがあった。
足元は、石畳よりもいっそうぬるぬる滑り、歩きにくくなっているのを感じる。3人とも演習用の寒冷地仕様の軍ブーツだから、多少は滑り止めになっているようだが、普通の靴だったらきっと何度も転倒しているに違いない。
だが、一度、オリヴィエが転んだ。
――いかにも痛そうな顔をしながら立ち上がりながら、オリヴィエは、ラフロイグに命じた。
「ラフロイグ。道が入り組んでいて歩きにくい。こうなったら逃げ隠れできる訳もないだろう。マイルズと私の手を自由にしろ。それと先頭に立って、貴様が歩け。ランプ持ちが明かりとりの役目を果たさないで、どうする。」
ラフロイグは周囲を用心深く警戒し、息を潜める。人の気配を伺ったが、3人以外に感じ取れなかった。
「…まあ、いいでしょう。ただしマイルズくんは、ダメだ。」
道はますます入り組んできた。再び屈んで歩かないと難しい場所に差し掛かったとき、オリヴィエは、マイルズに近づく。そのまま、歩く手助けするフリをしながら、胸ポケットから鏡の破片を取り出し、こっそりマイルズに握らせると、またそのままゆっくり歩き続ける。
やがて、広い坑道に出た。ここから抜け道として、別のところに出られる筈だ。
「この辺まで来ればいいかな?――さて、そろそろマイルズくんを処刑させてもらうよ、オリヴィエ。」
ラフロイグが眼をぎらつかせ、しかし微笑みながらオリヴィエに近づく。だが、オリヴィエはこともなげにラフロイグを軽く押しのけ、マイルズに近づいた。
「――もういいだろう、マイルズ。いい加減、縛られたままは止めろ。縛られるのが趣味だとかいうのなら、また改めて――。」
「およしください、閣下。このような場でそんな冗談を口にされるのは。」
ぱらりと、マイルズを縛っていた縄が地面に落ちた。マイルズはそのままオリヴィエをかばうように前に出る。もっとも、縛られた痕が擦れて痛むのか、少し腕をさすってはいるが。
慌ててラフロイグが銃を構えるが、オリヴィエは全く意に介さなかった。
「オリヴィエ、君は僕のどこが気に入らないの?」
全部だ、と顔にはっきり書いてあるにもかからわず、愚問が投げかけられた。
「さあな。そんなことは自分で考えろ。」
「ひどいよ。僕がどれだけ君を愛しているか知っているくせに。」
「私は、私の相手は自分で決める。あてがわれた男など、要らぬ。」
「僕は、マイルズくんよりも、はるかに若くて魅力的な男だと思うよ。」
「若いだけしかセールスポイントのない者は、男であれ女であれ、私は興味ない。いや、むしろ、好かない。」
ラフロイグの表情がみるみる歪み、構えた銃が火を噴く。とっさにマイルズはオリヴィエをかばった。だが、銃はオリヴィエの肩の徽章をかすめただけだった。
「貸せ、ラフロイグ。貴様に銃を扱うのは10年早い。それに、私が貴様を選ぶ日は、この世の終わりまで来ない。」
「嫌だ、厭だ、オリヴィエ!僕を選んで!僕はずっと貴女を愛していたんだからっ!」
オリヴィエに掴みかかろうとした弾みで、ラフロイグが手にしているランプが割れる。それはダイナマイトの導線に点火した。思ったよりも燃える速度が速い。ひっという軽い悲鳴がラフロイグの喉から発せられた。
慌ててオリヴィエはダイナマイトを来た道に向けて放り出した。
「走れ、マイルズ!」
次の瞬間、爆風に3人は倒される。最小限度の火薬しか入っていないダイナマイトでも、地盤の緩んだ鉱山内では坑道を壊すには十分だったのだ。
砕けた岩石とともに、吹き飛ばされかける。マイルズはオリヴィエをしっかりと支えて走り、崩壊の続く坑道を走り抜け、横殴りの雨のように吹き飛んでくる爆石からオリヴィエを守ろうとした。だが、後頭部に衝撃が走り、マイルズは気を失った。
投稿者: miyanomiki
トラックバック(0)